44 リオン・マレア
海の邦に関する諸問題。
その概略が見えてきたところで、まずは宰相と大将軍、二人を執務室に呼び、自分の考えを聞いてもらうことにした。
海の邦内部の不穏分子。
それに手を伸ばす、南の隣国。
大河十二衆の思惑。
それに手を伸ばす、王国官僚。
そのあたりの考察を、応接係さんに補足してもらいながら説明する。
「――どう思われますか?」
「ご慧眼かと」
宰相がうなずく。
「官僚の件、あり得ることです。至急、調べましょう」
「お願いいたします。わたしはこの一件、なにもさせず、なにも起こさせずに済ませたい」
「……あのー。すこしよろしいですかねえ?」
と、大将軍が手を上げて発言を求めた。
驚いた。政務中に大将軍が発言を求めるなんて、ものすごく珍しい。
思わず身構えていると、大将軍は話し始めた。
「大河十二衆が海の邦の滅亡を望み、官僚と組んであちらさんをハメようとしてる。それはいい。だが、こう言っちゃなんだが、海の邦を保つために、わざわざ骨を折って止めてやる義理はあるんですかい?」
「戦が起こらない。これは我が国にとって十分利だと思いますが」
「ですが王妃殿下。戦を恐れては舐められる。内にも、外でも。特にいまは、北のゴタゴタが長く続いて、王国の武威に疑問を持たれかねない状況です。ここらでひと戦やっとくのも、悪い手ではないように、拙なんぞは思うわけですが」
「海の邦の反乱は、全国規模の反乱に発展する危険を孕んでいる、とわたしは危惧しておりますが」
「反乱を鎮圧しきれないことを危惧しておられるのなら、こう申し上げておきましょう。舐めるな、と。どうか戦をする場合含めて、より得るものの大きい選択をしていただきたいと、具申する次第です」
鋭い、刃の如き意見。
普段陽気の下に見え隠れしていた刃を、不意に見せられた思いだ。
暴論ではない。
大将軍の意見にも理はある。
軍を代表する立場上、言わずに済ますわけにはいかないというのもわかる。
だからといって、軽々に乗るわけにはいかない意見ではあるけれど。
大将軍は言葉を続ける。
「それに……愚考いたしますに、少なくとも王妃殿下にとっては、こちらのほうが望ましい事態となるのでは、と」
「どういうことです、大将軍閣下?」
「乱が起これば、武功を立てることができます。フィンバリー殿下を陛下の跡継ぎに、と望まれるなら、そこへ至る近道です」
それは。
ひどく魅力的な意見だ。
やっぱり、軽々しく乗るわけにはいけないけど。
「……大将軍閣下のご意見、ありがたく頂戴いたしました。ですが、それでもなお、わたしは戦を避け、海の邦を守るべきだと判断いたします」
「なぜ、と、理由を聞いてもよろしいですかい?」
「まず、反乱を起こした領主たちを潰して回っても、彼らの代わりとなる統治者を用意できません。乱を鎮圧して、かえって治安悪化を招いてしまう。ましてや領邦。中程度の国ほどもある土地を統治する人員を、新たに確保することなど、不可能と言っていい」
わたしの言葉を肯定するように、宰相が静かにうなずいた。
「――そして、フィフィくんのことですが……大将軍閣下、戦の結果、治安が悪化する。このような未来が見えている以上、そこにあの子を送り出すわけにはいきません」
それに、現状、フィフィくんの立太子を望む人間は多くない。
そして、今回の件でもわかるけど、家臣は主の命令を必ずしも主の望む形で達成しない。
我田引水。己の利になるように、己の仇をすすぐように、己の信念に、政治信条に沿うように。そんな形で達しようとすることもありえるのだ。
危険が大きい、と思う。
「わたしはフィフィ君の立太子には、実績を堅実に、時間をかけて積み上げていく必要があると思っています」
そして、と、言葉を続ける。
「治世も同様です。乱が終わり、平和が訪れた。そのことを信じられないからこそ、いま国内は不穏で満ちている……だから、まずは南部だけでもいい。平和な時間を積み重ねることこそが、万人に平和の幻想を見せることこそが、王国のために必要だ……というのが、わたしの思いです」
「なにもしない。なにもさせないことこそ大事、か……」
わたしの言葉を、咀嚼するように。
大将軍が、深く息をついた。
「もちろん、民衆を飢えさせない。職からあぶれさせないことこそ、第一に考えるべきとは思いますが」
「いや、よいと思いますよ。とてもよい」
意外にも、大将軍は苦笑を浮かべながら両手を上げる。
「どうもね。馬上で天下国家を論じ、剣をとって天下を獲た拙どもは、ともすれば争いで物事を解決しようとしすぎる。解決するために策を弄しすぎる。それとは別のあり方が必要だと示すことは、我らにとっても、フィンバリー殿下にとっても、よいことじゃないかと、王妃殿下に言われて考えました」
なんだか教皇猊下を彷彿とさせる言葉だ。
やっぱり、わたしのあり方は白の聖女のそれとは違っていて。
でも、いまの王国には必要なんだと。そう言われたことが、ものすごくうれしい。
「とにかく、期待以上の言葉を頂いた。反対するわけにはまいりませんな」
「むろん私も、ですな。王妃殿下のお心に添うよう、力を尽くしましょう」
大将軍に続いて。
宰相が喜ばしいものを見るように目を細めながら、力強く、そう言ってくれた。
「――では、宰相閣下。まずは早急に、官僚たちの抑えと、彼の国への親書の草案を練っていただけますか?」
「承知いたしました」
「それから、大河十二衆への抑えには、ここに居るカイル様が適任と判断いたしました。宰相閣下ならば、彼の身の上と人柄はご存知かと思いますが」
「はい。私も彼が適任かと」
「では、よしなに。カイル様。よろしくお願いいたします」
「はっ。御意のままに」
声をかけると、カイルさんは礼をとって応える。
「さて、そうすると拙のするべきことは……万一に備えて、英気を養っておくとしますか」
良案だ、とばかりに手を打つ大将軍。
しかしその背後には、獲物を見つけた肉食獣の笑みを浮かべた宰相閣下が!
合掌。
◆
「――ふう」
執務室を出て、息をつく。
いろいろあったけど、どうにかよい方向に持っていけそうだ。
「お疲れさまです。姉さま」
「ありがとう、ロマ」
労ってくれるロマさんに礼をいいながら、部屋に向かう。
途中、大広間に出ると、ヒャッハーたちがいつもと変わらず宴会してる。
「ヒャッハー! アネさんだー!」
「アネさんがお越しだぜー!」
「ママー!」
うん。キミたち。
いつもどおり元気そうでなによりです。
でも。
「王妃殿下ー! ご機嫌麗しゅう! ヒャッハー!」
なんで当然のように混じってるの領邦君主・リオン・マレア。
そしてちょっとヒャッハーに染まってきてるぞキミ。どういうことなの。
「姉さま、自分を顧みてください。十回くらい」
心を読んだかのようなロマさんのツッコミが鋭いです。
しかし、彼のために苦労してるかと思うと、気楽な姿には、物申したくもある。
――ふと、イタズラ心が湧いた。
「……そういえば、領邦君主・リオン・マレア。貴方がどうして王宮に来られたか、先だって伺いましたが――王都とつながる大河の水が、海に押し寄せる危険もありえましたね」
と、暗に大河十二衆と官僚の目論見を明かす。
あまり洗練された比喩じゃないけど、まあヒャッハーにわからなければそれでいい。
あ、リオンさん、固まった。
すぐに気づいたところを見ると、出来る人なんだろうけど……こういうとこ見落としてるあたり、やっぱりいま一歩で負けちゃう性質なんだと思う。
――それがお兄様なんです! それがいいんです!
と脳内腐女子さんが荒ぶっているのは、ともかく。
リオンさんは、苦しげな表情の後、諦めきったように息を吐いた。
「海の邦は……」
「日輪の王国にとって、必要な邦です」
安心させるように、笑顔で言う。
リオンさんは、安堵の息をつきながら、天を仰いだ。
「つくづくボクは、勝負事に向いてない……王妃殿下、ご厚情に感謝します。このご恩には、必ず報いさせていただきます」
なんだか、非常に苦労させられたけど。
この人ともいい関係が築けそうで、よい結果になったと思います。
「なんだ親友ー! アネさんに助けてもらったのかー?」
「なんだか知らねえけどよかったな兄弟ー!」
「ヒャッハー! 祝い酒だー!」
でも染まるのは。
海の邦の平和のためにもヒャッハーに染まるのは止めてください。