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28 領邦の姫君



 さて、皆さま。

 令嬢、と聞いて、どんな人物を思い浮かべるでしょうか。

 社会的に高い立場にいる者の娘。世間ずれしてなくて、純粋無垢で、こちらが守ってあげたくなるような。


 そう、たとえばフィフィ君を女にしたような。

 なんて言えば、フィフィ君に怒られそうですが……いい――じゃなくて、そんな少女をイメージするのではないでしょうか。


 わたしが想像するのは、あれです。

 漫画とかアニメに出てくる深窓の令嬢。

 歴史上の令嬢――たとえば「天女」と謳われたボルジア家の令嬢、ルクレツィア・ボルジアや、「世界の薔薇」と讃えられたアキテーヌ公家の令嬢アリエノール・ダキテーヌなんかを思い浮かべてもよさそうだけど、結婚後、あるいは老後の彼女たちを知ってるから、どうしてもイメージから除外されてしまう。


 ですがいま現在、わたしが住むのは日輪の王国。

 王女様や貴族令嬢なんてのが、立場的にも身近に存在しております。

 たとえばロマさんこと王妹ロマ・ウィルシェイン・エンテア・ソレグナム。

 あるいは、先日お茶会に招いた、海の邦マレア領邦君主リンクスの妹姫、アンナ・マレア。


 あとは……この王宮、なんでヒャッハーしか居ないんですかねえ。


 ともあれ、アンナさんは、王宮に居る数少ないご令嬢です。

 立場上、なかなか難しい方ではありますが、だからこそ、親しくなっておきたいとも思っております。


 そのアンナさんと、偶然出会いました。

 城門前の練習場で。

 なぜに。







「さーて、フィフィ君は元気にしてるかなー」


「昨日いっしょに勉強していたではありませんか……言っても無駄とはわかっておりますが」



 フィフィ君の稽古の日。

 鼻歌交じりに見学に向かうわたしに、ロマさんが冷静に突っ込む。


 でも無駄なのだ。

 フィフィ君は稽古の最中、一度倒れてるのだ。

 保護者としては、見守る義務があるのだ。



「……あまり気にかけていると、フィフィが申し訳なく思いますよ」


「大丈夫。見つからないよう気をつけるから!」



 向かう先は、バルト大将軍に教わった絶好のポイント。

 酔っぱらいの先客バルトは居ても、他の人間の邪魔にはならない。


 そう、思っていたのだけど。

 いつもの場所バルト閣下の姿はなく、かわりに居たのはアンナさんだった、というわけだ。



「あれは……」



 彼女の姿を見て、ロマが眉をひそめた。

 彼女に非礼があったからではない。彼女の胸は大きいけど、それが理由じゃない。


 彼女が領邦君主リンクス・リオン・マレアの妹だから。

 先の戦乱において、お兄さんと対立していた男の妹だから、ロマは眉をひそめたのだ。

 あんまり構えるのもよくないと思うのだけど、こればっかりは仕方ない。ロマさん、お兄さんのこと大好きだし。



「アンナ様」


「――っ、王妃様っ」



 わたしが声をかけると、アンナさんはびくっと肩を震わせて、あわててこちらを振り向いた。



「珍しいですね。この場所で出会うなんて」


「は、はい。そうですねっ」



 視線を左右に迷わせながら、アンナさんが応える。

 挙動不審すぎてロマさんや従者さんの目が鋭くなってるけど、たぶんこの方小心なだけだと思います。



「お、王妃様はっ……なぜ、ここに……?」


「フィフィくんの稽古の見学です。一度倒れているので、心配なんですよ」



 微笑みながら、こちらの事情を説明する。



「――アンナさんは、なぜこちらに? 誰かを見てらしたんですか?」



 わたしの問いに、アンナさんがびくっとなる。

 これは……あやしい。ひょっとして、目当ての殿方が居るんじゃないだろうか。いや、ひょっとしてそれはフィフィ君かもしれない。



「誰を見ていたのか、教えていただいてよろしいですか? もしかしてフィフィ君ですか? それなら許されませんよフィフィ君にはまだ早いしなにより年の差ありすぎです」


「落ち着いてください王妃様。ご自身を顧みてください。アンナ様は王妃様と同い年です。そもそもフィフィ王子の稽古の日には、王妃様は欠かさず見学されているではありませんか」



 おっと、そうだった。

 思わず保護者意識が滑ってしまった。


 でもロマさん。

 わたしのは地蔵菩薩的愛情だと言ってるでしょう。

 地蔵菩薩として、フィフィ君を危険から守るのは当然じゃないですか。



「あの……その……理由、ここに居る……は……」



 アンナさんは従者の彼をチラチラ見ながら、口ごもる。



 ――ははあ。



 男には言いにくい事情があるのだと察した。

 問いただすべきかどうか。迷うところだけど……どのみち男の目を避けるべきか。



「……この場では言いにくいこともあるでしょう。お部屋に招待しますので、話はそこで聞かせていただけますか?」


「あの……その……はい……」



 視線を迷わせながら、アンナさんはうなずいた。







 王妃の間、応接室。

 一応女性だけになったところで、おどおどしているアンナさんにお茶を供する。



「ごめんなさい。無理に連れてきちゃって」


「い、いえ……」



 謝ると、アンナさんは恐縮してしまった。



「安心して。従者の手前、そうしないのが不自然だから来てもらったけど、無理に事情を聞こうとは思ってないから」


「王妃様」



 側に控えるロマが抗議の声を上げるが、聞きわけない。



「ロマ。あなたの警戒は、彼女自身に向けられたものではない。違いますか?」



 ロマが警戒してるのは、あくまで彼女の兄だ。

 無条件に信用するのもよくないが、無条件に疑うのもよくない。

 疑ってかかっては、彼女と健全な信頼関係を結ぶことなんてできないだろう。



「――失礼いたしました」


「い……いえ……だいじょうぶ、です……うぇへへへ」



 ……あの。なんでロマさんにそこまで媚びた笑いを。



「アンナ様。どうかされたんですか? どこかお体が悪かったり?」


「いえっ、そんなことはっ、ありまっせん! です!」



 いきなり立ち上がってまくしたてるアンナさん。

 いや、本当にどうした。



「す、すみません……えへへへへ、あたくしごときが」


「いやいや、あまり卑屈にならないでください。あなたは領邦君主リンクス・リオン・マレアの妹姫様であり、大事な客人です。あなたがこの王宮で、人目をはばからねばならない理由などありませんよ」



 なにやら偉そうなことを言ってる気がするけど、アンナさんの言動はいただけない。

 彼女に心安らかに日々を過ごしてほしい、というのもあるけど、おどおどした姿を宮殿で見せることそれ自体、同じ立場のものやその親族を不安にさせかねない。それは国にとってマイナスだ。



「あ、ありがとうございっ! ます! 王妃様っ!」


「だからおおげさですって。落ち着いて。お茶を飲んで」


「はいっ――熱っぁ!?」



 お茶を一気に飲もうとして悲鳴をあげるアンナさん。



「……落ち着いていただくため、熱いお茶を用意したのが失敗でしたか」



 小声でつぶやくロマ。

 本当に失敗? わざとじゃない?



「姉さま。わたくしは姉さまの善意を無にするような真似はいたしません」



 目を眇めると、ロマは拗ねたように小声で抗議する。

 そうだね。アンナさんが巨乳なのが気に入らなかったんじゃないかって疑ってごめんなさい。にらまないでごめんなさい。



「アンナ様、ご無事ですか?」


「ひゃいっ! ごぶじでしゅ! ひゅへへへ……」



 だからその卑屈な笑いはなんとかしてほしいんだけど。



「無事ならよかったです……で、アンナさん? ここは殿方もおりませんし、可能なら教えてくださいませんか? あの場所にいらっしゃった理由を」


「えへへ……あそこ、は……その、よく、見えますので……」



 卑屈に頭をかきながら、アンナさんは素直に答えてくれた。



「よく見える?」


「男の人達が……戦う……姿が……うぇへへへ」



 ……んー?



「横から失礼いたします。アンナ様はこうおっしゃりたいのですね? 殿方たちが戦う姿が好きで、その姿をたっぷり堪能するために、あの場所に居たと」


「はいっ!」



 ロマの確認に、アンナさんは、元気よく返事する。

 それはそれはうれしそうな笑顔だった。


 アンナ・マレアという方、お兄さん以外にも、なにやら問題がありそうです。

 ですが同時に、この妙に癖のあるお人柄は、わりと好きかもしれない。そう思いました。



「あんなもの、どこがいいのか、ロマにはわかりかねますが」


「はいっ! あたくし、殿方同士の親しい関係がっ! 好きっ! なんですっ!」



 ……なぜでしょう。嫌な予感しかいたしません。




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