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37 英雄王の親征


 さて、皆さま。

 王宮のみんなに、強烈な印象を残して。

 教皇猊下はお帰りになられました。


 直後、国王ハーディルは低地両邦安定化のための親征を宣言。

 準備が急ピッチで整えられていきます。


 親征、といっても、どこかに攻め込むわけではありません。

 分裂し、複数の勢力が「われこそが帝国の継承者である」と称してこっちにアプローチをかけてきている北洋帝国諸勢力に対応するための一時的な動座であり、そのため、親征の主力・・は選りすぐった外交官や官僚なのです。


 ちなみに選りすぐったのは、引き抜きすぎると王都の政務が無事死亡してしまうからです。ただでさえ人数足りてないからね。

 そういえば、教皇の応接役とかいう罰ゲームをくらってた彼は無事居残り組です。あとヒャッハーたちもそれなりの人数が居残るという話を、本人たちから聞いた。



「そりゃ王様といっしょには行きてえけどよー! みんな行っちまったら誰が王妃様を守るんだよー!」


「そうだそうだー! だいたい向こうは戦にならねえって話だし、酒もろくにねえらしいじゃねえかー!」


「ママはオレが守るよ!」



 ありがたい話だけどわたしは君らのママじゃない。







 さて。

 親征に当たって、お兄さんから頼まれたことがある。


 フィフィ君への心理的なフォローである。

 初めて公的な役を授かり、それがかなり重要なもの、となれば、責任感の強いフィフィ君は、また体に無茶をさせかねない。


 お兄さんもわたしも、過労で倒れた一件で懲りている。

 あんな事態を避けるためにも、フィフィ君とはよくお話しておく必要がある。


 というわけで、フィフィ君をお茶会に招待しましたわーい。



「正体現しましたね姉さま」



 わたしはノーマルです。

 というのはさておき、フィフィ君には無理を言って、時間を作ってもらった。

 その配慮は、正しかったのだろう。王妃の間。応接室に招いたフィフィ君の顔色は、すぐれない。



「……王妃さま」


「なんですかフィフィ君お母さんと呼んでくれていいんですよ?」


「姉さま。性癖が漏れてます」



 フィフィ君に明るい笑顔を返すと、背後からロマさんに突っ込まれた。

 だけど動揺なんてしない。いま現在この時に限定するなら、わたしには下心なんてないからだ。



「性癖ではありません。漏れているとすれば……そう。地蔵菩薩のごとき神の愛アガペー、ですかね」


他人ひとに通じない言葉で煙に巻かないでくださいまし」


「そうか……ついに来ましたか――神の愛を説く、その時が!」


「聖女として認められて早々、異端認定くらいそうなことはやめてくださいね?」


「大丈夫。わたしに後ろめたいことなんて欠片もありませんから!」


「自分を悪だと認識していない悪人というのは、始末におえないものですね」


「吐き気をもよおす邪悪ってやつですね……その意見には同意しますが、なぜいまそんな真理を?」


「たったいま、実感を伴って理解いたいましたので」



 わたしたちのやりとりに、フィフィ君の頬がふっとゆるんだ。

 やった、ウケた!



「フィフィ君、面白かったなら、声に出して笑ってくれていいんですよ?」


「いえ、そんな」


「いいんですよ。笑ったら、肩の力が抜けたでしょ?」



 いたずらっぽく微笑みかける。

 プレッシャーに押しつぶされそうなフィフィ君の様子を見て、即興で寸劇を敢行したのだ。即座に応じてくれたロマさんもさすがだ。


 わたしの意図を知って、フィフィ君は驚いたように目を見開いて。

 それから、晴れやかな笑顔を浮かべた。かわいい。



「王妃様、ありがとうございます。ぼくの不安をまぎらわせてくださったんですね!」


「えっ?」



 ロマさん。

 なぜあなたが意外そうな顔するんですか。

 ロマさんの中のわたしのイメージについて、一度問いたださなければいけないのかも知れません。


 いや、いまはフィフィ君のことが大事だ。

 突っ込みたいのをぐっとこらえる。



「フィフィ君。わたしは、出征する王様に代わって、王国の政務を預かることになりました」


「はい。その王妃様を補佐するお役目を、ぼくはおおせつかることになってます」


「うん。そのことで、フィフィ君は緊張してるんだと思う。わたしも同じ。初めて政務を摂行せっこうするんだから、不安もあります」


「そんな」



 フィフィ君が「ご謙遜」をみたいな顔してるけど、事実なのでそこは流しておいてほしい。



「ですが、優秀な官僚たちが、政務を捌いてくれます。頼りになる武将たちが、軍事の要になってくれます。なにより、宰相が居る。大将軍が居る。わたしがやるべきことは、彼らの意見をよく聞いて、決断すること。そしてフィフィ君がやるべきことは、わたしの横に居て、わたしを支えてくれること」



 王様の代わりだからって、王様と同じことをやる必要はない。

 真面目なフィフィ君は、王様の能力を補填する事を考えて居たのかも知れないけれど、必要なのは、役目に応じた最低限の機能なのだ。



「いっしょに頑張ろう、フィフィ君」


「――はいっ!」



 わたしが差し伸べた手を、フィフィ君は笑顔で握り返してくれた。

 ……フィフィ君、心なしか手が大きくなった?







 そんなこんなで、出発の日が訪れた。

 出陣に際しての諸々の儀式は滞りなく行われ、王様から王妃の補佐を託されたフィフィ君も、堂々とした受け答えで存在を印象づけた。


 国王の親征に従う兵は、わずか3000。

 さきの戦乱で、お兄さんが行った最大規模の動員が20万だったことを思えば、冗談みたいな少数だ。


 それでも。

 兵站をすべて他地域から賄わねばならない低地両邦にとっては。

 総督として低地領邦を治めるアルサーブが率いる兵が、8000であることを思えば。重すぎる負担なのだろう。



「行ってくるぞ、リュージュ。留守を頼む」



 出発の直前、お兄さんと言葉を交わした。


 城門が開いた、その前で。

 戦装束に身を包み、騎乗したお兄さん。

 対するわたしは、白の聖女を意識した、赤のドレスに十字架杖姿。

 先触れはすでに王都の大路を進んでいて、民衆の歓声が聞こえてくる。


 城門の外をちゃんと見たのは初めてだ。

 ごく低い丘の上に建つ王城、花の宮殿。

 城門から真っ直ぐに伸びる大路は広く、立ち並ぶ街並みは、はるか先に見える外郭がいかくに至るまで、形や大きさを変えながら、延々と続いている。

 外郭の外にも簡素な建物が密集していて、南に大河を、はるか西に海を望む事ができるだろう。


 これが、王都。

 これが、日輪の王国。

 これが、お兄さんが築き、守っているもの。



 ――そして、わたしが守らなくちゃいけないもの、なのだ。



 ずしりと重いものを感じながら、わたしはお兄さんに笑顔を返す。



「任せてよ。お兄さんは安心して――この国を守ってきて」


「任された」



 お兄さんは糸目を細めて、自然体で請け負った。


 送る言葉を交わして。

 しかし、お兄さんは馬を進めない。

 そのことを、不審に思い始めた頃になって、お兄さんはふたたび口を開いた。



「これは、言うべきか迷っていたのだがな……」


「なに? この際遠慮せずに言ってよ」



 めずらしく、ためらう様子のお兄さんに、そう言って促す。

 お兄さんは体を折って顔を近づけ、わたしにしか聞こえない声で言った。



「リュージュ。実はな、お前と初めて出会った、あのとき……俺は生まれて初めて、一目惚れというやつを体験した」


「え? え?」



 突拍子もない告白に、軽く混乱してしまう。



「フィフィを大事に思う気持ちに偽りはない。そのための仮初の結婚と言ったのも嘘ではないが……それと同じくらい、お前がそばに欲しかった」


「それいま言う必要ある? 無いよね? 言い逃げする気まんまんだよね!?」


「許せよ。早めに明かして、夜一緒に寝るのを断られたら、立ち直れそうになかったのでな」


「なんかいま最低なこと言ってない!?」


「ま、そのあたりも、ゆっくり話し合おう。帰ってきたら、な」


「いまわたしかつてないくらい身の危険を感じてるんですけど!?」


「安心しろ。手は出さん。非常に惜しいが、子ができたら、決意が揺らいでしまいそうだからな」


「わたしが口説き落とされる前提の話はやめてほしいんですけど!? そんな未来はありえないんですけど!?」


「はっはっは、では、行ってくるぞ!」



 衝撃の爆弾を投下して。

 ハーディル陛下は出征の途につきました。

 その無事と栄光だけは、祈っておきたいところですが、帰ってきたあとのことを考えると、ものすごく悩ましいです。


 ……うん。

 あとのことは、お兄さんが帰ってから考えよう。

 そして思いきり恨み言を言ってやろう。たぶん、それくらい許されるはずだ。






物語におつき合いいただき、ありがとうございます!

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