08 花の宮殿
さて、皆さま。
王宮、と聞いて、どんな光景を思い浮かべるでしょうか。
きっと多くの人が思い浮かべるのは、アレだと思います。ヴェルサイユ宮殿。
最新の建築技術を駆使し、美しくも機能性にあふれる姿の宮殿。
庭園は様々な趣向を凝らしており、季節によって姿を変え、見る者の目を飽きさせない。内装は豪奢にして華麗。そんな夢あふれる建築物です。
もちろん、わたしもそんなイメージでした。
ひるがえって、わたしが現在生活している、日輪の王国の王宮はというと。
王宮建築は、豪壮にして荘厳。
文句のつけようがないが、いかんせん古めかしい。
聞いたところによると、日輪の王国の前王朝後期――200~300年前に建てられたものを整備して使っているということなので、そりゃ古めかしくもなる。
機能面においては……微妙。
まあこれは、あきらかにキャパオーバーなのに、無理やり使ってるからで、本来の想定規模で使用する限りにおいては、機能的だったのだろう。
庭園は、整備が間にあってないのか、一部空き地だったりして、ヒャッハーどもの運動場と化している。
内装は、さすがに美しい。
建物とも調和していて、雰囲気はいい。
まあその雰囲気も、ヒャッハーたちが台無しにしているんだけど。
総合すると、古くて狭くてヒャッハーであふれている王宮。
王宮ってなんだっけ……と、答えのない問いを自分に発してみたり。
ともあれ。
「ヒャッハー!」
我が国の王宮――花の宮殿は、今日も平和です。
平和ってなんだっけ……
◆
「ねえ、ロマさん」
「はい。なんでしょうか、王妃様」
いつも通りの午後。
自分の居室で、ひと時の喫茶タイム。
テーブルには、萩焼にも似た枇杷色のお茶碗に淹れられた緑茶と、同色の、四角の皿に切り分けられたリンゴのタルト。
緑茶を飲んでほっと一息つきながら、側に立つ黒髪の少女――ロマさんに尋ねる。
「この宮殿は、なんでこんななんでしょうか?」
ロマさんは、取りすました顔でわたしの問いにうなずいた。
「王妃様のおっしゃりたいことはわかりました……王宮に巣食うあの無礼者どもを粛清したい、と」
「思ってないよ!? 思ってないからね!? さらっと教唆しないで!?」
いきなり恐ろしいことを言われたので、全力で否定する。
うっかり言質取られたら、あっさり粛清とかやらかしそうな怖さがあるので怖い。いや、この娘にそんな権力はないだろうけど。
「そうじゃなくて、だね……おかしいでしょ!? なんで半分山賊みたいな人が平然とうろついてるんですか!? そしてなんで誰もそれを咎めないんですか!? 普通あるでしょ!? 王宮では騒ぐの禁止とか喧嘩禁止とか相撲禁止とか庭をトイレにするなとか、もういっそ政宗禁止とか、そういった規則が!?」
「王妃様、落ちついてください。支離滅裂になってます」
どうどう、となだめるロマさん。
しまった。ついツッコミに全力を尽くしてしまった。
受け入れてたつもりだけど、ツッコミ出すと止まらなくなるというか、存在自体理不尽だよねあの人たち。
わたしが落ちつくのを待ってから、ロマさんは静かに言った。
「王妃様。この宮殿にも、一応規則というものがございます」
「え? あったの?」
「もちろんです。王宮では走らない、喧嘩しない、落書きしない、などの基本的なものですけれど」
小学生か。
そして小学生レベルの規則も守れないのかヒャッハーたち。
「そもそも、規則や礼儀に慣れていないのですわ。まともな教育を受けていない人間が多いですし、教育を受けた人間でも、荒くれ者や山賊の類の中で生きていれば、ああもなろうというものです」
教育って大事。つくづくそう思う。
戦乱が続いたのが8年間ってことは、子供から大人になるまでを日々生きるか死ぬかで過ごしたというわけで……そりゃヒャッハーも生まれようというものだ。
「悪い人たちじゃないんだけどねえ……」
「王妃様は人が良すぎです。油断してると、かどわかされてしまいますよ」
「それはないんじゃないかな。あの人たち、王様のことは間違いなく好きなんだろうし、王様が本気で嫌がることは、しないと思うんだけど」
「おっといきなり惚気ですか」
惚気じゃないです。
「ちっ」
「舌打ちされた!?」
「失礼。音が漏れました」
「それ、たんに隠れて舌打ちしようとして失敗しただけだよね!?」
ヒャッハーに隠れてるけど、ロマさんも案外たいがいだよね。
いや、礼儀だけは正しいしサポートはバッチリなんで、居てくれないと困るんだけど。もうちょっとだけわたしに優しければ、文句ないんだけど。
「ともあれ、現状王宮は、最低限の規則で回っております」
わたしのツッコミを華麗にスルーして、ロマさんはしれっと話をはじめる。煙に巻く気だこれ。
「――その上、宮殿が手狭なせいで部屋割も猥雑。客の数だけは多いにもかかわらず、使用人の数が足りておりません。まだまだ問題は山積みなのです」
「人手が足りないってのは、なんとかならないの? 募集をかけるとか」
「王宮に、めったな人間を入れるわけには参りません。旧王冠同盟の生き残り貴族はともかく、新興の家は、むしろ人手が欲しい状態。人品を精査しながら、すこしずつ増やしていくのが精いっぱいといったところですわ」
大陸最大の版図を誇りながら、人手が足りてないって……ヤバいね戦乱。
王宮でこれってことは、都や地方の状況も、お察しなんだろうなあ。
「まだまだ、復興が終わってないんだね」
「むしろ始まったばかり。これからですわ」
ロマさんは、迷いのない様子で断言する。
「――それでも、国王陛下ならば、きっと成し遂げられますわ」
お兄さんならば、できる。
彼女にそう信じさせるだけの生き方を、お兄さんはして来たんだろう。
だけど、その姿を自分の目で見ていないわたしは、憧憬の目を向けるだけじゃなく、なにか手伝えないか、と思ってしまう。
ひょっとしてそれは、家臣でも部下でもなく、夫婦という対等のパートナーになってしまったから、なのかもしれない。
「なにか……かあ」
考えながら、お菓子をつまむ。
と、上の空だったせいで、リンゴのタルトの生地が、口元からこぼれた。乗った。胸に。
衝撃とともに――閃いた。
「――これは……」
――いけるか……スマホ?
そんな悪魔的な発想が、脳裏をよぎった。
胸の上にスマホを乗せる。
そんな光景に抱いた、ときめきにも似た感情を思い出す。
正直、自分でやるのは、なにか違う気がしたが、やってみたいという好奇心が納まらない。わたしサイズを考えると、すこし厳しいかもしれないが、何事もチャレンジだ。
もちろんここにはスマホなどない。
代わりになにか……と、部屋の中を探して。見てしまった。
鬼の表情をした、ロマさんを。
「王妃様?」
はい。すみません。ノーマナーでしたね。
でもロマさん。きみお菓子をこぼしたことより、それが胸に鎮座してしまったことに怒ってるでしょ絶対!? ロマさんならスカートにダイレクトだもんね!
「……ひさしぶりにテーブルマナーのお勉強、いたしましょうか?」
外ではヒャッハーの声が聞こえます。
奴らがあんなに自由なのに、わたしはなぜ完璧なマナーを求められるのでしょうか。
まったくの自業自得ながらも、世の理不尽を感じざるを得ない。そんな昼下がりでした。