表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/74

06 国王ハーヴィル



 さて、皆さま。

 王様、と聞いて、どのような人物像を思い浮かべるでしょうか。

 白い髭をたくわえた、無理難題を押し付けてくる一見好々爺か、あるいは隙あらば隣国を攻めようとする、覇気過剰な黒ひげ中年か。人によって様々なイメージがあると思います。


 ですが、そこに一言、国を興した初代、と加えると、どうでしょう。

 大志を抱く一代の英傑。仁徳を備え、多くの有能な武将や軍師に忠誠心を捧げられる王者。しかも大抵が若い――といったイメージに落ちつくのではないでしょうか。


 まあ創作の、戦記ものの主人公像って、だいたいそんな感じですしね。

 三国志演義の劉備りゅうびなんかが、イメージの根底にあるのかもしれませんが、だいたい共通の人物像を持っている気がします。


 わたしの夫にして日輪の王――ハル・ハーヴィル・エンテア・ソレグナムは、実はその人物像に極めて近い。

 わたしにとってのお兄さんは、どっしり構えた糸目の好青年なんだけど、共に戦乱の時代を生きた人々にとってはまた違うようで、教育係のロマさんが熱く語るお兄さんの姿は、まるで神話の時代の英雄王だ。あの娘、お兄さんのことになると気持ち悪くなるよね。


 まあロマさんの欲目は置いておくにしても、お兄さんがすごい人なのは間違いない。

 生まれこそ領邦君主の二男だが、戦乱の中、故郷は焦土と化し、肉親を失って、出発点はほとんど身ひとつからだ。

 そこから、兵を募り旗をあげ、同様に半壊状態にあった王冠同盟諸邦を切り従え、反乱軍を討滅し、かつての日輪の王国の版図を200年ぶりに統合した、破格の英雄なのだ。“大志を抱く一代の英傑”と呼ぶにふさわしいだろう。ああみえて。


“仁徳を備え、多くの有能な武将や軍師に忠誠心を捧げられる王者”、という点に置いても、条件は満たしている。その武将たちがちょっとヒャッハーなだけで。


“若さ”に関しても、申し分ない。

 旗揚げ時15歳で、現在23歳。建国の王様としては、ちょっと若すぎるくらいだ。

 まあ元の世界だと社会人一年生ってところなので、16歳のわたしから見るとおじさんと呼ぶかお兄さんと呼ぶか、迷う年齢ではあるのだけど。


 そんな、想像上の英雄を体現したかのようなお兄さんと結婚した、わたしの明日はどっちだ。

 いや、お兄さん本人よりも、周りを取り巻く環境ヒャッハーのほうがよっぽど問題なのだけど。



「……と、いうわけで、大将軍と出会ったよ」



 夜。王様のベッドで近況を報告する。

 わたしとお兄さんは夫婦だからして、こうしてたまにいっしょのベッドで夜を過ごすわけである。

 それ以上のことをするわけじゃないから、気にしないけど、お兄さん、よく我慢できるねと感心したりもする。


 鏡で見て初めて知ったけど、ちょっとびっくりするくらいの美少女だし、おっぱい大きいし。

 わたしも慣れるまでは、裸を見るたびにドキドキしたものだ。さすがにもう馴れちゃったけど。



「そうか」



 と、お兄さんは微笑む。

 お話しするとき、お兄さんは決まってベッドに腰をかけて、ゆったりと構えている。



「会ってみて、どう思った?」


「うーん……調子のいい酔っ払い中年、かな? でも、それだけじゃないんでしょ?」



 バルト閣下は建国の功臣だ。つまりは功績で大将軍になった人だ。

 ただの酔っ払いのわけはないし、話していて感じるところもあった。

 動きも、見習うべきところがあるのかもしれないが、真似すると酔拳になりそうだから困る。


 それはさておき。



「――やわらかくて、大らかで、人とぶつからない。きっとあの人は、あの調子のまま、自然体でヒャッハーたちを率いられるんじゃないかな」


「ヒャッハーというのは、うむ。わからんでもないが……まあ、その通りだ。大将軍は、クセの強い諸将を使いこなせる、希有けう将器しょうきの主だ」



 微笑を浮かべたまま、お兄さんはうなずいた。

 すこしうれしそうかな?



「年長者ということもあって、性格的にも大人で、政治も分かる。大将軍の座に不足はない。なにかあれば、頼りにして間違いない」



 評価は高いんだろうとは思ってたけど、手放しの賞賛だ。酔っ払いなのに。

 と、表情に出ていたのか、お兄さんが苦笑を浮かべる。



「……だが、見ての通りの人間でもあってな。偽悪的というか、世間体をまるで気にしない人でもある。そのせいで、とかく若い近侍や官僚から悪印象を持たれているが……あの・・諸将を率いる立場上、どのみち避けられんところもあってな」



 ああ、王宮で騒ぐヒャッハーたちへのヘイトを、一番えらいさんの大将軍も被ってるってことか。



「……あれ? もしかして大将軍って、実はすごく大変?」


「そう思うと、あの態度も、なかなか大物に見えてくるだろう?」



 たしかに。

 騙されてる気もするけど。

 というか完全に天然でやってるよなって思うけど、それでも大物に思えてくる。



「そうだ。リュージュ」



 と、思い出したようにお兄さんが手を打った。



「なに、お兄さん?」


「偶然にしろ、大将軍と会ってしまったなら、宰相とも顔を合わせておいた方がいい。でないと宰相がへそを曲げる」



 ――うん?



 一瞬首をひねる。

 宰相といえば、白ひげでピンと背筋の伸びた、いかにも君子然とした男だ。

 いや、いま思い浮かぶのは、激怒してヒャッハーどもを広間から引きずり出してる時の姿だけど。



「拗ねるんだあの人」


「他ならぬ大将軍のこととなるとな」



 お兄さんがそう言うのだから、互いにか一方的にか、反目する関係ということだろうか。



「――それにリュージュ、お前の後見でもある。あらためて挨拶しておいた方がいい」



 そういえばそうなのだ。

 異邦人のわたしは、あたり前だが後ろ盾になる実家がない。

 公人としても、それじゃ支障が出るので、宰相がわたしの庇護者になってくれているのだ。といって、親しく話したことは、実はないのだけれど。


 ロマさんの親玉みたいなザ、堅物なイメージがあるのでちょっと怖いけど、そういう事情なら、会わないわけにもいかない。



「わかった。早いうちに宰相と会っておくよ」


「ああ。頼む」



 と、会話が途切れた。

 なんとなく、沈黙が続く。

 お兄さんが、なにかを言いたそうにじっとこちらを見ている。


 どうしよう。

 これ、そういう・・・・雰囲気なんだろうか。


 いやいや。

 ちゃんと約束してるし。

 無理だし。でも力では敵わないから、いざというときは急所を蹴りあげて……なんて、考えていると、お兄さんは「あー」と言葉を探すように唸った。



「ところで、リュージュ。ほかに、話すべきことがあるのではないか?」


「話すこと?」



 と、言われて。

 なんだかそわそわするお兄さんを見て。

 ピンと来た。


 そういえばお話しすることがあった。

 大将軍の話を先に済ませておこうと思って後回しにしていた、大事な話が。



「なにかあったかなあ?」



 でも、あえてとぼけてみる。



「ええい、とぼけるのはよせ。フィフィのことだ。会ったのだろう?」


「会った。いい子だった。可愛かった。癒された」


「なんとうらやましい」



 なんというか、心の底からの声だった。

 わかる。お兄さんも政務に忙殺される日々なのだ。癒しが欲しいに違いない。



「いっしょにお茶を飲んだんだけどね。こう、お茶碗を持つ手が、まだたどたどしくてね。でも一生懸命なのがわかって、ものすごく可愛いというか……お兄さん、目が怖いよ」


「すまん。うらやましすぎてな。つい嫉妬の念が滑ってしまった。すまん。絵を見て気を落ち着ける」



 嫉妬の念って滑るんだろうか。

 というかお兄さん、いまどこから絵を出した。

 というか、その、手のひらサイズの姿絵に描かれた、金髪の少年って。



「それ、すこし幼いけど……フィフィ君?」


「ああ。以前に描かせたものだ」



 そう言って、両手で大事そうに絵を抱えるお兄さん。

 なんだか、スマホの待機画面を、息子の写真にしているお父さんみたいだ。



「いいなあ。わたしも一枚欲しいかも」


「これはやらぬぞ」



 本気の声だ。

 でもわかる。



「取らないよ。大事なものなんでしょ? わかるよ」


「わかってくれたか! 見てくれ。この優しげな眼もと! 義姉上譲りの優美な鼻筋! あどけないながらも凛々しさを感じさせる口元! 将来は誰もが見惚れる美男子になる事間違いなしだと思わんか!?」



 そんなこんなで、その日はフィフィ君のお話を、たくさんしました。


 我が国の王様は、間違いなく素晴らしいお方です。

 ですが、甥っ子への愛情が過多に見えて、すこし心配になることもございます。犯罪的な意味で。


 お兄さん、フィフィ君のことになると、気持ち悪くなるよね。



わたしがママになるんだよ! におつき合いいただき、ありがとうございます!

しばらく更新が不定期になると思いますが、よろしくおつき合いください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ