表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/74

13 親子の絆と贈り物



 さて、皆さま。

 贈り物、と聞いて、いったいどんなものを思い浮かべるでしょうか。

 奇麗にラッピングされ、リボンをかけられた箱に入った、たいていは送られた人が好きなもの。

 あるいは、入学時なら万年筆、成人祝いなら腕時計、バレンタインデーのチョコレートや、母の日のカーネーションなどの、定番の品物をイメージする人が大半なのではないでしょうか。


 わたしの場合は、あれです。おもち。

 おじさん、いまどき、ことあるたびに祝いにおもちって、なんの意味があるんですか。焼いてくれるのはいいけどそんなに食べられないです。上手に焼けたからってドヤ顔やめてください。あと実の娘が「嫌味か!? 膨らまないわたしに対する嫌味かこれ!?」と毎回派手にキレてます。


 そういえばわたしは膨らみました。ごめんね、かもちゃん。


 というのはさておき。



「フィフィ君に贈り物をしたいです!」


「は?」



 昼下がり、王妃の居室。

 椅子に座ったわたしの唐突な言葉に、ロマさんは眉を顰めた。不審者を見る目だ。違うんです。







「で、王妃様はなんの意図があって、王子に贈り物をしたいのですか?」



 フィフィ君が王子になったので、フィフィ君に対する呼称が変わってるのはさておき。



「わたしの好意を示すために」


刑吏ポリスメンを呼んできます」


「ちがう。ロマさん違います。下心があるわけじゃないです」



 真顔で言ったロマさんに、強く主張する。

 いや、本気で言ったわけじゃないだろうけど、油断してたら、本当に警察に行きそうな油断ならない雰囲気が、ロマさんにはあるのだ。



「そうじゃなくて……フィフィ君がわたしの息子になったでしょ? そのお祝いというか、わたしが贈った品物を、フィフィ君に肌身離さす持っていて欲しいというか」


「下心があるわけじゃない、とは……」



 ロマさんが「これだからモノホンは」みたいな表情で引いてる。違うんです。



「地蔵菩薩です。あるいは聖ハーリティーです」


「地蔵菩薩は知りませんが……聖ハーリティーに勢いつけてぶん殴られますよ」



 ロマさんの、わたしに対する評価が厳しすぎて悲しい。



「まあ、それは置いておいて……ロマさん、フィフィ君への贈り物は、どんなものがいいと思う?」


「棚に上げるの間違いでは……逆にお聞きしましょう。王妃様は、どのような贈り物が良いと思われますか?」



 ロマさんに尋ね返されて、はて、と首をひねる。

 この世界ではどんな贈り物が喜ばれるのか、いまいちピンとこないけど。



「――ちなみに、下手なものを贈ると、王子が亡くなります」


「なんで!?」


「贈り物にはそれぞれ意味があり、物によっては、『自殺しろ』という意味になることもあるのです」



 ……おおう。



 そういえば、古代中国でも、「死者に鞭打つ」とか「日暮れて道遠し」の故事の主役、伍子胥ごししょが、主君から剣を賜って自殺させられたとかなんとか。


 ……いま、物を贈るハードルが、一気に富士の高みにまで達した気が。



「さて、王妃様、王子に、なにを贈られますか」


「うーん……」



 ものすごく悩む。

 剣は、伍子胥の逸話があるから避けたい。

 ハンカチは……「手布てぎれ」が「手切れ」に通じてダメなんだっけ?

 花は……ダメだ。こっちでも、きっと種類ごとに意味があるだろうから、うかつに選べない。



「……指輪、とか?」


「なぜ数ある無難な物を選ばずそれを選んだのか。そしてなぜよりによって、ご自分の左手薬指にはまった指輪を示して見せたのか。わたくしにはそれがわかりませんちくしょう」



 ロマさんの顔に「モノホンのくせにちくしょう」って書いてある。



「で、ロマさん。指輪を贈るとどんな意味になるんでしょうか?」


「指輪の種類にもよりますが、おおむね愛情や庇護を示します」


「じゃあ、贈りものの選択としては悪くない?」


「正直重いです……まあ、王妃様の場合、身分も相まって、なにを贈っても意味が重くなるのですが……王妃様の普段が普段ですので、よけいに重いです。貞操の危機を感じる重さです」


「ひどい風評被害だ!?」



 たしかにフィフィ君のことは、ものすごく好きだけど、あくまで息子としてだ。

 性的にどうこうしたい、なんて考えたことはない。というか元男だし、そんな発想自体なかった。



「わたしがフィフィ君にしたいことなんて、せいぜい頭をなでなでしたいとか、ぎゅっとハグしたい程度だよ!」


「どこに間違った風評があるというのですか」



 ロマさんはあくまで譲らない。

 ちょっと血の繋がりがないからって、男女視点で見すぎじゃないだろうか。



「愛が理解されない……」


「理解したくない種類の愛もございます」



 言わんとするところは、変態趣味は理解できない。



「変態じゃないです。親子の情です」


「……王妃様は」



 ロマさんが、ため息をついた。

 面に浮かぶのは、純粋な困惑。



「――王妃様は、会ったばかりの、血も繋がらないあの子に、本当に親子の情を抱いているというのですか?」



 わからない、とロマさんはつぶやいた。

 揶揄も皮肉も感じない。本当に理解できないのだろう。



「うーん……たしかに、フィフィ君とは会ったばかりで、愛情を育む時間はなかった。血も繋りみたいな特別な絆もない。親子関係に対する憧れで突っ走ってるって言われても、否定できないかな」



 けっこう強い愛情を抱いてるつもりだけど、心でも読まない限り、理解はされないだろう。

 というか情熱を込めて語っても引かれるだけな気がする。「コイツ……モノホンが極まってやがる」って感じで。



「親子関係に対する憧れ……ですか」


「うん。わたし、両親居なくて、そういうのに飢えてたから」


「そうですか」



 わたしの言葉を、ロマさんはすんなりのみ込んだ。

 憐れみも同情もない。ごくごく平凡な事実を聞いたように……というのは、ふさわしい比喩なのだろう。


 憐れむには。

 同情するには。

 肉親の死なんて、戦乱の渦中では、きっとありふれていたのだ。



「わたくしにも親兄弟が居りませんが」



 だから、ロマさんは、あたり前のようにそう言った。



「――義理の親子兄弟の関係に、あこがれたりはしませんわ。ですので、王妃様のお言葉は、わたくしにとって、少々理解しがたく思います」


「理解できないなら、仕方ない。人それぞれだろうし」



 わたしが思い描く親子関係なんて、あくまでわたしの理想でしかないのだ。ロマさんに押し付けるものじゃない。



「でも、わたしはそういうのにあこがれてて、わたしがフィフィ君に抱いている――抱きたいと思っているのも、親子の情なんだって、それだけは、誤解してほしくないかな」



 わたしはロマさんに想いを伝える。



 ――いちいちショタコンあつかいされるのも、つらいものがあるし。



 わりと切実な本音である。


 ロマさんは、わたしの言葉を噛みしめているのだろう。しばし視線を宙に定めて。



「王妃様の想い、聞かせていただきました。やはりわたくしには理解できませんが……見守らせていただきます」



 それは、いいとこ好意的な中立宣言。

 わたしの気持ちを受け入れてくれたわけでも、わたしの意見を認めてくれたわけでもない。


 でも、なぜだろう。

 ロマさんが初めて、こちらに歩み寄ってくれた気がした。


 だからわたしは、笑顔で言葉を返す。



「うん。この感情が親子の愛情ほんものだってこと、これからずっと、示し続けてみせるよ」



 それから。

 ロマさんと相談して、筆を贈ることにした。

 勉学に励んでいるフィフィ君にはぴったりだ。

 墨や硯でもよかったのだが、あまり高級な墨だと、勉強に使うのが躊躇われるし、硯は、それなりのものを持ってるだろうし。



「ありがとうございます! もっと、もっともっと勉強がんばらなきゃです!」



 張りきるのはいいけど、フィフィ君、無理しないでね。

 ちょっと疲れてるみたいだけど大丈夫? 膝枕する? それともマッサージしようか?


 ……ロマさん。違うんです。そんな目で見ないでください。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ