03 王甥フィフィ
さて、皆さま。
幼い王族、と聞いて、どんな人間像を思い浮かべるでしょうか。
非人間的なまでに自己抑制のきいた完璧超人か、あるいはすべてを凡愚と見下す傲慢な人間か。そんな両極端に分かれる印象がございます。
かくいうわたしも、同じイメージを抱いておりました。
しかし同時に、現実で関わることのない人種だなあ、と思っておりました。
まさか関わるどころか、王族になってしまうとは。
まあ、それを言うなら、美少女になって嫁側で結婚するなんて、思いもしませんでしたが。
さて、王そのものであるお兄さんをのぞいて、わたしが既知の王族と言えば、フィフィ君だ。
お兄さんのお兄さんの息子なので、続柄としては甥にあたる。
フルネームはフィフィ・シェンバリー・エンテア。
通称はフィンバリー。お兄さんの一族の慣習として、ファーストネームとミドルネームを混ぜた名前が通称となるらしい。
フィフィ、とファーストネームだけで呼ぶのは、愛称呼びに近いのだとか。
ちなみにお兄さんの名前はハル・ハーヴィルで、通称は同じくハーヴィルである。
まあお兄さんはこの際置いておいて、フィフィ君だ。
ヒャッハーだらけの王宮において、フィフィ君はわたしの心のオアシスだ。生まれてくれてありがとう、以外の言葉が思い浮かばない。
だから。
「リュージュさま。本日は、よろしくおねがいいたします」
――いやっほおおおっ! フィフィ君が来てくれたよーっ!
晴れて面会が叶ったことで、わたしのテンションはアゲアゲだった。
おだやかそうで、物腰も柔らかくて、荒ぶったところがすこしもない。
緊張してるのか、すこし固くなってるのも子供らしくていい。こんな子から「ママ」って呼ばれたら元男といえど母性が溢れるのを止められないかもしれない。
ああ、だめだだめだ。
せっかくフィフィ君が挨拶してくれてるんだから、ちゃんと母親っぽく返事しないと。
「こちらこそ、来てくれてありがとう。そう堅苦しくならずに。よければお母様、と呼んでくれてもいいんですよ」
「は、はい……じゃなくて、まだちゃんと養子ではないのに、おそれおおいです」
あ、癒される……奥ゆかしいなあ。
「では、それは後の楽しみにとっておきましょう。わたしのほうはフィフィ君、と呼んでもいいですか?」
「はいっ!」
にっこりと笑うフィフィ君。
だめ。かわいい。
「では、フィフィ君。これからもよろしく、ということで……握手しましょうか」
「え? あの、その……はい」
わたしが笑顔で手を差し出すと、フィフィ君は困惑しながらも、手を差し出してきた。
ちいさい。と思ったけど、わたしの手もたいがい小さいな。
なかよしなかよし、と握手する。
ぷにぷにではない、意外にしっかりした感触。体温高い。心がぽかぽかしてくる。
側に控える侍女のロマさんが「マジかこいつ」みたいな視線を送ってるけど気にならない。
「んっ……」
恥ずかしいのか、フィフィ君の顔がなんだか真っ赤になってる。
そういえばわたしも子供の頃、女子と手をつなぐのは恥ずかしかったなあ。
「はい、よくできました――ロマさん。お茶とお菓子を並べていただけますか?」
「承知いたしました。王妃様。あまりお戯れになりませぬよう」
言い置いて、ロマさんはお茶の準備を始めた。
……お戯れ?
いや、身内ならぜんぜんセーフな範囲だよね?
なんならハグとか頭なでなでとかほっぺすりすりしてもセーフだよきっと。
フィフィ君は、顔を真っ赤にして、握手してた手をじっと見てる。
かわいいなあ。でも、家族なんだからあんまり恥ずかしがられても困るんだけどなあ。
「――お待たせいたしました」
と、ロマさんがテーブルの上にお茶菓子を並べ、それぞれの前にお茶碗を置く。
「あ、ありがとうございます!」
ロマさんにお礼を言うフィフィ君はいい子だ。
「ありがとう、ロマさん」
わたしもお礼を言って、お茶菓子に手を伸ばす。
凝った細工の焼き菓子だ。かじるとサクッと軽い感触とともに、香ばしさと自然な甘みが口の中に広がる。
「フィフィ君は、ここでの生活はどう? ガラの悪いお兄さんたちに絡まれたりしない?」
「そんなことないです。みんないい方ばかりです!」
フィフィ君はぶんぶんと首を横に振る。
嘘を言ってるようには見えない。まじか。天使か。フィフィ君天使か。
「ごめん。言動はアレだけど、気のいい人たちなのは間違いないよね。でも言動は真似しないでね。くれぐれも」
「は、はい」
ロマさんが「どの口で言ってるんだテメエ」みたいな視線を送ってきてる気がするけど、スルーする。
武人の仕草を学んでるわたしにとっては、必要なことなんですよひゃっはー。
でもフィフィ君が染まると、癒しが消滅するし国も世紀末ですひゃっはー。
緊張で喉が渇いているのか、フィフィ君がお茶をすすった。
見た目欧米人(天使)なフィフィ君だが、緑茶をすする姿はすごく自然だ。
というか、普通に流しちゃってるけど、なんで抹茶碗や緑茶が自然に混入してるんだろう。不可思議すぎる。
「――ふう」
フィフィ君の表情がほわっと蕩ける。いちいち癒される。
「フィフィ君、クッキーもどんどん食べてね」
「はい!」
勧めると、さくさくとクッキーを頬張るフィフィ君。
あんまり急ぐとハムスターになるよ。
「……あの、リュージュさま……ボクになにか?」
食べる様子をじっと見ていると、フィフィ君は顔を赤らめて尋ねてくる。
しまった。つい母性があふれてしまってた。
「ごめんなさい。あまりじろじろ見るものではありませんでした。あまり美味しそうに食べるものだから、つい」
「そうでしたか。ちょっと恥ずかしいです……でも、本当においしいです! リュージュさま、ありがとうございます!」
そんなに喜ばれると、準備を人任せにしてたわたしとしては、ものすごく後ろめたかったり。
「喜んでくれたら、わたしもうれしいかな……ねえ、フィフィ君?」
「はいっ! なんでしょうかリュージュさま」
「お勉強、忙しい?」
「はい! でも、ボクもはやく一人前になって、陛下のためにはたらきたいので、もっともっとがんばらなきゃです!」
ぎゅっと両手をにぎり、力いっぱい主張するフィフィ君。
なんだろう。フィフィ君と話していると、癒しを通り越して、覚りの領域に足を踏み入れそうになる。子供を守り導く地蔵菩薩の気持ちがわかった気がする。
「そうかー。偉いねフィフィ君は……でも、たまにはわたしのところに遊びに来てくれるとうれしいかな。もちろん、勉強の邪魔にならない範囲で」
「はい! きっと!」
「困ってることがあったら、なんでも言ってね。力になるから」
「はいっ! ありがとうございます、リュージュさま!」
菩薩の笑みを浮かべながら、素直な気持ちを伝えると、フィフィ君は顔を綻ばせて、そう答えた。
想像していたより、はるかにいい子で、彼を産んでくれた天国の義姉様に、感謝と尊敬の念を抱いてしまう。そんなフィフィ君との、二度目の出会いでありました。