61 賑わう王宮
さて。
北国街道の安定をきっかけにした、国内の治安の劇的な改善。
各種物流の活性化を期待した活動ではあったが、同時に副次的な効果をもたらしました。
それはなにかというと……思い出してほしい。
わたしとお兄さんの、結婚式のときのことを。
あの時、多くの領主たちが、街道の安全を理由に、王宮に来れずに居た。
その理由が、物理的に取り払われたのだ。
ましてや、街道の拡張整備や新規敷設。その諸々、陳情したいことはいくらでもある。
結果……各地の領主が、一斉に王宮に押しかけてきた。
もちろん、お兄さんことハーヴィル王が留守の今、その手の陳情の、一番大きな窓口はわたしであるからして……ものすごい勢いで面会の予定が詰まりまくった。
それだけじゃなく、王宮が、出待ちの連中でごった返すようになった。
一代で立身出世を遂げた英雄や、戦乱の中でも領地を維持し、あるいは拡大した曲者たちだ。
下手に言質を取られないように気をつけなきゃ、と、気を引き締めて挑んだんだけど……
「ヒャッハー! 王妃サマ! うちにも金! じゃなかった商人! 金づる来るようにしてくだせえ!」
「王妃様! 隣の領地の野郎が喧嘩売って来るんですが、滅ぼしていいっすか!?」
「王妃?のアネさん! なんか知らんが農民が逃げるんだけどどうしたらいいんだ!?」
やっぱりこいつらも世紀末だったよ……
◆
「王妃サマ! 聞いてくだせえ!」
「王妃殿下!」
「王妃様!」
さながら餌を求める雛の群れ。
このまま突っ込んでくるんじゃないかと身構えかけて。
巨大な人の壁が、押し寄せてきた連中を瞬時に遮った。
ヒャッハーたちだ。
頼りがいの塊みたいな巨漢たちは、わたしを守るように立ちふさがりながら、領主たちにガンつけする。
「オラオラ! てめえら姐さんに迷惑かけてんじゃねーぞ!」
「姐さんに手ぇあげたらてめえら全員ぶっ殺してやるからな!」
「ヒャッハー! 喧嘩売ってんなら全員まとめて買ってやるぜー!」
「姉様に対する無礼は処刑です!」
気持ちはありがたいけど……キミたちも、くれぐれもおとなしくね。特にロマさん。
◆
さて。
嵐のような一日が過ぎ去った、その日の夕方。
宰相閣下に執務室に残ってもらって、考える。
陳情の類は、現状でもさばくのが難しくなってる。
そして……考えたくないが、これから更に増える可能性が高い。
当たり前だけど、真っ先にやってくるのは王都近郊の領主たち。
同時に出発したとしても、遠隔地からの来客が王都にたどり着くのは、もっと後で、一日に捌ける客の数を考えたら、陳情の順番待ちが一月は続くことになる。やばい。
どうにか改善したいとこだけど。
「うーん。どうさばいたものか」
「本当に。難しい問題ですわね」
侍女として多数の来客をさばいたせいか、ロマさんの声にも疲れがある。
「ふむ」
と、宰相はうなずいてから、口を開く。
「――時間は有限です。一日に会える人数には限りがあり、陳情を吟味して処理するにも審議が必要……とはいえこの件、より早くさばく方法を考える必要はない、と愚考いたしますが」
ちょっと意外な意見だ。
「これだけ詰まってるのに?」
「なに。待たせても一月かそこらです。なにより、こういうものは、多少待たせたほうが、ありがたみがあるというものです」
このあたり、元の世界との時間間隔のズレを感じる。
もちろん、早く捌けるに越したことはないのだろうが、急ぎの案件でなければ、現状でも宰相的には許容範囲らしい。
「――それよりも、重要なのは順番、ですな」
宰相の言葉に、気づいて、小さくうなる。
「順番……それは、難しい問題ですね」
やってきた領主たちにも、格の違いが存在する。
それも単純に領地の大小で比べられればいいのだけど、広大な領地を持つ大領主と、領土は小さくとも、由緒正しき血統の領主、それに、身代の事情で領地こそ小さいものの、先の戦乱において高い功績を挙げた領主。一体誰を優先すべきかというと……難しい。
「――とはいえ、この手の順番は、定められた序列通りでいいのでは?」
おおよそではあるが、封侯クラスの家臣たちにも、建国時に定められた序列がある。
さいわい、日輪の王国は建国間もない国だ。
実力、あるいは家格や功績で定められた序列との乖離は、まだほとんどないはず。
「一応、決めてはおりますが……ご存知のように、功臣の中には短絡的な者も多く、序列が高いからといって、あまり割り込みが続くと、問題が起きかねません」
「ああ、そっちの順番も加味しないといけないんだね……」
順番待ちの後先。陳情の重要度。
このあたりも決して無視はできないってことだ。
「となると、陳情の内容を事前に聞いておく人が要るんじゃないかと思うんだけど……すごく権力を持つことになりそう」
この手の取次役が権力を握るのは、自然現象のようなものだ。
「すくなくとも、地方領主には任せられませんな。とはいえ、ご存知のとおり、こちらは人手不足ですからなあ」
「ユラさん――法典皇国出身の彼女はどうかな? うちに来てくれたばかりだし、まだ引き抜きやすいと思うけど」
「部下たちが泣くので、それは勘弁していただきたく」
宰相が本気の声で言った。
まあ、修羅場続きの中、ようやく入った戦力を引き抜くとか言われたら、暴動ものだろう。
「難しいね。お兄さん――ハーヴィル陛下は、こういうとき、どうしてたんです?」
「王妃様」
と、宰相は苦笑を浮かべる。
「ハーヴィル陛下ほどのお方であれば、多少の不満も飲み込ませてしまいますよ」
ああ、そりゃあそうだ。
お兄さんは、ああ見えて大陸の過半を占める超大国をうち建てた英雄王なのだ。わたしとは立場が違う。
「――とはいえ、陛下も、これほどの大人数を一度にさばくとなると、難儀したでしょうな」
まあ、想定だと治安回復はもう少しゆるやかで、各地の領主が一気に押し寄せてくるような状況になるなんて思わなかったからなあ。
見せ餌がよっぽど美味しそうに見えたんだろう。
「そうだね。訴訟ごとだけは長期の放置もまずいから、書面で届け出るようにしてもらおうと思うんだけど、どうです?」
「よろしいかと」
「あとは……もうあれですね。小さな宴でも催して不満をはぐらかすのはどうでしょう。陛下が遠征中なので、眉を顰められそうではありますが」
「ああ、よろしいですな。ご心配の必要はありませんよ」
「どういうことです? この手の行為に非難はつきものだし、他にいい案がないなら、それも甘んじて受けるつもりですけど」
直言をはばかられても困るので、あえてそう言うと、宰相閣下は困ったような表情で弁明した。
「いえ……どのみち武将たちが毎日宴会を開いておりますので」
そういえばそうでしたね。
◆
さて。
こうして、あたらしいヒャッハーが増えました。
まだ増える予定です。どうしようかと思いますが事実です。
先行き不安ではありますが……これも戦乱の時代から太平の世へと移り変わるうえで必要な過程だと思って、頑張っていきたいと思います。
「王妃サマぁ! 手下どもに実入りを分けたら、俺様の分がなくなっちまったんだが、どうしたらいいですかい!?」
がんばります。