22 建国王ホーフ
さて、皆さま。
ひとつの国が興り、滅びる。
歴史の中で、幾度となく繰り返された出来事でございます。
たとえば後漢が衰え、群雄争い三国が興り、さらには統一されていく三国志の物語。
あるいは王国として興り、共和制、帝政と、つぎつぎに国の形をあらためながら、空前の繁栄を享受し……そして衰え、滅びようとも偉大なる名を残し続けたローマの物語。
あるいは日本の戦国時代。
項羽と劉邦が覇を争った楚漢戦争。
空前絶後の大帝国を築いたモンゴル帝国。
歴史は、多彩で、悲壮で、しかし魅力的な、国々の興亡を我々に示してくれます。
この世界でも、国が興り、滅びる。
近年では、英雄王ハーディルが日輪の王国を再興させた。
再び興した、ということは、最初に興した人物が居るということだ。
大陸の三分の二ともいう広大な地を、ひとつの国家として認識させた偉大なる王の名は、ホーフ。
400年前、戦乱の時代に現われた英雄だ。
白の聖女が、主として仕え続けた人間でもある。
「シャぺローさんが書いた、白の聖女の考察を読んで思ったけど……この人も、いろいろ謎が多いんだよね」
湯に浸かりながら、ため息をつく。
お風呂である。湯船が広くて気持ちいいのである。
馴れたとはいえ、おっぱいが湯船に浮いている姿は、インパクトが強いのである。
「……落ちつきなさいわたくし。これは人類には必要のない物なのです。大きいからといって……浮くからといって……きっと兄さまもあのような駄肉に惑わされるなんてことは」
ロマさん、帰ってきてください。
せっかくいっしょに入ってくれてるのに、行きっぱなしはどうかと思います。
「――ですので、わたくしが保護いたしましょう」
いや、そのりくつはおかしい。
◆
さて。
この国では、貴人は基本的に一人でお風呂に入る。
食事もそうだけど、どれだけお一人様が好きなんだ、と思うが、そういう文化なんだから仕方ない。
なのになぜ、わたしがロマさんとお風呂に入っているかというと、答えは簡単だ。
「ヒャッハー! 俺様の力なら、こんな酒甕の一個や二個、軽いもんだぜー!」
「あ、こんにちは、ひゃっはー!」
「アネさん! ヒャッハー……っとっと――ギャー!?」
力自慢のヒャッハーが、大きな陶器の酒甕を持ち上げているところに不用意に近づいて、手を滑らせたヒャッハーの頭上に甕が落下。
割れた甕からあふれたお酒が、わたしとロマさんの全身に、というわけである。
気絶したヒャッハーは気絶したまま医者に直行。
わたしとロマさんは急いでお風呂に、という次第である。
ちなみににごり酒だ。
白くてどろどろしてて気持ち悪い。
心配して駆け寄ってきたヒャッハーたちが、すごく後ろめたそうにしてたのが印象に残ってる。
気持ちはわかる。
とっさにわたしを庇ったロマさん、見た目がすごいことになってたし。
というのは、さておき。
湯船に浸かりながら、怪しい目をして近づいて来るロマの姿を見て、あらためて思う。
「ロマってさ、お兄さ――じゃなくて、ハル陛下に似てるよね?」
「は、はい?」
と、思わぬ言葉だったのか、ロマは声を上ずらせた。
「――わたくしが、兄さまにですか?」
「うん。殺意や嫉妬を滑らせたり、みたいなとこもそうなんだけど、外見とか特に。黒髪だし、切れ長な目なんかもそう」
基本的な顔の造作が似てる。
普段はお兄さん、糸みたいな目をしてるからわからないけど、本気モードのお兄さんを思い出すと、似て――やばい。よけいなシーンまで思い出さなくてよろしい。
「好意が滑りそうになるので、そういう仕草は自重してほしいのですけれど……わたくしと兄さまは近い血縁ですし、似ていると言われればそうなのでしょうね。実感は、あまりないのですけれど」
まあ、言っても男女の違いは大きいしね。
でも、兄妹と教えられて、納得するくらいには似てると思う。
「すくなくとも、甥のフィフィ君よりは近く見えるよね」
「あの子は、母親似ですから。風の邦の君主の血統は、旧王室の血を濃く残しておりますし、黒髪が多いのです」
「ああ、なるほど」
言われて納得する。
白の聖女の研究本にも、そのあたりちらっと書いてあった。
ホーフ。
日輪の王国を興した偉大なる王。
黒髪で、恰幅の良い、長身の主であったと言われている。
家名は無い。ただ、彼が残した種々の言葉から、元は高い身分だったと推測できる。
ただし、ホーフが世に出たとき、彼に随行する者は、白の聖女ただひとりだった。
敵領主の小部隊に襲われていた、辺地の小さな村。
ホーフは、白の聖女とともに、わずか二名で数十の敵兵を撃退して、これを救った。
さらには、村の有志数十名を率いて、領主の城を攻めていた敵領主の軍を退ける。ホーフと白の聖女は、鬼神のごとき戦いぶりを見せたという。
この後、ホーフは領主の娘を娶って新たな領主として立つ。
そこから南原を統一するまでに、わずか十年。北原を平らげ、北洋に至るまでに、五年。
「ホーフは、卑賎の身ながら諸王を従えて怖じず、有為の士を使うも増長を許さず、百万の軍を率いて過たず。まさしく王の中の王である」
王家だけで200年。国の形としては400年も続く王国の初代だ。
多少持ち上げられているところはあるのだろうが、世界史上にときどき出てくる超人の類なのは間違いないだろう。
ただこの人、名前が出て来た時には、すでに白の聖女といっしょなのだ。
ひょっとして、彼も、白の聖女といっしょに別の世界から来たのかも、と思ったりする。
容姿的にも、日本人だとして納得いくものだし、白の聖女が彼に忠誠を捧げ続けた理由もわかりやすい。
まあ、わたしや白の聖女が銀髪碧眼に変わってるのに、彼だけ元のままってのも、話が通らないんだけど。
盛大に話が逸れた。
風の邦の君主の血統が、旧王室の血を濃く残してる理由。
それは。
「白の聖女が育てたホーフの庶子が、風の邦に封じられた功臣のところに入り婿してたんだっけ」
「はい。ですのでわたくしたちの一族は、王室と白の聖女、両方に縁が深いのですわ」
ロマがうなずき、水面が揺れた。
別のものは揺れない。そもそも浮いてないけどごめんなさい。
ちなみにこの庶子、ホーフと白の聖女との間に出来た子だって説もあるんだけど、シャぺローさんは考察の中で、この説を明快に否定している。どうも実母がはっきりしてるらしい。
しかしホーフと白の聖女の恋愛譚は、後の世にかなりの数作られていて、そのひとつが「花の君と白き乙女」――例のエロ本の元になった物語なのだとか。ものすごく興味深いので、ぜひとも読んでみたいです。
「そんな血を引くハル陛下と、わたしが出会ったなんて、なにか因縁めいたものを感じるなあ」
「運命、と言い変えても良いのでは、と思いますが」
しみじみ言うと、ロマが苦笑を浮かべた。
たしかにその方が字面はいい。
けど、ちょっとロマンティック過ぎませんかね。
まるでわたしの運命の人がお兄さんみたいじゃないか。
いや、形式上とはいえ結婚してるんだから、まさにその通りなんだけど。
「運命、か……なら、ロマと出会えたのも、なによりフィフィ君と出会えたのも、運命なのかもしれないね」
「ついでのように言われたのは不本意ですが、姉さまがそう思ってくださっているのなら、うれしいです」
苦笑してから、ロマは口元をほころばせた。
険の取れた素敵な笑顔は、お兄さんを彷彿とさせる――いやいや
「ああ、フィフィ君ともこんなふうに、いっしょにお風呂したいなあ」
「……姉さま。自分の性癖を、早く自覚してください。それで健全だの地蔵菩薩だの聖ハーリティーだのと考えているのなら、無自覚に犯罪を犯しかねません」
ロマさんの表情は本気だった。
理不尽ではないでしょうか。
白の聖女も王様の庶子を育てたというのなら、わたしだって同じことをしてもいいと思います。
勉強を通して、わたしは彼女にものすごく親近感を覚えています。完全に一致です。わたしこそ白の聖女です。
「姉さま、妙なところで白の聖女と同一化しないでください」
いままで白の聖女らしく振る舞おうと意識してたんだから、同一化してもいいじゃありませんか。
ちなみに白の聖女が聖女認定されてるのは、当時の南原の覇者、「教皇冠を被った蛮王」ヴェトリクスを戦場で討ち取り、教皇の元に冠を届けたのが理由らしいです。
聖女っぽい要素が欠片もない……




