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56 日輪の王妃


 我が朋友よ。

 国を離れてもう3年になるが、君は元気にしているだろうか。

 海を隔てたこの地でも、君の悪名は轟いているのだが、君が嫁をもらったという話はついぞ聞かないぞ。

 そろそろいい年なんだから、身を固めて皆を安心させてやったらどうだ。本業にも差し障りが出ているだろうに。


 まあ、いまさら分別臭い説教をするつもりはない。

 それは側にいるであろう爺さんたちに任せておくさ。


 それより、いま、君には知りたいことがあるはずだ。

 わかっているとも。女のことだろう――おっと、手紙を破るなよ? 

 

 女。

 それも北の大陸の――と聞いて、思い浮かべる人間が居るはずだ。


 そうだ、日輪の王国の王妃のことだよ。

 こっちでは、彼女の話を聞かない日はないってくらいだ。

 そちらでもうわさにはなってるだろうし、君も気になっているだろう。だから、教えてやろう。


 身上定かならぬ身で王妃に迎えられ、教皇に聖女と認められ、王不在の王国の執政として、存分に腕を振るう、正体不明の美姫のことを。







 王妃の名は、リュージュ・センダンという。

 この名は、すでに耳に入ってるかもしれないが、こちらでもまず聞かない姓だってことは、付け加えておこう。


 その素性は……不明だ。

 すまん。本腰入れて調べたんだけどな。

 輿入れ前に、王国の聖地にある、王室伝来の館に住んでたとこまでしか辿れなかった。それ以前はお手上げだ。


 親も、兄弟もわからない。

 王宮はおろか、王国のどこにも存在しない。

 目的はわからんが、素性を徹底的に消されてる。


 理由は……推測になるんだが、彼女の容姿と関係してるんじゃないかと思う。



 ――絹糸そのもののような美しい白髪に、青玉のごとき瞳。白真珠のように白い肌の美姫。



 まず聞かない、そんな容姿を持つ人間が、過去に居た。

 白の聖女。日輪の王国をうち建てた建国王ホーフを将として支えた異色の聖女だ。


 王妃は白の聖女の再来だと、日輪の王国は謳っている。

 白の聖女の容姿に合致するからこそ、彼女は王妃に選ばれたんじゃないか、と、勘ぐっている。


 目的は、一応考えられる。

 再統一の英雄、ハーヴィル王の出身である風の邦エンテアは、白の聖女に扶育された建国王ホーフの庶子が入った領邦だ。

 その出自と、建国神話を強く想起させる、白の聖女を妻にすることは、王の権威を高めるのは間違いない。


 ただ、それなら、他国の王族を娶っても十分に目的を果たせるはずだ。

 君じゃないんだから、日輪の英雄王が、嫁の来手に困ってるわけでなし。

 わざわざ、素性を消されても問題ない程度の家柄の娘を、白の聖女に仕立て上げる、なんてリスクを犯す理由としては、微妙だって気がするよな。


 あんがい、一目惚れして、なんて線も……さすがにそりゃないか。


 まあ、王妃の素性についてわかったのは、この程度。

 期待はずれかもしれないが、それくらい徹底的に素性が消されてるって事実を、考察の材料にしてくれ。


 次に、ここからが本題だ。

 君が本当に求めている――王妃の人柄や能力について、伝えよう。


 さっきも言った通り、王妃の素性はわからない。

 ってことはだ。親兄弟、一族。そういった信用できる血縁が無いってことだ。

 だってのに、王妃は執政として、王不在の王国を、立派に運営できている。傀儡かいらいでもなんでもなしにだ。


 それがどれほど無茶なことか、ひょっとして君にはピンとこないかもしれない。


 だからあらためて、断言しよう。

 こんな芸当ができるのは、王族の子女か、それに準ずる人間――生まれたときから王妃としての教育を施されて来た人間だけだ。

 繰り返すが、彼女は消されても問題ない程度の素性の人間なんだ。しかも若い。まだ16か17だって話だ。正体不明にもほどがある。


 もちろん、王妃も無手で政務を取り回してるわけじゃない。

 現在王妃が政務を取り得る根拠ってのは、厳然と存在している。


 政治を後見する有力な後ろ盾。

 身辺の安全を保証する強力な武力。

 正当性を保証する絶対的な大義名分。


 後ろ盾は、王国宰相、オービス・クライスト・ジーザスター。

 こいつが王妃の庇護者――まあ義理の父のようなものだな――として後見している。

 知ってるだろうが、北の大陸に名高い名士で、その人脈の広さと見識には定評のある傑物だ。


 武力は、日輪の王国再興の功将たち。

 正確には、彼らの中で、領地を治める素養を持たない。あるいは庶民出身で治める手数すら足りないって連中だ。

 俸給を貰って王宮で飼い殺されていたそいつらを、どうも王妃はまとめあげて、直属の親衛隊に仕立て上げたらしい。


 そっちでいう子飼い兵団の構成員が、全員功成り名遂げた歴戦の将だってんだから剛毅な話だ。


 そして最後に、大義名分。

 経典教の教皇が、王妃を聖女だと認定している。

 北の大陸――特に南部の方じゃあ教皇の影響力はかなり強い。そいつの聖女認定だ。

 勘ぐっちまうと、王国の早期安定を望むハーヴィル王と教皇が示し合わせたんだろうが……王妃のあらゆる行為に大義名分を与えたようなものだ。


 と、ここまで聞いたら、君は思うだろう。


 うらやましいことだ。

 そこまで恵まれていたなら、相当の無茶だって通せる。

 王妃の執政で王国が安定に向かっているのも納得だ、と。


 言っとくが、いま挙げたのは、あくまで根拠、根っこの部分だからな?

 使い方を間違えたら、芽吹くこともなく枯れちまう。

 枯らさず芽吹かせ、美しい花を咲かせる、なんて真似は、普通の人間にゃできないんだよ。


 その点、王妃は問題なくこなしている。

 なぜそこまでわかるかって? 王妃が執政となって以降、政策に、それ以前とははっきり違う、別の色が混じってきている。


 王妃の色であり、王妃の意思。

 それを一言で表するなら――「融和」だ。


 海の邦マレアの不穏も。

 銀の王国アルジェントへの対応も。

 他の領邦に対しても、種々の政策に関しても。

 王妃には、敵対勢力や異分子を排除しようって意思が、まるで見えない。

 ハーヴィル王には養子が居るんだが、王妃はこれも迷いなく嫡子扱いしている。

 そもそも、王妃が抱えてる功将達にしたって、もともとは王宮の風紀を乱す荷厄介な存在だ。


 王妃は異分子を切り捨てず、抱え続けて、それを上手く使いこなしている。



「――異教の民を子飼いとする」



 そちらの専売特許の、上質な模倣者なのかもしれねえが、そうすると、ますます王妃の正体が見えなくなるのが困りものだ。


 案外、白の聖女の再来、ってのは、本当なのかもしれねえな。

 それも、戦の化身だった先代とはまったく異質の才を持った、だ。

 平和の化身、みたいな存在だったら、君もうれしいんじゃないか?


 長々と語ってしまったな。

 君がさぞかし気を揉んでるだろうなと思ったら、つい熱が入った。


 じゃあな朋友。

 君の拓く道の先に幸いあらんことを、異教の地から祈ってるぜ。







 巨人の石工が造り、小人の芸術家が細工を施した。

 荘厳さ、装飾の細緻さを評して、そう謳われる、白亜の宮殿。

 その中心。巨人の玉座に座る少壮の男は、手に持つ紙に目を落としながら、ため息をついた。



「――陛下」


「宰相よ。父の如き人よ。この手紙に、君はすでに目を通したろう。どう思う?」



 気遣わしげに声をかけた初老の男に、男は問いを返す。

 宰相は、その問を、あらかじめ予想していたのだろう。よどみなく返答する。



「彼の国の王妃に関して、一つの見識であるかと。我々が得た情報とも矛盾いたしません」


「だろうね。難儀なことだ・・・・・・


「難儀……ふむ。彼の王妃の政策が融和的であるとしたら、我らは難儀いたしますか」



 男の言いように、宰相は問うた。

 表情に不理解の色はない。主の意図を完全に把握しているかのような落ち着きぶりで。


 だから問答は、ただの儀式なのだろう。

 年若い家臣に理解させる。そして男本人が己の意思を再確認する。



「王妃の行いは、国内を安定させるだろう。それは、彼の国が、他国に目を向ける余力を得るということだ。事実、王は北へと動座し、北洋帝国に目を向けている。王妃が居なければ、おそらく実行し得なかったことだな」


「最強の盾を手に入れた男は、自ずから戦場に立とうとする。ですか」



 宰相が故事を引用してうなずくと、男もまた、うなずいた。



「その通りだ。本人が望まずとも、自ずとそれは求められるだろう。願わくは、彼女の目指す融和が、より大きなものであって欲しいものだ」


「誰もが、陛下のように広大無辺な慈悲の心を持つわけではありません」



 宰相の言葉に、男は頭を振った。



「余が持っているのは慈悲ではなく野心だよ。平和のため。そう称して、随分と血を流してきた。余のもとを去った者も居た。そんな人間が、まだ余を友と呼んでくれる。ありがたいことだ」



 答えを必要としないと、知っているからだろう。

 感傷に満ちた男の言に、宰相はなにも答えなかった。



「――さて、北の聖女殿よ。融和を望む君が、この先どのような道を歩むか。海を隔てた地より、見極めさせてもらおうか」



 法典を奉じる異教の皇帝は独白する。

 その瞳は、はるか彼方を見定めている。




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― 新着の感想 ―
[一言] その頃北の聖女は…… リュージュ「フィフィ君かわいい!」 ロマ「犯罪ですよ?」 ( ˘ω˘ )
[一言] またまた格好いい人が登場してワクワクします。
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