29 アンナ・マレア
さて、皆さま。
殿方同士の恋愛について、どう思われるでしょうか。
すみません。逃げないでください。わたしも考えたくないというか、触れないでおきたい分野なので。
さて、殿方同士の恋愛の歴史は、非常に古いです。
4500年前の古代エジプトですでに確認されてたり、古代ギリシアで盛んだったり、ソクラテスがうっかりそのジャンルで名を残したり。
日本でも奈良平安の時代に、主に仏教界を中心に広がり、高僧になると稚児を抱く権利を得られたり、稚児は稚児で高僧の庇護を得て立身出世したり、貴族界ではホモ閨閥なんて末世感のあるものが存在したり……言ってて思ったけど、本当にこれ愛でくくっていいんだろうか。
それはともかく。
日輪の王国において、同性愛というのは禁忌ではない。
いや、公認されてるってわけではないんだけど、経典教的倫理観を持つこの大陸では比較的マシなほう、なのだという。
これも白の聖女さんが戦国武将的同性愛観の人だったとしたら、納得がいく……というのは、さすがに邪推が過ぎるだろうか。
ともあれ。
「筋肉、と……筋肉がぶつかる姿が……ですね! いいと思うんですよ! とっても!」
狂戦士じみてまくしたてるでもなく、お兄さんやロマみたいに気持ち悪く早口になるわけでもなく、自分の気持を伝えようとしてくれるアンナさんから地味に精神汚染を食らってる気がする今日このごろです。
◆
「……アンナ様のお気持はわかりました」
話が一区切りしたところで、さりげなく口を挟む。
ひとまず話題を変えないと、精神の健全性を損ないかねない。
「いえ……その、あたくし……ちゃんと伝えられてなくて! そうだ、本が、本があるんです!」
でも止まらない。
押しが弱そうなのにまったく止まってくれない。
「大丈夫です。あなたの思いは十分伝わりましたから。大丈夫です――」
必死に言い聞かせながら、ロマに目配せ。
「――アンナ様。お茶のおかわりを用意しましょう」
「ひ、ひゃい!?」
ようやく、仕切り直しができた。
「どうぞ」
と、用意されたお茶を、一口。
最初のお茶より少し温めだ。おいしい。
アンナさんも、おどおどしながらお茶を飲んでる。
仕草は洗練されてるけど……どうしてだろう。なんだか動きまで卑屈に見える。
「アンナ様。わたしは、あなたと仲良くなりたいと思っております」
「ひっ!? ……その、理由とか……うぇへへへ……聞いていいですか?」
なんで悲鳴を上げたのか、真剣にわからない。
いや、大国の王妃の言葉は、それがなんであれ、攻撃に等しいプレッシャーを伴う、とかそんな感じなんだろうけど。彼女だってそこまで卑屈にならなきゃいけない身分じゃない。
「同年代ですし、いい人そうですし、仲良くしておきたい人ですし、仲良くしておかなくちゃいけない人ですし――って感じですかね? わたし、あなたのこと、気になってます」
アンナさんの問いに、思惑含めて全部答える。
まあ、王妃と諸侯の姫だ。
思惑や国同士の都合が絡むのは仕方ない。
だから、そこは隠さない。その上で、それ以外の理由でも仲良くしたいと伝える。
「ひゃうっ!? そんな……光栄、ですっ! あの……白の聖女様の再来がっ……あたくしなんかにっ!」
おや?
王妃としてのわたしより、白の聖女としてのわたしに興味があるような言い方だ。
「はい。不肖ながら、わたしは白の聖女の再来と言われておりますが……アンナ様は白の聖女に興味が?」
「はいっ! 素敵だと……思います……けど、うぇへへへ」
と、アンナさんはよくわからない反応を示す。
「――その白いお髪も、美しいお顔立ちも……白いお肌も、神様が……この世の、もっとも麗しい部分を、あつめて……作ったかのようで……うぇへへへ」
あの……そんなふうにねっとり褒められると、寒気がしてくるんですけど。
あとロマさん、なんであなたが自慢げなんですか。
「それに……ハーディル陛下と、いっしょのお姿が……ですね……なんとも、こう、そそるというか……」
――おや?
「アンナ様、そのおっしゃりようだと、白の聖女ではなく、わたしに……」
「はい! なぜだか、ですね……お二人は、男女なのに……素敵だと思うんですよ!」
……この人、実はものすごい観察力なんじゃないだろうか。
わたしの仕草の、ちょっとしたところから「男」の名残を感じたんだとしたら、すごいと思う。
でも、なんというか、そのネットリとした目で見るのはやめてほしい。切実に。
「その発想は……その分野なら、くっ、わたくしのほうが有利……」
いや、別にお兄さんは同性が好きとかじゃないと思うよ。
だからロマさん。胸を見て傷つきながらガッツポーズするのはやめてください。
「アンナ様にそう言っていただけるとうれしいですわ……そういえばアンナ様、お尋ねしてよろしいですか?」
流れにまずいものを感じて、話題の修正を図る。
このままだとまた精神汚染一直線になりかねない。
「――アンナ様は、どんな食べ物がお好きですか?」
「え、と……焼き魚、ですかね? 大判鯛の塩焼き……なんかが好きで……うぇへへへ」
「そうなんですか。鯛ってことは、白身の……」
「はい……ちょっと、桃色がかった身で……春の頃が旬、なんです。浜大根を……溶かした、大豆醤で食べると……美味しいんですよ!」
「ああ、それは美味しそうですね。わたしは、お餅なんか好きです。焼きたてのお餅に醤油を垂らして……」
はて、これはどこの世界の会話なのか。
まあ、だいたい白の聖女さんのせいか。サンダースさん、一体何者なのか。
「では、服。どんなものをお好みですか?」
「うぇへへへ……服は、あんまり見苦しくなら……なんでも……すみません」
「いえ、わたしも似たようなものですから。動きやすいといいですね」
「あっ……それは、そうですね……あと、汚れにくい造り……だといいです」
「ああ、わたしも、書き物をするようになって、それは気になってます。袖に遊びがあると汚れやすいんですよね」
「そう、なんですよ! あたくしが書いてるときも……工夫はしてるんですけれど!」
あ、また話がこっちに。
でも何度も避けるのもなあ。
仲良くなりたいのに、気まずくなったら嫌だし。
「わたしは歴史に興味があるんですよ。まだ、それほどくわしくはないんですが……アンナ様は、ご趣味は?」
「その……お恥ずかしながら……お話を書くのが好きで……その、殿方同士の、友情の……うぇへへへ」
「それは素敵ですね――いや、その、趣味としては、わたしには理解できませんが、そんな笑顔で“好き”だと言える事があるって、素敵なことだと思います」
いや、本当に素敵な笑顔だから困る。話題とのギャップで。
きれいな顔してるだろ……この子、男同士の友情について語ってるんだぜ……的な。
「――わたくしはハル兄さまが好きです」
なぜ唐突にそんなことをつぶやくのロマ。
知ってますって。
「その物語は、誰かに見てもらったりしてるんですか?」
「いえ、その……あたくしが……個人的に、楽しんでるだけなので……うぇへへへ」
「では一度、わたしに見せてもらっていいですか? ……できればあんまり過激でない内容のものを」
「姉さま?」
と、ロマが非難めいた口調で声を上げた。
「――失礼。王妃様。アンナ様と仲良くなろうとしてらっしゃるのはわかりますが……すこし急ぎすぎなのではないかと、ロマは懸念いたします」
ロマさん自分のことものすごく棚にあげてない?
「い、いえっ! 光栄ですっ! ばっちこいです! うぇへへへ」
アンナさんはアンナさんで、積極的なのか卑屈なのか。
いや、いい子そうだし、わたしも好きになれそうだけど。趣味以外は。
「では、また今度、よろしくお願いしますね」
「は、はいっ! 本は……また持って来させていただきますっ! できたら感想……いただけたら、うれしいですっ!」
とりあえず、お友達のための第一歩ってことで、よかったのかな、と思います。
女の子との距離感がいまいちつかめないけど、失敗はしてない……はずです。ロマさんは不満みたいだけど。
それから数日後、夜、王様の寝室。
お兄さんから距離をとって、ベッドの端で眠るわたしの姿があったり。
「……リュージュよ。急に離れられると、俺になにか落ち度があったかと悩むのだが」
「おかまいなく」
アンナさん自身は、いい子です。
だけど、よりによってわたしとお兄さんの恋愛ものは……ちょっとどうかと思います。