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35 教皇の居る生活


 教皇(の使者)の、公式な謁見は驚くほどあっさり終わった。

 使者が口上を述べて、教皇よりの祝辞を伝え、王が返礼する。なにがしかのお祝い品もあった。


 ただこれだけのことなのに、立ち会った王国要人たちは疲労の色が隠せない。

 応接役の人なんて、いまにもぶっ倒れそうな顔色だった。


 で、役目を終えた教皇様は、帰還の準備と休息のため、しばらく王宮に滞在することになったんだけど……


 さて、皆さま。

 想像してみてください。

 教皇猊下のいらっしゃる生活。


 おそらく想像できた方は、ほとんどいらっしゃらないと思います。

 そして、なぜか想像できた方には、この言葉を送らせていただきます。



 ――想像を絶します。 



 せやろな。

 という言葉が、なぜだか聞こえた気がしました。







「ふううむううう!!」



 早朝。

 王宮を震わせるような声で、目が覚めました。


 教皇様の朝のお祈りの声です。

 王宮が震えた気がしましたが、ただのお祈りです。


 教皇猊下の朝は早い。

 だから、お祈りの声で起こされるわたしも、自然と朝が早くなります。



 ――ひょっとして、普通に健康にいいんじゃないでしょうか。



 そう思ったりもするけれど、一番ご利益ありそうな応接役の人は、いまにも死にそうな顔してます。


 朝。

 お食事の時間です。

 教皇様の感謝のお祈りが、王宮を震わせます。

 食事が豪華すぎると、料理人の領邦君主リンクスロッサが叱られました。

 美の体現者たる猊下のためにと、腕によりをかけて作ったのが悪かったようです。


 ちなみにロッサさんはあんまり反省してません。

 教皇様に対する敬意はあるようですが、それはそれとして自分を曲げる気はないようです。

 この人たぶん教皇様のことを芸術品のたぐいだと思ってます。


 朝食後。

 教皇様は使徒たちに説教をされたようです。

 この場合の説教は、叱ることではなく、文字通り教えを説くことで、使徒たる元山賊たちは涙を流しながら教皇様の教えを聞いていたとのことです。


 そういえば、元山賊さんにお名前を伺った所「我らは罪深き名を捨てた名もなき使徒」と言われた。

 なんで「名もなき修羅」みたいに言ったのか。


 昼。

 教皇様は熱心にお祈りをされております。

 もちろんその低く荘厳な音声に、王宮は震えております。

 ところでロマさん、なぜそんな目でわたしの胸を見てるんですか。揺れてるんですか。チェック厳しくないですか?


 午後。

 教皇様は城内を散策されたようです。

 場内の人々と精力的に言葉を交わす、というよりは、むしろ城の中の雰囲気を楽しまれたご様子。


 応接係の人がヤバイです。顔が土気色です。

 お兄さんに、他の人に交代させたほうがいいんじゃないかと相談しましたが、彼が一番ふさわしい人間で、交代は望ましくないらしいです。


 そういえば応接係さん、敵陣営に何度も乗り込んだと啖呵を切ってた、披露宴の運営さんだ。

 うん。たぶんあれだ。それなりに顔が広くて使者に遣わされる事が多いから、教皇様への顔つなぎも兼ねて、応接係につけてるやつ。

 ……せめて胃に効くお薬を送ってあげよう。


 夜。

 教皇様は部屋から出てこられません。

 ですが、王宮が震えていることを思えばお祈りをされているのでしょう。


 フィフィくんに、ちゃんと夜眠れた? と聞いたら、大丈夫です、との返事。

 でも、すこし困った顔をしてたのを、わたしは見逃しておりません。なんてことだ。クレーム入れないと。猛抗議しないと。



「――というわけで、使者様に抗議をしたいのですが」


「勘弁してくださいっ!」



 人を使って応接役の人に相談すると、即座に飛んできてマジ泣きされた。



「王妃様、事情をご存知のはずでしょう!? やんごとなきお方に取り次ぐ身にもなってください!」


「わかりました」



 涙目の訴えに、わたしはうなずいた。

 たしかに、応接役さんにばかり気苦労をかける訳にはいかない。



「わかっていただけましたか!?」


「わたしが直に抗議いたします」


「なんでだよっ!?」



 全力で突っ込まれた。

 半ギレなのか口調が乱暴になってるけど従者さんが「またかよ」みたいな顔してるので、いつものことなんだと思います。

 まあわたしの室内だし、他に見られてるわけでもなし、咎めなくてもいいよねロマさん――ステイステイ。落ち着いてロマさん。



「――おかしいだろ!? 普通さあ!? 尊い御方の、しかもお祈りなんだから、この際我慢しよう、王子にも我慢してもらおうって思うだろうがよお!?」


「なに言ってんですか。フィフィ君以上に大事な存在なんて居ませんよ?」


「まじかよ真顔で言い切りやがったよこの王妃!?」



 あ、わたしはいいんだけど、ロマさんが戦闘準備を開始したのでそろそろ自重してください。


 しかしよっぽどストレス溜めてたんだろうなこの人。

 相手の身分が身分だから、まあ仕方がないか。

 いや、身分関係なく相手が新世紀創造主な時点でストレス全開な気がするけど。



「大変なお役目で、心労はお察しいたします。ですがあなたに迷惑はかけませんし、心配しなくても使者様はそんなに狭量なお方ではありませんよ」



 まあ、纏うオーラは新世紀創造主のそれだけど、直に話してみれば思いの外慈悲深い人だと思う。

 少なくとも、同じ神の教を信じる人に対しては。


 って、応接役さん、なんか泣いてない?



「いや、初めてまともに気遣いされたな、と思ったらなんか涙が……王妃様、いい人だったんだな」


「いままでなんだと思われていたのか」


「野蛮人どもの保護者」


「よし、訴訟も辞さない」



 失礼極まる。

 ヒャッハーたちにだって人情はあるし、頼めばちゃんと言うことも聞いてくれるんですよ?


 いい子たちなんです根っこの部分は。

 あとわたしはヒャッハーたちの母親じゃない。



「……といってもよ、王妃様。王妃様は俺らの前には顔出さないし、あんまり馴染み深くはないわけよ」



 たしかに、官僚とか王様の近衆には馴染みが薄い。

 反面ヒャッハーたちとは仲良しなのだから、彼らはあまり面白くないのかもしれない。


 あんまり良い傾向じゃないな、と反省。



「そうですわね。今後はあなた方にも、わたしのことを知っていただきたいと思っております」


「まあいいんだけどよ……王妃様、ちょっと聞かせてもらってよろしいですか?」



 理解と納得を態度で示しつつ、応接役の人は言う。

 唐突な敬語にもはや違和感しかない。


 さて、なにを聞きたいのか。

 考えながら促すと彼は言葉を続けた。



「――王妃様は、こう言っちゃなんだが、浮世離れした人ですよね?」


「まあ、そうですね」



 文字通り浮世離れしてるんだけど。

 なにせ出身は異世界だし。こっちの世界での浮世の生活とか直に見たことないし。



「物腰も柔らかくて、あの野蛮人共の行いには、眉をひそめる側の人間のはずだ。だけど王妃様はあいつらを自然に受け入れてる。なぜです?」


「いや、受け入れてるわけじゃないんだけど……」



 正直初対面ではものすごく面食らったし。

 心の中でツッコミ入れまくってたし。



「――でも、あの子達も悪い子じゃないし……うーん」



 理由を考える。

 正直、慣れたのと親しくなったのが一番大きいと思う。

 ほかに、強いて理由を求めるとすれば。



「えーと、わたしは歴史が好きなんだけど」


「はい」


「やっぱり昔の人達の行いを見てると、いまの倫理観に照らすと野蛮だなってことがたくさん出てくるんですよ」


「……まあ、そうかもしれませんな」


「でも、それは当時の人の感覚としては当たり前だったりするわけで、歴史好きなわたしとしては、感情のままに拒絶したり否定したりしたくはないんです」



 ましてやわたしが直面してるのは、記録ではなく人間なんだから、余計にかもしれない。

 というかわたしの感覚だと、ヒャッハーたちも応接役さんも、野蛮度は誤差でしかないしね。


 応接役さんは、やや好意の混じった苦笑を浮かべ、言った。



「白の聖女といっても、先代とはずいぶんと毛色がちがうんですね」



 数日前までのわたしなら、失敗したかも、と焦っていたかもしれない。

 だけど。



 ――王妃の天分は、戦とは別にある。それでよい。



 教皇様の言葉を思い出しながら、わたしは胸を張って返した。



「そうですね。わたしにはわたしなりの役目があるんだと、そう思います」



 数秒の時をおいて。

 応接係さんは、無言のまま、わたしに礼をした。


 口こそ悪いですが、真面目でまともな方だと感じました。

 だからこそ王に信頼され、重要な役目を任されているんでしょう。

 彼という人間を知ることができたのは、わたしにとって僥倖でした。



「さて、それじゃあフィフィ君が心配なので様子を見てきますね。ついでに使者様に文句を言って来ましょうか」


「そういうとこだよ王妃様よお!?」


先日の紹介動画に続き、わたしがママになるんだよ!のプロローグ部分を動画化してニコニコ動画様にアップロードさせていただきました。

よろしければぜひご覧になってください!

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