32 広間とヒャッハー
さて、皆さま。
平和、と聞いて、どんな状態を思い浮かべるでしょうか。
戦争のない状態。そう答える方もいれば、平穏無事な状態、と答える方もいらっしゃると思います。
日輪の王国は平和です。
すくなくとも、前者の意味においては。
たとえ世情が安定にはほど遠くとも。
たとえ国内ではいまだ賊の類が跳梁していようとも。
たとえ王宮内ですらヒャッハーどもがやりたい放題であっても。
「ヒャッハー! 今日も朝から呑み倒すぜ―!」
かつての戦乱の世と比べれば、それなりに平和なんだと思います。
「――この荒くれどもがぁっ!! すこしは身を慎まんかあっ!!」
……おや?
◆
オービス宰相の怒鳴り声は、ひさしく聞いておりません。
なにかよっぽどのことが起こったのではないかと、気になってたまりません。
ですので、ロマさんに眉をひそめられながら、二階の吹き抜けまで行って、こっそりと階下の広間を覗き込むと。
「おおぅ……」
広間には、正座をさせられたヒャッハーたちに説教する、宰相閣下の姿が!
えっと、これどういう状況?
ヒャッハーたちが朝から飲み倒しているのなんて、日常茶飯事だし、なにかやっちゃったんだろうか。
あ、正座してるヒャッハーと目があった。
お願いだから、すがるような目で見ないでほしい。
いや、無理だから。なにか悪いことをしたなら、ちゃんと怒られて……仕方ないなあ。
「――宰相閣下、おはようございます」
「おお、王妃殿下。これはお恥ずかしいところを」
「いったいなにがあったんです? この子達がなにかやってしまったんですか?」
「かあちゃん……」
だからわたしはキミ達の母親じゃありません。
あ、勝手に正座崩さないで。
宰相閣下に怒られちゃうから。
正座を崩すのは、ちゃんと許可を得てからじゃないと。
「宰相閣下が声を荒げるなんて、珍しいので、気になってしまって」
視線でヒャッハーたちを制しながら、ごまかすように尋ねる。
「いやはや……王妃殿下のお耳には、すでに入っているやもしれませんが」
お見通しなのか、苦笑を浮かべながら、宰相閣下は話に乗ってくれた。
「――近日中に、教皇猊下の使者をお迎えする予定でしてな。さすがにこの惨状を他国に晒すのは忍びなく、こやつらには自粛を言いつけておいたのですが」
「ああー」
いや、教皇の使者とか、お兄さんからはまだ聞いてないけど。
「いや待ってくだせえ!」
と、ヒャッハーのひとりが声を上げる。
「俺ら宰相の話は聞いてたんでさあ!」
「だから今日は飲もうと思って集まったんじゃないんだぜー!」
「でもよぉ、いつもの癖で広間に来たら、みんなも集まっててよお! しかも酒まであるんだよ! 普通飲むぜこりゃー!?」
普通とは。
と突っ込む前に、宰相の額に青筋が。超怖い。
「貴様らぁ……」
「閣下、まあまあ、閣下、抑えて。あんまり怒らないで。お身体にも障りますし……」
なんとか怒りを鎮めようとなだめていると、宰相はチラと視線をこちらに向けて。
「パパ、とお呼びくだされば、気が和らぐやもしれません」
いきなりなに言い出してるのエセ君子。
「なに言ってやがんだエロジジイ!」
「王妃様にそんなひでえことさせられないぜー!」
「そうだそうだー! 説教ならいくらでも聞いてやるぜー!」
いや、たしかにひどいけど、キミ達憤りすぎ。
そしてこの期に及んで、素行を改めようって選択肢はないんですねキミ達。
「なにを言うか貴様ら! このオービス・クライストス・ジーザスターは、おそれ多くも王妃殿下の庇護者! 庇護者といえば父親も同然! ならばパパと呼ばれることに、なんのはばかりあろうか!」
宰相閣下までなに言ってんですか。
いや、主張自体は普段と変わらないけど、大人数の前でなに言ってんですか。
轟々たる非難が上がり、宰相閣下が堂々と反論する。
そんな謎の展開に、思わずロマさんをすがるような目で見てみたり。自業自得ですよ姉さま、的な表情で返されたけど。
そんなときだ。
王宮の入り口から、誰かがふらふらと入ってきた。
「おーい。酒が足りなくなったから、すこし分けてちょうだいな――と」
大将軍バルト閣下だ。
あ、宰相と目があった。
「やべえ」って顔になったけど、もう手遅れです。
「大将軍」
と、宰相閣下はものすごくいい笑顔を、バルト閣下に向ける。
「ちょうどいい。大将軍とは、部下の統制について、腹を割って話し合いたいことがあったのだ」
「い、いやあー。残念ながら、用を思い出しまして」
「構わん。私がすべて責任を取る。こちらを優先しなさい」
大将軍。無理です。わたしじゃとりなせない……というか、前に回って部下たちの顔、見てみてください。
身代わりが来た、って期待に満ちた目をしてるから。
「では、宰相閣下も用が出来たようですので……みんな、これからはちゃんと閣下の言いつけを守らなきゃだめだよ? 気をつけてね?」
宰相に視線で訴えてから、ヒャッハーたちに声を掛ける。
まあ、いろいろと問題だらけの彼らですが、悪意があるわけじゃありません。
これだけ絞られたんなら、しばらくは覚えているでしょう。たぶん。きっと。だったらいいな。みんなちょっとくらいは勉強しようね。
「了解でさあ! 客人が帰ったら、大将やアネさんもいっしょに飲みましょうぜー!」
「ヒャッハー! 説教は終わりだー!」
「街に繰り出すぜー! 飲むぜー!」
「おかあさんありがとう!」
だからわたしはキミ達の母親じゃない。フィフィ君の母親です。
「あのー。王妃様?」
すみません大将軍様。
宰相閣下、お手柔らかに、くらいしか、言えそうにありません。
わたしがママになるんだよ! にお付き合いいただき、ありがとうございます。
令和でもよろしくお願いいたします!