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04 白の聖女



 さて、皆さま。

 王妃の生活、と聞いて、どんな生活を想像されるでしょうか。

 わたしはなんとなく、昼間は玉座に座ってる王様の横に居て、夜は王様と寝てるイメージがありました。ドラクエとかのあれですね。


 ですがまあ、当然実情は違うでしょう。

 時代によっても違うのでしょうが、想像するに、王様が外征中はその政務を肩代わりしたり、あるいはサロンを開いて、貴族の方々との繋がりを深める、なんてことが主体だったんじゃないでしょうか。


 こちらの世界においても、王妃様の生活は、似たようなもののようです。

 ですが、なにぶんこちらは新米王妃。というか、日輪の王国の人間としても、果ては女としてすら新米でございます。


 ゆえに、王様の格段の配慮をもちまして、必要な顔出し以外は勝手を許されております。

 まあこれには、戦乱で信用できる身内を喪ったせいで、王宮の機能を一気に拡張出来ないからとか、王宮自体も出来あいのものを流用してるだけで、拡張すればキャパオーバーになるとか、そもそも地方の治安がヤバすぎて、領邦君主や地方領主たちが簡単に地元を離れられないとか、世知辛い理由もあったりするのですけれど。


 要するに、一言で申しますれば――「ヒマ」なのでございます。







「ねえロマさん」



 ヒャッハーたちの蛮声が、遠くに響くのどかな昼下がり。

 日中を過ごす居室は、全体的に淡い暖色で、落ちついた雰囲気がある。

 彫刻の施された椅子にかけ、緑茶をひと口。碗をテーブルに置くと、わたしは側で静かに控える、侍女のロマさんに声をかけた。



「ロマと呼び捨て下さい……何用でしょうか」


「つぎにフィフィ君と会えるのは、いつになるのかなあ……」


「気が早すぎです。しばらくはご自重ください」



 まあ昨日の今日だ。

 そんなに頻繁に会えないのはわかっている。


 わたしは碗を手にして、もう一口、緑茶をすすり。



「ねえロマさん」



 と、微動だにしないロマさんに声をかける。



「ですからロマとお呼びください――なんでごさいましょう。王妃様」


「ヒマなんだけど」



 わたしの言葉に、ロマさんはドブ以下の存在を見る目になった。



「王妃様、たとえ公務が無くとも、王妃としての教養も一般常識も不足している王妃様には、為すべきことが数多あると愚考いたしますが」



 あいかわらず言葉は丁寧だけど言ってることはひどいね!



「そうは言ってもねロマさん」


「ロマでございます」


「わかったよ。ロマ。王妃として、わたしに足りないものが多いってことはわかってる。でもね……」



 わたしの真剣な言葉に、ロマさんは耳を傾ける。



「正直、なにもかも足りなすぎて、なにをすればいいかわかんにゃい」



 ロマさんが人様に向けちゃいけない視線になった。


 いや、わたしだってお兄さんの力になりたいとは思うんだよ?

 だけどわたしは一介の高校生で、礼儀作法や一般常識を詰め込むのが精いっぱいで、大国の王妃としてなにを学べばいいか、わからなくて途方にくれるしかないのだ。



「……はあ。王妃様。不本意ながらわたくしロマは、王妃様をお支えせねばならない立場にあります」


「はい」



 ロマさんにスイッチが入ったのを察して、姿勢を正す。

 森のお屋敷で嫌になるほど見てきた、怖いロマさんだ。



「そしてわたくしは、王妃様の教育係でした。王妃様の見てくれに似合わぬ残念な本性を知っておりますので、王妃様にとっては己の弱みを晒す危険のない人間です。わたくしが王妃様なら、自分がまず何を学ぶべきか、まずわたくしに問いますけれど」


「はい。おっしゃるとおりでございます、ロマさん」



 でも言わせてもらうなら、ロマさんスパルタ式だから聞くのが怖いんですよ。

 油断したら、そのまま勉強なんだかSMなんだかわからない、ロマさんの授業が始まっちゃいそうで。



「……なるほど、お察ししました。いままでの教育が、すこし厳し過ぎましたか」



 わたしの顔色を見て察したのか、ロマさんは納得したようにうなずいた。

 いや、あのスパルタは「すこし」なんてものじゃない。正直二度と御免です。



「ご安心ください。あの時は、婚儀に間に合わせねばならないため、厳しく教えざるを得ませんでした。すでに正式な王妃である貴方様に対して、そこまで厳しくするわけにも参りません」


「あ、なんだ。ちょっとほっとした……じゃあ、あらためて、まずわたしがなにを勉強するべきか、教えてもらってもいいかな?」


「では、お教えいたしましょう」



 と、ロマさんはわたしの正面に移動して語り始めた。

 あっ教鞭は出さないで。怖い。



「まず、大前提。王妃様は白の聖女の再来である、という名目で、まんまと陛下の妻の座に納まったわけです」


「はい。そうですね。目が怖いので自重してください」


「失礼、殺意が滑りました――ですので、まずはより白の聖女らしく振る舞えるよう、努力すべきかと」



 殺意って滑るんだろうか。

 というのはともかく、ロマさんの言はもっともだ。


 白の聖女っぽく、というのは、森のお屋敷でも言われていた。

 当時は言われた事をこなすのにいっぱいいっぱいで、どういうのが白の聖女らしいのかってことにまで、気を回す暇がなかったけど。



「さて、王妃様、質問です。白の聖女らしさ、とはどんなことでしょう?」


「はいっ! 視線は迷わせずにまっすぐ、ただし注視はしない! 姿勢は正しく、しかし力まず! 歩行はすり足! 言動は短く、はっきりと! あとは……」


「はい。わたくしの教育が、しっかりと身についてらっしゃるようで、大変結構ですが……まずは白の聖女とはどんなお方か、そこから答えていただきましょうか。あと座って下さいまし」



 トラウマから、直立不動になって答えると、ロマさんは首を横に振ってそう言った。



「えーと、じゃあ……白の聖女とは、建国王ホーフの傍にあってその覇業を支えた、ジャンヌ・ダルクみたいな人、だったと思う」


「ジャンヌ・ダルクというのはわかりませんが、その通りです。深紅の鎧を身にまとい、十字架を振るって戦を指揮したと言われております」



 それは初耳、だったかな?


 建国王ホーフというのは、400年ほど前の戦乱期に突然現れた英雄だ。

 彼が打ち建てたのが“日輪の王国”。二百年近い分裂期を経てお兄さんが再統一した、大陸北部から中部にかけての広大な版図を有する巨大国家だ。



「純白の髪に白い肌。蒼玉の瞳という特徴的な容姿の主で、そこはわたしといっしょ。加護の島に流れ着いたってのもいっしょ、だよね?」


「そうですわね。それゆえ、王妃様が、白の聖女の再来として扱われることに、誰も異論を挟めないのですわ」



 とりわけ白髪は希少らしく、こちらの世界では他に見たことがない。

 お年寄りの白髪ともまたぜんぜん違って、独特な感じだ。鏡で確認した時も、顔のつくりが奇麗なだけに神秘的な印象を受けた。でもおでこがちょっと広いんじゃないかなと気になった。


 ともあれ、他に類を見ない特徴である。

 ひょっとすると、あちらの世界から来た人間の、特徴なのかもしれない。

 となると白の聖女さんも、わたしと同郷の人だった可能性がある。400年も前の人だから、会って確認はできないけど。


 400年前といえば、日本だと安土桃山時代くらい?

 あんがい元は戦国武将とかだったりして。戦の指揮が出来たみたいだし。


 十字架的な武器使ってたみたいだし、キリシタン大名とか?

 あるいは伊達政宗だてまさむね……は、やらかして、豊臣秀吉とよとみひでよしにごめんなさいするために、黄金の磔柱はりつけばしらを背負って京の町を練り歩いたんだったか。


 あれを振りまわしてるのを想像すると、楽しいけど絵面がすごいよね。



「王妃様?」



 声をかけられて、我に帰る。



「ごめん、白の聖女って、いったいどんな人だったのかなーって考えてた」


「さて。太古の聖人が実際どんな方だったか、後世のわたくしたちは想像するしかありません。ですが、重要なのは、白の聖女がどのような方だったか、ではなく、現代の人間に、どんな方だったと思われているか、ですわ」



 なるほど。

 あたり前だけど今の時代、白の聖女の実物を見た人間なんていない。

 伝説として語り継がれる白の聖女像こそが、今の人間にとっての真実なのだ。



「わかった。白の聖女の実像を求めるより、一般的なイメージ通りに演じることの方が大事ってことなんだね」


「その通りです。私欲なく信仰に厚く、武人でもある清廉な乙女。それが一般的な聖女像です」



 なるほど、ロマさんから徹底的に仕込まれた身のこなしは、そういう白の聖女をイメージしてたのか。

 再現してるのはガワだけだから、完全に張り子の虎だけど。



「となると、目下の課題は、武人の部分ってことだね」



 元々わたしは武人でもなんでもないし、それどころかスポーツとか苦手だったし。

 そのうえ、いまの体もかなり華奢だし。以前はついてなかった大きいおっぱいがあるし――いま自分の胸に視線をやった瞬間、ロマさんにものすごい勢いで睨まれたんだけど、敏感すぎませんかねえ。



「武人になる必要はありませんけれど、武人の振る舞いを意識することは大事かと」


「なるほど……といっても、武人の振る舞いってのがそもそもわからないし……実物を参考にすることから始めるのがいいのかなあ」


「そうですわね」



 イメージする。

 わたしが出会ったことのある武人。つまりは。



「ひゃっはー! てぃーたいむの時間だこらあっ!」


「待ってください。待って。あの連中が武人だということは否定しませんが、言動まで真似ないで下さいまし!」



 怒られた。

 まあ冷静に考えたらそうですよね。


 しかし、わたしが真似して咎められる言動を、平然とやっているヒャッハーたち。

 彼らこそ、まず矯正されるべきではないでしょうか。





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