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Continue 【3】ーconcluding partー

ハザミ編完結ーー!!

 本日二度目となる養父の店はどこまでも重く、暗く見える。

 無言で店に入るとそこには正座をし、背筋を伸ばした養父の姿があった。


「そこに座れ」


 そう口にした養父はいつになく厳格な雰囲気を漂わせており、無愛想ながらにも優しさに溢れる養父の姿は既になかった。


「……おっ、ちゃん」


おれは座れと、そう言ったぞ」


 無言で正座する。これから何を言い渡されるのだろうか。


「……凩、手前は随分と篝を庇っているな」


「当然や。……篝はワリャの大切な家族。大切な家族一人すら守れんで、誰がこの街の平和を守れるって言うんや!!」


 凩にとって養父も篝も掛け替えの無い家族だった。それを守る為に、取り戻す為に凩は過酷な戦いに身を投じたのだ。

 街を守る事で満足感を得て、目を背け続けていた事にあの時漸く向き合い、そして勝ち得たもの。それが家族ーー篝だった。

 手放すには余りにもそれは重過ぎる。


「それが例え、街の破ってはならない禁忌を、殺人を行ったとしてもか。片腹痛いッッ!! ……今の姿を亡くなった手前の両親が見たら、心底失望するだろう」


「そんなに決まりが大事か!! 決まりだけが全てなんかッ!!」


「決まりを守らず、手前勝手な理屈と倫理を振りかざす手前が! 街を守るだなんて烏滸がましいとは思わんのかッ!!」


 その言葉に凩は言葉を詰まらせる。養父は正しいのだ。何処までも正しい。そして凩も自身が間違えている事なんて分かり切っている。だからこそ、何も言い返せない。


「……もう、止めてくれ」


 そう呟いたのは篝だった。


「これは私の、私だけの罪だ! 凩は関係ない筈だ! いや、凩の行動は寧ろ称揚されて然るべき事だ! なのに……なのに、二人が争いになるのはおかしいだろう」


 篝を守りたい凩、凩を守りたい篝、そして正義を貫こうとする養父。

 全員が全員、悲しいくらい綺麗にすれ違っている。

 誰も彼もが一歩を引けない。妥協出来ない。


「……処遇を言い渡す。まず凩、手前はもう、二度と敷居を跨ぐな。手前の街を守る役目も降ろす。屋敷も没収させて貰う。これは決定事項だ。何か言おうと聞く耳持たん」


「ワリャを降ろす!? それじゃあ代わりに誰が街を守るんやッ!!」


「思いあがるな。この街には古強者がごまんといる。守護の役割の代わりなど、な。そして……篝」


 養父は一振りの刀を篝の元に投げた。


「この刀は……私の」


 それは『野分』とも勝るとも劣らない見事な一振りだった。


「ああ、当たりだ。其奴は『勿忘草』。かつて手前が使ってた刀だ」


「これで、自刃しろって言うんか!! おっちゃん!!」


「いきり立つんじゃあねぇクソ坊主。良いか篝、手前はもうこの街に二度と上がらせねぇ。絶対にな。其奴は餞別代わり、手前とはこれきりだ。良いな」


「は、はいっ」


「分かったら刀を持ってさっさとこの街から出て行け馬鹿共ッ!!」



♪ ♪ ♪



 気が付くと空は綺麗な茜色になっていた。陽光が眩しくて手を翳すと薄らと己の血潮が見えた。


「……帰る場所、なくなっちまったの」


「そう、だな。……すまない、私のせいで」


「ええんよ、それでこれからどうするん? ……ワリャも手持ちは……あっ」


 凩は戦って、寝て、そのままの格好で店に入っていた。だから当然身につけているものなんてたった一つしか無い。


「おっちゃんの……刀」


 そう、たった一本。腰に帯びた『野分』だけが凩の持ち物だった。


「取り敢えず、私は港の方へ向かう。私がこの街に残るのは……駄目だからな。凩は、これからどうするんだ?」


「ワリャは……」


 凩に帰る場所はもう無い。だだっ広いだけが取り柄の屋敷にも、子供時代を過ごした養父の店にも戻れないのだ。それに仕事も無い。

 その答えは最初から決まっていた。


「ワリャも篝に付いて行くわ。どうせ、もう行き場なんて無いんやし。嫌でなければ、やけど……」


「……助かる」


 篝はそう言いながらほんの少しだけ頬を赤らめた。それは夕暮れのせいか、将又別の理由か。凩には分からなかった。けれども、こんな幸先の悪い始まりでも篝と一緒ならばーー。


「漸く来たか。待ってたぞ、凩」


 夕暮れの港にその人は居た。夕暮れの色にも似た緋の瞳。

 何故、どうしてここに居る。そんな疑問が喉元まで迫り上がる。

 けれどそんな事よりも先に口から出た言葉があった。


「清人……!!」


 港でずっと待ち続けていたのであろうその人の名前を。



♪ ♪ ♪



 俺はある事を凩の養父から頼まれていた。

 端的に言うとーー二人を旅に連れて行って欲しいと。そんな感じに。


 養父は人知れず苦悩していた。娘がこのハザミに居続けてしまえば必ず後の災の種になると。それに……何よりも自慢の息子が助けた娘を殺す事など出来ないと。そんな事をしてしまえば凩が余りにも不憫だと。

 だから、二人をハザミから遠い地へ連れて行って欲しいと懇願して来たのだ。俺なんかに頭を下げてまで。


 そして俺はそれを承諾し、旅に必須となる大量の食糧と幾らかの金銭を受け取って港で二人を待っていた訳だ。


「随分と遅かったな」


「もう、出たんとちゃうんか!?」


「いや、お前の養父に頼まれたからな。二人を頼むって。だからずっと待ってたんだ。本当に……お前達は良い親を持ったもんだよ」


「で、でも、おっちゃんそんな素振り……」


「でも、腰に着いてるそれが何よりの証拠だろ。回りくどい手段で刀を渡す様にも言われてたし、ずっと心配されてたんだぞ?」


 凩が腰に帯びているのは『野分』。それを見て凩はハッとした表情になった。


「さて、そろそろ出発の時間だ。ゆっくり二人旅の予定だったら悪いけど、俺たちの旅に付いて来て貰うからな」


 そう言うと俺は踵を返した。何でかって?


「おっちゃん……おっちゃん!! 言わなきゃ、何も分からんやろがァァァッッ!!」


 折角の感動の終わりなのだ。水を差すのは野暮ってものだろう。俺はそう思う。

 ……こんなハッピーエンドの形もありなのかもしれない。


 俺が一足先に船に向かうとアニがちょこんと袖を引っ張って来た。


「どうしたんだアニ」


「清人は、これで良かった?」


「……良かったさ」


「じゃあ、質問を変える」


 夕暮れはやがて夕闇へと変わり、辺りに暗い影を落とし始める。それはまるで不吉の予兆であるかの様に。

 ふと、冷たい風が吹いた気がして体を僅かに縮こめる。


「■■■■はどう思ってる?」


 少女が口にしたのは余りにもふざけた、それでいて懐かしくもある渾名だった。


「何処で、その名前を……」


「答えて。私は、本当の事が知りたい。……■■■■に踏み込みたい。これがどんな気持ちかは分からない。けど……それはきっと何よりも大事な事だから。だから答えて」



「ーー私は、貴方の全部が、知りたい」

やっと、ここまで来れた……。

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