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20 ロマ・ウィルシェイン


 さて、皆さま。

 おかげ様で陛下との直談判は、無事に終わりました。

 結果だけ見ると、陛下の意見が100%通ってて、わたしはでこちゅーされ損って気がしますが、陛下の真意がわかっただけ、よかったと思っておきまちくしょう。


 いや、収穫がなかったわけじゃない。

 昨日のお兄さんは、なにかを心に決めた様子だった。

 たぶんそれは、わたしの……覚悟いやうわあああああっ!?



 ……ふう。



 いらないフラッシュバックはともかく、お兄さんは、わたしを巻き込む覚悟を決めたってことだろう。

 それがどんなことなのか、伝えてはくれなかったけど……ただ、朝起きた時、お兄さんは言った。



「フィフィが学んでいること、お前もいっしょに学んでおいた方がいい」



 フィフィ君といっしょにお勉強できるんですか!? やったー!

 というのはともかく。ともかくだからそんな心配そうに見るのは止めてください地蔵菩薩です。


 ともあれ、王の補佐を志すフィフィ君と同じ勉強をしておけ、ということは、近い将来それが必要になる、ということだろう。


 フィフィ君のためだ。

 はっきり言って。



 ――望む所だ!



 です。







「お帰りなさいませ、王妃様」



 朝、部屋に戻ると、いつも通り、ロマさんが出迎えてくれた。



「ただいま、ロマさん」



 と、挨拶を返すと。

 なぜかロマさんは、わたしをじいっと見て、それから、無言で身を寄せてきた。



「え、ロマさん、なに?」



 返事をせず、ロマさんはクンクンと、匂いをかいで。



「……あの、わたしのおでこがなにか?」



 なぜかおでこを重点的に匂うロマさん。



「いえ。なんでもありませんわ……ホホ、なんでもありませんとも」



 なぜかひどく打ちひしがれたような表情になるロマさん。

 言っとくけど、そこまでのことはしてないからね。でこちゅーだけだからね。お兄さん許せねえ。



「お疲れでしょうし、寝室でお休みになりますか?」


「お疲れじゃないので寝室では休みません。だけど……そうだね、ロマさん?」



 ふと思いついて、わたしはロマさんに提案する。



「――ちょっとお茶会、しないかな?」







 お茶会をする、といっても、たいした準備が出来るわけがない。

 ロマさんにお茶道具一式を開いてもらって、お茶菓子やらなにやら、全部準備してもらって、わたしはお茶だけ立てて、そしてお茶会が始まった。



「そういえば、ロマさん、教えてくれたよね」



 と、わたしは静かに茶を喫するロマさんに声をかける。



「お茶の席に座れば、身分関係なく対等。そこには主客しかないんだって」


「はい。その通りですわ、王妃様」



 ピンと背を張る、その姿は美しい。

 所作が、それぞれどのような意味をもち、それがどのような哲理に基づいたものか。

 常に考え続けていなくては、ロマさんの若さで、こんなに見事な動きは出来ないだろう。


 なんだかんだいって、ロマさんもただものじゃない。

 それは、王様が彼女を信頼して、わたしの教育係、ついで侍女につけたことからも、察せられるだろう。


 だからこそ、ロマさんには忌憚ない意見を聞いておきたい。

 わたしの立場で、どこまで彼女を頼りにしていいか、知るためにも。



「では、ロマさんの飾らない意見を聞かせて。この際だから、大本の部分から聞かせてもらうけど……わたしは元男で、異世界の人間なんだけど、そんなわたしが王様と結婚することについて、どう思ってる?」


「正直代われと思っております」



 そうでしょうね。知ってます。

 その感情、ロマさんあまり隠してないし。むしろダダ漏れだし。



「あとは、元男だの、異世界から来ただの、この方おかしいんじゃないか、と思っておりますわ」



 忌憚なさ過ぎて、言葉の刃がわたしを抉る。



「――ただ、庶民にしては頭がよすぎる。乱世を生きた人間にしては――いや、この世界のどんな平和な土地の人間と比べても、あまりに優しすぎる。浮世離れしすぎている。独自の物差しで世界を図りすぎている。ひょっとして本当に、異世界の人間なのかもしれない、と思うこともございます」



 浮世離れはわかるけど、そんなに優しいかな。

 まあ現代レベルの倫理観を中世近世に持ち込めば、そんな反応になる気もするけど。


 ……これでも、こっちの世界に順応しようとは、してるんだけどなあ。



「地味に、武将や兵士たちからの人気もあるのですよ。白の聖女の再来ですし、よく王子の練習を見に行くので、顔を覚えられている。あとは顔が良くて胸が大きいからです畜生」



 いちいちセルフで怒りを溜めるのを止めてください。

 コンプレックスあるのはわかりますが、わたしは好きですから。



「ですので、まあ、個人的な意趣はあっても、総合すれば陛下のお相手として、それほど悪いものじゃないと思っておりますよ。代われとは思いますが」



 ぶれないロマさんがちょっと素敵です。

 ひと通り語ると、ロマさんは枇杷びわ色のお茶碗を傾け、中のお茶をすすった。



「ありがとう。じゃあ、これも教えてくれるかな?」



 ゆっくりと流れる時とヒャッハーの鬨の声を聞きながら、わたしは質問する。



「フィフィ君が、王様の後を継ぐことについて、ロマさんはどう思う?」


「……王妃様、失礼ながら、逆に問います。王妃様はどう思われているのですか」



 お茶碗をテーブルに置いて、ロマさんは切りこんで来た。



「王様と王妃様のお約束は存じております。王妃様の素性も、存じております。ですが、王様は魅力的です。必ず子供が出来ます。そのとき、王妃様は、後継ぎの座にフィフィが居ることを、どう思われますか?心変わりしない保証がありますか?」



 子供が出来る、なんて断言されても、返答に困るけど……

 たしかに、子供たちが血みどろの争いを演じたしん献公けんこうや応仁の乱で骨肉の争いを演じることになった室町幕府の足利義政あしかがよしまさを例に挙げるまでもなく、後から生まれた子供を後継者にしようとして、国が乱れた例は古今多い。


 正直、わたしがお兄さんの子供を産むなんてありえない。

 だけど、間違いが起こったとき、国が乱れる状況が整ってしまう。

 そんな事態は、最初から避けておくべきだ、と言われれば、納得せざるを得ないのも確かだ。


 だけど、わたしはお兄さんの想いを知ってしまった。

 お兄さんの想いを遂げさせてあげたいと思ってしまった。だから。



「王妃様は、自分の子供より、義理の子を優先できますか?」



 ロマさんの問いに、わたしは胸を張って答える。



「義理もなにもない。どちらも、わたしの子だ。そして嫡子はフィフィ君だ。これは絶対に変わらないよ」


「では王妃様は、たとえば義理の妹でも、実の妹同然に慈しめると、そう言うのですか?」



 信じられない、というように、ロマさんが尋ねてくる。

 なぜ妹で例えたのか、それがわからない。


 でも、妹かあ。

 そういえば、居たなあ。兄弟のようになりたいと思った子が。

 両親を亡くした後、引き取ってくれた叔父さんの娘で、一月違いの同い年だった従妹のかもちゃん。


 ずっと寮生活だったのと、おたがい遠慮があったので、長期休みにたまに会う従兄妹、以上の関係じゃなかったけど……兄妹みたいになれたらな、と家族愛に飢えてたわたしは、ひそかに思っていた。もう会えないと思うとすごくさみしいけど……もし機会があるなら、今度こそ、とも思う。


 だから。



「ロマさん、ちょっと聞いてくれる?」



 と、わたしはかもちゃんのことを、ロマさんに話した。



「王妃様はその方と……兄妹、以上の関係になれたら、と思ったことはございますか?」


「それは無いかな」



 わたしは首を横に振る。



「きっと、わたしが求めてたのは……失った家族の空虚を埋める存在で、それは恋人を求める気持ちより、はるかに大きかったから」


「恋人より、妻より、ですか?」


「妻は……未成年だったから、想像もしなかったけどね。だから、もし義理の妹が出来るっていうなら、わたしは今度こそ、勇気を出して、こう言うつもり」



 ――「実の兄妹のようになろう」って。



 そんな、わたしの言葉に。

 くすり、とロマさんが小さく笑った。



「な、なにかおかしかった? 恥ずかしいこと言っちゃった?」


「いえ、なんというか……どこかの誰かとおなじことを言うものだな、と思いまして。まったく、夫婦というのは似てくるのか、それとも似た者同士が夫婦になったのか」



 うふふふふふふ。と低く笑うロマさん。

 やばい。ロマさんがものすごくうれしそうだ。



「王妃様、聞いてくださいますか? ひとりの、女の子の話を」



 ロマさんは、取り繕った表情を完全に崩して、そう言った。







 あるところに、ひとりの女の子がいました。

 戦乱に巻き込まれ、両親を失い、孤独な身となった彼女は、同様に生き延びた従兄の元に引き取られました。


 従兄は戦場を往来して、常に女の子の元に居たわけではありません。

 ですが、女の子は従兄に恋をしてしまいました。


 叶わぬ恋だというのはわかっていました。

 従兄の結婚相手は、いずこかのお姫様でなくてはならなかったから。だから、女の子は想いを胸に秘めたままでいました。


 あるとき、従兄は言いました。

 俺の家族に、妹にならないか、と。

 お前と、実の兄弟のようになりたい、と。


 馬鹿にされていると思いました。

 他国へ嫁がせる、その箔付けのためだと思ったので、よけいです。


 だから女の子は言いました。



「――他家に嫁ぐことなく、ずっとあなたの傍に居ていいなら、よろしいですよ」と。



 ロマさんが語る、女の子の話を聞いて、驚きながらも納得した。


 お兄さんが信頼するはずだ。

 フィフィ君のことを「フィフィ」と愛称で呼べるはずだ。

 わたしがお兄さんのことを「お兄さん」と呼ぶことを嫌がるはずだ。



「王妃様の存在を知って、わたくしは絶望いたしました」



 わたしが察したことに気づいたのだろう。

 ロマさんは、もう女の子が自分だということ隠さない。



「こんな、どこから拾ってきたかもわからない女でいいなら、わたくしでもよかったではないか、と。しかも、王妃様は陛下のことを“お兄さん”などと……わたくしと陛下の唯一のつながりにすら立ち入ってきて。こんな女、絶対に仲良くはなれないと、そう思っておりました」



 知らなかったとはいえ、それは本当にごめんなさい。

 すくなくとも、ロマさんの前じゃもう言いません。



「ですが」



 言いながら、ロマさんは微笑む。



「――あなたの言葉に、陛下の思いを重ねて……すこし救われました。それに関しては、感謝いたしますわ」



 吹っ切れたような、解き放たれたような。

 そんな魅力的な微笑。


 感情のよどみが、わだかまりが。ただの一言で晴れることがある。

 それは大抵の場合、なにを言ったか以上に、誰が言ったかが重要で。ロマさんにとって、そんな存在になれたと思うと、素直にうれしい。



「ロマさん」


「ロマ、と、お呼びください」



 それは、ロマさんが正式にわたし付きの侍女になったとき、言った言葉。

 でも、その意味合いは、当時とはまったく違う。



「ロマ・ウィルシェイン・エンテア・ソレグナム……ハル兄さまの、そしてあなた様の、不本意ながら義妹ですわ」



 とっておきのいたずらを明かすように、ロマさんは笑った。


 生真面目で、しっかりしていて。

 それでいて厳しくて、教師の時は鬼で。しかも板で。

 この世界に来てから、一番長くいっしょに居るのに、なかなか仲良くなれない。


 そんな彼女と、うちとけることが出来た。

 今日という日は、記念すべき日なのかもしれません。



「そういえば、ロマ。フィフィ君といっしょにお勉強できることになったから、教育係のシャぺローさんに伝えておいてくれないかな?」


「フィフィへの執着がモノホンぽいので、矯正してください姉さま」



 ついに直接言われた!?



 

皆さま、物語におつき合いいただき、ありがとうございます!

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