表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/74

44 リオン・マレア



 海の邦マレアに関する諸問題。

 その概略が見えてきたところで、まずは宰相と大将軍、二人を執務室に呼び、自分の考えを聞いてもらうことにした。


 海の邦マレア内部の不穏分子。

 それに手を伸ばす、南の隣国。


 大河十二衆の思惑。

 それに手を伸ばす、王国官僚。


 そのあたりの考察を、応接係カイルさんに補足してもらいながら説明する。



「――どう思われますか?」


「ご慧眼かと」



 宰相がうなずく。



「官僚の件、あり得ることです。至急、調べましょう」


「お願いいたします。わたしはこの一件、なにもさせず、なにも起こさせずに済ませたい」


「……あのー。すこしよろしいですかねえ?」



 と、大将軍が手を上げて発言を求めた。

 驚いた。政務中に大将軍が発言を求めるなんて、ものすごく珍しい。


 思わず身構えていると、大将軍は話し始めた。



「大河十二衆が海の邦マレアの滅亡を望み、官僚と組んであちらさんをハメようとしてる。それはいい。だが、こう言っちゃなんだが、海の邦マレアを保つために、わざわざ骨を折って止めてやる義理はあるんですかい?」


「戦が起こらない。これは我が国にとって十分利だと思いますが」


「ですが王妃殿下。戦を恐れては舐められる。内にも、外でも。特にいまは、北のゴタゴタが長く続いて、王国の武威に疑問を持たれかねない状況です。ここらでひと戦やっとくのも、悪い手ではないように、拙なんぞは思うわけですが」


海の邦マレアの反乱は、全国規模の反乱に発展する危険を孕んでいる、とわたしは危惧しておりますが」


「反乱を鎮圧しきれないことを危惧しておられるのなら、こう申し上げておきましょう。舐めるな、と。どうか戦をする場合含めて、より得るものの大きい選択をしていただきたいと、具申する次第です」



 鋭い、刃の如き意見。

 普段陽気の下に見え隠れしていた刃を、不意に見せられた思いだ。


 暴論ではない。

 大将軍の意見にも理はある。

 軍を代表する立場上、言わずに済ますわけにはいかないというのもわかる。

 だからといって、軽々に乗るわけにはいかない意見ではあるけれど。


 大将軍は言葉を続ける。



「それに……愚考いたしますに、少なくとも王妃殿下にとっては、こちらのほうが望ましい事態となるのでは、と」


「どういうことです、大将軍閣下?」


「乱が起これば、武功を立てることができます。フィンバリー殿下を陛下の跡継ぎに、と望まれるなら、そこへ至る近道です」



 それは。

 ひどく魅力的な意見だ。

 やっぱり、軽々しく乗るわけにはいけないけど。



「……大将軍閣下のご意見、ありがたく頂戴いたしました。ですが、それでもなお、わたしは戦を避け、海の邦マレアを守るべきだと判断いたします」


「なぜ、と、理由を聞いてもよろしいですかい?」


「まず、反乱を起こした領主たちを潰して回っても、彼らの代わりとなる統治者を用意できません。乱を鎮圧して、かえって治安悪化を招いてしまう。ましてや領邦。中程度の国ほどもある土地を統治する人員を、新たに確保することなど、不可能と言っていい」



 わたしの言葉を肯定するように、宰相が静かにうなずいた。



「――そして、フィフィくんのことですが……大将軍閣下、戦の結果、治安が悪化する。このような未来が見えている以上、そこにあの子を送り出すわけにはいきません」



 それに、現状、フィフィくんの立太子を望む人間は多くない。

 そして、今回の件でもわかるけど、家臣は主の命令を必ずしも主の望む形で達成しない。

 我田引水。己の利になるように、己の仇をすすぐように、己の信念に、政治信条に沿うように。そんな形で達しようとすることもありえるのだ。


 危険が大きい、と思う。



「わたしはフィフィ君の立太子には、実績を堅実に、時間をかけて積み上げていく必要があると思っています」



 そして、と、言葉を続ける。



「治世も同様です。乱が終わり、平和が訪れた。そのことを信じられないからこそ、いま国内は不穏で満ちている……だから、まずは南部だけでもいい。平和な時間を積み重ねることこそが、万人に平和の幻想を見せることこそが、王国のために必要だ……というのが、わたしの思いです」


「なにもしない。なにもさせないことこそ大事、か……」



 わたしの言葉を、咀嚼するように。

 大将軍が、深く息をついた。



「もちろん、民衆を飢えさせない。職からあぶれさせないことこそ、第一に考えるべきとは思いますが」


「いや、よいと思いますよ。とてもよい」



 意外にも、大将軍は苦笑を浮かべながら両手を上げる。



「どうもね。馬上で天下国家を論じ、剣をとって天下を獲た拙どもは、ともすれば争いで物事を解決しようとしすぎる。解決するために策を弄しすぎる。それとは別のあり方が必要だと示すことは、我らにとっても、フィンバリー殿下にとっても、よいことじゃないかと、王妃殿下に言われて考えました」



 なんだか教皇猊下を彷彿とさせる言葉だ。

 やっぱり、わたしのあり方は白の聖女のそれとは違っていて。

 でも、いまの王国には必要なんだと。そう言われたことが、ものすごくうれしい。



「とにかく、期待以上の言葉を頂いた。反対するわけにはまいりませんな」


「むろん私も、ですな。王妃殿下のお心に添うよう、力を尽くしましょう」



 大将軍に続いて。

 宰相が喜ばしいものを見るように目を細めながら、力強く、そう言ってくれた。



「――では、宰相閣下。まずは早急に、官僚たちの抑えと、彼の国への親書の草案を練っていただけますか?」


「承知いたしました」


「それから、大河十二衆への抑えには、ここに居るカイル様が適任と判断いたしました。宰相閣下ならば、彼の身の上と人柄はご存知かと思いますが」


「はい。私も彼が適任かと」


「では、よしなに。カイル様。よろしくお願いいたします」


「はっ。御意のままに」



 声をかけると、カイルさんは礼をとって応える。



「さて、そうすると拙のするべきことは……万一に備えて、英気を養っておくとしますか」



 良案だ、とばかりに手を打つ大将軍。

 しかしその背後には、獲物を見つけた肉食獣の笑みを浮かべた宰相閣下が!


 合掌。







「――ふう」



 執務室を出て、息をつく。

 いろいろあったけど、どうにかよい方向に持っていけそうだ。



「お疲れさまです。姉さま」


「ありがとう、ロマ」



 労ってくれるロマさんに礼をいいながら、部屋に向かう。

 途中、大広間に出ると、ヒャッハーたちがいつもと変わらず宴会してる。



「ヒャッハー! アネさんだー!」


「アネさんがお越しだぜー!」


「ママー!」



 うん。キミたち。

 いつもどおり元気そうでなによりです。


 でも。



「王妃殿下ー! ご機嫌麗しゅう! ヒャッハー!」



 なんで当然のように混じってるの領邦君主リンクス・リオン・マレア。

 そしてちょっとヒャッハーに染まってきてるぞキミ。どういうことなの。



「姉さま、自分を顧みてください。十回くらい」



 心を読んだかのようなロマさんのツッコミが鋭いです。


 しかし、彼のために苦労してるかと思うと、気楽な姿には、物申したくもある。



 ――ふと、イタズラ心が湧いた。



「……そういえば、領邦君主リンクス・リオン・マレア。貴方がどうして王宮に来られたか、先だって伺いましたが――王都とつながる大河の水が、海に押し寄せる危険もありえましたね」



 と、暗に大河十二衆と官僚の目論見を明かす。

 あまり洗練された比喩じゃないけど、まあヒャッハーにわからなければそれでいい。


 あ、リオンさん、固まった。

 すぐに気づいたところを見ると、出来る人なんだろうけど……こういうとこ見落としてるあたり、やっぱりいま一歩で負けちゃう性質なんだと思う。



 ――それがお兄様なんです! それがいいんです!



 と脳内腐女子アンナさんが荒ぶっているのは、ともかく。


 リオンさんは、苦しげな表情の後、諦めきったように息を吐いた。



海の邦マレアは……」


「日輪の王国にとって、必要な邦です」



 安心させるように、笑顔で言う。

 リオンさんは、安堵の息をつきながら、天を仰いだ。



「つくづくボクは、勝負事に向いてない……王妃殿下、ご厚情に感謝します。このご恩には、必ず報いさせていただきます」



 なんだか、非常に苦労させられたけど。

 この人ともいい関係が築けそうで、よい結果になったと思います。



「なんだ親友ー! アネさんに助けてもらったのかー?」


「なんだか知らねえけどよかったな兄弟ー!」


「ヒャッハー! 祝い酒だー!」



 でも染まるのは。

 海の邦マレアの平和のためにもヒャッハーに染まるのは止めてください。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ