02 侍女ロマ
さて、皆さま。
侍女、と聞いて、いったいどんなふうに想像されるでしょうか。メイドですね知ってます。
では、王妃付きの、と肩書きがつけばどうでしょう。
それなりに高い身分の人間で、王室か、あるいは王妃個人に対して忠誠心が高い。そんな人物像を、思い浮かべるのではないでしょうか。
というかわたしもそんなイメージだった。
だから結婚後、わたしに正式な侍女がつくと聞いて、きっとそんな感じの、落ちついたマダムなんだろうなと想像していた。
でも美少女だったらうれしいなあ、と淡い期待も抱いてたけど。
まあ、期待するのも仕方ない。
なにせ、いままでは教育係兼任の、鬼のような少女が世話係だったのだ。
教育係兼任だから、力関係もあちらが上だったのだ。気を抜くと叱責が飛んできたのだ。
そんな生活ともおさらばなのだ。
これからの生活に夢を見て、なにが悪いというのか。
結果から言う。
現実は厳しかったよ……
◆
正式に王妃付きの侍女がつく、と聞いたのは、披露宴が終わった後のことだった。
それまでは王妃の間も、使ってるような使ってないような状態だったのだが、これからは生活の場を王妃の間へ移すことになる。だから正式な侍女を、と、そういう話らしい。
――やっとあの鬼から解放される!
そう考えると、疲れの残る身体にも、元気が湧いてくる。
女官に先導されながら、わたしはうきうきで王妃の間に入った。
「――お待ちしておりました。王妃様」
思わず身構えた。
待っていたのは、ひとりの少女だった。
年のころは15、6。性格そのままな几帳面な造作の、スレンダーな黒髪美少女だ。
好みかどうかで言えば、ものすごく好みなタイプなのだが……同時に彼女は、わたしがもっとも苦手とする人間なのだ。
彼女の名前はロマ。
森の中のお屋敷において、王宮の、別棟の館において。
花嫁修業と称して、わたしをスパルタ式にしごいてくれた、鬼教育係である。
「ろ、ロマさん……何用でございましょうか?」
「王妃様。わたくし相手に謙譲は無用でございます。本日よりわたくしは、正式に、王妃様付きの侍女としてお仕えいたします」
そう言って、ロマさんはなぜか不機嫌そうに頭を下げた。
私生活と美少女メイドさんへの期待が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
「……ひょっとして、お兄さんの配慮? わたしが失敗しても、すぐにフォローできるように、と気心の知れた君を……」
「王妃様。陛下のことを“お兄さん”などと俗に呼ばわるのはやめてくださいまし。それから、わたくし自らが侍女となっているのは、ひとえに人材不足ゆえですわ。なにぶん先の大乱にて、信頼できる者達の多くが死んでおりますので」
世知辛い話である。
まあ、国が滅びて新しく建つくらいの大乱があったのだ。
まともな貴族が滅びて、ヒャッハーどもが、我が物顔で王宮をのし歩いてるのを考えれば、どれだけ悲惨な戦乱だったのか、想像に余りある。
でも遠回しに「わたくしは別にあんたと気心は知れてねえよ」みたいな返答するのはやめていただきたい。傷つくので。
「とにかく、よろしく。まだいろいろと、わからないことだらけだから、頼りにさせてもらうよ」
「おまかせください。それはもう、しっかりと」
力強く言ってから、頭を下げるロマさん。
出来ればお手柔らかにお願いします。お願いですから。
「とにかく、よろしく。まだ疲れてるので、もうすこし休ませてね」
「つ、疲れ――!? ほ、ほほ、そうですわよね。疲れ……疲れるような事を……当然ですわよね……」
「いや当然て……わたしとお兄さんの約束は、ロマさんも知ってるじゃない」
ロマさんが勘違いして動揺しまくっているので、指摘する。
夜のあれこれで疲れているわけじゃないのです。
「ですから陛下のことを、お兄さん、などとおっしゃらないでください。それにわたくしは、約束を知ってはいても、納得はしておりません。あれほど魅力的な陛下ですもの。王妃様が心惹かれないはずがありませんわ!」
――それは君だけじゃないかなあ。
と思うけど、怒られそうなので黙っておく。
お兄さん、いい人だとは思うけど、そんなに魅力的かなあ。
仕えたくなる、みたいな感情なら、まだ理解出来るんだけど……このあたり、男目線だからなのかもしれない。
でも、モテるのはわかる。
なにせ大陸最大の王国の、独身の王様だ。
おまけに人柄や外見も悪くないのだから、すべての女性のあこがれの的に違いない。
そんなよりどりみどりの状況で、なぜ元男を選んだお兄さん。
純粋な私情ですね知ってます。
◆
お兄さんが、わたしなんかに求婚したのは、やっぱり理由がある。
というか「夜伽なし」な時点で、惚れたはれたが原因じゃないってのはわかるだろう。
お兄さんが求めていたのは、形だけの妻。
といっても、日蔭の立場の本命が別にいるとか、お兄さんが実は男色趣味ってわけじゃない。
――王甥フィフィ・シェンバリー・エンテア。
お兄さんは、自分の甥であるあの子を、どうしても後継者にしたかった。
だから、妻となる人間は、それを受け入れられる女性じゃないとダメだったのだ。
まあ、どう考えても無茶な条件だよね。
お兄さんの結婚相手にふさわしい相手といえば、最有力候補は他国の王族だ。
で、結婚すれば、男子を望まれる。
次代の王に両国の血が入っていれば、国同士の繋がりはより強くなる。
そんな期待をされてる中、「王太子は甥にする」なんて主張できるはずがない。相手の国に全力で喧嘩売ってると言えよう。
でも、だからといって、下手な娘を嫁にするわけにもいかない。
なにせ、王族を差し置いて結婚するのだ。その相手は、他国を納得させるような娘じゃないとダメなのだ。
たとえ領邦君主クラスの家柄だったとしても、不満は残るだろう。
そもそも、他国が納得するような家柄の娘が、お兄さんの条件を飲むかというと、これも否なのだから、八方ふさがりだ。
――そこでわたしである。
まず、変なしがらみがない異世界人である。
そして元男で、子作りとかちょっと遠慮したい人間である。
そして、一番大事な、わたしが結婚相手で他国が納得するか、だけど……これが不承不承でも納得させる根拠があるのだ。
――加護の島に流れ着いた、白髪碧眼の少女。
わたしとそっくり同じ境遇の人間が、過去に存在していた。
かつて、大陸の三分の二を支配していた超大国、日輪の王国。
その建国王ホーフとともに在り、彼を助けた聖女――白の聖女がそれだ。
――白の聖女の再来。
すくなくとも国内で、文句を言う人間はいない結婚相手だ。
他国だって、そりゃ不満はあるだろうけど、横やりを入れるのは無理筋だ。
まあ力関係によっては、無理押しもあるかもしれないけど、日輪の王国は文句なしの大国で、これに対抗できる唯一の相手である北洋帝国は、現在戦乱の真っただ中である。
「お前と巡り合ったとき、俺は本気で天に感謝したぞ」
と、お兄さんは言ってた。
よっぽど困ってたんだと思う。
まあ、そんなこんなな事情で、お兄さんはわたしに求婚したわけなのだ。
◆
「……そういえば、わたしの子供になるあの子は、どうしてる?」
「はい。この時間であれば、自室で勉強中かと」
部屋で落ち着きながら、ふと気になって尋ねると、ロマさんは姿勢を崩さずに答えた。
「あ、じゃあ会いに行くのも悪いか」
「王妃様」
独り言のように言うと、ロマさんが眉を顰めた。
「――あらかじめ申しておきます。養子に迎えるとはいえ、フィフィ――様、の教育は、教育係のシャぺロー様に一任されております。過度の干渉は、教育係の顔を潰すことになりかねませんので、控えられますよう」
「ええ……ちょっと会いに行くのもダメ?」
「いけません。用があるなら、こちらに来るよう言いつけてください」
ちなみに、わたしの居住区である王妃の間には、ちゃんと応接用の部屋があるので、寝室に呼ぶわけではない。念のため。
「来てくれるのならうれしいけど、あの子の勉強の邪魔になっちゃわない?」
「そう思われるのならば、会うのはまた機会を見て、とされたほうがよろしいでしょう。用もないのに王妃様からたびたび呼び立てをくらっては、本当に邪魔ですので」
おおう。唯一の癒しが……
できればもうすこしお話ししたいし構いたいしお世話したいんだけど、なかなか難しい。
「……まあ、一度会う場を設えるのもよろしいでしょう。教育係とフィフィ様に、わたくしから話を通しておきますわ」
「無理はさせないようにね。邪魔はしたくないから」
「承知いたしました。となると、すぐに、とは参りませんので、気長にお待ちください」
うん、ちょっと気分が晴れてきた。
ロマさんも、なんだかんだで気遣いしてくれるし、悪い侍女じゃない。スパルタさえなければだけど。
と、一安心したら、思い出したように疲労感が。
昨日ぐっすり眠ったとはいえ、婚儀やその準備で溜まった疲れが、まだ取れてないのだ。
「ロマさん。今日はもう休んでいいって言われてるし、ひと眠りします」
「ロマ、と呼び捨て下さい。王妃様」
「……わたし、ロマさんと、もうちょっと仲良くなりたいんだけどなあ」
これからお世話になるわけだし。
わたしの言葉に、ロマさんは眉ひとつ動かさない。
無反応のまま、わたしを着替えさせてくれる。なんか反応してください。無言怖いです。
「……じゃあ、おやすみー」
夜着に着替えさせてもらうと、ベッドに倒れこむ。
睡魔は、すぐに訪れた。
まどろみの中で、ロマさんが、シーツをかけてくれるのがわかった。
「わたくしは……くっ、貴方様とは仲良くしたくありません」
くっ、って言ったのは、わたしの胸を見ての反応ですねわかります。
以前にも申しましたが、ロマさんはそのスレンダー過ぎる胸部に、非常にコンプレックスをお持ちなのです。