04 白の聖女
さて、皆さま。
王妃の生活、と聞いて、どんな生活を想像されるでしょうか。
わたしはなんとなく、昼間は玉座に座ってる王様の横に居て、夜は王様と寝てるイメージがありました。ドラクエとかのあれですね。
ですがまあ、当然実情は違うでしょう。
時代によっても違うのでしょうが、想像するに、王様が外征中はその政務を肩代わりしたり、あるいはサロンを開いて、貴族の方々との繋がりを深める、なんてことが主体だったんじゃないでしょうか。
こちらの世界においても、王妃様の生活は、似たようなもののようです。
ですが、なにぶんこちらは新米王妃。というか、日輪の王国の人間としても、果ては女としてすら新米でございます。
ゆえに、王様の格段の配慮をもちまして、必要な顔出し以外は勝手を許されております。
まあこれには、戦乱で信用できる身内を喪ったせいで、王宮の機能を一気に拡張出来ないからとか、王宮自体も出来あいのものを流用してるだけで、拡張すればキャパオーバーになるとか、そもそも地方の治安がヤバすぎて、領邦君主や地方領主たちが簡単に地元を離れられないとか、世知辛い理由もあったりするのですけれど。
要するに、一言で申しますれば――「ヒマ」なのでございます。
◆
「ねえロマさん」
ヒャッハーたちの蛮声が、遠くに響くのどかな昼下がり。
日中を過ごす居室は、全体的に淡い暖色で、落ちついた雰囲気がある。
彫刻の施された椅子にかけ、緑茶をひと口。碗をテーブルに置くと、わたしは側で静かに控える、侍女のロマさんに声をかけた。
「ロマと呼び捨て下さい……何用でしょうか」
「つぎにフィフィ君と会えるのは、いつになるのかなあ……」
「気が早すぎです。しばらくはご自重ください」
まあ昨日の今日だ。
そんなに頻繁に会えないのはわかっている。
わたしは碗を手にして、もう一口、緑茶をすすり。
「ねえロマさん」
と、微動だにしないロマさんに声をかける。
「ですからロマとお呼びください――なんでごさいましょう。王妃様」
「ヒマなんだけど」
わたしの言葉に、ロマさんはドブ以下の存在を見る目になった。
「王妃様、たとえ公務が無くとも、王妃としての教養も一般常識も不足している王妃様には、為すべきことが数多あると愚考いたしますが」
あいかわらず言葉は丁寧だけど言ってることはひどいね!
「そうは言ってもねロマさん」
「ロマでございます」
「わかったよ。ロマ。王妃として、わたしに足りないものが多いってことはわかってる。でもね……」
わたしの真剣な言葉に、ロマさんは耳を傾ける。
「正直、なにもかも足りなすぎて、なにをすればいいかわかんにゃい」
ロマさんが人様に向けちゃいけない視線になった。
いや、わたしだってお兄さんの力になりたいとは思うんだよ?
だけどわたしは一介の高校生で、礼儀作法や一般常識を詰め込むのが精いっぱいで、大国の王妃としてなにを学べばいいか、わからなくて途方にくれるしかないのだ。
「……はあ。王妃様。不本意ながらわたくしロマは、王妃様をお支えせねばならない立場にあります」
「はい」
ロマさんにスイッチが入ったのを察して、姿勢を正す。
森のお屋敷で嫌になるほど見てきた、怖いロマさんだ。
「そしてわたくしは、王妃様の教育係でした。王妃様の見てくれに似合わぬ残念な本性を知っておりますので、王妃様にとっては己の弱みを晒す危険のない人間です。わたくしが王妃様なら、自分がまず何を学ぶべきか、まずわたくしに問いますけれど」
「はい。おっしゃるとおりでございます、ロマさん」
でも言わせてもらうなら、ロマさんスパルタ式だから聞くのが怖いんですよ。
油断したら、そのまま勉強なんだかSMなんだかわからない、ロマさんの授業が始まっちゃいそうで。
「……なるほど、お察ししました。いままでの教育が、すこし厳し過ぎましたか」
わたしの顔色を見て察したのか、ロマさんは納得したようにうなずいた。
いや、あのスパルタは「すこし」なんてものじゃない。正直二度と御免です。
「ご安心ください。あの時は、婚儀に間に合わせねばならないため、厳しく教えざるを得ませんでした。すでに正式な王妃である貴方様に対して、そこまで厳しくするわけにも参りません」
「あ、なんだ。ちょっとほっとした……じゃあ、あらためて、まずわたしがなにを勉強するべきか、教えてもらってもいいかな?」
「では、お教えいたしましょう」
と、ロマさんはわたしの正面に移動して語り始めた。
あっ教鞭は出さないで。怖い。
「まず、大前提。王妃様は白の聖女の再来である、という名目で、まんまと陛下の妻の座に納まったわけです」
「はい。そうですね。目が怖いので自重してください」
「失礼、殺意が滑りました――ですので、まずはより白の聖女らしく振る舞えるよう、努力すべきかと」
殺意って滑るんだろうか。
というのはともかく、ロマさんの言はもっともだ。
白の聖女っぽく、というのは、森のお屋敷でも言われていた。
当時は言われた事をこなすのにいっぱいいっぱいで、どういうのが白の聖女らしいのかってことにまで、気を回す暇がなかったけど。
「さて、王妃様、質問です。白の聖女らしさ、とはどんなことでしょう?」
「はいっ! 視線は迷わせずにまっすぐ、ただし注視はしない! 姿勢は正しく、しかし力まず! 歩行はすり足! 言動は短く、はっきりと! あとは……」
「はい。わたくしの教育が、しっかりと身についてらっしゃるようで、大変結構ですが……まずは白の聖女とはどんなお方か、そこから答えていただきましょうか。あと座って下さいまし」
トラウマから、直立不動になって答えると、ロマさんは首を横に振ってそう言った。
「えーと、じゃあ……白の聖女とは、建国王ホーフの傍にあってその覇業を支えた、ジャンヌ・ダルクみたいな人、だったと思う」
「ジャンヌ・ダルクというのはわかりませんが、その通りです。深紅の鎧を身にまとい、十字架を振るって戦を指揮したと言われております」
それは初耳、だったかな?
建国王ホーフというのは、400年ほど前の戦乱期に突然現れた英雄だ。
彼が打ち建てたのが“日輪の王国”。二百年近い分裂期を経てお兄さんが再統一した、大陸北部から中部にかけての広大な版図を有する巨大国家だ。
「純白の髪に白い肌。蒼玉の瞳という特徴的な容姿の主で、そこはわたしといっしょ。加護の島に流れ着いたってのもいっしょ、だよね?」
「そうですわね。それゆえ、王妃様が、白の聖女の再来として扱われることに、誰も異論を挟めないのですわ」
とりわけ白髪は希少らしく、こちらの世界では他に見たことがない。
お年寄りの白髪ともまたぜんぜん違って、独特な感じだ。鏡で確認した時も、顔のつくりが奇麗なだけに神秘的な印象を受けた。でもおでこがちょっと広いんじゃないかなと気になった。
ともあれ、他に類を見ない特徴である。
ひょっとすると、あちらの世界から来た人間の、特徴なのかもしれない。
となると白の聖女さんも、わたしと同郷の人だった可能性がある。400年も前の人だから、会って確認はできないけど。
400年前といえば、日本だと安土桃山時代くらい?
あんがい元は戦国武将とかだったりして。戦の指揮が出来たみたいだし。
十字架的な武器使ってたみたいだし、キリシタン大名とか?
あるいは伊達政宗……は、やらかして、豊臣秀吉にごめんなさいするために、黄金の磔柱を背負って京の町を練り歩いたんだったか。
あれを振りまわしてるのを想像すると、楽しいけど絵面がすごいよね。
「王妃様?」
声をかけられて、我に帰る。
「ごめん、白の聖女って、いったいどんな人だったのかなーって考えてた」
「さて。太古の聖人が実際どんな方だったか、後世のわたくしたちは想像するしかありません。ですが、重要なのは、白の聖女がどのような方だったか、ではなく、現代の人間に、どんな方だったと思われているか、ですわ」
なるほど。
あたり前だけど今の時代、白の聖女の実物を見た人間なんていない。
伝説として語り継がれる白の聖女像こそが、今の人間にとっての真実なのだ。
「わかった。白の聖女の実像を求めるより、一般的なイメージ通りに演じることの方が大事ってことなんだね」
「その通りです。私欲なく信仰に厚く、武人でもある清廉な乙女。それが一般的な聖女像です」
なるほど、ロマさんから徹底的に仕込まれた身のこなしは、そういう白の聖女をイメージしてたのか。
再現してるのはガワだけだから、完全に張り子の虎だけど。
「となると、目下の課題は、武人の部分ってことだね」
元々わたしは武人でもなんでもないし、それどころかスポーツとか苦手だったし。
そのうえ、いまの体もかなり華奢だし。以前はついてなかった大きいおっぱいがあるし――いま自分の胸に視線をやった瞬間、ロマさんにものすごい勢いで睨まれたんだけど、敏感すぎませんかねえ。
「武人になる必要はありませんけれど、武人の振る舞いを意識することは大事かと」
「なるほど……といっても、武人の振る舞いってのがそもそもわからないし……実物を参考にすることから始めるのがいいのかなあ」
「そうですわね」
イメージする。
わたしが出会ったことのある武人。つまりは。
「ひゃっはー! てぃーたいむの時間だこらあっ!」
「待ってください。待って。あの連中が武人だということは否定しませんが、言動まで真似ないで下さいまし!」
怒られた。
まあ冷静に考えたらそうですよね。
しかし、わたしが真似して咎められる言動を、平然とやっているヒャッハーたち。
彼らこそ、まず矯正されるべきではないでしょうか。