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42 海の邦のお家事情


 さて、皆さま。

 いま、わたしの手元には、一冊の本があります。

 海の邦マレアの姫君、アンナさんからお借りしたものです。内容はお察しです。


 とはいえ、設定面に関しては。

 見るべきところがおおいにありました。


 物語の主人公であり、様々なしがらみに囚われながら、抜け出そうとあがく領邦君主リンクス・リオン・マレア。

 彼にとってのしがらみとは、たとえば長年良好な関係を築いてきた南隣の王国に現れた、野心あふれる王。

 たとえば叔父であり、主にすら牙を剥きかねない、獣性野生の塊のような水軍大将。

 たとえば異父兄であり、理想的な忠臣を演じながら、主にも理想的な主君であることを求める執事……などなど。


 全員が主人公を(性的に)狙っている……というアンナさんの妄想はさておき。



「――姉さま、これは」


「ええ」



 ロマと、思わず顔を見合わせる。

 

 海の邦マレア側の視点で見れば、より多くのことが鮮明になる。

 その大半が、領邦君主リンクス・リオン・マレアの主張を裏付けるものだったが、一点、気になる部分があった。


 これは、本人に質しておきたいところだけど。



「さきに宰相閣下に相談すべき、なのかな?」


「……相談? これを資料にして、ですか?」



 ロマさんが、ものすごく微妙そうな顔をする。


 冷静になって考えれば、破廉恥だしセクハラだし、精神攻撃ですらあるかもしれない。



「……宰相閣下、お泣きになるのでは」


「じゃあその前に、南方の事情にくわしい人に裏とりしとこうか」


「姉さま、誰か心当たりが?」


「心当たりがありそうな人は知ってる……宰相閣下のことだけど」



 本末転倒である。


 ……いや、一人、心当たりがあった。

 おそらくは南方に強いつながりを持ち、そのため教皇猊下の応接役に選ばれた人が。







「――と、いうわけで、お呼び立てしたわけですけれど」


「王妃様が、死ぬほどろくでもない理由で、俺の休暇をぶっ潰してくれたってのはわかりました」



 政務室に駆けつけた応接役さんに事情を説明すると、ものすごく深い溜め息をつかれた。


 ごめんね!

 たしかに理由はろくでもないけど、つまらない理由ではないから! 大事なことだから!



「まずは確認したいんだけど……領邦君主リンクス・リオン・マレアがいま、この時期にやってきた。そのことについて、貴方の意見を聞かせてください」


「ぶっ殺してしまえ――と、官僚たちなら誰もが思っとるでしょうな」



 応接役さんの答えに、ロマさんがうんうんと強い同意を示した。


 よし、きみは落ち着いとこうか。



「そう思ってるのは、官僚たちだけ?」


「そうですな……まあ、一部の民衆も、同じ思いなんじゃねえですかね」



 そういえば、そっちからの恨みも当然買ってるか。

 とくに王冠領南部の住民には、海の邦マレアの侵攻で直接被害を被った人も居るだろうし。



「兵士たちは、それほど恨んでないの? たしかにヒャッハーたちは、あんまり気にしてなかったけど」


「最前線で頭ン中に天下の形勢を描ける人間なんて、数えるほどだ。ほとんどは放り込まれた戦場で必死に戦うだけですよ」



 なるほど。そういうものなのかもしれない。

 ましてや最後には打ち負かし、しかも王によって罪を裁かれた人間だ。

 けっして兵士たちが三歩歩くと忘れてしまう鳥頭だったり、兵卒総ヒャッハーだったりするわけじゃないに違いない。



「その点後方では、食料の流入ルートを抑えられるわ、本来人手を割かなくていい安全地帯にまで手を取られるわで、地獄見たからな。王に権力を集約したい官僚としては邪魔な存在でもあるし、この際、と思ってる奴も多いでしょうよ」



 まあ、潰したら潰したで、今度は海の邦マレア統治にリソース割くハメになって地獄を見るんですけどね。



「さすがに実行するような子はいないよね?」


「ま、そうでしょうな。かと言って恨むなというのも無茶な話ですがね」



 さすがに心の中にまで干渉はできない。



「その通りです姉さま。とっとと処してしまいましょう。さいわい妹姫かわりがおりますし」



 ロマさん、実行に移すのはアウトなので自重してください。

 いちいち物騒すぎて応接役さんがどん引いてます。







「さて――こほん」



 と、物騒な雰囲気を払拭するように、咳払いする。

 応接役さんには、まだ聞きたいことがある。



「次は、貴方自身の意見を、聞かせてください」



 さきほどの意見も、貴重ではある。

 だが、どうにも斜に構えた見方で、彼自身は別の意見を持っているように見えた。


 なので、尋ねてみたのだが。

 応接役さんは、やはり斜に構えた様子で、口の端を皮肉げに釣り上げ。



「ま、あっちもめんどくさい事情抱えてるし、イチかバチかで王宮に逃げ込みたくなった気持ちも、わからんでもない――ってとこですか」



 そう言って、肩をすくめる。



「日輪の王国に干渉する手駒として、あるいは反乱の神輿として、とにかくあの方は便利すぎる。海の邦マレアに居れば、あらゆる謀略に巻き込まれちまう」



 たしかに。

 アンナさんの本を見ただけでも、めんどくさそうな要素満載だ。



「――ただ、俺の意見として言わせてもらえば、王妃様が注意すべきは別にあるんじゃねえかと、愚考いたす次第ですがね」


「どういうことです?」


「考えてみてください。海の邦マレアや南隣の王国の連中がろくでもないことを企んでるなら。海の邦マレア嫌いのうちの連中が、見逃すはずがありません」



 なるほど、道理だ。

 リオン・マレアの狙いが我が国にとって好意的なものでない限り、恨み骨髄の官僚たちが見逃すはずがない。


 いまちょっと不安になったけど。

 友好的なのが癪に障るとか言ってあえてスルーしたりしないよね――と。


 考えていて、思いついた。

 わたしが注意すべき、一つの可能性を。



「つまり、キミはこう言いたいんだね? 注意すべきは領邦君主リンクス・リオン・マレアではなく、彼を潰そうとする官僚たちの動きだって」


「まさに、ですな」



 我が意を得たり、と、応接役さんはうなずく。



「もちろん王妃様が状況を制御できて、なおかつ様々なリスクを許容できるのであれば、進めていいんでしょうが……」


海の邦マレアを潰すことは、無条件に許容できない」



 即答する。

 強い断定に、ロマさんが不満を表情に出した。



「姉さま」


「タイミングが最悪すぎる。海の邦マレアに反乱の冤罪をかぶせて、万一火消しに失敗したら……全国規模の反乱を誘発しかねない」



 王の不在。北の世情不安。街道の治安悪化。

 そこにきて南方にまで反乱が起これば、戦乱の世を生きた領主たちは、そこに好機を見出すかもしれない。


 ちょうど、成立直後の漢帝国のように。

 いや、漢帝国と日輪の王国じゃいろんな条件が違うけど。



「うちが火種に使いそうな勢力は……両手に余りますけど……ひとつ、ありますね。あちらから売り込んできそうな勢力が」



 頭に描いた勢力図を、様々な角度から見れば、自然とそれが見えてくる。



「ほう、察しはしますが……聞かせてもらいましょうか」


「ここ、です」



 指先で、指し示す。

 その先にあるのは、開かれた一冊の本。

 やや装飾過剰で、耽美な文章が、禍々しいオーラを放ちながら本の中で踊っている。



「……王妃様、なんですかい? この、言葉に表すのがはばかられる本は」


海の邦マレアの妹姫、アンナ様謹製の、男同士の友情を描いた小説です。モデルは海の邦マレア諸勢力です」



 自分の目を疑うように、何度も目を瞬かせる応接役さんに、淡々と説明する。



「……気のせいか、肉親の名前も見えるんだが。ダメージ半端ないんだが」


「おや? 思わぬところで関係が」


「って、知ってて呼んだんじゃないんですかい」



 応接役さんが目を眇める。

 そういえば、彼のお名前、まだちゃんと聞いてなかった気がする。



「すでに実家を離れて一家を立てた身ではありますが……あらためて、名乗らせていただきましょう」



 応接役さんは深いため息をついてから。

 一礼して、名乗った。



「カイル・フラフメン。大河十二衆、青帆の一族より出奔し、ハーディル王に仕えている者です」


「ああ、小説で出てきた、俺様的な感じでリオン・マレアを押し倒してた」


「兄です。故人です。さすがに泣きますよ」



 応接役さんには申し訳ありませんが。

 一度すり込まれた認識を変えるのは、容易ではありません。

 いまは亡き兄君のイメージは、これからもアンナさんの小説準拠になることでしょう。

 そのヴィジュアルイメージが、応接役さんと瓜二つでインプットされてしまったのは、本当に申し訳ないことだと思います。


 本当に、本当に申し訳ありません。

 でもイメージするわたしも、精神ダメージ食らってるんですよ。





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