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65 従う者


 さて、皆さま。

 白の聖女について、これまで知り得たことは、少なくありません。


 曰く、流浪の英雄、健国王ホーフが大陸に現れた当初から、その傍にあった。

 曰く、兵として抜群の武勇を備え、隊を率いて奇功を挙げ、軍を率いて敵なし。


 そして。

 教皇に聖女と讃えられ、建国王に忠を尽くし、今の世にも数々の文化を残した、おそらくは戦国の世の人間。


 彼女がなにを成したのか、400年後のわたしはよく知っている。

 だけど。彼女が何者で、なにを思い、この世界で生きたのか。400年を隔てた現代を生きるわたしが知る由もない。


 もし、過去の彼女と話ができたら。

 わたしと同じ境遇の彼女は、いったいどんな話をしてくれるのだろう。


 そう、思わずにはいられません。







 さて。

 きっかけは、フィフィくんとの会話でした。


 政務の合間の、何気ない雑談。

 あたらしくできた友達と、うまくいっているか。

 そんなありきたりな母子の話題に、フィフィくんは一瞬、迷ってから。



「リュージュさま、実は相談したいことがあるんです」



 そう、言いました。



「フィフィくん、聞かせてくれるかな。相談事ってなに?」



 さしあたって思い当たるものはない。

 あたらしくできた友達――ヴェーダ領主の息子、ソレンくんとは、うまくいっているように見えた。



「ソレンさんは、ちょっと愛想が悪いところがありますけど、いい人です。でも、リュージュさまを怖がってるというか、なにかを迷っているというか……そんなところがあって」



 告げ口の後ろめたさからか、フィフィくんはためらいながら語る。



 ふむ。と首を傾げる。


 恐れ、迷い。

 わたしが彼に、それを生じさせるような存在、なのだとしたら……原因は、ひとつ。白の聖女がらみしかない。



「ぼくには、打ち明けてくれませんでした」



 無念そうに、フィフィくんは言う。

 悩みを打ち明けてもらえるくらいには、仲良くなれたつもりだったのだろう。



「――でも、放って置いちゃいけないことだと思うんです」



 そんな、フィフィくんの思いに。

 母として返す言葉は、ひとつしかなかった。



「わかった。わたしに任せて」







 王妃と領主の息子。

 非公開、非公式に会うとなると、やはりお茶会に頼ることになる。


 了解を取り、即日のお茶会。

 やってきた少年――ソレン・ザイノフスクの表情は、わずかに硬い。


 要件を察したから、というよりは、わたしに関わる事自体を恐れているのだろう。


 白の聖女が育てた子供の子孫。

 そしてこの親子の、わたしに対するスタンス。

 白の聖女が、彼らの一族になにかを託しているのは間違いないと見ていい。



 ――さて、となると。



 彼の父、ヴェーダ領主ザイン・ザイノフスクとの面会を思い出す。


 あの時は、白の聖女に関する話題を避けられた。

 結果、出しそこねた宿題を、やり直すつもりで。

 ソレン・ザイノフスクに相対す。


 茶を喫して、落ち着いたところで。

 おもむろに、話題を切り出す。



「今日はあなたに尋ねたいことがあって、この席を設けました」



 ソレンくんが、心の中で身構えたのがわかった。

 なるほど。フィフィくんと話しているときの様子を見て、これを察するのは無理だろう。フィフィくんはよく見ている。



「わたしに関することで、なにか悩み、恐れている。わたしの目には、そう映っています。理由を、聞かせてくれませんか?」



 フィフィくんの名は出さなかったが、敏い彼なら察したかもしれない。

 友人に対する理解を深めたのは、なにもフィフィくんだけではなかったろうから。


 わたしの言葉に、覚悟を定めたのだろう。

 普段は感情の読めない少年の瞳に、強い力がこもる。


 その力を、そのまま言葉に込めて。少年は言った。



「自分が恐れているとすれば……あなたの正体を知ることで、選択・・の余地がなくなることでしょう」



 少年の言葉は、直接的ではなかった。

 しかし、意図は通じる。



「ザイノフスク家は、白の聖女からの遺命を託されている。そして、わたしの正体如何で、望まずとも敵対関係になるかもしれない、と」


「そのとおりです、王妃殿下。内容はどうか、聞いてくださいますな。私はフィンバリー殿下や王妃殿下に刃を向けたくない。かといって、遺命を捨てることもできないのです」



 親に捨てられた子供のように。

 少年は、寄る辺ない不安を無表情の奥からこぼした。



「それは、あなたの父も同じ思いですか?」



 思えば、彼の父、ザイン・ザイノフスクも、白の聖女に関しての会話を避け、また早々に王都を離れた。

 その理由は、いまのソレンくんと同様ではないかと、以前推測していたけれど。


 だが、わたしの質問に。

 ソレン・ザイノフスクはうなずかない。



「父は……父も、遺命に縛られることを厭うております。あの人は、昔も、今も、己の力と才覚のみを信じるいくさにんですから」



 突き放すような言葉。

 親子の距離が遠い。そう感じる。

 初めてこの親子と面会したときよりも、いっそう、だろうか。


 それは彼が、フィフィくんを己の主と見定めたためか。

 それともこの王宮で、親子の絆が解れるような、なにかがあったのか。



「あえて言いましょう」



 少年は言う。



「――私は、なにがあっても王室に忠誠を誓います。そのためなら、父に刃を向けることも厭わない。ゆえに、王妃様を試すような真似はできません」



 もし偽物であれば、王室に忠誠を誓う事は、叶わなくなるから。

 忠誠心ゆえに、わたしを試さない。それは、理解できる。


 だが……「父に刃を向けることも厭わない」

 そう言った彼の表情からは、間近に迫った現実を見据えたような、そんな切実さを感じる。



 ――これは。



 わたしが気づいたことを察したのか、少年の肩が、わずかに震える。


 どうすべきか。

 問い詰めるべきではあるが、フィフィくんの友人である彼に、己の意思で父を売らせるような真似はさせられない。


 しばし、思案してから。



「……あなたの思いはわかりました。その誓いは、我が王家にとって、そしてフィンバリー王子にとって、かけがえのないものです」


「ありがたきお言葉……」


「しかしわたしは、あえて尋ねましょう。白の聖女の遺命について、話せる範囲で、可能な限り教えてくれませんか?」



 少年は、しばし迷ってから。

 うめくように口を開いた。



「もし後世に白の聖女が現れたなら、その真偽を暴け。性質を暴け。そのための問いを鉄牌てっぱいに記して遺す。正しく答えた者を自分と思い仕えよ」



 そして、正しく答えられなかった者は、手段を問わず討て。だろう。


 その危険を犯してまで、ソレンくんの忠誠を買うべきか。

 彼自身の迷いと苦痛を解くためにも、彼を友と思うフィフィくんのためにも、挑戦する価値はあるんじゃないかと思う。



「……その鉄牌は、ここにありますか?」


「父より預かって、ここに」



 そこに忍ばせてあるのだろう。

 少年は、服越しに、胸元に手を当てた。



「ふむ……」



 あらためて、情報を整理する。


 様々な傍証から、白の聖女は戦国時代の人間の可能性が高い。

 そのわりに、サンダース・エマンスキーなんて名前なのは非常に不可解だけど……音だけで伝わったので、ロシア人めいた名前になったのかもしれない。


 そんな彼女が残した問い。

 それも、問われた者の真贋と性質を見極めるような。



 ――禅問答だったらどうしよう。



 一瞬嫌な予感が脳裏をよぎったが、多分それはない。

 様々な解釈や解答を、判定役のほうが管理しきれないだろう。


 だからまあ、それほど難しい問いではないだろう。

 そして、彼女のあり方を考えれば、白の聖女が望む性質は、おそらくはわたしの望むそれに近しい。


 正直、勝算は高い。

 でも、確実ではない。

 なにせ400年前のものだ。

 鉄牌自体の真贋や伝承過程での変質もあり得る。

 あと漢文だったらどうしようとか。クセ字だったらどうしようとか。


 ……ちょっと不安になってきた。

 せめて他にも残ってる文章とかがあれば、もうすこし安心して挑戦できるんだけど。



「――っ!!」



 気づいて、思わず声を上げかける。

 そうだ。あるじゃないか。白の聖女が文字を刻んでいそうなものが他に!



「――白の聖女の十字架杖を、ここに」



 教皇猊下より授かった、白の聖女の聖遺物だ。可能性は十分ある。


 ほどなくして、白の聖女の杖――装飾を施し、杖に仕立てられた十文字槍が運ばれてくる。



 ――教育係シャペローさんが分解して中子なかごを見たがってたなあ。



 などと思い出しながら、目釘を外して中子を検める。



「……ふふふ。なるほど、それでサンダース・エマンスキーですか」



 そこに刻まれていた文字を見て、思わず笑ってしまう。


 彼女が彼であったなら、そして彼女が仕え続けたというのなら、健国王ホーフもまた、異世界からやってきたのだろう。



「ソレン・ザイノフスク。あらためて、真偽を明かしましょう。鉄牌を見せてください」



 ソレンくんは、不安を隠しきれない様子ながら、それでも神妙に、胸元から取り出した肉厚の鉄の板を差し出してくる。

 丁寧に受け取り、検めると、劣化を想定してのことだろう。金象嵌きんぞうがんで細かな文字が刻まれている。



「これは……杖に刻まれているのと同じ系統の文字、ですか」



 後ろで見ていたロマさんがつぶやく。

 わたしはにっこりと笑顔を浮かべて、少年に答えた。



「答えは、“否”です」



 わたしの言葉に、ソレンくんは弾かれたように平伏した。



「あなたに絶対の忠誠を。願わくば父も同様にしてお救いください」



 十字架杖――十文字槍に刻まれていたのは、持ち主の名。

 すなわち真田左衛門佐サンダー・スエマンスキー


 そして鉄牌には、こう刻まれていた。



 ――汝豊家ホウケ二仇ナス者ナリヤ




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― 新着の感想 ―
[一言] ホーフ=豊右府ですよね(秀頼の最終官職は右大臣ですから) 真田左衛門佐も推理通りでやった~なのです しかし大阪落城を生き延びたのは、正直驚きだよ
[一言] サンダース・エマンスキーは意表を突いて三左衛門で鬼武蔵のパパさんかなとも思ってましたが やっぱり十文字槍の通りに六文銭の人だった そして、ホーフは豊府なのかしら?
[一言] これは大丈夫そうかな
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