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31 寝物語



 さて、皆さま。

 寝物語、と聞いて、どんな光景を思い浮かべるでしょうか。

 いやらしいことをした後の、ピロートーク的な雰囲気をイメージする人が多いんじゃないかと思います。


 まあわたしも、漠然とそんなイメージを持っておりましたが。

 お兄さんと結婚して以来、いっしょのベッドでおしゃべりしている行為が、定義的には寝物語になると気づいて、自分の中で絶賛イメージ改善運動中なのです。


 寝物語は健全。いいね?



「リュージュよ……ベッドの中にまでいかがわしい本を持ち込むのはどうかと思うのだが……」



 健全ったら健全なのです。







「……そういえばリュージュ、最近海の邦マレアの妹姫と親しくしているようだな」


「うん。前にお茶会したのは話してたと思うんだけど、あれからもちょくちょく会ってる」



 夜。王の寝室。

 灯りを消し、ベッドに並んで寝ながら、お兄さんとお話する。



「そうか。ありがたい。立場上、海の邦マレアの人間と親しくするのは難しくてな。苦慮していたところだ」


海の邦マレアは難しい立場だからねえ」



 海の邦マレアは先の大乱において、お兄さんと敵対した。

 ただ敵対したというだけでなく、お兄さんが王冠領中央部で軍をまとめ、飢民軍と睨み合っていた状況で、他国と結び、後背を脅かしたのだという。


 降伏、臣従、そのうえ領地半減されたとはいえ、そりゃあみんな根に持つというものだ。

 ちなみに領地半減で済んだのは、土地を奪ったところで統治能力のある人材が居ないからという、切実な事情からである。


 どっちを向いても人材不足にぶち当たるのが世知辛い。



「いまさら海の邦マレアが離反するとも思えんが、他の領邦の目もある。あの妹姫は厚遇したい……と言えば、軽蔑するか?」


「軽蔑なんてしないよ。あの海の邦マレアでさえ厚遇されているのであれば、自分たちも安泰だ、と他の領主を安心させるのは、大事なことだと思う」



 なにより、だれも損しないというのが素晴らしい。

 お兄さんは打算づくだと自嘲したけど、きっとその配慮は、アンナさんへの思いやりから発せられたものなんだと思う。


 だからわたしは、このあたたかい策を巡らせるお兄さんに、軽蔑とは逆の感情を抱くのだ。



「そう言ってくれるとうれしい……が、リュージュよ。お前ずいぶんと――話しやすくなったな。もとから頭はいいと思っていたが、それだけこの国の内情を学んだということか」


「頭はよくないよ。歴史が好きで、だからいろいろ知ってるだけ……だけど、ほめられるとうれしいかな。勉強は本当にがんばったし」



 主にフィフィくんといっしょに勉強するために、だけど。

 あとフィフィ君の母として王妃として、恥ずかしくないようにっていうのもあります。



「歴史、か……そうだな。異なる世界、異なる国とはいえ、同じ人の歩みだ。紐解けば、参考になるものも、あるのだろうな」


「そこまでくわしく知ってるわけじゃないけど、あらまし程度なら何十かの国の歴史はわかるよ」


「……それで学者ですらないというのだから、お前のいた国はどうなっているのだ」



 お兄さんがあきれたようにため息をついた。


 ちょっと情報があふれてて、調べようと思えば学生でもすぐに調べられるだけです。

 まあただの知識だし、わたし自身がなにかの技術を持ってるわけじゃないし、ましてや実地運用なんて出来る気がしないけど。



「ふむ……リュージュ、試みに聞いてみてもいいか?」


「いいよ。なに?」


「国が興り、安定に至る過程で、起こることはなんだ?」


「功臣の粛清――あ、やっぱなし。それイヤ」



 手拍子で答えて、あわてて首を振る。

 そんなことは絶対に嫌だ。



「あわてずとも考えていないさ。さいわい、と言っていいものかわからんが、我が国は慢性的に人材不足だからな」


「ほんと? ぜったい? 最後までヒャッハーたちの面倒見てくれる?」


「いや、粛清があるとしたら、自発的に飼い殺されているあやつらではなく――いや、こういうことは口にすべきではないな」


「王様が口にしてしまえば、ありえないことが起こっちゃうかもしれないしね」



 話というのはどこから漏れるかわからないし、漏れてしまえばそれを知った家臣が、王様の思いを斟酌して、相手を追い詰めてしまうかもしれない。

 なにもないところから、言葉一つで反乱も粛清も起こりうる。

 その怖さを、お兄さんは十分にわかっているらしい。



「まったく、王というのも厄介な」


「……お兄さんは、なんで王様になったの?」



 お兄さんがため息をつくものだから、気になって尋ねてみる。



「成り行きとしか言えん。ただ、奪われた風の邦エンテアを取り戻そうと足掻くうちに、俺が王にならなくては収まらん、そんな所まで来てしまった」



 お兄さんは言ったが、そんなものなのかもしれない。

 乱世において、誰もが王になりたいと願うわけじゃない。

 ましてやお兄さんは、故郷から逃げ出したとき、ほとんど身一つだったのだ。

 そんな状態では、風の邦エンテアを取り戻すことすら、おそらくは過分な夢にすぎなくて。


 でも、お兄さんは本物の英雄だった。



「……お兄さんの活躍の話とか、わたし興味があるんだけど」


「他ならぬリュージュの頼みだ。語ってやりたいところだが……すまん。いまは許してくれ。物語るには、まだ生臭すぎる」



 お兄さんの言葉で、気づかされる。

 わたしが英雄譚や武勇伝として捉えているそれは、お兄さんにとってはどこまでも現実なのだ。触れたくないことも、お話で終わらせたくないことも、山ほどあるに違いない。



「うん……でもこの先、5年後か10年後か……お兄さんの心の中から、現実の生臭みが消えたら、そのときは教えてくれる?」



 問いかけると、かすかに息が漏れる音。

 見ると、お兄さんは小刻みに肩を揺らしている。どうやら笑ってるみたいだ。



「ちょっと、わたしは本気なのに」


「すまん。しかし、うれしくてつい、な」


「うれしい? なにが?」



 わたしが首を傾けると、お兄さんは天蓋を見上げながら、楽しそうに言った。



「お前がこの先5年でも10年でも、俺と連れ添ってくれるつもりだとわかって、だな」



 ああ、そういえば。

 なんとなく自然に、そんな言葉が出てきたなあ。

 その分、元の世界から心が離れたって気がするけど……どのみち戻るつもりはない。


 少なくとも、フィフィ君が一人前の王様になるまでは。



「――だって、わたしはフィフィ君のママだもん」



 天蓋を見つめながら、わたしはつぶやく。

 お兄さんはいつもより余計に目を細めて、「そうだな」と、どこかうれしそうにうなずいた。


 これから、いくつもの夜を、こうしてお兄さんと過ごしていくんだと思います。

 果たして5年後、10年後、フィフィ君が成長したとき、どんな話をしているのか。すこしだけ、楽しみかもしれません。



「そういえば、リュージュ。最近フィフィの様子はどうだ?」



 やっぱり、フィフィ君の話題で盛り上がってる気がしますが。






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