62 賑わう宴
さて、皆さま。
王宮での宴、と聞いて、はたしてどんな光景が思い浮かぶでしょうか。
巨大かつ壮麗な大広間。
それを彩る、きらびやかな装飾に調度類。
世界中の食材を集め、一流の料理人が腕を凝らした、素晴らしい料理の数々。
洗練された音楽が流れる中、豪奢な衣装に身を包んだ貴族たちが、広間の随所で、教養豊かな会話を楽しんでいる。
そんな光景を思い浮かべる人が多数派でしょう。
――なんて独白を、結婚の披露宴でしていたなあ。
もはや慣れ親しんだ、世紀末の宴を見ながら、しみじみと思う。
季節は冬。
だというのに、王都では、少し肌寒い程度で、風はすでにぬるみ始めている。
押しかけてきた領主達によってにわかに賑わった王宮では、彼らのために宴が催されており、披露宴を思い出す世紀末な光景が広がっている。
あの時と違うのは、側にお兄さんが居ないこと。
まあ、寂しいって気持ちを否定する気はないんだけど……物理的な弊害として、矢面に立ってくれる人が居ない。
むしろフィフィくんのためにも、わたしが矢面に立ってる。
そのため、宴の間中、ひっきりなしに人が押しかけてくる。
それだけならいいんだけど、押しのけ、横入り、酔っぱらい上等な世紀末の宴なので、ちょっとしたきっかけで、比喩抜きで人の波が押し寄せてくる。
ヒャッハーたちが守ってくれなかったら、本気で押し潰されてたかも。
まあ、領主たちにされるまでもなく、現状、わたしを囲んで守るヒャッハーたちに潰されかねないんだけど。
なにせこの花の宮殿、狭い。
もともと国の規模に対して容量が足りておらず、ろくに地方領主が来れなかった先の披露宴でも少々窮屈だったのだ。
みんな一度に押しかけてきたら、そりゃあ手狭にもなる。
「このっ……あなたたちっ! もうすこし離れなさい!」
迫りくるヒャッハーたちの背中に向かって、ロマさんが悲鳴を上げる。
「んなこと言ってもこりゃ無茶だぜー!」
「騒ぎが落ち着くまでどうしようもないぜー!」
「巨――姐さんに密着しないようがんばってるのに殺生だぜー!」
ヒャッハーたちが反論するものの、ロマさんはなお猛抗議する。
「だからってわたくしにくっつくんじゃありません! わざとですか!?」
「姐さんならともかく、あんたとくっついても、ちっともうれしくねえぜー!」
「板だしなー!」
「いま最後に言った奴! ちゃんと声は覚えてますからね!」
ロマさん、落ち着いてください。
ヒャッハーの壁を内側から崩壊させようとしないでください。
◆
「……ふう」
なんとか混乱が収まったので、一息つく。
出来れば人混みのない場所に移動して落ち着きたいけど、わたしがいる場所に人が集まるのだから、どこに居ようと関係ないのが悲しい。
すこしは寛げるかと、屋外に場所を移した事もあったんだけど……あれはひどかった。
ごった返す人。
庭園にまであふれる人々。
手近な岩に立ち小便をする領主。
ブチ切れる芸術家領邦君主・ロッサ。
始まる殴り合いの喧嘩。囃し立てる領主達。始まる賭け。ものすごい既視感。
もうあるがままに任せて、この狂騒が落ち着くのを待とうと決心した瞬間である。
「……あ”ー」
わたしを守ろうと、積極的にヒャッハーたちに張り付いてたロマさんが、淑女が出しちゃいけない声を出しちゃってる。
「ロマさん、大丈夫?」
「あー、なんとか……無事、です」
かろうじて平静を取り繕いながら、ロマさんが返す。
これは本当に疲れてるな。
あとでゆっくり労ってあげよう。
……なんてことを考えてると、ヒャッハーが声を上げた。
「おお、リオンじゃねーか! 隅っこでなにこそこそしてんだ!」
「妹っ子も、盆栽の陰に隠れてないでこっち来いよー!」
「ヒャッハー! 飲もうぜー!」
あ、海の領邦君主さん居るのか。
隅っこの方に居るって……やっぱり先の大戦で敵対してたから、功臣だらけのこの集まりの中じゃ肩身狭いのかなあ。
そしてアンナさんは相変わらず観葉植物になりたい系女子なのか。
「そうだね。どさくさで私的制裁受けても困るし、みんなに釘指しとく意味でも、仲がいいとこ見せとこうか」
「過分な配慮かと思いますけれど」
「といっても、やっぱり問題起きるとまずいしね」
不満そうなロマさんに諭すと、海の邦の兄妹を呼び寄せる。
もう一人ついてきた。
わたしのお茶友にしておばちゃんこと、シルバニア領主夫人、レティーシア・ルットスタッドだ。ちょっと珍しい組み合わせだ。
「王妃殿下。ありがとうございます。ちょっと肩身が狭くて」
「あたくし、も……ありがとう、ございますっ」
海の邦の兄妹が、安堵の息をつく。
リオンさんはともかく、アンナさんは平常運転って気もする。
「――こっち、じゃ、なくて、殿方同士で、おたがい見つめ合ってくれたら……うぇへへへ」
うん。やっぱり相変わらずだった。
とりあえず、お疲れの二人を親しくねぎらう。
視線の圧が増した気がするけど、気にしない。
「ふたりはわたしの客人です。不自由があれば、何でも言ってくださいね」
「あっはっは。安心しなよぉ」
と、あかるく明るく笑って言ったのは、レティーシアさんだ。
「なにか言ってくるようなやつが居たらさぁ、うちが言い返してやるからよぉ!」
おばちゃん……!
ばん、と胸を叩くレティーシアさんには、頼りがいの塊みたいな安心感がある。
いや、ただ雰囲気だけじゃない。
旦那さんが名高い建国の功臣で、自身、王宮にずっと詰めっぱなしだったものだから、この人、地味にむちゃくちゃ立場が強い。
その上世話好きなものだから、新しくやってきた領主や、そのご婦人たちからも頼りにされているのだ。
「レティーシア様。頼りにさせていただきます」
「任しといてよぉ! 王妃様よぉ、ほかになんか問題ないかね?」
「いまのところ大丈夫ですかね……でも現状、人が多すぎて王宮の隅までは目が届かないので、なにかあったら教えていただけたら助かります」
「あいよぉ!」
と、おばちゃんが胸を張る。
ほんと頼りになる。
頼りになりすぎて、この人に取次役任せられたら楽だろうなあ、と思うけど、自重。
フィーバー時期と相まってとんでもない影響力持ちそうだし、そういうのは本人も望んでないっぽいし。
立ち位置的におばちゃんと同格のアルヌさんも、頼りにしたいとこだけど……あの人、武力と人格は信用できるんだけど、細やかな気配りとか出来そうにないしなあ。
「じゃあ、あんまり王妃様独り占めすんのもよくねえからよぉ、これで失礼するよぉ!」
「はい。レティーシア様も、あまり無理をなさらないよう」
「あっはっは、うちはおしゃべり大好きだからよぉ。こういう大騒ぎは嫌いじゃないんだよぉ!」
そう言って、おばちゃんは元気よくヒャッハーたちをかき分けていく。
それに続いて、リオンさんたちも挨拶をして去ろう、という段になって……にわかに、ひときわ大きな喧騒が起こった。
「なんだろう?」
と、首をひねってると、おばちゃんがあわてた様子で戻ってきた。
「王妃様よぉ、たったいま、うちじゃ無理な問題が起こったんだけどよぉ」
「――わたしが出ましょう。なにがあったんです?」
「アルヌっちゃんが浮気した旦那さんに斬りかかってるんだよぉ! さすがにマズいんで、助けてやってくれんね!」
それは、人類に可能なことなのだろうか。
ヒャッハーたちに視線を向ける。
止めに行ってほしいなー、という、期待のこもった視線だ。
みんな全力で明後日の方向を向いた。
きみたち……
「ママのためなら……!」
いや、きみの意気込みはありがたいけど、死を覚悟した表情で言うのはやめようじゃないか。
あとわたしはきみのママじゃない。
◆
とりあえず、アルヌさんの旦那さんは、そろそろ自重するか、おとなしくちょん切られていただきたい。
しみじみと。ええ、しみじみとそう、思います。