40 海の邦の君主
花の宮殿、謁見室。
同席するのは、宰相と大将軍、それからフィフィ君。
あまりフィフィ君を値踏みさせるような真似はしたくないけれど、領邦君主と公式に会うとなれば、同席させないわけにはいけません。
まあ、今回の会見に関しては、主役はわたしと彼だ。
「では、話を聞かせてもらいましょうか、領邦君主・海の邦」
王妃の椅子に座って、栗色の髪の金ピカ優男――リオン・マレアに問う。
なかなか愉快な出会い方をした彼だが、公的な会見となると、国王代理として、いろいろと質さないといけない。
街道の安全性を理由に結婚式を欠席したり。
にもかかわらず、国王が不在の隙を狙ってやってきたり。
いや、前者に関しては、同じ理由で来てない人も居るけど、だったら徹底しろというか……来れることを証明しちゃいかんでしょ、と言いたい。
まあ、街道の安全に関しては、すでに教皇猊下が証明済みなのだが。
いや、あんな新世界創造主と一般人をいっしょにしちゃだめだと思うけど。
「では、王妃殿下。まずはご結婚の祝福と建国の慶賀と治安の問題があったとはいえ参賀出来なかったお詫びと、王に鉾を向けたにもかかわらずお許し頂いた感謝と教皇猊下に手づから聖女と認められたお祝いを」
「雑にいっぺんに済まそうとしないでください」
優雅に一礼する金ピカ優男に、ツッコミを入れる。
いや、別にいいんだけど、公人としてはスルーできないし、なにより宰相閣下の顔が怖い。
「これは……ご無礼をお許しください。どうやらまだ酔いが覚めていないようでして」
「まあ、それはそうでしょうね」
ついさっきまで呑んでたわけだし。
大将軍が必要以上にうんうんとうなずいて、宰相閣下に睨まれてるのは、スルーしておく。
酔ったというわりには、受け答えもはっきりしてるけど……ひょっとして、試されてるのかな?
まあ、客観的に見て正体不明だよね、わたし。
わたしがどんな人間か、探るために、彼はわざと癖のある態度を取ってたのかもしれない。
いや、だったらさっきやっときなさいよ。
公式の場でやっちゃいかんでしょ、と思うけど。
しかもこの人、さきの大乱の折のやらかしで、すでに警告一枚もらってる状態だし。
そう思うと、逆にこの人がどんな人物なのか、気になってくる。
よく考えたらアンナさんの兄なんだから、変人の可能性はかなり高そうだ。
というかヒャッハーたちと意気投合してる時点で、非常にあやしい。関係ありませんが、心に棚を作っておくことは大事だと思います。
「まあいいでしょう。領邦君主・海の邦。よく来てくれました。まずは歓迎いたします」
「はっ。王妃殿下のご厚情、痛み入ります」
「しかし、領邦君主・海の邦。自邦の安定に努めていた貴方が、唐突にお越しになったのには、深刻な理由がある、と拝察いたしますが」
「まさに。そのとおりです、王妃殿下」
わたしの問いに。
優男は甘い笑みを浮かべてうなずいた。
◆
当然の話だが、リオン・マレアが、いまこの時期に王宮を訪れる必然性は皆無だ。
なるほど、王不在であれば、一手の領邦君主が勝手に粛清される可能性は低くなるかもしれない。
妹で王宮の客となっているアンナさんから、わたしの人となりを聞いていれば、己に及ぶ危険を、最小限に見積もることも、可能だったかもしれない。
だが、当たり前だが、建国や結婚のときに引きこもっておいて、いまさらのこのこ来るなんて、心象が悪いにも程がある。
それをわかっているであろう彼が、あえて今、来たのだとしたら。
「――南に不穏な動きあり……ですかね」
「ご慧眼です。南の隣国から、めんどうな話がやってくる気配を察しましたので、こちらに逃げてまいりました」
「なるほど」
納得してうなずく。
それなら、まあ得心がいく。
南からの干渉を一番大きく受けるのは、まず海の邦だ。
さきの大乱で敵対し、国土を大きく削られた海の邦は、日輪の王国内でも不穏分子と見られている。
協力を得て、攻め込む取っ掛かりにしたい。
あるいは反乱を起こさせて、強大な北の大国を混乱させておきたい。
そんな話がやってくるのは必然だし、それを不穏な動きと見て海の邦を潰す口実にされかねない。
結局、邦内に留まるより、王宮に飛び込んだほうが危険度が低いと判断して、彼はやってきたのだろう。
「いまの状況で、南に兵が起こっても、この国は持ちこたえられると、貴方はそう判断したのですね」
「王不在とはいえ大将軍が居られる。歴戦の将兵が残っている。なにより、王妃殿下が聖女と認められたことで、名分を作ることが難しくなりました。反乱を起こす側としては、ひどく分の悪い賭けになったと申さざるを得ませんね」
分が良ければ反乱を起こしてた、とも取れる言い方はやめてくれないかなあ。宰相閣下が怖い顔になってるし。
大将軍は笑顔だけど。たぶんお酒が入ってるせいだけど。
「なるほど……ときに領邦君主・海の邦。貴方のお知り合いに、分の悪い賭けが好きそうな方はいらっしゃいますか?」
この状況でも兵を起こそうと考える者は居るか、と、そう尋ねる。
「居るからこそ、こうして逃げてきたわけです。さすがに勝ちの目のない賭けをするような友人は居りませんので、ご安心を」
海の邦の協力がなければ、そもそも賭けが成立しない。
戦になることを避けるためにも、自分は王宮に逃げこんだのだと彼は言う。
嘘ではないだろう。
だがひとつ、確認しておかねばならない。
「ときに領邦君主・海の邦。貴方自身は、分の悪い賭けについてどう思われますか?」
尋ねると、優男は「よく聞いてくれた」とばかりに、満面の笑みを浮かべて言った。
「はい。実はボク、分の悪い賭けは大好きなんですよ」
なるほど。
王宮に単身飛び込んできたり。
ヒャッハーたちに、わざわざ正体明かしたり。
ヒャッハーたちと仲良くなった挙げ句、一晩中飲み明かしたり。
いままでの奇行を考えれば、彼の告白は腑に落ちるものがある。
なら、王都にやってきたのも、賭けの一環か、というと……たぶん違う。
危うく飛び出して来そうになった衛兵を手で制して、彼らに聞かせるように、あえて問いかける。
「領邦君主・海の邦。いま、この状況で、他国と協調して反乱を起こす。そんな分の悪い賭けを、貴方はどう思われますか?」
わたしの問いに、リオン・マレアは、苦笑を浮かべて。
道化た様子で答えた。
「王妃殿下。ボクも、勝ちの目のない賭けはしない性質なんですよ」
天然か、はたまた一流の話術によるものか。
会話が噛み合うって素晴らしいと思います。
ヒャッハーたちも、彼の半分でいいので常識を覚えてくれたら、と思いますが、手がかからなくなったら、それはそれで寂しい気もいたします。
ともあれ、緊張をはらみながらも、会見は無事終わりました。
ですが、会見の終わりに。宰相閣下は厳しい表情で、こうおっしゃいました。
「とりあえず酔っ払い二名はあとで私の部屋に来なさい」
ですよねー。




