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58 子飼い兵団



「わたしに、仕えたい?」



 男装の麗人の発言に、あらためて問い返す。



「ええ、出来ればお側に、と言いたいところだけど……女官に関しては有力領主の推薦すら断ってる現状、無理なのはわかってる。だけど、一応それが第一希望」


「推薦者は……ふむ」



 彼女の懐に入っていた推薦書の名義を確認する。

 見覚えがある。近在領主の一族で、若手官僚の一人。

 まあ申し分ない推薦人だ。



「彼とは、どういった縁で?」


「酒場で。話が合ったので」


「ちょん切りましょうか」


「ちょん切りましょう」



 侍女ロマさん領主夫人アルヌさんが怖い。

 物騒な方向で意気投合するのはやめてください。



「まあ、いいでしょう。しかし、仕官希望の人間が、なんでこの子達に混じってたの」


「貴方様をひと目見たかったのと……なんだか懐かしいノリに誘われて」



 懐かしいて。

 このヒャッハーなノリを懐かしいて。

 法典皇国出身だって言ってたけど、あっちも大概な環境なんだろうなあ。



「まあ、ユラさんの動機はそれでいいとして……キミらは……まあ嗅覚センサーに引っかからないなら受け入れるよね」


「ああ、悪いやつじゃねえしなー!」


「あと美女と飲めるのがうれしかったし!」


「女の子と飲む酒は美味かったぜー! だから姐さんも一緒に飲もうぜー!」



 うん。

 素直なことは本当にいいことなんだけど……



「あなた方?」


「ちょん切りますわよ?」



 だから同調シンクロしないで。ダブルで怖いから。







 ここで、ユラという人間について考えてみる。


 彼女は法典皇国出身の経典教徒である。

 姓を持たない、ということは、極めて低い身分の出身ではないだろうか。


 武芸に秀でているのは、さきほどの人外めいた動きでわかる。


 そしておそらくは、かなりの教養も持ち合わせている。

 そうでなくては、現役で第一線を張ってる官僚と、話が噛み合うはずがない。話が合うって時点で、普通の女性ではないのだ。


 わたしに興味を持った理由は……そんな、何でもできる女性だから、ではないだろうか。

 (客観的には)おなじ女性として、政治の場で目立ってるわたしの存在に興味を引かれる。そういった心理は、あるのかもしれない。


 しかし、疑問が生じる。

 出自の低さに反した、この高い能力はなんなのか。


 当たり前だけど、教育には金がかかる。

 内容が高等になれば、それだけ余計にだ。

 これだけは、本人や親兄弟だけの努力でどうにかなるものではない。


 彼女の育ちには、なんらかの事情がある。

 仕官するにあたって、そのあたりは、明かしてもらわねばならないだろう。



「ユラ――わたしが思うに、あなたは決して卑しい身分の出じゃない。少なくとも、かなり高等な教育を受けている。でなければ、推薦状を出した彼と話が噛み合うはずがない。でもあなたは、確かな素性の証明である姓を持たないという」



 わたしは、思考を開示しながら彼女に問う。



「わたしが思うに、皇国にはこの2つを両立させる概念が存在するんじゃないか……と、思うんだけど」



 わたしの問いに、男装の麗人は心底満足したようにうなずいた。



「素晴らしい。その通りだ。王妃殿下のおっしゃる概念こそ僕の素性であり、僕が捨てた過去そのもの。すなわち――」


「子飼い兵団――だろう?」



 と、投げかけられた声が、麗人の言葉に重なった。

 見れば、赤みがかった茶色の髪の美少年が、不敵な笑みを浮かべて近づいてくる。


 銀の王国アルジェントの王子にしてフィフィくんの友人、レイサム王子だ。

 最近は良い子の演技を止めて、周りを驚かせたが、一部の人間からの評価はかえって上がった。ヒャッハーたちとか。



「レイサム王子」


「王妃殿下。話を遮って失礼するぜ。長々と戦ってきた経緯上、法典皇国に関しては、経典同盟うちのほうが事情通だ。どうだろう。こいつの身の上を証明するためにも、本人以外からの説明があったほうがいいんじゃないかと思うんだが」



 なるほど。

 たしかに、法典皇国については知識が乏しいので、裏取りをする必要はあると考えていたけど……

 なんだろう。この子、別に恩を押し売りするような人間じゃないし、さりとて安売りする人間でもない。なにかちょっとした頼み事があると観た。たぶんフィフィくんがらみだろう。



「おいなんだその顔は」


「いやいやありがとう。後でお礼はするよ。話を続けてくれないかな」


「なんだか釈然としねえが……了解したぜ」



 レイサム王子は微妙に納得いかない様子でうなずく。



「ママ……」



 いや唐突にヒャッハーキミはなに言ってんの。


 なんだか微妙になった雰囲気を無視して、レイサム王子は解説を始める。



「子飼い兵団ってのは、法典皇国の、皇帝直属の軍隊だ。異教徒や奴隷、異民族や戦災孤児なんかを集めて、ガキの頃から軍人としての教育を受けさせる」


「なるほど……そうすると、軍政に関しても学ぶわけだよね?」



 政治に関しても見識を持っている男装の麗人を念頭に、質問する。



「当然だ。出世すれば末は将軍だからな。優秀なやつは法務を経て大臣にだってなれる。皇国の中核を担う組織なんだぜ。そして、日輪の王国の官僚に見識を認められたってことは、こいつは子飼い兵団でも優秀な部類だったってことだ」



 レイサム王子の言葉に、男装の麗人は恐縮するように肩をすくめてみせた。


 なるほど。

 この子の説明が正しければ、ユラさんがなぜ、出自に反した高い教養を備え、武芸に秀でているのかって疑問は氷解する。


 でも、そうすると、新たな疑問が生じる。



「……ちょっと聞いていい? 子飼い兵団って、女の人もなれるの?」



 話を聞く限り、子飼い兵団ってのは、一箇所で集団生活を送り、その中で様々な教育を施されるイメージが有る。

 そこに女性が混じってるってのは……どうなんだろう。こういう集団生活の場では、女性と関わりを持つことを忌諱するほうが一般的なんじゃないかって気がするけど。



「なれねえな。少なくとも聞いたことがない……おおかた、こいつが故郷を出る羽目になったのも、そのへんの事情なんじゃねえかと観るぜ」



 なるほど、女であることを隠し、男装して軍人として男所帯で生活……どことなく「木蘭従軍」の故事を連想させるけど、そう説明されると納得がいく。



「証言に感謝するよ。銀の王国アルジェントの王子様」


「やめろ。きしょいっての」



 男装の麗人が爽やかな笑顔で謝意を告げると、レイサム王子はものすごく嫌そうに眉をひそめた。

 その様子が面白かったのだろうか。ユラさんは、楽しげに笑いながら説明を引き継ぐ。



「ふふふ……そうだね。僕は経典教徒で孤児だ。子飼い兵団に入れたのは、男と勘違いされたから」



 ロマさんがものすごい勢いで仲間の目で見てるけど、子供当時の話だからね。



「その後色々あって……まあぶっちゃけると、同期の友人との、兵団内の主導権争いに負けて、追放されたわけなんだけど」


「ほう?」



 簡単に言ったが、南の大陸を支配する皇国の、中核を担う軍団の主導権争いができるって、ものすごく出世してたんじゃないだろうか。

 すごいなこの人。そりゃ官僚さんも気に入るはずだ。



「追放され、僕はすべてを失った。途方に暮れた。しかし、たしかに残ったものがあった。ほかならぬ僕自身の力と……法典とは似て非なる、経典の教えだ」



 どこか遠くを見つめながら、麗人は語る。



「――不思議だね。ただ出自を示すもので、かつては足かせだとすら思っていた経典の教え。それが、北の大陸では広く信仰されているという。自分の根源ルーツ探し……ではないんだけど、自分の目で経典教の国々を見てみたいと思った」


「見て、どう感じた?」


「日輪の王国は、治安は悪い。小さな争いはまだ続いている。だが、いい国になると思ったよ。少なくとも、経典同盟諸国よりは」



 おそらく、レイサム王子がこの場に居るからだろう。

 彼女は持って回った言い方で、己の感情の所在を示した。


 まあ、時期的に聖戦の最中か余燼の残る状況だ。

 異教や異邦出身の人間には、息の詰まる空気であったに違いない。

 その点日輪の王国は、宗教に関しては寛容というかゆるゆるなところがあるから、そこが彼女の肌に合ったのかもしれない。



「この国で、王妃殿下の噂を聞いた。白の聖女の生まれ変わり。現代の聖女。そんな肩書き以上に……王妃自身を、面白いと思った。僕の知るどんな為政者とも違う、僕の知る最も優れた君主とも似て非なる、奇妙な哲理を持っていると感じた。だから、会って話をしたいと思った。貴方の心を理解したいと思った。その行く末を見届けたいと思った」



 それが、彼女の本心なのだろう。

 腹の底からの言葉だ。


 ずいぶんと評価されたものだけど、それを過大だと否定するつもりはない。

 わたし自身は無力であろうと、わたしを支えてくれている人たちの実力は、本物なのだから。


 それに……わたしは彼女の持ってきた推薦状に目を通す。

 そこには、想像通りの言葉が書かれている。



「……ユラ。具体的にどのような形になるかは、各所に相談してからになるけど――約束します。どうであれ、あなたを召し抱えることを」


「ありがたい」



 わたしの約束が口だけのものでないと感じたのか、男装の麗人は深々と頭を下げた。



「しかし、どこの預かりになるか、争う姿が、いまから目に浮かぶなあ」


「これは……王妃様には、無理をさせてしまって申し訳ない」


「無理をさせ……?」



 一瞬、彼女がなぜ恐縮するのか、首をひねって……察する。

 彼女、ものすごい勘違いしてる。



「ああ、違うよ。基本どの部署に行っても大歓迎です。争いってのは、あなたを巡る争奪戦」


「え?」


「ユラさん、あなたならとうに把握してるだろうけど、我が国は慢性的に人手不足です。特に官僚や地方統治ができる軍政官が。深刻に。極めて深刻に、不足してるんです。だから、即戦力はどの部署も、喉から手が出るほど求めてるんですよ。飛んで火に入る夏の虫なんですよ」


「最後の例えが最高に物騒なんですが!?」


「大丈夫です。高待遇を保証します。住居も、高禄も、機会があればじっくりわたしとお話もしましょう。だから逃げないでね?」


「不安を煽ることばかり言わないでほしいんですけど!?」



 ――『保証します。即戦力です。絶対うちに回してください』



 どんな複雑な事情があろうが、推薦状にこうまで書かれる人材だ。

 絶対に逃しませんからね。




わたしがママになるんだよ! にお付き合いいただき、ありがとうございます。

皆様どうぞ良いお年を。来年もよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 明けましておめでとうございます、今年もママの活躍楽しみにしてます!
[良い点] 明けましておめでとうございます! [一言] 皆獲物を狩る肉食獣の様な目で見てるんだな( ˘ω˘ )
[一言]  開けましておめでとうございます。  作者様の作品、今年も楽しみです。
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