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57 巾幗英雄



 さて、皆さま。

 巾幗英雄きんかくえいゆう、という言葉をご存知でしょうか。

 巾幗とは、中国で用いられる女性用の頭巾、髪飾りのことで、転じて女性を指す。


 つまりは、女性の英雄を指す言葉である。

 その代名詞として語られる、老病の父に代わり、男装して従軍した木蘭もくらん

 あるいは春秋の覇者、越王勾践の兵を鍛えた伝説的女武芸者、南林越女なんりんえつじょ

 女性としては異例中の異例とも言える、正史の列伝に名を連ねられた明の名将、秦良玉しんりょうぎょく


 またその名を冠さずとも、世界には巾幗英雄の呼び名に相応しい女傑が数多ある。

 それはもちろん、こちらの世界でも同じ。


 代表とも言える、白の聖女を始めとして、この世界にも英雄と謳われる女性が数多く居る。


 そして、乱あるところに英雄あり。

 先の未曾有の大乱の中でも、巾幗英雄と呼ばれるべき女性は、存在した。


 というか、現在進行系で存在してるんだけど。







「ヒャッハー! アネさん、おはようだぜー!」


「今日もいい飲み日和だぜー!」


「おはよう板の人!」



 朝。花の宮殿。

 階段を降り、広間に出ると、日常風景が広がっている。

 海の邦マレア領邦君主リンクス・リオンさんや教育係のシャペローさんといった不定期組も居ない、純粋にいつものメンバー。


 と。

 その中に、見慣れない人が混じっていた。

 年の頃は、二十半ばくらいか。浅黒い顔の美男子。

 広間の柱に背を持たれ掛けさせ、うつらうつらと眠っている。そんな姿すら絵になるっている。


 ヒャッハーたちも気にしてないし、身内の人なんだろうけど、見覚えのない人だ。



「姉さま。先に執務室に行っていただいてよろしいですか? わたくしちょっと始末しなくてはいけない人間がおりますので」


「え、いや、あの、そこの人」


「まあまあ、どうぞお先に」



 ものすごくいい笑顔で背中を押してくるロマさん。

 断れそうにない圧力に、わたしは従うしかなかったのである。悪気はないんだし、程々にね。



 ――見慣れない彼は気になるけど、あとでみんなに紹介してもらおうかな。



 そんな事を考えながら、わたしはヒャッハー(巨乳派)の抗議と悲鳴の声を聞きながら、執務室に向かった。







 その日の昼。

 昼食のため、私室に戻る途中、広間を通りがかって。

 そこで見たのは、いつもどおりの宴会風景……ではない。


 30過ぎの金髪美女――フェリア領主夫人、アルヌ・ゴッタルドさんが、今朝の褐色の美男子をぶっ倒してる姿だった。



「なにやってるの!?」



 思わずうろたえた声を上げてしまったけど、さすがに許される場面だろう。

 わたしの声に、夫人は優雅に振り返って、こちらに向かって一礼する。



「これは、王妃殿下。ご機嫌麗しゅう。見苦しいところをお見せしてしまって……お恥ずかしいですわ」



 いや、頬を赤らめる場面じゃないよね?

 お恥ずかしいってより、ひと喧嘩しごと済ましましたって場面だよね?



「王妃様のお手を煩わせるまでもございません。不審者が居りましたので、ぶっ飛ばしただけですわ」


「不審者……てっきりここの王臣にんげんだと思ってたけど、違ったの?」


「いえ。少なくともわたくしは見たことがございません。なので手っ取り早く尋問しましょうか。王妃様にはお恥ずかしいところをお見せしますが」



 やっぱりお恥ずかしいところの認識がズレてる気がする。



「それは、勘弁願いたいねえ」



 と、透き通った声。

 同時に男の体が跳ね上がる。

 バネじかけのおもちゃのような、非人間的な動きに、一瞬、認識が遅れる。

 そして、男が跳ね起きたと理解したときには……彼は、地に倒れ伏していた。


 アルヌさんが、これまた非人間めいた機敏な動きで、飛び退る男の体に踵を叩き込んだのだ。



「お恥ずかしい。王宮ぐらしが続くと、どうにもなまってしまって仕方ありませんわね」



 照れくさそうに言うけど、まじで何者なのこの人。



「アルヌ様は、尚武の気風を持つ剣の邦グラディアの有力領主の娘。先の大乱でも最前線で戦っておられた方ですわ」



 ロマさんが説明してくれる。

 いや、一応知識としては知ってるんだけど、美麗な容姿に似合わないトンデモ体術を見せられると、何者だって感想しか出てこないと言うか。



「まったく。不審者の侵入を許すなんて、あなた方もだらしがないですわね。そんなことで姉さま――王妃殿下をお守りできると思っているのですか?」


「だってよお。そこはしかたないっつーか」



 ロマさんが皮肉ると、ヒャッハーたちは歯切れ悪く頭をかく。


 たしかに、らしくない。

 こう見えて、ヒャッハーたちはかなり鋭い。

 敵と見れば、即座にとっ捕まえるくらいのことは、できそうなのだけど……アルヌさんの早とちりで、バッチリ関係者だったりしないよね?



「あいつ普通に絡んできたし」


「後ろめたさとかなかったし」


「いっしょに飲む酒が美味かったし」


「――ちょん切るわよ」



 アルヌさんの言葉に、ヒャッハーたちが悲鳴を上げた。

 物騒すぎますアルヌさん。





 ◆



 ともあれ。ひとまず拘束して尋問することになった。

 アルヌさんに任せると、問答無用で指や歯が無くなりそうだったので、行きがかり上、わたしが自ら尋問役を買って出た。



「あらためて、尋ねましょうか。君は何者?」


「名前はユラ。年は26だね。出身は法典皇国だが、経典教徒だ」



 微動だにできなくなった褐色の青年は、涼しげに答えた。


 いや、さらっと言われたけど、法典皇国て。


 この大陸の南。

 半内海を挟んだ先の大陸に存在する、異教の大国だ。

 かの国の侵略に対抗するために、経典教国家が教皇の名の下、同盟を組んだのが、経典同盟の始まりだったか。


 日輪の王国は、経典教の戒律がゆるゆるなほうだけど、それでもおいそれと名を出せる国ではない。



「わざわざそれ言っちゃう? そう言われると、こちらも警戒の度合を上げなきゃいけないんだけど」


「どうせ調べればわかることさ。探られて痛いところがない……とは言わないが、無用な尋問は御免被りたいからな」


「なんというか……変わってるね」


「変わり者だとは言われてるよ」



 あきれ混じりに言うと、褐色の美男子――ユラは笑う。

 透明で、感情の読めない笑みだ。


 ふにゃふにゃに柔らかすぎて、とらえどころがないというか。

 強いて言うなら大将軍やリオン・マレアに近しいものを感じるけど、それとも微妙に違う。見たこと無いタイプの人だ。



「ここに来た目的は?」


「貴方様に興味があったから、ですかね。王妃殿下」


「処刑ですね」



 ロマさん、後ろからこそっと物騒なこと言わないでください。



「真面目に答える気がないなら首を落としますわよ」



 アルヌさんは本気で物騒すぎます。

 躊躇なく実行しそうなあたり特に。



「……困ったな。本当に興味があったからなんだ。少なくとも、最も強い動機はそれだ。正体のわからない、しかし時代を動かす才女。どんな人間なのか、ぜひとも知りたい。出来れば、直接話してみたい。その思いがあって、ここに来たんだ……あ、一応、正門までは正規の手続きを踏んでます。不審者には違いないし、尋問も仕方ないと思うけど、念のため」


「こいつ飲んでるときも、姐さんの話楽しそうに聞いてたぜー!」


「姐さん好きなやつに悪いやつはいないぜー!」


「ママー!」



 脈絡のないママ呼ばわりはやめて。


 というのは、ひとまずさておいて。

 わたしはユラに尋ねる。



「知って、話してみて、どう思いました?」



 青年は、まっすぐにこちらを見つめる。


 中性的で、透明な。

 驚くほど整った顔を、笑みで崩して、彼は言った。



「僕は、強い女性に興味がある」



 いきなり興味の対象から外された気がする。


 というわたしの感想を読み取ったのか、彼は苦笑を浮かべた。



「武芸だけじゃない。政治や商売で世に才能を示す女性と会いたい。そして語らいたい。そういう意味では――そちらのご婦人にも、興味はあるかな」



 青年は、そう言ってアルヌさんに視線を流す。


 まじですか。

 ちょん切り淑女に興味あるとか勇者すぎるでしょ。



「そう言われると、悪い気はしませんわね」



 あれ、いつもみたいに「ちょん切りますわよ」とか言わないのか。意外。



「でも、やっぱり一番興味深いのはあなただ。王妃様。同じ女性として・・・・・・・、あなたの在り方には興味が尽きない」


「え?」



 と、思わず声を上げる。

 この美青年、いまなんと言ったか。



 ――同じ女として。



 ということは。

 ひょっとしてこの人って。



「王妃様。この不審者が男なら、真っ先にちょん切っておりますわ」



 アルヌさんの言葉に、ものすごく納得してしまった。



「王妃様よお、こいつ女の子なんだぜー」



 と、ヒャッハーたちまでそんな事を言う。



「え、君たちにもバレてたのか。ちょっと意外だ」


「そりゃあなあ」


「むしろなんで姐さんがわからなかったのか、それがわかんねえよ」


「サラシで隠しててもわかる。板とは違うのだよ板とは」



 あ、ひょっとして取り押さえるのためらってたの、害意がなかった上に女だったからなのか。

 相変わらず変なところで鋭いけど、女性への妙な遠慮は何なの君たち。男子校生か。わたしもそうでした。気持ちはちょっとわかる。



「あらためて、自己紹介させてもらうよ。ユラ。家名はない。法典皇国出身の26歳。そして……王妃殿下にお仕えしたく、馳せ参じた次第だ」



 そう言って。

 美男子あらため男装の美人は、拘束された体を揺すってから。

 困ったように、「懐に紹介状が入っているので、確認してほしい」と話した。







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― 新着の感想 ―
[一言] 不審者の懐を探るというのはリスクある行為なので、貴人や客人にはさせられません。 そも、普通に書状を渡そうにも間に人の手を介しますからねぇ。 加えて、当然ながらヒャッハーが女性の懐に手を突っ込…
[一言] これは……合法的に胸をまさぐれる(゜ω゜)!
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