表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/74

14 フィフィ・シェンバリー


 さて、皆さま。

 王子様の生活、と聞いて、どのようなものを思い浮かべるでしょうか。


 教養や武術を磨き、時に乗馬や狩りを楽しみ、将来の配下や盟友との絆を育み、成人すれば王家の一員として、王を扶翼していく。社交界を華麗に彩り、戦場においては一軍を率いて戦う。そのような想像をされるのではないでしょうか。


 実際はそれなりに多忙なのでしょうが、優雅でゆったりとした生活を送っているイメージがあり、わたしもなんとなく、そんな印象を抱いておりました。


 フィフィ君もそんな生活を送っているのだと、思っておりました。

 わたしの目の前で、訓練中のフィフィ君が倒れるまでは。







 その日は最初から、フィフィ君の様子がおかしかった。

 城門脇の広場で訓練を始めたフィフィ君は、遠目にも調子が悪そうで、手に持つ剣先が、頼りなく揺れている。



「おいおいボウズ、ふらついてるぞ? 大丈夫かぁ?」


「だいじょうぶです……」



 気遣うヒャッハーに疲れた笑顔を返して、訓練を始めて。

 そして、倒れた。


 こっそり訓練を見守っていたわたしは、最初、転んだのだろうと思っていた。



「ああ、ありゃいかん」



 さぼって酒をかっ食らっていた――もとい同席していた大将軍がよろめきながらも腰を浮かしたので、大事だと察して。


 気がつくと、駆けだしていた。



「おお、アネさん。ボウズが――」


「見てました! フィフィ君っ!」



 ヒャッハーへの言葉もそこそこに、フィフィ君の様子を確認する。


 意識がない。呼吸はある。

 脈を取ろうとして腕を取り、ちゃんと脈を探せなくて焦る。

 心臓に耳を当てると、たしかな脈動を感じて、すこしだけほっとした。



赤将軍ヒャッハー、医者を……医者を呼べそうな人に頼んで、呼んできてもらって!」



 彼がちゃんと医者を呼べるか、その能力に深刻な疑問を持ったので、そう頼む。



「医者? ボウズ、どっか切らなきゃならんのか!?」



 ヒャッハーがものすごく心配げだけど、違う。ことあるごとに手足を切断する前世紀の医者は求めてない。


 いや、とにかく専門家の意見を聞かないと。

 どんなに前世紀的でも医者は医者だ。わたしとじゃ経験値が違う。専門家の意見は必要だ。


 瀉血しゃけつや有毒な薬の処方なんかだけ避けてもらったらいいのだ。



「たぶん切らない。とにかく、診てもらうから、とにかくお願い! わたしはっ、フィフィ君をっ、部屋にっ……」



 フィフィ君の体を抱え起こそうとして、その重さに、驚く。


 あたり前だ。

 子供といっても幼児じゃない。

 この世界の平均は知らないが、フィフィ君の身長はわたしより頭ひとつ低い程度――130cmはある。体重は30kg少々。しかも脱力した状態だ。


 それでも、以前なら、わけなく担げたはずだ。

 それなのに、少女の細腕ではこんなにも――重い。



「王妃殿下、代わりましょう」



 遅れてやってきた大将軍が、声をかけてくる。



「――大丈夫。酔ってはいてもこの程度、落としゃしませんよ」


「あり、がとう」



 言いながら、渾身の力を込めて、フィフィ君を背負う。

 力を込めすぎて、息がつまる。頭がくらくらする。歩を進めるたびに膝が震える。



「でも、わたしに、運ばせて。これでも――母親、だから」


「……ああ、たしかにこの状況じゃあ・・・・・・・必要なこと・・・・・なのかもしれませんな――医者の手配は、こちらでやっときましょう。赤将軍、王妃殿下について行ってやりなさい」


「がってんだ大将軍!」



 よけいなものつけなくてよろしい。

 いっぱいいっぱいでツッコむよゆうないから。







「おそらくは気の病ですな」



 フィフィ君の部屋に運び込んで、待つことしばし。

 やってきた王宮医師は、フィフィ君をひと通り診察して、そう言った。



「気のせいってこと?」


「いえ、気の病です。疲労か不眠か、あるいは心が原因で体内の気が変調を起こすのです。おそらくは……それらが複合したものでしょうな」



 部屋を見渡して、王宮医師は言った。

 フィフィ君の部屋は、王子のものとしては、比較的つつましい。


 装飾よりも機能性を優先しました、という感じのベッドや調度。

 使い込まれた、分厚い木製の机の上には、紙束が山と積まれている。

 中央に置かれた、豪華な飾りのついた大きな本を見れば、それを書き写していたのだろうとわかる。


 机の横には、硯と墨、そして何本かの筆。

 大半が使いこまれていて、わたしの贈った一本だけが、下ろしたての新しさを保っている。


 それから、机の側に灯明。

 予備の油が、壺に入ってそばにドン、と置いてある。

 おそらくは、日が落ちても、ずっと勉強を続けていたんだろう。

 油がなくなっても、すぐに注ぎ足せるように、油壺を灯明のすぐ側に置いて。



 ――陛下の養子としてはずかしくないよう、もっともっとがんばります!



 フィフィ君の言葉を思い出す。



 ――ありがとうございます! もっと、もっともっと勉強がんばらなきゃです!



 疲れた様子で、それでもフィフィ君はそう言った。


 文字通り、フィフィ君はがんばったのだ。

 夜遅くまで勉強して、それでも剣の稽古で手を抜かずに。

 10歳かそこらの少年が、期待に応えようと、無理に無理を重ねて……倒れたのだ。おそらくは過労で。


 フィフィ君が疲れてると、気づいてたはずだ。

 なのにわたしは、「休みなさい」と言ってあげられなかった。

 筆を贈って「もっと勉強しなさい」と、意図せずとも叱咤してしまったのだ。



「ごめんね」



 昏々と眠るフィフィ君の手を取り、謝る。



「フィフィ君、ごめんね……」







 フィフィ君が目を覚ましたのは、翌日の朝だった。



「ん……」


「おはよう」



 身じろぎして目を開いたフィフィ君に、声をかける。



「リュージュさま……?」


「だめ、無理して起きないで」



 身を起こそうとするフィフィ君を、手で抑える。

 体が弱ってるのか、フィフィ君の体は簡単に抑えられた。

 抑えた腕がものすごく痛いけど。筋肉痛で。最高に自業自得だ。



「フィフィ君は病気なの。だからゆっくり休んで――ロマさん、おかゆと、お湯の手配をお願い」


「承りましたわ」



 隅で椅子に掛けて、目を伏せていたロマさんが、すっと立ち上がって部屋を出ていく。



「あ、でも、勉強、遅れて……」


「ごめんなさい、フィフィ君」



 フィフィ君の手を、両手でぎゅっと握る。



「り、リュージュさま?」


「わたしは、フィフィ君がどんな生活をしているのか、普段どれだけ頑張ってるか、ちゃんと知らなかった。ちゃんと知らないまま、フィフィ君に、よけい無理させるようなまねをして、ほんとうに、ごめんなさい」



 頭を下げるわたしに、フィフィ君は驚いたように目を開いて。



「リュージュさま。ボクは王子なんです。はやく一人前にならないとダメなんです。だからもっともっと、がんばらなきゃいけないのに……できないボクが悪いんです」



 まっすぐに視線を向けてくる。


 フィフィ君の言葉を否定するのは簡単だった。

 同時に、簡単に否定してはいけない言葉だと、察した。

 たぶんそれはこの子を支える、この子をこの子たらしめている信念なのだ。



「フィフィ君は、男だね」


「え、あ、う……」



 あ、フィフィ君の顔が真っ赤に。

 照れ顔かわいい――だめだいけない。こんなとこロマさんに見つかったら「このモノホンめ」って言われる。いや、口にしてはまだ言われたことないけど。



「でも、フィフィ君が体を損ねたら、わたしは悲しい。それはフィフィ君が情けなくてじゃない。母として、フィフィ君の痛みを自分の痛みのように感じて――悲しいの。きっとそれは王様もおなじだよ」



 フィフィ君はよくわからないというような。

 わからない事が歯痒いような。そんな表情になる。



「あとは……病気のときくらい、わたしに甘えてくれたら、うれしいかな。わたしはフィフィ君に、甘えてほしいから」



 そう言って、微笑みかける。

 ちょうどそのとき、ロマさんが帰って来た。

 手にはおかゆと薬湯。そして、最後の言葉だけ聞いてたのか、「このモノホンめ」という表情。



 ――過程を! ちゃんと過程を見て判断してください!



 それから。

 恥ずかしがるフィフィ君に、むりやり「あーん」しておかゆを食べてもらいました。

 薬湯を飲むと、じわりと汗をかいていたので、「体を拭いてあげようか?」と言ったら、さすがにロマさんからストップがかかりました。でも止める時の焦りっぷりには、ちょっと傷つきます。わたしはショタコンモノホンじゃありません。いや本気で。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ