43 カイル・フラフメン
さて、皆さま。
大河文明、と聞けば、皆様、それがどのようなものか、なんとなく想像できると思います。
豊富な水と、豊かな土壌。
大河は様々なものを人にもたらし、文明を育んできた。
ティグリス、ユーフラテス川がメソポタミア文明を育んだように。あるいはナイル川がエジプト文明を育んだように。
都市が生まれ国が築かれ、文明が十分に成熟しても、大河は人に恵みを与え続けた。
河川を使った交易は膨大な富を産み、それに携わるものに強い力をもたらした。
国家。領主。都市。商人。そして水運業者。
我が日輪の王国最大の巨大河川である「大河」にも、そこに携わる「力持つ者」が居る。
それが。
――大河十二衆。
応接役さんが、その縁者だというなら。
自らそのことを名乗ってくれたのなら。
くわしく尋ねないわけにはいかないだろう。
「カイル様。大河十二衆について、教えていただけますか?」
「そうですな。この際だ。一から説明しようじゃないですか」
応えると、応接役さんは、執務室の壁に向かって歩いていく。
壁には日輪の王国の地図が掛けられており、その中の一点を、彼は指差し示した。
「我が国を横に三分割したとして、中部と南部の境界を横断するように流れている、これが大河です」
深き森の邦から西海へ横一文字。
大いなる河の流れを、応接役さんは指で一気になぞる。
「大河の水運を司る巨大組織。大河の支配者といっていい存在が、大河十二衆。俺はここの、青帆の一族――まあ、十二衆のひとつなんですが、その当主の家の出です」
「十二衆……名前からも想像できるけど、ワントップの組織じゃない?」
「ええ。十二の有力者による合議制を取ってます。名目上はこの十二衆は平等……といっても、実際には力関係があって、主導権を取れる有力な家は3つ。青帆の一族もそのひとつです」
もっとも、と応接役さんは肩をすくめる。
「さきの大乱でハーヴィル王と敵対路線をすすめた青帆の一族は、当主である兄が死んだこともあって、いまは落ち目でしょう」
なるほど。
お兄さんに敵対的だった青帆の一族が弱体化している。
とすれば、十二衆の総意は、日輪の王国寄りになっていることだろう。
「そこに、官僚たちが策謀の手を伸ばす余地があった……いや、大河十二衆も、実利が無ければ動かない」
「無論です。十二衆は大河の利権で繋がる。そしてその利を犯す者たちと戦うための集団だ。脅しでは動かない。個人的な情義でも動かない。彼らを動かすのは、常に利ですよ」
で、あれば。
存在するはずだ。
彼らが海の邦を潰すことで得られる、確実な利が。
地図を、つぶさに見る。
考えるまでもない。
大河十二衆は大河の利権を握っており……海の邦はそこに接続する利権を握っている。
「海……ですね」
「ご明察です」
応接役さんは、地図上の大河を指でなぞり、続けざまに西海沿岸部に縦長の丸を描いた。
「――海の邦が持つ海洋利権。大河十二衆が持つ河川の利権。かつてひとつの領邦にあったとき、有機的に連結されていたそれは、王国直轄と、極めて自治性の高い領邦に分かたれた。彼らがこれを損失と考えたなら、取り戻したいと考えてもおかしくはないでしょう」
考えられる手段は、二つ。
海の邦が大河を取り戻すか。
あるいは王国が海の邦を併呑するか。
そして海の邦寄りの青帆の一族が弱体化したいま、十二衆が取りうる手段は、後者しかない。
「日輪の王国に、海の邦を潰させる。その手段として、領邦君主・リオン・マレアに反乱の冤罪を被せる……事の真偽は机上で語るべきではありませんが、防がねばならない可能性です」
わたしの言葉に、応接係さんが無言でうなずいた。
そばに控えているロマさんは、うなずかないけど反対もしない。
「そこで、カイル様に尋ねます」
「なんなりと」
「十二衆が領邦君主・リオンに冤罪を被せる手筋は、どれほどありますか?」
「無数に」
と、応接係さんは断言する。
「――海の邦と大河十二衆は、いまもなお利権を介して深く結ばれております。海の邦の不満分子を煽ることは可能でしょう」
「ですが、不満分子とて馬鹿ではありません。すくなくとも、有力者たちはそうでしょう。領邦君主・リオンは言いました。自分の友人に、勝ちの目のない賭けをする人間は居ない、と」
「逆を言えば、勝ちの目のある賭けなら、やるかもしれない、と」
そういえば、彼はこうも言っていた。
分の悪い賭けをする人間は居る、と。
「領邦君主・リオンは、よく逃げてきてくれたものです」
しみじみと、ため息をつく。
ここに、南の隣国からの干渉も加わるのだ。
彼が本国に残ったままだったなら、とてもじゃないが火種を消しきれなかっただろう。
「とはいえ、領邦君主とて無限に王都に居続けられるわけじゃない。火種を消すなら今しかありませんぜ」
「そうですね」
応接係さんの言うとおりだ。
火種は、今のうちに消すべきだろう。
現状見えている自分と相手の手札を、脳内で整理する。
日輪の王国に反乱を起こしたい海の邦の不穏分子。
反乱を起こしたとして、海の邦を取り潰したい我が国の官僚たち。
日輪の王国にごたついていて欲しい。そのために海の邦の不穏分子に干渉する南の隣国。
そして、日輪の王国に海の邦を取り潰させ、海洋利権とより強い結びつきを得たい大河十二衆。
「……うん」
抑えるべきは、南の隣国と大河十二衆だろう。
このふたつの干渉さえ許さなければ、官僚たちは宰相閣下が、海の邦の不穏分子はリオン・マレアが、十分に抑えられる。
南の隣国への手は、ある。
わたしは聖女だ。教皇猊下が、経典教世界の平和のために、そう認めてくれた。
そして、南の隣国は、言うまでもなく経典同盟の一員。つまりは経典教国家である。
親書と親善の使者を贈り、友好を示せば、南の隣国は牽制と受け取り、海の邦の不穏分子は彼らに不信を抱いて警戒するだろう。
そして大河十二衆への手は……こちらもある。
彼らの手口と手筋を知り、彼らへの窓口を持っている。そんな人間が、ちょうど目の前に居る。
けれど。
「ここからは、宰相閣下も交えて対策を練っていかねばならないようです……その前に、カイル様。あなたは大河十二衆。どうすべきだと思いますか?」
わたしはまず、そう尋ねた。
彼自身の故郷に対することだ。
官僚たち同様、応接係さんとて、わたしや宰相閣下の思惑から外れてしまうかもない。
疑うようで申し訳ないが、それでも彼の思いや願いは、あらかじめ知っておくべきだろう。
その思いが伝わったのか、応接係さんは苦笑を浮かべた
「ありがたいが、お気遣いは無用ですよ、王妃様。あそこは古巣ですが、それほど円満に家を出たわけじゃありません。これに関しちゃあ、俺のほうに問題があったと、今となっては思うわけですが……それでも、いまの巣を差し置いてまで守らにゃならんものはありませんよ」
応接係さんは、口元を皮肉に釣り上げて、そう言った。
本当に、頭が下がる。
「ありがとうございます――では、宰相閣下を交えて対策を練るとしましょうか。カイル様には、十二衆の抑えをお願いすることになると思います」
「承知しました。ちなみに、王妃様は、彼らをどうするおつもりで?」
「なにもさせません」
応接係さんの問いに、強く言い放つ。
「――なにもさせない以上、なにも起こりません。であれば、罰すべき者も居ない……そのために、手伝ってくれますね? カイル様」
「……御意のままに」
わたしの言葉に。
カイルさんは、そう言って深々と、頭を下げた。
皮肉屋で、斜に構えているが、苦労性で情義に厚い。
カイル・フラフメンという人は、そんな方なのでしょう。
信頼に足る方だと、そう思います。
だから、これからも頼りにさせてください。
さらに苦労を背負い込ませることになりますが、その分報いたいと心の底から思ってますので、ぜひ!
「……気のせいか、寒気が?」
それはいけません。
いま風邪を引かれては困ります。
すぐに薬を手配しましょう。