24 相克戦争
さて、皆さま。
王位継承に際した問題に関して、どうお考えでしょうか。
弟が、功績においては兄をはるかにしのいだがゆえに、本来起こりようのない兄弟相克を許した唐の高祖、李淵。
後継者たちが凡庸だったがゆえに迷い揺れて、そのために争いが生じ、己も餓死の憂き目にあった趙の英主、武霊王。
各国の王族の、複雑な婚姻関係と独自の相続法により、他国の介入を容易に招き、数多くの継承戦争を招いた欧州の例を引き合いに出す方も多いでしょう。
日本で例を出すならば、以前も申しました応仁の乱、あるいはさかのぼって壬申の乱でしょうか。
あるいは白河院から続く因縁の一つの帰結である、崇徳上皇と後白河天皇の異母兄弟の相克、保元の乱などもございます。
権力の座を巡る争いには、問題が尽きぬもの。
我が日輪の王国でも、それは幾度となく起こっている。
その最たるものが、日輪の王国から王を失わせるに至った、相克戦争。
優秀すぎる庶兄と、嫡子である弟とが、国を二つに割って相争い、16年に渡る戦いの末に、同じ戦場で命を落とした、歴史上の悲喜劇、なんだけど。
――これを教材に、というのは……あきらかにシャぺローさんのメッセージだよなあ。
後継者問題が起きれば、こんな悲惨なことになるんですよ、と、実例を示されると、「今回はそうはならない」と言下に否定することも出来ない。
おなじフィフィ君が大切な人同士、仲良くしたいんだけど……どうしたものか。
「ヒャッハー! アネさんにボウズ、遊びに来たぜー! ついでに親友が廊下で寝てたから連れて来てやったぜー!」
――すやぁ。
またですか教育係殿。
◆
「いやあ、王妃殿下、たびたびお恥ずかしいところを」
赤将軍ジャックさんとフィフィ君に介抱されて、復活するまでしばし。
目を覚ましたシャぺローさんは、ふたりにお礼を言ってから、わたしに挨拶をする。
「いえ、わたしたちのために、寝る間を惜しんで本を書いていただいているのです。シャぺロー先生には感謝しかありません」
「いやいや、フィンバリー殿下もですが、王妃殿下も吸収が早くて、驚いています」
シャぺローさんはそう言って頭をかく。
フィフィ君のためにがんばってるので、成果を褒められると、ちょっとうれしい。
「――そこで、なんですが……せっかく二人で学んでいるのです。たまには議論を戦わせるのも、いい勉強になると思うのですが」
「はい、先生! このあいだ、リュージュさまのご意見を聞かせていただきました! リュージュさまはぼくには及ばない考えを持っておられて、とても勉強になりました!」
シャぺローさんの提案に、フィフィ君がうれしそうに手をあげた。
うん。フィフィ君に褒められると……照れくさい。
いや、ロマさん。「このモノホンが」みたいな目で見るのは止めてください。地蔵菩薩ですらない、ごくごく普通の反応だからね?
「ああ、そうなんですか。王子、それはとてもいい勉強をされましたね……では今回は、別の議論をしてみましょう」
「はい! なんについてお話しするんですか?」
「――相克戦争が起こった原因と、その回避法について、です」
そうきましたか。
◆
講義のため、一同机を囲んで話となった。
机の上には、資料となるシャぺローさんの本。
わたしとフィフィ君は椅子に座り、ロマさんはわたしの後ろ。
教鞭をとって対面に立つシャぺローさんの横には、どこかから自分サイズの椅子を引きずってきた赤将軍。
「それでは、相克戦争が起こった原因を……フィフィ殿下、答えてください」
「はいっ。王太子ジスさまよりも、庶兄のエルランドさまのほうが慕われたからです」
シャぺローさんに問われて、フィフィ君が答える。
教科書通りではあるが、フィフィ君なりの理解が見てとれる、いい答えだ。
「その通りです。エルランド王子は庶子――王が正当な妻以外に産ませた子供です」
「あの……先生、子供の前でそういう話は……」
「――姉さま、こちらでは常識の範疇ですので、過保護はおやめ下さい。教科書にも書いてあったでしょう」
わたしがもの申すと、ロマさんが止めに入った。
でもでも。
「だいじょうぶだぜー! 男と女のアレコレなら、おれっちが本を貸してやるぜ―!」
よし、そこのヒャッハー、いますぐ黙ろうか。
「……ええと、すみません。とにかく、相続においては、本来エルランド王子は問題にされない人間でした。しかし王子は聖戦の英雄となってしまった……聖戦について、王妃殿下、説明を」
「はい、先生」
聖戦について、シャぺローさんの教本ではくわしく説明されている。
エルランド王子の声望の源泉となったのが、この戦いだからだ。
「南方大陸において勃興した、法典皇国。経典教とは似て非なる教えを奉じる覇権国家と、これに対抗して同盟を組んだ、経典教を奉じる、教皇を中心とした内海沿岸諸国との戦いです」
十字軍、という言葉が思い浮かんだけど、あれの一般的なイメージが近いかもしれない。
すなわち、キリスト教連合軍とイスラム教国家の激突だ。
「――奪われた教皇冠を教皇の元に取り戻して以来、経典教諸国と一貫して友好関係にあった日輪の王国も、この戦いに参加しました。これを率いていたのが、エルランド王子でした」
「その通り。聖戦において数々の武功をあげたエルランドは、いつしか有力な後継者候補と考えられるようになりました。しかし、王妃殿下、ただ声望を得ただけでは、国は割れません」
シャぺローさんは続けて説明を求めてくる。
「はい。真の問題は、エルランド王子の武功それ自体じゃない。それによる将兵の支持、経典教諸王の支持、そして教皇の支持。これにより国内の非主流派が、次代の王にと期待を寄せ、集まってしまった――ですよね?」
「その通りです。そして急病で倒れた王に、これを制する力はなく……王の死とともに、相克戦争が起こったのです」
国を二つに割り、相争い、相滅びた救いのない戦争の、それが始まり。
「では、おふたりとも、考えてみましょうか。どうすれば相克戦争を回避できたかを」
「ええ。けれど、その前に、よろしいですか?」
話を進めるシャぺローさんを、手をあげて止める。
「はい、なんでしょう、王妃様」
「……将軍、完全に寝ちゃってるんで、どうにかして差し上げませんか?」
言いながら、視線をシャぺローさんの横に向ける。
話が難しかったのか、ヒャッハーはすっかり眠ってしまっている。
「ジャックのことは、そっとしておきましょう」
「いや、せめてベッドに寝かせるとか、シーツをかぶせるとか」
「大丈夫です。ベッドで寝なくても死にはしません。現に私は元気です」
「ちゃんと寝てください」
◆
寝息を立てているヒャッハーを尻目に、講義は続く。
見かねてシーツを借りて被せてあげたら、ロマさんから「なんて無駄な行為を」みたいなあきれた視線を向けられたのは、さておき。
「さて、気を取り直して、考えてみましょうか。どうすれば相克戦争を回避できたか」
「待って、シャぺロー先生。ひとつ聞かせてください」
手をあげて発言する。
シャぺローさんが用意した相克戦争という題材は、おそらく私たちの今後になぞらえてある。
あえて言うなら、エルランド王子はフィフィ君で、王太子ジスは、まだ存在しないわたしとお兄さんの子供だろう。いや、作る気はないんだけど。
ともあれ、それを前提に、問う。
「シャぺロー先生は、相克戦争は回避できなかったと考えている。すくなくとも、聖戦以降では。ですよね?」
これは、間違いないだろう。
状況が整ってからでは避けられない。
すくなくとも、個人の行動の変化だけでは無理だ。
シャぺローさんのような、歴史にくわしい人間であれば、そう考えるはずで、だからフィフィ君のあつかいに神経質になるのだろう。
「その通りです。エルランド王子が戦いを避けようと全力を尽くしても、彼を支持する者達がそれを妨害するでしょう。王子の勝ちに掛けてしまった以上、それ以外の結果を、彼らは望まない」
シャぺローさんはうなずきながら補足した。
勝手に支持してふざけたことを、と思うが、そんなものだ。
浮かび上がるためにみんな必死で、必死であるがゆえに、食いついたら離さない。
そして、彼らを大胆に切り離すような真似をすれば、エルランドは必ず王太子に潰される。
王太子が望まずとも、彼を支持する派閥が、己の地位を脅かす存在を許容しない。
実力が拮抗して手を出せないならともかく、弱体化すれば容赦なく潰すだろう。
「王太子さまが、戦いでがんばっても、むりでしょうか」
「フィンバリー殿下、その疑問を否定する明快な言葉が、歴史上に存在します」
シャぺローさんは、フィフィ君の意見をやわらかく否定する。
「――王太子は武功をあげたところで、それ以上の地位に就くことは出来ない。そして負ければ、王太子の地位から転げ落ちる」
元居た世界だと、最初に言ったのは誰だったか。
ともあれ、常に語られてきた真理だ。
シャぺローさんの言葉に、フィフィ君はしばし考え込んで、言った。
「ぼくは、王太子さまと戦うまえに、エルランドさまは逃げなきゃいけなかったんだと思います」
どきりとした。
それは、フィフィ君が同じ状況になったとき、取るであろう選択だ。
「エルランド王子が逃げれば、彼の派閥は滅ぼされたでしょう。それでもですか?」
「早いうちなら、なんとかなると思います。そうじゃなくても、やるべきだと思います。兄弟で戦うなんて、あっちゃだめです」
フィフィ君は、わたしの方を見ながら、一生懸命語る。
わたし同様、フィフィ君も、この戦いに自分の未来を見ているのだろう。
わたしの顔色をうかがっての言葉じゃないのはわかる。
将来生まれてくるであろう、わたしの子供と戦わなきゃいけないことが、本当に嫌なのだ。
「私もそう思います。ですから、王太子に等しい名声を得る人間なんて、作ってはいけない。あえて言うなら、王はエルランド王子を聖戦に送るべきではなかった」
破滅に至る芽を、芽のうちに摘む。
お兄さんは、若さと未熟さを強調したけれど……歴史を学んだシャぺローさんの、それが一貫したスタンスなんだろう。
「……シャぺロー先生。本日はありがとうございます。大変勉強になりました」
「いえいえ。私の講義が考えるきっかけになったのなら、それは幸いです」
わたしたちの未来について、非常に考えさせられる講義でした。
ですが、お兄さんは、当時の王様のように無力ではありません。
あえて言うなら、お兄さんは王太子が存在しないうちに、フィフィ君をエルランド王子にしようとしてんじゃないかと、シャぺローさんの講義を聞いて思いました。
お兄さんには腹案があるようだった。
そのために、わたしの協力が不可欠であるとも言っていた。
フィフィ君にとっての聖戦は、いったいなんなのか。
「リュージュさま、今日はぼくがお茶をお淹れします!」
フィフィ君が、元気よく主張する。
この、健気な息子のためにも、いろいろと考えていかないと、と思いました。
「刑吏刑吏……」
待ってロマさん。この視線は本当に違うやつです。