53 隣国の王子
さて、皆さま。
古来、子供が使者の役割を果たした例は、少なくありません。
安土桃山時代。九州のキリシタン大名たちが、ローマへと派遣した遣欧少年使節団などは、誰もが一度は耳にした事があるでしょう。
春秋戦国時代の中国において、弁舌一つで他国から5城を割譲させた秦の甘羅のように、外交戦略を左右する重要な場において、才知の閃きを示した少年もいます。
銀の王国王子。レイサム。
フィフィくんと同年代の、この紅顔の美少年を、どう遇したものか。
謁見の場で、彼を前にして一瞬、迷っていると。
「――王妃殿下。恐れながら、レイサム王子はフィンバリー殿下と見合いの年頃。アルジェント王が王子を使者として遣わせたのは、我が国との末永い友誼を願ってのものでしょう」
察した宰相閣下が、さり気なく助言してくれた。
まあ、建前上はそういうことなのだろう。
だったらこちらも建前で返すのが穏当か。
これが国王本人なら、皮肉の一つも言ってやりたかったけど、レイサム王子、まだ小さいし。
それに、宰相閣下の言葉を聞いて、目をキラキラさせてるフィフィくんを見れば、返すべき言葉は決まっている。
「ありがとうございます。レイサム王子。日輪の王国にようこそ。歓迎いたします。どうか我が子フィンバリーと、仲良くしてやってくださいね」
わたしの言葉に、少年二人は、視線を交わして――微笑んだ。
◆
それから、何事もなく数日が過ぎた。
フィフィくんはレイサム王子の応接役として、王宮を案内したり、お話したり。ぐぎぎ。フィフィくんがわたしを見てくれない。
「リュージュさま、レイサム王子とお友だちになりました!」
不満を口にしたくはあるけれど、フィフィくんが屈託のない笑顔で言うものだから、黙って祝福するしかない。
もちろん一国の王子同士。
友情より優先すべきことはいくらでもある。
でも、同年代で似たような立場にいる友人の存在は、得難いものだと思います。とくに、王子などという立場であれば。
さておき。王宮におけるレイサム王子の評判は、総じて良い。
礼儀正しく、素直で、受け答えもハキハキしてるので、評判がいいのは当然だろうけど。
「ヒャッハー! あいつはなかなか見どころのある坊主だぜー!」
「宰相に宴会止められてなかったら、いっしょに飲んでみたかったぜー!」
「へっへっへ、俺の小せえ頃を思い出すぜー!」
ヒャッハーたちからも、けっこう好意的に見られてるのは、ちょっと意外だったり。
というか最後のキミは、確実に幼少時こんないい子じゃなかっただろ。
しかし。
レイサム王子について、考える。
たしかに彼はいい子だ。いい子なんだけど……
この子をわたしに差し向けてきた銀の王国に対しては、一言物申したい。
――わたしは童子趣味じゃない、と。
「ええ……?」
ロマさんが怪訝な表情を浮かべた。
私室での思案中。つい声が漏れてしまったらしい。
「ロマさん。わたしを何だと思ってるんですか。わたしは童子趣味ではありません。強いて言うならフィフィコンです」
「結局本物ではあるのですね……」
「あっ――違いますよ!? 強いて言うなら、という話で……いや、もちろんフィフィくんのことは大好きなんですが、フィフィくんを性的な目で見てるかと言うと、まったく違いますし!」
ロマさんの視線が一段階冷たくなったので、あわてて弁解する。
「犯人の主張はともかくとして」
「なんの犯人!?」
「ともかくとして、銀の王国は、王妃様を相当調べていると思ったほうがよろしいですわね」
「調べた結果、送り込んできたのが美少年ってのが、ものすごく納得いかないんですが」
「王妃様の素行を考えれば、反論の余地など一切ないと思うのですが……」
義妹に信用されてなくて、とてもかなしい。
◆
わたしがなぜ少年趣味だと誤解されているのか。
その理由は、フィフィくん――フィンバリー王子へ日常的に向ける神の愛を勘違いされているからに他ならない。
しかし、解せない。
わたしはこの種の愛情を、フィフィくん以外に向けたことはないはずだ。
素直に親子の情と分析してくれてもいいと思うのだけれど……ひょっとしたら、判断に迷った結果、わたしの性質を見定めるために、レイサム王子は派遣されたのかもしれない。
いや、違う違う。
あんまり童子趣味呼ばわりされるので、勘ぐっちゃってる。
素直に考えたら、狙いはわたしではなく、フィフィくんだ。
王国の次代を担うであろうフィフィくんとの友好関係を築いておきたい。それが目的なんだろうけど。
――どうにも布石臭い。
と思ってしまうのは、わたしの勘ぐり過ぎなのだろうか。
だが、銀の王国視点で考えれば。
王妃であるわたしが王様と子作りするのは当然で。
その結果、もし男子が生まれたとしたら……フィフィくんの存在は、宙に浮いてしまう。
その時、銀の王国は、フィフィくんに手を差し伸べる絶好の位置に――今回の件で、収まることになる。
「……うん、やっぱり、目当てはフィフィくんだ。だから同年代の王子を遣わしたのであって、それがたまたま美少年だっただけ」
もちろん、相手がフィフィくんとわたし、一石二鳥を狙った可能性は否定できない。
だが、それにしても、わたしのほうは、当たったらラッキー程度の二羽目の鳥でしかないに違いない。
それでは、フィフィくんに注意を促すべきか。
――それは、違う。
この布石が生きるのは、フィフィくんの存在が王国から浮き上がってしまった時だけで、そんな未来は絶対に起きない。
なにせわたしもお兄さんも、子作りする気が無いんだから……大丈夫だよね? お兄さんちゃんと約束守ってくれるよね?
ちょっと不安になってきたけど、お兄さんは約束は守る人だ。
ここは信頼しておく。
と、思考が逸れた。
とにかく、フィフィくんが唯一の継承者のままであれば、銀の王国との友好関係は、きっとフィフィくんを支える力になる。
だったら、二人には、ただ友情を育んでもらうのが吉だろう。
――それが最適解……の、はず。なのだけれど……
城門脇の広場を見渡せる、建物の陰。
いっしょに剣を振る、フィフィくんとレイサム王子をながめながら、自分に言い聞かせる。
「――納得がいかない」
と、背後から、調子の外れた声がした。
大将軍だ。
ここは絶好の観察スポットであると同時に、大将軍のお気に入りの場所なので、自然、同席することが多いのだ。
「――そんな様子ですな、王妃殿下?」
酒瓶片手にいい調子の大将軍は、見透かしたようなことを言ってくる。
いや、普段は酔っ払いだけど、大将軍の目は節穴じゃない。
実際にわたしが違和感を覚えていることを、見抜いているのかもしれない。
「大将軍閣下。お尋ねしてよろしいですか?」
「どうぞ、なんなりと」
「……レイサム王子について、どう思われますか?」
わたしの問いかけに、一呼吸、間をおいて。
「いい子過ぎて正体が見えませんな」
大将軍は答えた。
それは。
わたしの感じた違和を――正しく、言語化したものだった。
「あるいは、本当にいい子なのかもしれやせん。天然でいい子なフィンバリー殿下に、ただ合わせているだけなのかもしれやせん。だが、繕った外面が完璧すぎて、その中にあるものが見通せない。だから、王妃殿下も不安に思われるのでしょうぜ」
うそぶくように、大将軍は言う。
わたしはただ、うなずくしかない。
「……ええ、言われてみるとそのとおりです」
そうだ。
そしてわたしは、前世において、まったくおなじ形容をすべき人間を知っている。
大人ぶっていて。
外面を取り繕うのが、とても上手で。
そのくせ、家族と居るときはひどく子供っぽくなる、同い年の従妹。
「かもちゃんに、似てるんだ……」
――少年扱いか!? 胸がないからってわたしを少年扱いかっ!?
脳内かもちゃんに猛抗議を受けました。