39 南からの珍客
さて、皆さま。
お兄さんの出征より半月。
なんとかかんとか、日々の政務をこなしておりますリュージュ・センダンです。
国を背負う重圧を感じながら、日々仕事をしていると、なんの責任もなく馬歩だけをしていた結婚当初の日々が恋しくなってきたり。
まあ、半月も経てばさすがに体も慣れてくる。
侍女で義妹のロマも労ってくれてるし、心理的な余裕も出てきた。
フィフィ君が無茶しないか、ちょっと心配だったけど、教育係のシャペローさんの尽力もあって元気に頑張ってくれてます。
でかした。
お礼に白の聖女の十字架杖を見ていいぞ。
歴史好きにとってはたまらないでしょう。
って言ったら、マジ泣きしながら感謝された。引いた。
いや、わたしだって織田信長の佩刀手に取っていいよって言われたら泣いて喜ぶ気がする。でもいきなり茎を外そうとするのやめてね。
そんな日々を過ごしていた、ある日。
「――やあやあみんな、ヒャッハー!」
「アネさんだヒャッハー!」
「アネさん! 今日もいい呑み日和だぜーっ!」
「ヘイタンモイイトオモウゼー」
いつものように、広間で宴会しているヒャッハーたちに挨拶をして、いつもと違うことに気づいた。
いや、うつろな目で感情のこもらないセリフを吐いてるヒャッハーのことじゃなくて。
「親友ー。親友ー。アネさんが来たぜー。ボウズもじきに来るだろうし起きとけよー」
――すやぁ。
眠りこけてるフィフィ君の教育係、シャペローさんじゃなくて。
「はっはっは、今日はボクのおごりだ! おおいに呑みたまえ!」
「ヒャッハー!」
「呑むぜー!」
「騒ぐぜー!」
喧騒の中心にいるのは、栗色の髪に甘い美貌の、軽薄そうな優男。
……誰?
◆
花の宮殿の広間に、わたしの記憶にない人間が居る。
これって地味に異常なんじゃないかと思う。
もちろん、国の要人の顔を全員覚えてるわけじゃない。
言葉を交わした人や、印象的な人は覚えてるけど、披露宴会場に居ただけの人間は、さすがに覚えてない。
自領の治安維持や街道の警護なんかに忙殺されて、王宮に来れない地方領主なんかは、そもそも覚えようがない。
だが、問題はそこじゃない。
王宮に入れて、しかもわたしが知らない。
そんな人間の来訪の報せを、わたしは受けていないのだ。
まあ、ヒャッハーたちと仲良さそうだし、みんなの知り合いではあるんだろうけど。
「みんな、その方を紹介していただけませんか?」
「アネさん、オレたちよお、たまーに街に繰り出して酒呑んだりしてるんだけどよお!」
と、ヒャッハーの一人が、なぜかそんな話をしだす。
大丈夫? わたしの質問、行方不明になってない?
「――そこで意気投合して連れてきたぜー!」
「どうなってるの警備ー!?」
いやこの際ヒャッハーたちにセキュリティ意識は求めないけどさ。
衛士さんたちは城門通しちゃだめでしょ?
もしこの美青年が刺客だったらどうするの!?
フィフィ君が、フィフィ君が危ないかもしれないんだよ!?
「王妃殿下、お怒りなきよう。衛士に咎はございません……なぜなら、ボクは正当な手続きを経て、この場に居るのですから」
と、美青年が隙のない礼を示しながら、衛士たちを弁護した。
……ふむ。
あらためて、彼を値踏みする。
身なりはいい。
ちょいとアクセサリにゴールド成分多めだけど、派手というほどでもなく、趣味がいいといえる範囲内だろう。
かかった金額を考えれば庶民ではなさそうだし、成金や成り上がりでもない。貴族か老舗の大商人、そのドラ息子といった風情だ。
「昨日の夕刻に届け出て、今日か明日にでも登城を、と思っていたのですが……街で彼らと意気投合して、予定より早く登城してしまった次第。すでに部屋もあてがわれておりますし、その報告もほどなく王妃殿下のもとに届くことでしょう」
王宮に部屋をあてがわれるレベルの人間。
まずもって国家の要人クラス。そしてこの容姿と年齢。
いや、推理するまでもない。彼の名は、本人の口からから聞くべきだろう。
「名を、教えていただけますか?」
「これは失礼を。ボクは領邦君主・リオン・マレア。ハーヴィル陛下より海の邦の半ばを預かっております」
その瞬間。背後からものすごい圧力を感じた。
ロマさんの視線だった。怖い。
◆
リオン・マレアの名は、ロマさんにとって禁句に近い。
さきの戦乱において、天下を争った敵対勢力……といえば聞こえは良いが、実際は飢民軍相手に苦戦していたお兄さんを背後から殴りつけたようなものだ。
当時のお兄さんがどれほどの窮地に陥ったかは……ロマさんの恨みっぷりを見れば想像がつく。
そのわりにヒャッハーたち、リオン・マレアの名前に無関心だけど。
「領邦君主・海の邦。初めまして。日輪の王国、国王妃リュージュ・センダンですわ」
背後のロマさんを気にしながら、名乗る。
「――貴方のことは、かねてより伺っておりましたが……思いの外みんなと仲が良さそうで、驚きました」
「はい。王妃殿下におかれましては、ボクの悪名をよくご存知のことかと思いますが……思いの外、気に入ってもらえまして」
「……いけしゃあしゃあと……」
背後でロマさんがぽつりとつぶやくのが怖い。
「みんな大丈夫? 昔の記憶残ってる? 三歩歩いて忘れてない?」
「なにいってんだアネさん、大丈夫だぜー!」
「こいつ自分で名乗ったしなー!」
「いっしょに呑むと意外と話せるやつだぜー!」
まじか。みんな遺恨とかないんだろうか。
背後のロマさんとの温度差がすごい。
「アネさん、心配性だぜー!」
「昨日は敵でも今日は呑み仲間だぜー!」
「昨日よりも今日だぜー!」
おお……言ってることは刹那主義なのに、ヒャッハーたちが輝いて見える。これも教皇猊下に調伏されたおかげなのか。
「ボクにもボクなりの打算があって、自ら王都に飛び込んできたんですが……こんな感じの彼らに毒気を抜かれてしまいましてね。王妃殿下も一杯いかがでしょう?」
「遠慮しておきます」
ものすごくいい笑顔でなに言ってんのこの人。
漂白されたのはいいけど、そのあとヒャッハー色に染まっちゃったんじゃないだろうか。
「そんなー!? いっしょに呑もうぜアネさん!」
「呑み比べしようぜー!」
「負けたらオレ脱ぐぜー!」
キミ達もここぞと主張しないで。
臨戦態勢のロマさんの標的になっちゃうから。
というか。
領邦のなかでも警戒度の高い海の邦の主が、国王不在のこの時期に、王宮にやってきたのだ。
――厄介事を伴っていないはずがない。
小考して、わたしは美青年に向き直り、居住まいを正す。
「領邦君主・海の邦。一度部屋に戻って待機を。謁見室にお呼びいたします」
正式に会う、ということだ。
即座に理解したのだろう。
リオン・マレアは甘い微笑とともに、感謝の礼を示した。
かつてのお兄さんの敵ではありますが。
いまは、お兄さんの敵とは限りません。
偏見は、ときに判断を歪めます。
ここは、ヒャッハーたちを見習って、フラットな気持ちで相対してみよう。そう思いました。
「とりあえず二度と歯向かえないよう洗脳……ですわね……」
でも、まずはロマさんをなだめないと。