06 国王ハーヴィル
さて、皆さま。
王様、と聞いて、どのような人物像を思い浮かべるでしょうか。
白い髭をたくわえた、無理難題を押し付けてくる一見好々爺か、あるいは隙あらば隣国を攻めようとする、覇気過剰な黒ひげ中年か。人によって様々なイメージがあると思います。
ですが、そこに一言、国を興した初代、と加えると、どうでしょう。
大志を抱く一代の英傑。仁徳を備え、多くの有能な武将や軍師に忠誠心を捧げられる王者。しかも大抵が若い――といったイメージに落ちつくのではないでしょうか。
まあ創作の、戦記ものの主人公像って、だいたいそんな感じですしね。
三国志演義の劉備なんかが、イメージの根底にあるのかもしれませんが、だいたい共通の人物像を持っている気がします。
わたしの夫にして日輪の王――ハル・ハーヴィル・エンテア・ソレグナムは、実はその人物像に極めて近い。
わたしにとってのお兄さんは、どっしり構えた糸目の好青年なんだけど、共に戦乱の時代を生きた人々にとってはまた違うようで、教育係のロマさんが熱く語るお兄さんの姿は、まるで神話の時代の英雄王だ。あの娘、お兄さんのことになると気持ち悪くなるよね。
まあロマさんの欲目は置いておくにしても、お兄さんがすごい人なのは間違いない。
生まれこそ領邦君主の二男だが、戦乱の中、故郷は焦土と化し、肉親を失って、出発点はほとんど身ひとつからだ。
そこから、兵を募り旗をあげ、同様に半壊状態にあった王冠同盟諸邦を切り従え、反乱軍を討滅し、かつての日輪の王国の版図を200年ぶりに統合した、破格の英雄なのだ。“大志を抱く一代の英傑”と呼ぶにふさわしいだろう。ああみえて。
“仁徳を備え、多くの有能な武将や軍師に忠誠心を捧げられる王者”、という点に置いても、条件は満たしている。その武将たちがちょっとヒャッハーなだけで。
“若さ”に関しても、申し分ない。
旗揚げ時15歳で、現在23歳。建国の王様としては、ちょっと若すぎるくらいだ。
まあ元の世界だと社会人一年生ってところなので、16歳のわたしから見るとおじさんと呼ぶかお兄さんと呼ぶか、迷う年齢ではあるのだけど。
そんな、想像上の英雄を体現したかのようなお兄さんと結婚した、わたしの明日はどっちだ。
いや、お兄さん本人よりも、周りを取り巻く環境のほうがよっぽど問題なのだけど。
「……と、いうわけで、大将軍と出会ったよ」
夜。王様のベッドで近況を報告する。
わたしとお兄さんは夫婦だからして、こうしてたまにいっしょのベッドで夜を過ごすわけである。
それ以上のことをするわけじゃないから、気にしないけど、お兄さん、よく我慢できるねと感心したりもする。
鏡で見て初めて知ったけど、ちょっとびっくりするくらいの美少女だし、おっぱい大きいし。
わたしも慣れるまでは、裸を見るたびにドキドキしたものだ。さすがにもう馴れちゃったけど。
「そうか」
と、お兄さんは微笑む。
お話しするとき、お兄さんは決まってベッドに腰をかけて、ゆったりと構えている。
「会ってみて、どう思った?」
「うーん……調子のいい酔っ払い中年、かな? でも、それだけじゃないんでしょ?」
バルト閣下は建国の功臣だ。つまりは功績で大将軍になった人だ。
ただの酔っ払いのわけはないし、話していて感じるところもあった。
動きも、見習うべきところがあるのかもしれないが、真似すると酔拳になりそうだから困る。
それはさておき。
「――やわらかくて、大らかで、人とぶつからない。きっとあの人は、あの調子のまま、自然体でヒャッハーたちを率いられるんじゃないかな」
「ヒャッハーというのは、うむ。わからんでもないが……まあ、その通りだ。大将軍は、クセの強い諸将を使いこなせる、希有な将器の主だ」
微笑を浮かべたまま、お兄さんはうなずいた。
すこしうれしそうかな?
「年長者ということもあって、性格的にも大人で、政治も分かる。大将軍の座に不足はない。なにかあれば、頼りにして間違いない」
評価は高いんだろうとは思ってたけど、手放しの賞賛だ。酔っ払いなのに。
と、表情に出ていたのか、お兄さんが苦笑を浮かべる。
「……だが、見ての通りの人間でもあってな。偽悪的というか、世間体をまるで気にしない人でもある。そのせいで、とかく若い近侍や官僚から悪印象を持たれているが……あの諸将を率いる立場上、どのみち避けられんところもあってな」
ああ、王宮で騒ぐヒャッハーたちへのヘイトを、一番えらいさんの大将軍も被ってるってことか。
「……あれ? もしかして大将軍って、実はすごく大変?」
「そう思うと、あの態度も、なかなか大物に見えてくるだろう?」
たしかに。
騙されてる気もするけど。
というか完全に天然でやってるよなって思うけど、それでも大物に思えてくる。
「そうだ。リュージュ」
と、思い出したようにお兄さんが手を打った。
「なに、お兄さん?」
「偶然にしろ、大将軍と会ってしまったなら、宰相とも顔を合わせておいた方がいい。でないと宰相がへそを曲げる」
――うん?
一瞬首をひねる。
宰相といえば、白ひげでピンと背筋の伸びた、いかにも君子然とした男だ。
いや、いま思い浮かぶのは、激怒してヒャッハーどもを広間から引きずり出してる時の姿だけど。
「拗ねるんだあの人」
「他ならぬ大将軍のこととなるとな」
お兄さんがそう言うのだから、互いにか一方的にか、反目する関係ということだろうか。
「――それにリュージュ、お前の後見でもある。あらためて挨拶しておいた方がいい」
そういえばそうなのだ。
異邦人のわたしは、あたり前だが後ろ盾になる実家がない。
公人としても、それじゃ支障が出るので、宰相がわたしの庇護者になってくれているのだ。といって、親しく話したことは、実はないのだけれど。
ロマさんの親玉みたいなザ、堅物なイメージがあるのでちょっと怖いけど、そういう事情なら、会わないわけにもいかない。
「わかった。早いうちに宰相と会っておくよ」
「ああ。頼む」
と、会話が途切れた。
なんとなく、沈黙が続く。
お兄さんが、なにかを言いたそうにじっとこちらを見ている。
どうしよう。
これ、そういう雰囲気なんだろうか。
いやいや。
ちゃんと約束してるし。
無理だし。でも力では敵わないから、いざというときは急所を蹴りあげて……なんて、考えていると、お兄さんは「あー」と言葉を探すように唸った。
「ところで、リュージュ。ほかに、話すべきことがあるのではないか?」
「話すこと?」
と、言われて。
なんだかそわそわするお兄さんを見て。
ピンと来た。
そういえばお話しすることがあった。
大将軍の話を先に済ませておこうと思って後回しにしていた、大事な話が。
「なにかあったかなあ?」
でも、あえてとぼけてみる。
「ええい、とぼけるのはよせ。フィフィのことだ。会ったのだろう?」
「会った。いい子だった。可愛かった。癒された」
「なんとうらやましい」
なんというか、心の底からの声だった。
わかる。お兄さんも政務に忙殺される日々なのだ。癒しが欲しいに違いない。
「いっしょにお茶を飲んだんだけどね。こう、お茶碗を持つ手が、まだたどたどしくてね。でも一生懸命なのがわかって、ものすごく可愛いというか……お兄さん、目が怖いよ」
「すまん。うらやましすぎてな。つい嫉妬の念が滑ってしまった。すまん。絵を見て気を落ち着ける」
嫉妬の念って滑るんだろうか。
というかお兄さん、いまどこから絵を出した。
というか、その、手のひらサイズの姿絵に描かれた、金髪の少年って。
「それ、すこし幼いけど……フィフィ君?」
「ああ。以前に描かせたものだ」
そう言って、両手で大事そうに絵を抱えるお兄さん。
なんだか、スマホの待機画面を、息子の写真にしているお父さんみたいだ。
「いいなあ。わたしも一枚欲しいかも」
「これはやらぬぞ」
本気の声だ。
でもわかる。
「取らないよ。大事なものなんでしょ? わかるよ」
「わかってくれたか! 見てくれ。この優しげな眼もと! 義姉上譲りの優美な鼻筋! あどけないながらも凛々しさを感じさせる口元! 将来は誰もが見惚れる美男子になる事間違いなしだと思わんか!?」
そんなこんなで、その日はフィフィ君のお話を、たくさんしました。
我が国の王様は、間違いなく素晴らしいお方です。
ですが、甥っ子への愛情が過多に見えて、すこし心配になることもございます。犯罪的な意味で。
お兄さん、フィフィ君のことになると、気持ち悪くなるよね。
わたしがママになるんだよ! におつき合いいただき、ありがとうございます!
しばらく更新が不定期になると思いますが、よろしくおつき合いください!