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05 大将軍バルト



 さて、皆さま。

 大将軍、と聞いて、はたしてどんな人物を思い浮かべるでしょうか。

 軍を率いる将軍に大、とつくのだから、将軍よりも偉くて、威厳たっぷりで、どっしりと落ち着いていて、一国の軍を自由自在に指揮する。

 人によってはなぜか国一番の武力の持ち主だったり、なぜか体格まで人並み外れて巨大だったり。そんな姿を思い浮かべるかもしれません。某キングダムみたく。


 いや、実際わたしもそんなイメージだったんですけどね。

 もちろんこの世界の大将軍は、そんな謎存在ではありません。

 ですが、我が国の大将軍バルト・バイス・ガーランディア閣下は、最初に挙げたような大将軍像にも当てはまりません。


 バルト閣下は長身でやや細身の、壮年の武将だ。

 顎も鼻も目も、すべて鋭角的な造作をしていて、黒く、もじゃっとしたヒゲをたくわえている。

 黙っていればそれなりに威厳はあるし、取り外した鞍に体を預けて、どっしりと座る姿からは、戦場の残り香を帯びた迫力を感じさせる。


 だけど。



「へへっ、王妃殿下、今日はまたいい天気でございますなあ! 青空がぐるぐる回ってますぜ!」



 酔っ払っている。

 昼間っから完全無欠に酔っ払っている。

 いや、偶然出会ってしまっただけだし、文句を言いたいわけじゃないけど……ちょっと規格外すぎやしないだろうか。







 事の起こりは、ちょっとした思いつきだった。


 わたしの当面の課題は、白の聖女らしく振る舞う訓練である。

 白の聖女らしい振る舞いに説得力を持たせるには、武人らしい振る舞いを下地にする必要がある。


 そのためには、手本にすべき武人が必要だ。

 庭園に出れば、ヒャッハーたちが時々喧嘩をしてるので、それを参考にするのもいいのかもしれないなひゃっはー。



「参考にしないでくださいまし」



 心を読まれたのか、ロマさんに注意された。



「でも、わたしもロマさんも、いわば素人なんだから、目指す人間はいた方がいいと思うんだ。じゃないと迷走しそうだし」


「先日いきなり謎の奇行を始められた時は、王妃様の正気を疑いました」


「あれは筋トレ――筋肉をつける……えーと、力をつけるための練習です」



 必要だと思うんだけど、腕立てや腹筋はロマさんの前では出来なくなった。

 だってロマさん、わたしの胸がベッドや膝にくっつくたび、怖い顔をするんだもん。


 同じ動きしても自分はくっつかないからって、殺意を滑らせないでください。



「誰かいいコーチがいればいいんだけどねえ」


「コーチ?」


「教育係です。フィフィ君なんかは、やっぱり剣術の先生とかついてるのかな?」



 ため息混じりにつぶやくと、ロマさんが首を傾けたので、言い直す。

 フィフィ君の手のひらは、年のわりにしっかりしてたので、たぶん武芸も教わってるんじゃないかと思うんだけど。



「教育係のシャぺロー様の方針なのか、特定の教師は付いておりません。王宮で暇な武人方に教わっているようですが」



 暇な武人方。つまりはヒャッハーだ。


 とたんに不安になった。

 いや、フィフィ君自身はヒャッハーたちに好感を持っているようだから、無茶苦茶な修業とかされてはないんだろうけど……伝染うつるのが怖い。心の底から。



「――ロマさん。一度見に行きます。大丈夫。邪魔しないよう、遠くから見るだけです」



 こうして、わたしは見学に行くことを決めて。

 フィフィ君の予定に合わせ、従者やロマさんとともに、練習場である南門脇の広場に向かって。

 そこで、建物の壁に背中を預ける、いい感じに酔っぱらった大将軍閣下と出くわしたわけである。







「閣下……」



 さすがに絶句してしまう。

 天下の大将軍が、昼日中からお外で一人、酒盛りをしてるのだ。

 いっしょについてきたロマさんや従者さんは、ものすごく眉を顰めてる。



「はっはっは、いやはや、武人というものは、平時となれば暇なものでしてな! かといって、荒っぽい連中が体力を持てあませばろくなことになりません! こうして酒でもかっくらって英気を養えばいいんだぞ、と不肖このわたくしめがみほんを示しておるわけです! はっはっは!」



 あ、ロマさんの大将軍閣下を見る目が、ドブ以下のゴミカスを見るかのように。

 控えている従者の人が引き気味になってるんだけど、視線を浴びてる大将軍はまったく平気そうだ。酔ってて気づいてないだけかもしれないけど。



「それで王妃殿下、本日はどんな御用で?」


「えーと、閣下に用というわけではないのですが……広場の方で、フィフィ君が武芸を習っていると聞きまして」


「ははあ……様子を見に来た、と」


「その通りです。こっそりと、見学したくて」



 こくりとうなずく。

 なので、大将軍とあまりお話しする気はないのだけれど。



「であれば、こっそりと見学できる場所に、ご案内いたしましょう! はっはっは、おまかせください!」



 頼んでもいないのに、大将軍は胸をドンと叩いて、ふらふらと立ち上がった。


 大丈夫なんだろうか。ものすごく千鳥足だ。

 従者さんが、ものすごく邪魔そうな顔をしてる。

 なぜだかわたしが、ものすごく申し訳ない気持ちになってきた。







 千鳥足の大将軍に案内されて広場の横手に回ると、数十人ほどの小集団が見えた。

 訓練、と呼ぶべきなのか……わたしの目には、ヒャッハーどもがめいめいの得物を手に、喧嘩してるようにしか見えない。

 実際には武芸を練ったり試合をしたりしてるんだろうけど、「おらぁ!」とか「死に晒せクソがあっ!」なんて叫び声が飛び交っていて、チンピラの喧嘩感が半端ない。



「武人とは」


「おっ、哲学ですかな? はっはっは」



 ごく小さなつぶやきだったのだが、聞きつけた酔っ払いが絡んで来た。



「哲学……だとしたら、閣下はどう思われます? 武人とは、どんな人なのか」


「はっはっは、どうもこうもない。戦うべき場で戦えりゃあそいつは武人でいいんじゃないですかねえ」



 うん。発言者が酔っ払ってなかったら、わりと含蓄のある言葉に聞こえたかもしれない。

 いや、実際戦場で数々の武勲をあげ、数多くの戦を勝利に導いた大将軍の言葉なんだ。酔っ払いのたわごとと切り捨てず、覚えておいた方がいいんだと思う。


 でも酔っ払ってるせいで台無しです。

 お願いだから素直に感心させてください。



「では、もうひとつ。武人らしいふるまいとは、閣下にとってどういうものなのでしょうか?」



 しかしまあ、それでもすごい人なんだから聞いてみるか、と、目下の課題について尋ねてみる。

 大将軍は、からりと笑って答えた。



「はっはっは、王妃殿下、武人の振る舞いとは、こうあれかし、と理屈で縛るもんじゃありませんよ」



 煙に巻かれてる気がするけど、やっぱり一理ある気がする。

 庭園で喧嘩してるヒャッハーたちは、間違いなく武人で、しかも歴戦の勇者だ。

 ただ、騎士道や武士道のイメージで、武人とはかくあるべし、という姿を描けば、ヒャッハーたちの姿はそこから外れてしまう。



「難しいものですね」



 つかみどころが無さ過ぎて、手本にすべき武人の姿が見えない。

 いや、理屈を取り払った、武人の自然体こそが、本当に手本にすべき姿なのかもしれないが。

 そうすると、ヒャッハーの素行を手本にすべきだという破滅的な結論に至りそうだから困る。


 結局、ロマさんに教えてもらった仕草を、自然体になるまでに習慣づけるのが正解だ、としておいた方がよさそうだ。実現性を考えても、見栄えを考えても。


 あらためて、ヒャッハーたちの喧嘩を見る。

 掛け声はちょっとアレだけど、よく見るとその動きは非凡極まりない。筋力マッスルですべてをぶっ潰す、的な。


 大丈夫んなんだろうか。

 フィフィ君、こんな人外どもに混じって大丈夫なんだろうか。



「王妃殿下、フィンバリー殿はあちらですな」



 大将軍が指を泳がせる。

 どっちだ。そしてフィンバリーって誰だ。フィフィ君だった。

 いまいち定まらない指の先に視線を向けると、10歳くらいの金髪の少年が、剣を振るっているのが見えた。



「若い武将が面倒を見ておりますが、まだまだといったところで」



 大将軍の言う通りだろう。

 素人目にも腰が定まっていないし、剣に振られているといった風情。だけど、一生懸命さが遠目にもわかって好感度高い。素敵。



「がんばってるね」


「はっはっは、大将へいかが相応しい伴侶を得たことで、フィンバリー殿も次代を支える王族として、心に期すものがあるようですよ」



 大将軍は、うんうんとうなずいている。


 えーと……訂正すべきなんだろうか。

 大将軍クラスだと、王様の望みを知らないとは思えないんだけど。

 やっぱりそうは言っても子供は望まれてるし、わたしやお兄さんの心変わりを期待してるんだろうか。

 どうせなら、王様の実子を次の王様にしたいって気持ちは、分からなくもないんだけど、あんまり期待されても困る。


 わたしの困惑など知らぬふうに、大将軍はフィフィ君の訓練を肴に酒を飲む。



「まだ若くて未熟ですが、将来が楽しみですな」


「そうですね」


「はやく酒と女を覚えさせて、いっぱしの男にしてやりたいものです」


「ぶっとばしますよ」



 礼を失した言葉だったとしても、わたしは悪くない。


 この大将軍、それなりに尊敬すべきところはあると思うのですけれど……かわいい将来の息子の教育には、ものすごく悪いのではないでしょうか。

 そんな思いがよぎる、今日この頃であります。



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