59 冬の茶席
さて、法典皇国の元子飼い兵。
一見美青年な男装の美女、ユラさんが我が国に仕えることになって、半月ほどが経ちました。
あっちもこっちも手が足りていない状態で、突如現れた即戦力。
それを知った官僚達の間で起こったユラさん争奪戦は、かなり壮絶なものだったようで。
「うちもほしいなー」と、うっかり首を突っ込んできた大将軍は、官僚たちからの猛非難を浴びたらしい。
手が足りてないのは軍でもいっしょだし、大将軍が手を挙げる根拠も、もちろんあるのだけれど。
殺気立った官僚たちの間に、酔っぱらいが紛れ込んできてそんな事を言ったのだから、非難は致し方ないと思います。南無。
結局。
官僚たちだけでは決着がつかず、宰相閣下が引っ張り出されることとなった。
「即戦力はありがたいが、いらざる軋轢を生じさせぬためにも、まずは実績と信用を積ませるべきだろう」
言ってることは正しいんだけど、殺気立ってる官僚たちの争いに巻き込まれたくなくて、一般論に逃げたんじゃないかと思ったのは、わたしだけだろうか。
そんなわけで、ユラさんは現状、無任所のまま、色んな所のヘルプに入るという、いわば便利屋としてこき使われているわけである。
そして。
「こんにちは、王妃殿下。ご機嫌麗しゅう」
王宮の庭園。
芸術家領主によって作られた美の結晶。
そこに設えられた茶席にやってきたのは、ユラさん当人。
彼女のかねてからの希望だったのと……わたしも無理を押し付けた後ろめたさがあって、お話する場所を設けたのだ。
とはいえ、反対の声も大きかった。
なにせ、ユラさんは、武人としても一流だ。
そんな彼女と、一対一でお話するとなると、わたしの身の安全を保証することは難しい。
――それならば。
と、護衛を買って出てくれた人が居た。
その護衛役――先客として茶席に座る、金髪の美女は、ユラに向けて会釈する。
「ユラ様。息災のようで何よりですわ」
「アルヌ様も。またお会いできて嬉しいな」
ユラさんを一瞬にして叩き伏せた女傑、フェリア領主夫人、アルヌ・ゴッタルドだ。
お友達のシルバニア領主夫人、レティーシア・ルットスタッドおばちゃんもいっしょに来たがったのだけど、「一度に何人も守れませんので」とアルヌさんが断ったらしい。
よかった、あのおばちゃんまで超戦士だったら、「白の聖女」の存在意義が問われるとこだった。
まあ、そんな経緯で。
本日、晴れてユラさんとのお茶席になったのである。
◆
茶菓子には、おはぎめいた何か。
正確には、あんこの中にお米。それをパンで挟んだもの。
大丈夫? これちゃんと和菓子?
そして炭水化物の侵略が留まることを知らない。
なぜ混ぜるのか。
そんな疑問を感じながら、茶を供す。
外の風は冬を感じさせるが、設えられた火鉢は暖かく、重ねた上衣の必要性に疑問すら覚える。
――冬なのに、温かい。今年は、雪を見ないかもしれない。
日本に居た頃を思い出して、ふとそう思う。
「王妃様。どうされました?」
と、感慨にふけっていると、ユラさんがきょとんと首を傾げる。
「ああ、ごめん。今年は雪を見ないかな、と、そんな事を考えてた」
「雪、ですか」
ユラさんは、どうもピンとこない様子だ。
「ひょっとして、法典皇国では雪は降らない?」
ふと思いついて、尋ねてみる。
「いえ。皇国も、日輪の王国同様、広大な国土を持つ大国です。中央の山岳地帯や皇国の西南部では、雪は頻繁に降る。皇都でも、まったく見ないわけじゃない」
「わたくしの故郷、剣の邦では、夏の僅かな期間以外は常に雪の積もった山脈が見られますわ」
「風の邦では、それほど積もらないものの、毎年冬になると雪が降りますわね」
ユラさんの言葉に、アルヌさんとロマさんが、それぞれの故郷について語る。
ユラさんが違う、そうじゃないって顔をしてるけど、たぶんどっちも天然です。
「わたしの故郷では、冬には必ず雪が降る。そのことについて、深く詮索したものか、迷ったのかな?」
「まさに」
ユラさんが苦笑してうなずく。
素性不明の、「王妃」にして「白の聖女の再来」。
客観的に見て、詮索すれば消される案件にしか思えないだろう。
しかし、困った。
この流れだと、素性を話してしまいそうになるけど、ぶっちゃけていいものかどうか。
知られて困るような素性でもないのだけど、「異世界から来ました」なんて、言われたほうが困惑するだろう。
「王妃様。いまは聞かないでおくよ。後ろの子が怖い顔になってるし……将来、僕が信頼に値する人間だと思ってくれたなら、そのときに教えてほしいな」
わたしの内心を察したのか、ユラさんはさっと引いてくれた。
「ありがとう。どちらかというと、わたしのほうが信じてもらえるように頑張らなきゃいけないんだけどね……荒唐無稽すぎるから」
「姉さま」
ちょっと言い過ぎたか。
ロマさんの制止が入ったので、この話題はここまでにしておこう。
「まあ、それは置いておくとして……そういえば、ユラ。仕事は忙しい? 大丈夫? ちゃんと寝れてる?」
ロマさんに視線で伝え、二人にお茶のお代わりをしてもらってから、ユラさんに尋ねる。
多忙極まりない職場に放り込んでしまったので、そのあたり、どうしても気になってしまう。
顔色は、悪くないようだけど。
「すごい心配の仕方だ――いや、もったいない。ご安心を。体力には自信があるので」
それは体力なかったらキツかったということですか、ユラさん。
「――それに……再興したばかりの国の政に関われるというのは、やりがいがあって楽しいものだ。日々が充実している。その上、もったいなくも王妃様に健康を気づかっていただけるのだし、やる気も出ようというものです」
あの……「やりがい」とか「充実」とか「やる気」とか、ブラックな職場でよく使われてそうなワードを連発されると、本気で心配になるから自重してくださいユラさん。
「男所帯で大丈夫ですの? 迫られたら、ちゃんと潰すんですのよ?」
と、アルヌさんがなにかを握りつぶす仕草をしながら、気遣う言葉をかける。
いったい何を潰すんですかアルヌさん。
「15人目……」
アルヌさんが、ぼそっと怨嗟の篭もった声を絞り出す。
それは愛人の数なのか、それとも血の繋がらない子供の数なのか。
旦那さんに関しては、もう潰しちゃっていいんじゃないですかねアルヌさん。
わたしが気になって仕方ない貴婦人の怨嗟をあっさりスルーして、ユラさんは爽やかに笑う。
「安心してくれ。男所帯は慣れている。それに、15年以上男に囲まれて生活していたが、そんな状況になったことは一度もなかったぞ」
なんだかユラさんの背後に、気づいてもらえない男の慟哭めいたオーラが見えた気がするけど、どうなのだろうか。
ともあれ。
とんだ出会いでしたが、ユラさんがこの国に馴染んでくれそうで、なによりです。
あとくれぐれも、休息と睡眠時間は十分にとってください。あと食事も栄養を考えて。くれぐれも無理は禁物です。困ったことがあったら、わたしに言ってくださいね?
「なんというか……武人たちが母と慕うのもわかる気がするね」
心配して色々言ったら、なんだか照れくさそうに笑われました。