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71 低地総督アルサーブ

おひさしぶりです。


 さて、皆様。

 名将、と聞いて、どんな方が思い浮かぶでしょうか。

 好きなスポーツの名監督を思い浮かべる方、歴史上の名将を思い浮かべる方、人それぞれだと思います。


 わたしはもちろん後者です。

 強大な軍事力を誇るローマを滅亡の縁まで追い詰めた、カルタゴの名将ハンニバル・バルカ。

 ビザンツ帝国にあって、主君に疎まれながらも、万能とも言える軍事的才能を発揮し続けた比類なき名将フラウィウス・ベリサリウス。

 大唐の太宗李世民の下、天下統一の覇業、強大な異民族の討伐に功を挙げ続けた常勝の軍神李靖。


 王や皇帝は別区分でイメージしてしまうので、省くとして。

 共通するのは、高い勝率を誇ること。それに、勝てるはずのない戦で勝利したこと、でしょうか。

 正直名将条件としては前者だけで充分だとは思いますけれど、それはそれとして、後者のエピソードがあると、わたし的にポイント高いです。


 というのはさておき。

 低地総督アルサーブ・アルザーブ。

 先の大戦においては、ハーヴィル王に一手の戦場を預けられ、その信頼を裏切らなかった。

 現在は、船の邦ナビシア沃野の邦フェルティリア――壊滅したふたつの領邦の統治を任され、大過ない。


 まず、名将と言っていい。


 しかも、若い。

 大将軍バルトやザイン・ザイノフスクもその地位を考えれば若いが、将として脂の乗り切った、という形容がふさわしい年齢。

 対してアルサーブ将軍は、お兄さんと同年代――20そこそこだ。これほど若いのは、赤将軍ヒャッハージャックさんくらいか。しかも評判を聞くに、気難しそう。



「なかなか……緊張しますね」



 ザイン・ザイノフスクを従えた、その場で。

 わたしはあらためて襟元を正した。







「アルサーブの奴が、来る?」



 低地総督アルサーブ・アルザーブ来たる。

 その報せに接したザインは、口元をわずかにひくつかせた。


 反応から察するに、彼のことが苦手なんだろうか。



「……おい、主殿よ。俺のことをまだ必要と思うなら、ぜひともお願いしたい」


「どうしたんです? あらたまって」


「俺を庇ってくれ……いや、自分の身は自分で守るが、奴を止めてくれ」



 ん? どういうこと?


 言葉の意味を察しかねていると。

 護衛役の女傑、フェリア領主夫人アルヌ・ゴッタルドが、端正な形の眉をひそめ、ため息をついた。



「見苦しいですわよ、ザイン・ザイノフスク。自業自得です」


「アルヌ殿。責めは甘んじて受ける。受けるが……俺のこの命は王妃殿下のものだ。むざむざ奪われるわけにはいかん」


「ふむ。それもそうですわね」



 矛先を収めるアルヌさん。


 ちょっとまってほしい。

 ザインさんほどの武人が、死を覚悟しなければいけない?



「……あの、ザインさん。アルサーブ殿はそれほどまでに、その……お強い方なんですか?」


「戦場で遅れを取る気はねえよ。だが、白の聖女が絡んだあいつは手加減なしだ。一方こっちは陛下の股肱を傷つけるわけにはいかねえ」


「ああ、なるほど……白の聖女絡みで沸点低いのは、どうしてです?」



 敬虔な経典教徒。

 白の聖女の信奉者。

 そんな話は聞いたことがある。

 だが、そのレベルで沸点低い人?

 いや、たしかに名将、かつ変なベクトルで突き抜けてるって人も、歴史上の名将の中には居るけど……



「リュージュ様。アルサーブ殿はちょっと度の過ぎた白の聖女信奉者フリークで……」


「と、いうのは表の理由でな」



 アルヌさんの言葉を、ザインが遮る。

 彼女は抗議しようとして……視線を別の方へ。



「ぶっちゃけあいつ、俺の遠縁なんだよ。もちろん契約だのなんだのって話が出るような近い関係ではないんだが……なぜか白の聖女に対する忠誠心だけは、先祖返りしたような厚さでな」



 言いながら、ザインは視線をアルヌさんと同じ方向へ。

 腰の獲物に手をやってるってことは……たぶんご本人か。


 あ、単騎で馬が駆けてくる音がわたしにも。



「うぅぅぅぅおぉぉぉぉっ!!」


「ちょっと待て! 場所が、人の目があるここじゃ拙い!」



 雄叫びを上げながら、こちら目掛けて一直線に馬を駆る、全身鎧の武将。

 ザインが自重を促すが……ぜんぜん止まる気なさそう。止めないと。



「お待ちください。アルサーブ様!」


「承知仕りましたぁっ!」



 声を上げた刹那、武将は思い切り手綱を引き、ザインのすぐ横で馬首をこちらに向ける。

 ぎ、ぎりぎり間に合った。傍目には馬術を披露したと映ったらしく、その妙技に領主たちが歓声を上げる。


 アルサーブは声援など意に介さず、下馬して片膝をつき、こちらに礼を取る。


 やはり、若い。年の頃は二十代半ば。

 顔の作りは端正で、麦藁色の長髪を、ゆるく編んでまとめている。

 細身の体格なのだろうか。鎧姿もほっそりとしていて、遠間から見れば女性と見間違うかもしれない。

 ものすごく失礼な話だけど、男装のユラさんと見比べれば、どっちがどっちかわからなくなりそう。



「王妃殿下! お初にお目にかかります! ハーヴィル殿下が股肱の臣! アルサーブ・アルザーブと申します! どうか殿下の敵を討滅する許可を!」



 いきなり沸点が振り切ってらっしゃる!?

 この人レベルなら全貌見えてるはずなのに、わたしに鉾を向けただけで絶許判定!?



「なりません。この者の身はすでにわたしの所有するところ。あなたであれば、この意味がわかるはずです」



 わたしがさらに制止すると、アルサーブはぱっと顔を輝かせる。



「おお、ザイノフスクに認められるとは、さすがは真なる白の聖女!」



 声がでかい。

 言ってることがライン超え気味。

 遠巻きにとはいえ領主たちが囲んでる現状、この声量でこの発言はヒヤヒヤする。



「アルサーブ様。その話は場所を移してから。それよりも、陛下から、なにかお言葉があるのではないですか?」


「おお、そうでした! 陛下より王妃殿下へ無上の感謝と信頼を。そして王妃の言葉は我が言葉である。フィンバリー王子も王妃をよく輔けてくれている、と」



 うん。王都で留守居役してるフィフィくんも、わたしを輔けてくれた。

 それを皆に気づかせてくれる気配りは、さすがお兄さんだ。


 ……で、他の家臣たちへの報奨はわたしがやっといて、ってことでもあるんだろうなあ。



 ――来てくれなかったのは不満だけど……期待されたら、応えるしかない。



 ともあれ、本気でアルサーブさんの行動が読めないので、ひとまずこの場はお開きとして、場所を変えましょうか。







 場所を移して、領主に提供された屋敷。

 戦が無事終わったことをロマさんに報告してから、応接部屋で低地総督アルサーブと会見する。


 同席するのは、ユラさんほか護衛数名。

 ザイン・ザイノフスクは、とりあえずアルサーブから離すことにした。



「では、あらためて、お話しましょうか。アルザーブ殿」


「はい。白の聖女様。あらためて、お会いできて光栄です!」



 お、おう……涙流して喜ばれると……正直引く。

 なんだか押されっぱなしだ。威厳とか気格とは関係ない部分で。



「最初に言っておきます。わたしは白の聖女です。ですが先代――真田幸村様と違い、戦う者ではありません。武に関しては、はっきり言って弱い」


「だが、強い。ザインにアルヌ殿、そこの彼女ユラ、名だたる将を従えている……そして今回の戦略。あなたは間違いなく戦う者。武を司る聖人――白の聖女だ」



 そう考えると判断して、お兄さんは今回あなたを派遣したんだろうけどね。


 わたしの動き、戦略眼、干戈を交えぬ戦での呼吸。

 そんなものを肌で感じてもらって、白の聖女厄介信者のこの人に、解釈不一致で敵意を持たれないために。



 ――まあ戦略も手際も、みんなの協力あってのことなんですけどね。



「わたしはあくまで輔ける者。ハーヴィル王の補翼こそわたしの望みです」


「ええ、わかっておりますとも。それこそが、白の聖女らしきあり方。このアルサーブ、感服いたしました!」



 やりにくい。

 もっと意見やダメ出ししてくれたほうがやりやすいんだけどな、と思うのは、宰相閣下や大将軍のような年長者に、そうして輔けられてきたからだろう。



「それで、アルサーブ様。陛下よりわたし個人に、なにか言伝があるのではないですか?」



 先の伝言は、公の場で聞かせるためのもの。

 それ以外にも何か言伝があるはずだ……というか、無いと困る。



「はっ。北の状況と今後の展望について。北洋帝国は、南を抑える王叔が傑物で、おそらくは二年以内にカタがつくだろう、と。そうなれば、勢力としては脅威ではあっても、難しい外交を強いられることはなくなるだろうと」



 なるほど。

 たしかに分裂状態の各勢力と個別に交渉を重ねるよりは、一本化できたほうが負担は少ない。


 ただ……北洋帝国、国内の産業もひっどいことになってるんだろうなあ。

 津波を生き延びた穀倉地域だけで、国内の人間すべての腹を満たすのは不可能だろうし、他国への略奪に目が行く可能性は十分にある。


 まあ、津波で船がないのと海の民故に沿岸部に住む人間が多く、うちより多くの人が死んだこと、内戦でこれからより多くの人が死ぬこと……これ人口調整にもなってるな。


 救いがないけど、こっちはこっちで食料を低地両邦に送ってなんとか凌いでる現状、支援は難しい。

 低地両邦が復興してたら、むしろ北国街道の流通を活発化させるいい食料輸出先になるのになあ。バイキング的な意味で食料輸出先になるかもだけど。


 ともあれ、外交的な困難さえなんとかなれば、あとは低地総督に任せて、お兄さんは戻ってこれる。


 最長二年。

 ちょっと長いが、みんなが居ればなんとかなるだろう。


 それよりも心配なのは、お兄さんのほうだ。

 情勢によっては、北からの侵略を受けかねない現状、寡兵で船の邦ナビシアに居るお兄さんの身の安全は、ちょっと不安だ。


 頼りになるのは、一にも二にも目の前の彼の存在。

 だからわたしは、アルサーブに願いを伝える。



「アルサーブ殿。陛下をお頼みいたします」



 その言葉に。

 低地総督アルサーブ・アルザーブは端正な顔に微笑を浮かべ、言った。



「元より、我が忠誠は陛下に。信仰はあなた様に捧げております。お二方のためとあれば、万難を廃して」



 妙な人です。

 おそらくは、変人揃いの日輪の王国でも、有数の。

 だけど、同時に。お兄さんにとってもわたしにとっても、なくてはならない人だと、そう、感じました。



「それから、帰ったら話したいことがある。その気持ちは、今も変わっていない、と」



 ……はい。






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― 新着の感想 ―
[一言] とても面白くてあっという間に読んでしまいました! 王が帰ってきてからの展開が気になりすぎで夜しか眠れない… 続きが読めるのを楽しみにしてます
[一言] 帰ったら告白するフラグ
[一言] わーい待ってました~!  アルサーブさんこれは忠義MAXですわ……
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