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52 銀の王国


 さて、皆さま。

 やっかいな方たちのやっかいな領土問題に決着がついてから、しばらく。

 海の邦マレアを取り巻く陰謀の抑えに奔走していた応接係さん、カイル・フラフメンより、大河十二衆の首根っこを抑えたとの報告がありました。


 圧力をかけて屈させたわけでも、交渉して言質をとったわけでもなく、首根っこを押さえた、というのが面白い。


 的確に急所を押さえ、動きを封じた。

 縁者として大河十二衆の内部をよく知り、若くして教皇の応接役を任されるカイルさんの面目躍如といったところだ。


 だが、安心してばかりはいられない。

 こちらが手を打つのにかけた、同じ時間だけ、誰もが己の利のために動いているのだ。


 だから、必然なのだ。

 南の隣国からの一手が、こちらに打たれたのは。







「――使者が、来ると」



 政務室。

 宰相閣下から、その報告を受けて、とっさにその意味がわからなかった。


 南の隣国からの使者だ。

 戦争に発展してないとはいえ、海の邦マレアを将棋盤にして勝負をしていた相手である。


 いまさら何を話に来るのか。

 今度は何を狙った一手なのか。

 警戒し、慎重な態度になるのも仕方ない。


 だが、宰相閣下は以外な言葉を口にした。



「はい。遅ればせながら、結婚を祝う使者を送ったと」


「ええ……」



 と、とっさに眉をひそめたのも、仕方ないだろう。

 街道の治安が悪いこともあり、祝いの使者を送るのが遅れるのは仕方ない。

 だが、教皇の来訪を知って、あわてて使者を送ったのだとしたら、遅すぎる。


 これは間違いなく海の邦マレアを巡る争いを受けてのもので、今回の使いの性質を考えれば。



「――手打ちの儀式、ですか」


「我々も、そう分析しております」



 わたしの言葉に、宰相閣下はにこりと笑った。



「はい、リュージュ様。お尋ねしてよろしいでしょうか」


「うん。フィフィくん。何でも聞いて」



 珍しく、フィフィくんが尋ねてきたので、笑顔で答える。

 どこかから「犯罪です」という声が聞こえてきた気がするが、気にしない。



「手打ち、というのはわかります。今回は手を引きます。もう喧嘩はしません。仲良くしてくださいってことですよね?」


「うん。そうだよ」


「リュージュ様は、その手打ちに、儀式、と付け加えられました。これは、なにか意図あってのことなのでしょうか?」



 うん。細かいところに気がつくのは、大変素敵だと思います。


 わたしはフィフィくんにうなずいて見せてから、説明を始める。



「もちろん、手打ち自体も大事。だけど、儀式であることのほうが、今回の件では、もっと大事なんだ。本人同士の確認じゃなく、万人の目に、両国の手打ちを見せる必要がある。より細かく言うなら……今回南の隣国が後押しした、海の邦マレアの不穏分子に、うちはもう手を引いたぞ、と見せつけるために」



 たぶんフィフィくんも、うまく言語に出来ないだけで、気づいてはいたのだ。

 今回の使者を、ただの手打ちの確認のため、と言い切るには、違和感があった。


 だからこそ、ささいな言葉の違いにこだわったのだろう。



「なるほど、ありがとうございます! リュージュ様!」



 顔を輝かせるフィフィくんかわいい。

 尊敬の眼差しきもちいい。良い……癖になる……

「姉様犯罪です」とかいう幻聴は聞こえない。聞こえない。



「これに対して、どう応じるかを考える前に……シャペロー様」



 と、フィフィくんの補佐として同席している教育係のシャペローさんに声をかける。



「はい」


「南の隣国について、わたしはそれほどくわしくありません。教えていただいてよろしいですか?」


「では――」



 うなずいてから、シャペローさんは語り始めた。






 ――アルジェント。



 それが南の隣国の名前です。


 と、シャペローさんは言った。


 意味するところは銀。

 つまりは銀の王国アルジェント


 かつて、日輪の王国が成立するはるか前。

 大陸南部一帯を支配していた黄金の王国アウレリアの継承国家を自称する国のひとつだ。


 海の邦マレアの南方に位置し、経典同盟諸国のなかでも強い国力を持つが、だからこそ、同盟内においては非主流派でもある。

 経典同盟諸国は、法典皇国に対抗するために手を結んだものの、独立の気風が強い。

 そんななかで黄金の王国アウレリアの継承国家を名乗ることは、それだけで警戒対象なのだ。


 もし、法典皇国という脅威が無ければ。

 経典同盟諸国は、黄金の王国アウレリアの継承国家たちと、それに対抗する少国家群が入り交じる大戦乱に陥っていたかもしれない。


 もっとも、法典皇国との戦いの熾烈さは、あり得たかもしれない大乱世と比べても遜色ないものだったのだが。



「……つまり、銀の王国アルジェントは経典同盟内でも独特の立ち位置にある。経典同盟の盟下にあることは、もちろん忘れちゃいけないけど、教皇猊下の影響を当てにしすぎるのも危険。そんな感じでいいのかな?」


「ご明察です」


「その認識で正しいかと」



 わたしの言葉に、教育係シャペローさんはうなずき、宰相閣下が同意する。



「――ただ、欲を申せば、南方に強いつながりがあるカイル・フラフメン。彼に銀の王国アルジェントの現在の情勢を聞いておきたかったところですが」


「まあ、体はひとつしかないのです。無理を言っても仕方ないでしょう」



 ただでさえ過労気味なんだし。

 とも言ってられないのが、今の王国わたしたちの辛いところだ。



「ですな……現在のアルジェント王は壮年であり、先の乱世、そして海の邦マレアのことを考えても、領土欲旺盛な野心家と思われますが」


「そんな方が、どんな使者を送ってくるか……よくよく注意しなければなりませんね」



 使者はその主を映す鏡。

 とは深き森の邦シルヴァルティア領邦君主リンクス・ロッサの言ではあるけれど、真理だと思う。

 王様の器も、思惑も、使者を見れば読み取れることだろう。



「鬼が出るか、蛇が出るか……ぞっとしませんね」







 そして。

 数日後、使者はやってきた。



銀の王国アルジェント王子。レイサム」



 そう名乗った彼は、赤みがかった茶色の髪の、整った顔立ちの主で……とてもかわいらしい、幼い少年だった。



「――王妃さま。このたびは、ご結婚、まことにおめでとうございます!」



 邪気のない笑顔で祝福する。

 その姿は、以前どこかで見た姿にそっくりで。

 なぜか、懐かしい感じがした。


 でもロマさん。キミが警戒するようなことはなにもないので、黙って刑吏ポリスメンを呼びに行くのは止めてください。





いつもわたしがママになるんだよ!にお付き合いいただきありがとうございます。

しばらく更新が不定期になりますが、ゆっくりお待ちいただければ幸いです。

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