72 凱旋
さて、皆様。
凱旋、と聞いて、何を思い浮かべるでしょう。
──勝利を携え、故郷へ帰還する。
凱旋の意味に幅広い解釈はありませんが、それでも。
思い浮かべるイメージは、人によって違うと思います。
たとえばスポーツ選手が、海外の大会で、勝利を飾って帰ってくることだったり。
たとえば発祥は古代ローマにまで遡るという、勝利と凱旋を記念する門──凱旋門だったり。
あるいは異郷で成功を収めた人間が、故郷に錦を飾る光景を思い浮かべる方もいることでしょう。
わたしの場合は、やはりフランスの凱旋門。
ナポレオン・ボナパルトが、アウステルリッツの戦いでの輝かしい勝利を記念して作らせた──いわゆるエトワール凱旋門でしょうか。
単純に「凱旋」とつく言葉で聞く機会がもっとも多いものですし、かのナポレオンの戦争芸術を記念した建造物だと思えば、歴史好きとしては、そこにロマンを感じずにはいられません。
という話は、さておき。
風の邦の一件にも一段落つきました。
低地総督アルサーブは我々との情報共有後、国王の待つ船の邦に帰っていった。
もとより、目的は顔合わせ。北の要地を長期間開けていられる身ではないから、これは当然といえる。
現地領主たちの陳情も落ち着いて、あとは白の聖女の従者としてわたしに従うことになったザイン・ザイノフスクに任せられる目処もたった。
唯一ザインとともに反乱で死ぬつもりだった3人の武人領主が、領地の返上と一武将としてわたしに仕えることを望んだが……ただでさえ人手不足のところを貴重な領地経営者を失うわけにはいかない。
結局ザインが責任を取って、彼らの一族ごと領地を一時預かることになった。領主不在の地に家臣を送って、元領主の親族と協力してジリ貧だった経営を立て直さなきゃいけないという、実質罰ゲームである。
まあわたしの腹心として、頑張って尻拭いしてほしい。
元は焚き付けたザイン本人の責任なのだし。
ともあれ後事をザインに託して、わたしたちは王都に戻った。
行きのような強行軍ではなく、普通に馬を走らせたため、王都にたどり着いたのは風の邦を出て8日後のことだった。
そして。
王都で待っていたのは、住民の歓呼の声だった。
王都中央を貫き、花の宮殿へと伸びる石畳の大通りの左右には、民衆が隙間なく並んでおり、口々に「万歳」を叫んでいる。
王の祝祭もかくやという歓迎ぶりに戸惑うしかない。
内実はともかく、名目上わたしの風の邦行きは、ただの白の聖女に関わる儀礼的なもの。
民衆にとって王妃の姿を見る機会は少ないとはいえ、この熱狂は異常とも感じられる。
──まるで凱旋将軍のような。
そう思い、冒頭のように「凱旋」という言葉に思いを馳せていると。
わたしの困惑を察したのだろう。男装の麗人ユラが、馬腹を寄せて話しかけてきた。
「──王妃様。一連の動きの意味を知らずとも、王都から風の邦まで、通常の行軍で20日。早馬でも4日かかる距離を、わずか2日で駆け抜けたというのは、前代未聞です。これに心躍らぬ民は居ないでしょう」
「なるほど、レースなんかで世界記録出して称賛される的な……」
ユラの話に納得する。
わたしがやったことは、冒険家やアスリート的な偉業なのだ。
しかもそれを成したのが自国の王妃だったら、と想像すると……この熱狂も納得できる。
「ヒャッハー!」
「てめえら、オレたちが帰ってきたぜー!」
「わはははは! なんか知らねーがお祭り騒ぎみてえだな! 酒が呑みてえぜー!!」
歓呼の声で迎える民衆たちに、ヒャッハーたちがブンブン手を振ってるのを優しく見守りながら、王城へと向かう。
ザインの反乱に同調していた風の邦の元領主たちも、まるで元からそうだったかのようにヒャッハーに溶け込んでいる。きっと元から領主には向いてなくて、ヒャッハーの素質があったんだろう。
柔らかな日差しに照らされながら、大通りを進む。
王都を出た時より、人々ひとりひとりの顔がはっきりとわかる気がする。
なんだかんだ、出征のときは緊張していたってことだろう。戦いにはならなかったとはいえ、実質初陣だ。仕方ない。
いまは、視界が広く感じる。
永の時を刻み、人工の不自然さから抜け出した石畳の通りや石造りの家々。
王不在の期間が長く、寂れていたとはいえ400年続く日輪の王国の王都だ。やはりふさわしい風格を感じる。
居並ぶ民衆は老若男女の区別なく、みな一様に顔を輝かせている。
感じるのは、わたしやヒャッハーたちに対する尊敬、熱狂、誇り……一部困惑が混じっているのは、他国から来た人間か、あるいはしばらく他所に出ていて事情を知らない者か。
歓声に押し出されるように馬を進め。
やがて通りは緩やかに上っていき、古の風格を備える花の王宮にたどり着く。
その、正門前には。
見知った顔が勢揃いで出迎えていた。
フィフィくんや宰相や大将軍、ヒャッハーに領主たち。
素直にうれしかったが、真っ先に駆け寄ってきた領主たちの様子がおかしい。
「え、へへ。王妃様もお人が悪い。おみそれしやしたぜ」
「強いなら強いって言ってくださいよ! 舐めた態度取ってすみませんっ!」
「王妃様ばんざーい!王妃様ばんざーい! オレは最初っから王妃様のこと信じてましたぜ!」
領主の方々、みんな顔を引き攣らせながら、媚びた笑み浮かべている。
なにごと?
と首を傾げていると、今度はロマさんが馬腹を寄せて、小声で解説してくれた。
「そりゃあ、以前の王妃様に対するこいつらの態度、わりと舐めてましたもの。これだけ実力を示せば、腰も低くなろうってものですわ」
舐められていた、とは思わないけれど。
ロマさんの言うように、今までの態度には、どこか侮りがあったのだろう。
武功を立てたわけでもない、明らかに非力な小娘相手なんだから、それもやむなし……だけど、今回の一件で、「戦になったら瞬殺される」って肌で感じたんだろう。それが態度として露骨に出たって感じか。
言われてみれば、領邦君主ふたりも、敵に回さなくてもよかったって安堵を隠せてないような。最初から敵にする気はありませんって。
「ママー! 行こう! 坊主もおやっさんたちも待ってるぜ!」
ヒャッハーの一人に促され、進む。
というかわたしはお前のママじゃない。
わたしの息子は門の前、一番向こうにいるフィフィくんだけだ。
フィフィくんは、先触れに出していたザインの息子ソレン、銀の王国のレイサム王子と肩を並べて立っている。
領主たち同様、レイサム王子もちょっと腰が引けてたりする。ちょっと傷つく。天真爛漫な笑顔で迎えてくれているフィフィくんが癒やしだ。
「王妃さま!」
膝をつこうとするフィフィくんを手で制し、下馬する。
いまのフィフィくんは、わたしに代わって王宮を預かる人間。
それにふさわしい礼がある……というか代理の地位を軽く扱うと領主さん方がわかりやすく舐めてくるのが目に見えている。
相対し、たがいに胸の前に手を合わせる拱手礼。
「おかえりなさい、王妃殿下。王都に大過ありません」
この態度だけでも、フィフィくんの成長が見て取れる。
王子として、あるいはハーヴィル王が望むように、次期国王として。フィフィくんは一歩、足を踏み出している。
緩みかけた顔を引き締めながら。
わたしはうなずいて、フィフィくんに言葉を返す。
「ご苦労さま、フィフィ王子。わたしの、ひいては国王陛下のお役目を摂行する大役、よく務められました」
◆
「フィフィくーん! 留守番よく頑張ったね! 偉いよ! わたしも助かった! ありがとう!」
「王妃様。そこから一歩でもフィフィに近づけば刑吏を呼びますよ」
その後、人目を気にしなくてもいい場でフィフィくんを労おうとしたらロマさんに全力で止められた。解せぬ。
お久しぶりです。
ゆるゆると進めていけたらと思います。
お付き合いいただけましたら幸いです。




