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25 王と妃


 さて、皆さま。

 絵物語、と聞いて、どんなものを思い浮かべるでしょうか。

 いわゆる漫画の源流となるような、イラスト入りの物語を想像される方が多いのではと思います。江戸時代の草双紙くさぞうしみたいなやつですね。


 わたし自身は絵物語に類するものを、読んだことがありません。

 幼いころ読んだ絵本なんかは、そのカテゴリに入る気がするけど、なんだかイメージする絵物語とは違う気がします。


 そんなわたしが絵物語と聞いて、どんなものを思い浮かべるかというと、あれです。三国志とか、南総里見八犬伝なんそうさとみはっけんでん

 実際に見たことはないので、あくまでイメージですけど。


 そして、この国の絵物語が、いまわたしの手元にあります。


 日輪の王国の建国王ホーフと、彼につき従う白の聖女。

 二人の英雄をモデルにした創作上の男女の恋愛譚。オブラートに包まずに言えば、エロ本です。


 タイトルは、「花の君と白き乙女」。

 以前ヒャッハーこと赤将軍ジャックさんに教えてもらった本です。


 やっと手に入れました。

 正確には、お兄さんにねだって手に入れてもらいました。


 そして現在。

 わたしはお兄さんの部屋にて絶賛読書中、なのです。







 夜、国王の寝室。

 普段はお兄さんが書き物をする時に使う、ベッド脇の机を占領して、わたしは「花の君と白き乙女」を拝見する。



「おおぅ……これはけしからんですよ」



 一組の男女が、あられもない姿で絡み合う挿し絵。

 版画とはいえ、わたしの感覚的にも十分通じるような絵柄だ。



「……なあ、リュージュ」



 所在なさげにベッドで寝転んでいたお兄さんが、ふいに声をかけてきた。



「なに、お兄さん?」



 絵物語から視線を離さず、返事する。

 ロマさんの前では「ハル陛下」と呼ぶけど、さすがに面と向かっては恥ずかしいので勘弁してほしい。



「いまの自分の姿に、なにか疑問はないか?」


「自分の女の姿には、疑問を持ち続けてるつもりだけど」



 問われて即答する。

 いまのわたしが女の子なのは否定できない。

 すでに半年以上女として過ごしていて、かなり順応しちゃってるのは否定できない。

 でも、いまの自分に違和感を持たなくなったら、取り返しがつかなくなる。魂の最終防衛ラインは、なんとか死守したいところだ。



「……言いなおそう。なぜお前は自分の部屋でなく、俺の寝室でそんな本を読んでいるのだ?」



 お兄さんは困ったように頭をかくと、質問しなおした。


 なるほど。

 たしかに、こういった本は、隠れてこっそりと読むべきなのかもしれない。

 わたしも中学のころから二人部屋の男子寮住まいだったけど、この手の本は、相手の前では見なかった。貸し借りはしてたけど。


 でも、わたしにだって切実な事情がある。



「この絵物語を手に入れたくて、まずロマさんに相談したんだ。そしたら、信じられない変態を見る目で見られた」


「あたり前だ」



 お兄さんのツッコミが鋭い。



「まあ、わたしもちょっと無遠慮だったと思う……で、話をしただけでそれだし、実際に絵物語を持って帰ったりなんてしたら、面と向かって変態呼ばわりされかねないでしょ? なのでお兄さんの部屋で見ることにしました」



 すでに手遅れ、と突っ込まれるかもしれない。

 しかしショタコンはあくまで冤罪。無実ゆえダメージは軽い。

 一方、脛に傷持つエロ関係での変態あつかいは、後ろめたさもあって致命打クリティカルヒットなのである。



「いや、お前の趣味に口出しする気はないが……」


「趣味じゃありません。あくまで白の聖女の民間でのイメージを知るためです。あと興味津々なだけです」



 わたしは断固抗弁する。


 いや、本気で興味本位と参考のつもり、だったんだけど……

 思いのほか質が高くて、自分の中でどう位置づけたものかわからない存在と化している。


 とりあえず、大変けっこうなものではあるんだけど。



「……まあ、そういうことにしておこう」



 あきらめたようにため息をついて、お兄さんはこちらに背を向けてしまった。


 趣味じゃないです。興味津々なだけです。







 お兄さんにあきれられながらも、丹念に絵物語を読み進める。

 物語自体は、それほど長くない。話もわかりやすくてえっちで、ヒャッハーが愛読するのもわかる。


 しかし……なんだろう。

 胸がものすごくもにょもにょする。


 最初は、ちょっと興奮した。

 でも、だんだんわからなくなってきた。

 はたして自分は男女どっちにより強く、共感しているのか。


 花の君おとこ、と言いたいところだけど、いまのわたしには共感すべきパーツがついてない。

 そして抱かれている方の女の子は、わたしのモデルにして目標でもある、白の聖女様なのだ。


 がっつり共感しそうになって、あわてて自制する。

 最後までその繰り返しで、胸のモヤモヤがものすごい。

 正直、実用という点に関しては、題材が悪かったと言うしかない。


 いや、実用する気はないけど。

 そこまで行きついちゃうと、後戻りできなくなりそうなので。



 ――と、いうのは、ともかく、だ。



 わたしは「ふう」、と息をついて、寝室を無意味に見回す。


 すでに夜も更けている。

 本も読み終わったのだから、もう寝たほうがいいんだろう。


 でも、絵物語の余韻が残ってるのか、お兄さんの方を見るだけで、ものすごく意識してしまう。

 当然か。いまは夜で、ここはお兄さんの寝室で、部屋にはわたしとお兄さんしか居なくて、わたしは肉体的には女の子なのだ。


 普段ならともかく、意識させられると、どうしても変な想像をしてしまう。



 ――ああ、お兄さんがわたしの正気を疑うわけだ。



 自分で自分のスイッチを入れてしまってるのだから世話もない。

 このままベッドに入っても、意識しまくって悶々としてしまう。

 精神的な自衛のためにも、しばらくほとぼりを冷ましたい。



「……お兄さん、もう寝た?」


「起きている」



 小声で尋ねると、背中越しに返事が返ってきた。


 お兄さんが起きてるなら、ちょうどいい。

 雑談でもして絵物語のことは忘れよう。


 そう思って口を開きかけ。



 ……えーと、なにを話そう。



 はたと困った。

 あらかじめ算段があって声をかけたわけじゃないので、とっさに話題が出てこない。


 あせりながら考えて、唯一思い浮かんだのは、雑談にしていい話題じゃなかった。

 いや、尋ねようとは思ってたけど、もうすこし自分の中で整理してから聞きたかったことだ。


 口にすべきかどうか、すこし悩んで……決めた。

 機会は、逃すべきじゃない。



「お兄さんはさ、フィフィ君を次の王様にするために、エルランド王子の故事に倣うつもりなの?」



 彼の話は、当然お兄さんも知ってるだろう。

 エルランド王子は、聖戦において活躍し、圧倒的な声望を得た。

 彼と同じように、フィフィ君を戦場に送るつもりか、と尋ねたのだ。


 おそらくそれは有効な手段で。

 そのうえで、お兄さんなら「フィフィ君を不幸にしない」って言葉を守ってくれる。

 実行するにしても、フィフィ君の成長を待ってのことで、いますぐの話ではないんだと思う。


 だからそれは、お兄さんの真意を確認するための質問で。

 しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。



「将来、フィフィが戦場に立つかどうかは本人の意志に任せる――だが、王位を譲る手段として、フィフィを戦場に立たせるつもりはないさ」



「誓ってもいい」と、お兄さんは静かに断言した。

 背中を向けていながら、力強い言葉は、まっすぐに胸を打つ。



「……うん」



 わたしは短く返した。


 信じる、ではない。

 お兄さんの言葉に偽りがないことは、確信できる。

 だって、それがフィフィ君を大切に思うがゆえに出た言葉だと、共感できたから。



「ありがとう。死んだお父さんやお兄さん、義姉さんと同じくらい、フィフィ君を大切に想っていてくれて」


「当然だ」



 わたしの言葉を、お兄さんは短く肯定する。


 共感しているからこそわかる。お兄さんはモノホンだと。いや、わたしはモノホンじゃないけど。



「でも、フィフィ君のこと、具体的にどうしようと思ってるか、教えてくれたらうれしいかな」



 フィフィ君を戦場に出さない、というからには、別の算段があるんだろう。

 それならそれで、この際全部聞いておきたい。主に心の準備のために。



「そうだな……実は、たいしたことは考えていない」



 と、お兄さんはこともなげに言う。



「――ただ、反乱か、戦争か……将来、俺が出ねば収まらん戦が起こる。その時には、留守をおまえとフィフィに任せようとは思っている」



 ……いきなりとんでもないことを告白された!?



 いや、わかるよ?

 実務面でフィフィ君に存在感を持たせようってことだよね?

 でもさすがにフィフィ君が名代じゃ誰も納得しないから、わたしが名代、フィフィ君をその補佐にって算段なんでしょ?


 やりたいことは理解できる。

 有効だってのも分かる。でも。



「わたしの責任、ものすごく重くない?」


「大陸で一番程度には、重いな……だが」



 言いながら、お兄さんは寝がえりをうって、こちらに顔を向ける。



「――それがフィフィにとって安全で容易な手段ならば、俺たち二人の苦労など、物の数ではない……そうではないか?」



 お兄さんはそう言って、いたずらっぽく笑った。


 信頼してくださるのは、とてもうれしいです。

 たしかに、フィフィ君のためなら、どんな苦労もいとうつもりはありません。

 そのための意志も、覚悟も、お兄さんに直談判しに行ったあの夜に、すでに示しております。


 でも能力は、もうちょっと過小評価してくれてもいいんじゃないか、と思わずにはいられません。



「そうはいっても、やらなくちゃだけどね」



 なにせわたしは、フィフィ君の母親ママなんだから。


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