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Creeping evil【2】

「……何かすっかり疲れたな」


「そうだねぇ。まぁ、前向きに充実した一日だったと思えば悪くはないんじゃないかな」


 俺達はギルドを出てから露店で夕食を取ってからも暫く街を散策していた。

 沈んで行く陽光がどこかもの悲しい。


「いやあ、ギルド入会が楽しみだねぇ。知ってたかな?ギルドカードを貰うとステータス画面が表示されたり戦歴とか色々見る事が出来るっぽいんだ。ゲームっぽくてワクワクするよねぇ」


「ゲーム……ね」


 この世界は余りにもオカシイ。

 『魔王』の件もそうだが、分からない事が……提示されていない事柄が多すぎる。

 このゲームじみた世界観にも何か意味が、裏があるのではないかと思ってしまう。


 茜色が紅に変わるように、赤かった空はもうすでに藍色へと変わっていた。

 カラスも寝ぐらに帰る時間なのかカァカァと泣きながら蒸気の立ち込める藍色の空へと吸い込まれていった。


「俺たちもそろそろ宿に戻ろうか」


「了解だよ」


 踵を返しかけたその時、不意に生温い風が吹いた。

 どこか不吉な展開を予感させるその風に眉を顰めると――。


『宿主、どうやら俺目当てのお客が来たらしいぞ』


 『魔王』はそう言ってクツクツと笑った。


「どういう事だ?」


『俺はこの世界では絶対悪だ。本で読んだよな?悪い魔王が蘇りそうになったら当然邪魔をする正義の味方が来るに決まってるだろう?』


 俺達は何時の間にか黒いローブの一団に行く手を塞がれていた。数は三人。手にはそれぞれナイフが握られていて、一団の俺達を逃がすまいという確固たる意志がひしひしと伝わってくる。


「逃げ道は……無いか」


『別に良いだろう? 宿主、お前の初陣だ。ほら、ご所望の異世界無双タイムだぞ? 存分に喜べ。勿論トチったら俺諸共に死ぬけどな』


「……今回も力を貸してはくれないのか?」


『甘えるな。この世界で生きているのは俺じゃなくてお前だ。自分の事は自分で、当然の事だろう?それにお前には既にこの状況を打ち砕く力が備わっている。存分にその力を振るうと良い』


「清人! 囲まれちゃってるよ!!」


ジャックの逼迫した声が響く。


 俺に備わっている力は火の発現を司る『第一魔素ファースト・カルマ』。

 その火力があればこの状況をどうにか出来る可能性は大だ。


 ……使い方が分からないのが玉に瑕なのだが。


「貴様が『魔王』をその身に宿す者だな?恨みは無いが世界の平和と調和の為に……その首、貰い受ける」


「ッ!!」


 俺は無限収納からエリオットの杖を取り出すとそれを両手でギッチリと握り締めて正面の男のナイフを受け止める。


「そうか、そんなにも死にたいのか。良いだろう!!」


 もう一人のナイフが迫るの見えた。

 ナイフを抑えるのに杖を使っていて無防備な俺は相手にとって格好の的になる。


「うわわっ!」


 無様に地面を転がって迫るナイフを回避――。


「逃すかッ!!」


 したら今度は転がる俺を組み敷こうともう一人が迫る。

 起き上がっても組み付かれてお終いだ。ならば――。


「ッ!!コイツ……!!」


 ローブの上から脛に喰らい付く。幸いローブは薄く、人の肉に歯が食い込む異様な感覚が伝わってくる。

 だが――。


「ぐほっ……」


 くぐもった声が喉から漏れた。

 噛み付く俺の無防備な腹に一撃、強烈な蹴りを貰ってしまったのだ。

 さっき食べた夕飯が喉元までせり上がってきて気持ち悪い。


「ハァ……ハァ……」


 荒い息を吐きながら立ち上がると関節の節々が軋みを上げた。

 蹴られた腹部がジクジクと痛みいつもよりも血流の音が大きく響いて思考にノイズが掛かる。


 ――熱い。


 耳鳴りが止まない。


 ――『俺がお前を救ってやんよ!!』


 良く知った声が脳内をリフレインする。

 あぁ、そうだ。

 俺はそう嘯いた男の姿を良く知っている。誰も守れず、誰も救えず、理想ばかりを口にするその男は……それでも諦めだけは決してしなかった。


 ドクンと心臓が跳ねる。


 ――――熱い。


 燻っていた火種が燃え上がりいつしか心に一条の火柱が生まれる。


「もう、抵抗は止した方が良い。……なに、死んでも明日が来なくなるだけだ。恐れるような事じゃない」


 そんな声を遠くに聞いた気がした。

 それは違うのだと、心が炎を噴き出しながら声高に叫ぶ。


「……そんなの。絶対に、嫌だッ!!」


『そうだ、燃えたぎれ!!熱くなれ!!そして見せつけろ。お前の……魂の炎をッ!!』


 ――――――熱いッ!!


 心の中心で炎が燃え盛る。

 いつしか胸に生じた炎は大きな炎となって黒いローブの一団へと飛翔する。


「なっ、これは……」


それは決して派手な技では無かった。

けれどその本質は焦がし、焼き尽くす、心の中に咲く焔の陽炎。


「……『灼熱よ燃え盛れ(イルク・アルバ)』!!」


「清人、火を使えるように……!」


 火が出た。それは小さな進歩でしか無いのかもしれない。

 けれど。


「それが無駄な抵抗だと分からないのか!!」


「……無駄なんかじゃ、ないッ!!」


 俺は声の限り吼えた。

 それに呼応するかの様に炎は更に大きく成長していき――。


「燃え…上がれェッッ!!」


炎はやがて、人一人を易々と呑み込める程までに肥大化した。


「くっ……あれとマトモに喰らえばこちらの被害も出る……撤退だ!!」


「何でだよ、職務を全う……」


「馬鹿か! 俺達に命じられたのは飽くまで偵察だ。この街には我らが『デイブレイク』の幹部の一人、テテ様がいる。ここは退いて良い場面だ」


「チッ……仕方ねぇか」


 黒いローブの一団は少しの間だけ揉めたようだが方針が固まってからの行動は早く、素早く暗がりへと消えていくのを認めると炎を霧散させて荒い息を吐く。


「清人! 大丈夫かい!?」


「へーき……とは言えないな。正直めちゃくちゃシンドい」


 身体は重く、視界も揺れていて少しだけ気持ち悪い。


「それより……ジャックは無事か?」


「おかげさまで無傷かな」


「それは、良かった」


 安堵すると途端に目蓋が重たくなって発色の良いオレンジ色がボヤけて見えた。


『ふん、無様な戦いぶりだったな。目も当てられない』


「そう、かよ」







『……だがまぁ。興じさせる場面が無いでは無かったけどな』

公開されていないハンドアウト

・――『俺がお前を救ってやんよ!!』を誰が言ったのか

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