表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/74

43 カイル・フラフメン



 さて、皆さま。

 大河文明、と聞けば、皆様、それがどのようなものか、なんとなく想像できると思います。


 豊富な水と、豊かな土壌。

 大河は様々なものを人にもたらし、文明を育んできた。

 ティグリス、ユーフラテス川がメソポタミア文明を育んだように。あるいはナイル川がエジプト文明を育んだように。


 都市が生まれ国が築かれ、文明が十分に成熟しても、大河は人に恵みを与え続けた。

 河川を使った交易は膨大な富を産み、それに携わるものに強い力をもたらした。


 国家。領主。都市。商人。そして水運業者。

 我が日輪の王国最大の巨大河川である「大河」にも、そこに携わる「力持つ者」が居る。


 それが。



 ――大河十二衆たいがじゅうにしゅう



 応接役さんが、その縁者だというなら。

 自らそのことを名乗ってくれたのなら。

 くわしく尋ねないわけにはいかないだろう。



「カイル様。大河十二衆について、教えていただけますか?」


「そうですな。この際だ。一から説明しようじゃないですか」



 応えると、応接役さんは、執務室の壁に向かって歩いていく。

 壁には日輪の王国の地図が掛けられており、その中の一点を、彼は指差し示した。



「我が国を横に三分割したとして、中部と南部の境界を横断するように流れている、これが大河です」



 深き森の邦シルヴァルティアから西海へ横一文字よこいちもんじ

 大いなる河の流れを、応接役さんは指で一気になぞる。



「大河の水運を司る巨大組織。大河の支配者といっていい存在が、大河十二衆。俺はここの、青帆の一族――まあ、十二衆のひとつなんですが、その当主の家の出です」


「十二衆……名前からも想像できるけど、ワントップの組織じゃない?」


「ええ。十二の有力者による合議制を取ってます。名目上はこの十二衆は平等……といっても、実際には力関係があって、主導権を取れる有力な家は3つ。青帆の一族もそのひとつです」



 もっとも、と応接役さんは肩をすくめる。



「さきの大乱でハーヴィル王と敵対路線をすすめた青帆の一族は、当主である兄が死んだこともあって、いまは落ち目でしょう」



 なるほど。

 お兄さんに敵対的だった青帆の一族が弱体化している。

 とすれば、十二衆の総意は、日輪の王国寄りになっていることだろう。



「そこに、官僚たちが策謀の手を伸ばす余地があった……いや、大河十二衆も、実利が無ければ動かない」


「無論です。十二衆は大河の利権で繋がる。そしてその利を犯す者たちと戦うための集団だ。脅しでは動かない。個人的な情義でも動かない。彼らを動かすのは、常に利ですよ」



 で、あれば。

 存在するはずだ。

 彼らが海の邦マレアを潰すことで得られる、確実な利が。


 地図を、つぶさに見る。


 考えるまでもない。

 大河十二衆は大河の利権を握っており……海の邦マレアはそこに接続する利権を握っている。



「海……ですね」


「ご明察です」



 応接役さんは、地図上の大河を指でなぞり、続けざまに西海沿岸部に縦長の丸を描いた。



「――海の邦マレアが持つ海洋利権。大河十二衆が持つ河川の利権。かつてひとつの領邦にあったとき、有機的に連結されていたそれは、王国直轄と、極めて自治性の高い領邦に分かたれた。彼らがこれを損失と考えたなら、取り戻したいと考えてもおかしくはないでしょう」



 考えられる手段は、二つ。

 海の邦マレアが大河を取り戻すか。

 あるいは王国が海の邦マレアを併呑するか。


 そして海の邦マレア寄りの青帆の一族が弱体化したいま、十二衆が取りうる手段は、後者しかない。



「日輪の王国に、海の邦マレアを潰させる。その手段として、領邦君主リンクス・リオン・マレアに反乱の冤罪を被せる……事の真偽は机上で語るべきではありませんが、防がねばならない可能性です」



 わたしの言葉に、応接係さんが無言でうなずいた。

 そばに控えているロマさんは、うなずかないけど反対もしない。



「そこで、カイル様に尋ねます」


「なんなりと」


「十二衆が領邦君主リンクス・リオンに冤罪を被せる手筋は、どれほどありますか?」


「無数に」



 と、応接係さんは断言する。



「――海の邦マレアと大河十二衆は、いまもなお利権を介して深く結ばれております。海の邦マレアの不満分子を煽ることは可能でしょう」


「ですが、不満分子とて馬鹿ではありません。すくなくとも、有力者たちはそうでしょう。領邦君主リンクス・リオンは言いました。自分の友人に、勝ちの目のない賭けをする人間は居ない、と」


「逆を言えば、勝ちの目のある賭けなら、やるかもしれない、と」



 そういえば、彼はこうも言っていた。

 分の悪い賭けをする人間は居る、と。



領邦君主リンクス・リオンは、よく逃げてきてくれたものです」



 しみじみと、ため息をつく。

 ここに、南の隣国からの干渉も加わるのだ。

 彼が本国に残ったままだったなら、とてもじゃないが火種を消しきれなかっただろう。



「とはいえ、領邦君主リンクスとて無限に王都に居続けられるわけじゃない。火種を消すなら今しかありませんぜ」


「そうですね」



 応接係さんの言うとおりだ。

 火種は、今のうちに消すべきだろう。

 現状見えている自分と相手の手札を、脳内で整理する。


 日輪の王国に反乱を起こしたい海の邦マレアの不穏分子。

 反乱を起こしたとして、海の邦マレアを取り潰したい我が国の官僚たち。

 日輪の王国にごたついていて欲しい。そのために海の邦マレアの不穏分子に干渉する南の隣国。

 そして、日輪の王国に海の邦マレアを取り潰させ、海洋利権とより強い結びつきを得たい大河十二衆。



「……うん」



 抑えるべきは、南の隣国と大河十二衆だろう。

 このふたつの干渉さえ許さなければ、官僚たちは宰相閣下が、海の邦マレアの不穏分子はリオン・マレアが、十分に抑えられる。


 南の隣国への手は、ある。

 わたしは聖女だ。教皇猊下が、経典教世界の平和のために、そう認めてくれた。

 そして、南の隣国は、言うまでもなく経典同盟の一員。つまりは経典教国家である。


 親書と親善の使者を贈り、友好を示せば、南の隣国は牽制と受け取り、海の邦マレアの不穏分子は彼らに不信を抱いて警戒するだろう。


 そして大河十二衆への手は……こちらもある。

 彼らの手口と手筋を知り、彼らへの窓口を持っている。そんな人間が、ちょうど目の前に居る。


 けれど。



「ここからは、宰相閣下も交えて対策を練っていかねばならないようです……その前に、カイル様。あなたは大河十二衆。どうすべきだと思いますか?」



 わたしはまず、そう尋ねた。

 彼自身の故郷に対することだ。

 官僚たち同様、応接係さんとて、わたしや宰相閣下の思惑から外れてしまうかもない。

 疑うようで申し訳ないが、それでも彼の思いや願いは、あらかじめ知っておくべきだろう。


 その思いが伝わったのか、応接係さんは苦笑を浮かべた



「ありがたいが、お気遣いは無用ですよ、王妃様。あそこは古巣ですが、それほど円満に家を出たわけじゃありません。これに関しちゃあ、俺のほうに問題があったと、今となっては思うわけですが……それでも、いまの巣・・・・を差し置いてまで守らにゃならんものはありませんよ」



 応接係さんは、口元を皮肉に釣り上げて、そう言った。

 本当に、頭が下がる。



「ありがとうございます――では、宰相閣下を交えて対策を練るとしましょうか。カイル様には、十二衆の抑えをお願いすることになると思います」


「承知しました。ちなみに、王妃様は、彼らをどうするおつもりで?」


「なにもさせません」



 応接係さんの問いに、強く言い放つ。



「――なにもさせない以上、なにも起こりません。であれば、罰すべき者も居ない……そのために、手伝ってくれますね? カイル様」


「……御意のままに」



 わたしの言葉に。

 カイルさんは、そう言って深々と、頭を下げた。


 皮肉屋で、斜に構えているが、苦労性で情義に厚い。

 カイル・フラフメンという人は、そんな方なのでしょう。


 信頼に足る方だと、そう思います。

 だから、これからも頼りにさせてください。

 さらに苦労を背負い込ませることになりますが、その分報いたいと心の底から思ってますので、ぜひ!



「……気のせいか、寒気が?」



 それはいけません。

 いま風邪を引かれては困ります。

 すぐに薬を手配しましょう。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ