Want to be lover【7】
今回は珍しくラブコメ(コメが息しているとは言ってない)回です。
だから、俺は清人として振る舞う為にあの言葉を封じた。
俺を杉原■■たらしめる、あの呪いの言葉を。
俺はきっと、消えて無くなるその日まであの言葉を口にする事はないだろう。絶対に、言ってやるものか。
♪ ♪ ♪
俺たちはロウファの港へと辿り着いた。
大森林の広がる緑の大地とは言えど海沿いに広がる光景はミロの街とそう大差がない様に見える。
「着いたよ。ここがロウファ、大森林で有名な場所だよ。まぁ、ここからじゃ見えないんだけどね」
「……また、森だね」
「そう、だな」
アニの言葉に首肯を返す。
思えばアニとの出会いのきっかけはクメロの森のスタンピードだったと記憶している。クメロの森に近づかない様にレベリングしていたらいつの間にかデスマーチに突入して。あの時は本当に死ぬかと思った。そこをアニに助けられて……一緒にゴブリンの王様を倒して。ハザミでも一緒に戦って。
ーー『私は、貴方の全部が、知りたい」
「…………」
そして、俺はその問いに何も答えられなかった。答えないまま、誤魔化した。
彼女は少しだけ悲しそうな顔をしたけれどまた尋ねる様な事は無かった。
「いやぁ、清人もアニちゃんとは大分長い付き合いになるねぇ」
ただ……アニを相手に不自然に黙りこくる俺を凩とジャックは何故かニマニマとした笑みを浮かべながらずっと見ていた。
「さて、団長。当面の金銭の貯蓄についてはあると聞いているが、貯蓄を切り崩すだけではいずれ回らなくなるだろう。何か金銭を回収する手段はあるのか?」
「おっと、毎度お馴染みになりつつあるお金の問題だね」
俺たちにとって金は切っても切り離せない問題だ。俺とジャックの二人旅ならともかくとして一気に三人も増えてしまったのだから当然のように三倍以上の金が必要になる。
『ギルド』でモンスターや魔獣を倒して金にするのも良いがアニが指定の危険人物認定されているし、『デイブレイク』と敵対している都合上、俺もどうなっているか怪しい。
「前は『ギルド』使えたけどこうなるとちょっとキツいな……」
「となると、地道に当面の働き口を探さないといけないかな」
その一言で場の空気がどよんと重たくなった気がした。
「……取り敢えず、あたりの人に働けそうな所は無いか聞き込みをしよう。ある程度情報が集まったらここに集合って事で」
「そうするなら、二人一組の方が良い。そうすれば迷わずに済む」
「となると……凩と篝ちゃん。清人とアニちゃんで、僕は凩と篝ちゃんに付けばちょうど良い塩梅かな。何やかんやそっちは慣れてるだろうし」
「まぁ、そうなるか」
提案としては妥当な筈なのだが、何故だろうか。ジャックがヤケに良い顔で笑っているのが気になる。
「それじゃあ、解散。清人、行こ」
「あ、ああ」
……あれ、これはまさか。
このシチュエーションに限り無く近い場面が頭に浮かんでは消える。
男女が二人、街を回る。それは、それはまるでーー。
いや、アニに限ってそれは無いだろう。……無い筈だ。
「聞いて回るにしろ何処から攻めたものかな……」
武器屋、防具屋、宿屋……。RPGのど定番みたいなラインナップはあるけれど働けそうかと言えば少し唸らざるを得ない。
「薬屋とかなら、薬草を採取していけばお金になる、と思う」
「ナイスアイディア、じゃあそっちに行ってみるか」
「……ん♪」
「っ!?」
俺の隣で何処か嬉しそうに目を細める彼女はとても美しくて……。
彼女は俺の本当の名前を知っている。彼女の側にいればいずれ、俺の杉原清人のフリは決定的に破綻してしまうだろう。だから、今の自分を貫きたいのならば、アニから離れなければならない。
だと言うのに。
どうしても、離れ難い。目を離さないといけないのに釘付けになったみたいに目が離せなくなる。
この心臓は彼女が視界に入る度に高鳴ってしまう。
この気持ちはきっとーー。
でもそれでは駄目なのだ。きっとその気持ちに名前を付けてしまえば、その時俺は杉原清人を捨てなければならない。
杉原清人は高嶋唯しか愛さないから。
「アニ」
「ん?」
「……いや、何でもない」
だから、俺は口を噤んだ。
♪ ♪ ♪
薬屋に入ると独特の青臭い臭いがした。何というか、ドクダミを濃縮して色々混ぜたみたいな……悪臭ではないのだが体に染み付いたら一週間位離れなさそうな、そんな強烈な芳香だ。
「案外匂いがキツいな……」
「そこは、慣れ」
臭いに顔を顰める俺を他所にアニは慣れた様子で店主の老爺の方へとずんずんと歩いて行った。
俺もワンテンポ遅れてアニの後ろに続く。
「おや、何かねお嬢ちゃんとお兄ちゃん。薬草を御所望かな?」
「違う。……ここは薬草の買い取りをやってる?」
「ああ、やってるよ。大森林の薬草は品質が高くて種類も豊富だからね。ちょっとばかし前には沢山の薬草取り達がこれで生計を立ててたもんだ……」
これは一発目から幸先の良いスタートだ。薬草採取で生計を立てれるレベルの稼ぎを得られるならそれは仕事の候補として断然アリだ。
ただ、何処か遠くを見るような店主の表情が少し気になる。
「ただ、今の時期に取りに行くのはあまり関心出来ないけどなぁ」
そう言うと店主は癖の強い白髪をボリボリと掻いた。
「それはどうして?」
「森に強力なモンスターが住み着く様になったとかで大森林の浅い所にもモンスターが出現するようになっちゃったみたいでなぁ。そんな感じで薬草取りが激減したのよ。薬草自体の需要は変わらないけど、こっちに届く薬草の供給は少なくなるから価格は高騰しまくり。……一攫千金を狙った連中も次々に死んじゃうって塩梅でね」
「……成る程」
「お金が欲しいのは分かるけど命あってのお金だからなぁ。オススメは出来ない。まぁ、薬草があるのなら薬屋だから買い取らせて貰うけど」
「分かりました。お話ありがとうございます」
「良い良い。こんな老骨の話なんて聞いてくれる若者は中々居ないものだし」
そう言うと店主はニコリと人好きのする笑みを浮かべた。
「ああ、そうそう。モンスター以外にも噂があるんだけど。……大森林の奥深く。誰も寄り付かないような暗い森の中に、最近、一軒の家が出来たらしいんだ。……そしてその中には恐ろしい魔女が住んでいるとか、いないとか」
……誰も寄り付かない森に態々行くような人なんて、果たしてそんな人いるのだろうか?
「まぁ、十中八九作り話だろうて。けど大森林に入るのは止めた方が良い。最近のあそこは妙ちくりんだ」
「……分かりました」
こうして俺たちは薬屋を後にした。
あの言葉を封じた……。
つまりあの言葉を言わなかった頃はまだ完全に杉原清人のフリを演じ続けるつもりだったと言う事。
あのセリフはかなり早期からかなり早い段階でボロが出ていた事が分かる。
まぁ、以降は要所要所でガンガン使ってますけどね。




