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21 大陸語



 さて、皆さま、文字、と聞いて、どんなものを思い浮かべるでしょうか。

 漢字のような表語文字ひょうごもじ、ひらがな、カタカナ、あるいはアルファベットのような表音文字ひょうおんもじ。まあどの文字も完全に意味だけ、音だけ、ということはなく、微妙に他の要素も入っているようですが、それはさておきましょう。


 一般的に、日本人が用いるのは漢字仮名交じり。

 日本語自体、非常に複雑な構造を持つので、だいたい10000語くらい覚えなくては、本などを読んでも内容を理解できないらしい。


 英語で3000語。ドイツ語で5000語。フランス語で2000語。

 これはあくまで必要最低限の話なので、たとえば専門書などを読むに当たっては、より多くの語彙ごいを覚えている必要がある。


 ちなみに日輪の王国の、言葉の構造は、英語圏のそれに近い。

 いや、中国語も似たような形態なので、どちらかというと日本語の方が特殊なんだけど……

 その日本出身(推定)の白の聖女さんの影響なのか、ときどき日本語的表現や文法が混じるので、微妙にややこしい。聖女様よけいなことを。


 この国の言葉で、現在わたしが覚えている語彙は、だいたい1000くらい。

 主に契約書なんかを読むために、必要な語彙だけ集中して覚えたので、かなり偏ってる。

 幸い、なぜか言葉が通じているので、わからない言葉は読み上げてもらえばいいんだけど。



「――さて、フィフィ王子といっしょに勉強するために、まずはスタートラインに立ってもらいましょうか……姉さま?」



 ひゅんひゅんと教鞭が空を裂く。

 目が、もうヤバイ。人を刺し殺せる形してる。怖い。


 ドS教育係ロマさん再臨である。







 さて。

 フィフィ君と勉強することになったわたしであるが、問題があった。


 フィフィ君は日輪の王国の王子である。

 お兄さん――ハーディル王の助けとなるため、本人の願いで、非常に高等な教育を受けている。

 教材は、お兄さんをして「生きた国の骨子」と言わせるほど高度な専門知識を持つ、教育係のシャぺローさん自ら書いた本だ。


 それを書き写す。

 手で覚える、というのは、ひとつの勉強法だ。

 シャぺローさん自身、そうやって勉強したのか、フィフィ君の勉強は大部分がこれである。


 つまり、フィフィ君といっしょに勉強するためには、最低限の語彙を習得する必要があるのだ。



「いや、語彙も勉強しながらでいいと思うのですけれど」



 とロマは言うけど、それだと母親としての威厳が。

 フィフィ君には、尊敬されていたいというか、甘えられる対象でいたいというか……ロマさん、モノホンを見る目になるのは止めてください。


 そんなわけで、現在フィフィ君に追いつくため、勉強中なのです。

 まあ実際、何年も一生懸命勉強してきたフィフィ君に追いつけるわけはないので、フィフィ君と一緒に勉強して恥ずかしくないレベルになればいいなあ、くらいで。


 教科書は、フィフィ君がすでに写本を終えたもの。

 これに関しては、すでに教育係のシャぺローさんに話を通してある。ロマさんを介して。


 シャぺローさんは、身の安全のためにも、フィフィ君を王様の後継者にしたくない人だ。

 彼の言葉に、わたしは迷い、お兄さんに直談判することになった。そして逆にわたしが説得された。


 なのでシャぺローさんとは、意見が対立した状態ではあるんだけど……

 だからといって、いっしょに勉強するのを止める気もないらしく、というか、やっぱりフィフィ君が倒れたことがショックだったらしく、この件に関しては協力的になってくれた。


 いま、わたしの手元にあるのは、フィフィ君が小さい手でがんばって綴った写本。

 表題は「白の聖女の歴史における業績と私的な考え」。写したてほやほや。文字からもフィフィ君の優しさが感じられる素敵な本だ。



「姉さま。気持ち悪いです」



 くねくねしてると、ロマさんに突っ込まれた。



「ロマ、直球すぎて心に刺さるのでやめてください。それにわたしがフィフィ君を想う気持ちは、たとえば地蔵菩薩のような、この世界で例えるなら聖ハーリティーのようなものです」


「いい加減気づいてください。自分の性癖に」


「違いますー。地蔵菩薩ですー。それが違うっていうのなら……えーと、は、ハル陛下のほうが本物ですー」



 な、なんだ?

 ロマの前だから「お兄さん」を自重して、呼び方を変えただけなのに、むちゃくちゃ恥ずかしい?



「ああかわいいなあっ!?」



 ロマが、いきなり突拍子もない声をあげた。



「――この顔ですか!? この顔で兄さまを魅了したんですか!? それともこのおでこですかっ!?」



 ろ、ロマさんが壊れた!?



「ロマ、おでこ……おでこを執拗に撫でるのやめて……!」


「すこしは! 淑女らしく――こう、ぎゅっと抱きつきたくなるような、かわいさをふりまくのはやめてくださいっ!」



 ロマさん、ちょっと親しくなれたからって、詰めてくる距離おかしくないですか!?







 閑話休題。



「――さて、復唱しながら書き写してください」



 教育係モードに戻ったロマと、お勉強を始める。



「白の聖女は、いまからおよそ400年前、日輪の王国建国王ホーフの傍にあって、その覇業を支えた女性である」


「白の……聖女は……400年前……うん」



 単語ひとつひとつの意味を確認しながら、文章を書き写す。

 筆で書くわけだが、小中学と習字をしていたおかげで、まあ自分の名前しか書けないヒャッハーよりは上手い自信がある。優越感感じる対象それかよ、と突っ込まれそうだけど。



「当時大陸は動乱期にあり、旧王冠領、現在の王室領にあたる、南原なんげん一帯も、十数の群小勢力がしのぎを削っていた」


「当時大陸は……旧王冠領……はい」


「そんな中、突如現れたのが、建国王ホーフと白の聖女サンダースである」


「そんな中、突如現れたのが……はい?」



 サンダースってなにさ!?

 白の聖女さん戦国武将じゃなかったの? なにそのアメリカンな名前!?

 ていうか当時のアメリカってぜんぜんアメリカンじゃなかったよね!? 植民都市がぽつぽつあるくらいだったよね!? なんでサンダース!? どこのカーネルさん!?



「どうかいたしましたか姉さま?」



 手を止めてすみませんロマさん。



「いや、白の聖女さんの名前が……妙に耳慣れない感じだったから」


「名前……はい、そうですわね。わたくしも存じておりませんでしたが、この本には、白の聖女の御名は、サンダース・エマンスキーとありますわね」



 エマンスキーってなんだ!?

 スキーってつくってことは、ロシアとかあっちの方!?

 戦国武将要素まるでないよね!? 無理やり漢字で書こうと思っても「三田須 枝万数寄」とかになっちゃうし、エマンスキーの方を名字としても、日本人には思えないっていうか、サンダースもエマンスキーも名字じゃない!?


 だめだ。ツッコミどころが多すぎて交通渋滞してる。


 よし、ちょっと落ち着こう。

 白の聖女さんの正体が誰なのかとか、いまはあんまり重要じゃない。

 日本人だとしても、外国人だとしても、聞き覚えのある名前じゃないし、有名な人じゃないんだろう。


 ただ、業績的にはすごい人だから、元の世界で才能を発揮する前に、こちらの世界に流されたんだと思うけど。



「姉さま? ひょっとして体調がすぐれないのですか?」


「いや、大丈夫。大丈夫だからつづけようか」



 その後も、がんばって写本を続けましたが、その間ずっと、サンダースとエマンスキーが頭の中をぐるぐると回っておりました。

 フィフィ君のため、お兄さんの望みをかなえるため、そしてなによりフィフィ君といっしょにお勉強するために、努力は惜しまないつもりですが……探る意味は薄いのに、白の聖女さんの正体が気になって仕方ありません。



「――姉さま? 手が止まっておりますわよ? 大丈夫だというのなら、がんばって下さい。性癖に関して以外は、応援いたしますので」



 だからフィフィ君には手を出すつもりはありません。

 地蔵菩薩です。なんならロマに対しても地蔵菩薩でありたいです。



ロマさんはぼっち。つまりそういうこと。

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