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23 叔母と甥



 さて、皆さま。

 幸せ、に関して、皆さまはどうお考えでしょうか。

 定職につき人並みの恋愛を経て結婚して、子供を愛情いっぱいに育てて……すみません。正直、人並みの幸せって、わたしにはわかりませんでした。



 ――家族居ないし、幸せってよくわからないんだよね。



 なんて気取るつもりはなかったけれど、通り一遍、人様が語る幸せを、普遍的な幸せと考えていたように思います。


 でも違いました。

 幸せなんて人の数だけ種類があって、それでいいんです。

 昔のわたしであれば、ゲームを楽しんだり、歴史小説を読んで感動したり、叔父さん叔母さんや、かもちゃんと談笑したり。そんなことが幸せであっていいのだと思います。


 そして。

 いまわたしは、「ささやかな」とか「ひそやかな」なんて形容がつかない。掛け値なしの幸せを感じております。



「やっぱりホーフ様はすごいです……! ぼくもがんばらなきゃ!」



 一生懸命勉強してるフィフィ君かわいいです。



「うぇへへへ……」


「王妃様、王妃様。正気に戻って下さい。刑吏ポリスメン呼びますよ」



 おっと刑吏はごめんです。

 フィフィ君が悲しむからね。



「更生の余地が見えない……」



 なにを言ってるかさっぱりわかりませんね。







 さて。

 フィフィ君と一緒に勉強するため、語学の勉強を始めて十日。



 ――ついにロマさんから合格がもらえました!



 もちろん、必要最低限を習得しただけ。

 フィフィ君並の――つまりは高等教育を受ける、スタートラインに立ったにすぎない。

 でも、上級ヒャッハー並の語学力しか持ってなかったわたしにとっては、ものすごい快挙だ。



「言動はともかく、頭はいいのだと思っておりましたが、これほど早く習得するとは……その執念が犯罪に繋がらないか、ロマはとても心配です」



 ロマさんの心配は、杞憂です。

 なにせわたしがフィフィ君に抱いている愛情は、あくまで母性。あるいは家族愛。


 母性や家族愛で間違いが起こるはずがないじゃないですか。

 だいたい、いっしょに勉強するだけで、そんなシチュエーションになるわけないじゃないですか。ここ、不意打ちにヒャッハーとかシャぺローさんが入ってくるし。



「では、フィフィといっしょにお風呂に入る機会があったり、いっしょに寝るような雰囲気になったなら、姉さまはどうされますか?」


「お風呂に入ります。寝ます」


「はい逮捕です」



 なぜなのか。

 ひっかけ問題か。あるいは巧妙な罠なのか。



「節度を、もうこの際、姉さまの童子趣味に口を挟みはいたしませんから、節度だけはお守りください」



 童子趣味モノホンじゃないです。地蔵菩薩です。







 ひと段落ついたところで、お茶の時間になった。

 ロマが淹れてくれた緑茶は、熱さも濃さもちょうどよくて、ほっとする。



「フィフィ君、あれから体調はどう? 顔色はいいみたいだけど、こっそり無理とかしてない?」



 テーブルを囲って、ゆったりとくつろぎながら、尋ねる。



「はい! ジャックヒャッハーさんもシャぺロー先生も心配してくれて、むりしちゃだめだって。だからゆっくり休んで、すっかり元気です!」


「ほんと? 我慢してない? ちょっとお手手かしてくれる?」


「……え? は、はいっ」


「いけません」



 と、冷静な声が、手を差し出そうとしたフィフィ君の動きを止めた。

 ロマさんだ。



「――フィフィ王子、王妃様があなたに過剰な接触を図ったときは、迷わず断って下さい。王妃様自身をお守りするためにも」



 なんてこと言うのこの子。



「よくわかりませんけど、はい! リュージュさまをお守りするためなら、そうします!」


「あの、フィフィ君? ロマさんは物事を悪く見ているというか、別に断らなくてもいいんですよー」


「――姉さま、いまのは通報モノです」



 ぼそりと、ロマが耳打ちしてくる。

 耳打ちというか、馴れてないのか耳に息吹きかけてるみたいになってるのでやめてください。思わず変な声出しそうになりましたよ。フィフィ君の前で。



「……いや、大丈夫だったでしょ? フィフィ君の体調が心配だったから、脈を取ろうと思っただけだよ?」


「表情がいけません。わたくしが親なら、同じ敷地内には存在させません」


「そこまで!?」



 いや、そこまでおかしな表情はしてない、はず。



「……リュージュさま?」


「なんでもないよ。フィフィ君、勉強はどう? 難しいところとかない? わたしはあまり知らないけど、せっかくいっしょに勉強してるんだから、意見を交換しながら勉強出来たらいいかな、と思うんだけど」


「はい、うーん……」



 フィフィ君は元気よく返事してから、考え込む。



建国王ホーフさまも国王ハーディル陛下も、どんな勉強をして、あんなすごい人になれたんでしょうか」


「うーん……」



 なかなか答えが難しい質問だ。


 端的に答えるならば、生き残り続けたからだ。

 勝たなければ死ぬような、間違えば死に繋がるような、厳しい時代のふるいにかけられて、それでも生き残り続けたから、ふたりは乱世の王者たりえた。


 実力だけじゃない。戦場や政治の場での経験値、そして才ある家臣たち。なによりも運こそが乱世では必要だった。

 机上の勉強で養った部分は、それほど大きいものじゃないと思う。



「――王妃様、王妃様は王子に、まるで幼児に対するように配慮されますが……」



 悩んでいると、ロマがそう言いながら、お茶のお代りを出す。



「この場においては、おなじ教材を用いている、いわば学友なのです。わたくしに対するときのように、素直な意見を言うのも、よろしいのではないでしょうか?」



 そういえば、そうか。

 歴史や政治、経済、刑法、どれをとっても、現状わたしの知識はフィフィ君に及ばない。

 気遣いなんてしなくても、フィフィ君なりの一定の答えは、すでに出しているに違いない。なら、ロマの言葉通り、素直に言ってみるのもいいかもしれない。



「じゃあ、フィフィ君、わたしなりの意見を言わせてもらうね」



 と、さきほど考えていた意見を語る。

 フィフィ君は、いちいちうなずきながら話を聞いて。



「……なるほど、ありがとうございます!」



 聞き終わったフィフィ君は、目を輝かせてお礼を言った。



「――だったら、ぼくたちがいま勉強してるのは、昔の人の経験なんですね! すごいって感心するだけじゃなくて、おなじ立場だったらどうするか、本を読みながら考えなきゃですね!!」



 ……フィフィ君、すごく賢くない?

 たしかに子供向けの答えを、なんて考えない方がよさそう。というかわたしが負けそう。いや、もう負けてるんだけど。


 そしてロマさん慧眼です。さすが教育係。



「どういたしまして。フィフィ君が考えるきっかけになったのなら、なによりだよ」



 ロマに視線で感謝してから、フィフィ君に笑顔を向ける。



「……あの、リュージュさまは……おば上と、仲がいいんですね」



 と、わたしとロマさんを見比べながら。

 おずおずと、フィフィ君が尋ねてきた。


 おば上。ロマさんか。

 血縁上はいとこの子――はとこだけど、ロマがお兄さんの養妹、フィフィ君が養子だから叔母甥の関係になるんだな。



「うん。義妹だし、仲良しだよ」


「仲良し……ふふっ、そうですわね。お友達です。お友達なのです」



 ロマさんがなんか怖い。

 お友達って言葉に、なにか思い入れというか、執着を感じる。



「……」



 そんなロマさんとわたしを見て、フィフィ君はちょっと不満そう。


 めずらしい。

 いつもいい子なフィフィ君が、そんな表情するなんて。


 ……ひょっとして、これってやきもち?

 フィフィ君が、わたしのことでやきもち焼いてくれてるの?

 やばい。うれしい。かわいい。やきもちフィフィ君かわいい。ぎゅってしたい。



「……大丈夫。わたしが一番仲良しなのは、フィフィ君だよ」


「いま一番必要なのは刑吏ポリスメンです」



 アウト判定いただきました。


 ロマさんと仲良くなれたのはいいのですが、その分ツッコミも容赦なくなった気がいたします。

 たぶん、あれです。やきもちですね。わたしがフィフィ君と仲良くしてるから、お友達として嫉妬してくれてるんです。

 じゃないと、こんなに頻繁にポリスメン襲来の危機になるはずがありません。そうです、きっとロマさんはやきもちで過剰反応してるだけなんです。



「仮にも、一応、兄さまの伴侶なのだから、本当に節度だけは守っていただかないと……」



 ……やきもちだよね?




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