13 親子の絆と贈り物
さて、皆さま。
贈り物、と聞いて、いったいどんなものを思い浮かべるでしょうか。
奇麗にラッピングされ、リボンをかけられた箱に入った、たいていは送られた人が好きなもの。
あるいは、入学時なら万年筆、成人祝いなら腕時計、バレンタインデーのチョコレートや、母の日のカーネーションなどの、定番の品物をイメージする人が大半なのではないでしょうか。
わたしの場合は、あれです。おもち。
おじさん、いまどき、ことあるたびに祝いにおもちって、なんの意味があるんですか。焼いてくれるのはいいけどそんなに食べられないです。上手に焼けたからってドヤ顔やめてください。あと実の娘が「嫌味か!? 膨らまないわたしに対する嫌味かこれ!?」と毎回派手にキレてます。
そういえばわたしは膨らみました。ごめんね、かもちゃん。
というのはさておき。
「フィフィ君に贈り物をしたいです!」
「は?」
昼下がり、王妃の居室。
椅子に座ったわたしの唐突な言葉に、ロマさんは眉を顰めた。不審者を見る目だ。違うんです。
◆
「で、王妃様はなんの意図があって、王子に贈り物をしたいのですか?」
フィフィ君が王子になったので、フィフィ君に対する呼称が変わってるのはさておき。
「わたしの好意を示すために」
「刑吏を呼んできます」
「ちがう。ロマさん違います。下心があるわけじゃないです」
真顔で言ったロマさんに、強く主張する。
いや、本気で言ったわけじゃないだろうけど、油断してたら、本当に警察に行きそうな油断ならない雰囲気が、ロマさんにはあるのだ。
「そうじゃなくて……フィフィ君がわたしの息子になったでしょ? そのお祝いというか、わたしが贈った品物を、フィフィ君に肌身離さす持っていて欲しいというか」
「下心があるわけじゃない、とは……」
ロマさんが「これだからモノホンは」みたいな表情で引いてる。違うんです。
「地蔵菩薩です。あるいは聖ハーリティーです」
「地蔵菩薩は知りませんが……聖ハーリティーに勢いつけてぶん殴られますよ」
ロマさんの、わたしに対する評価が厳しすぎて悲しい。
「まあ、それは置いておいて……ロマさん、フィフィ君への贈り物は、どんなものがいいと思う?」
「棚に上げるの間違いでは……逆にお聞きしましょう。王妃様は、どのような贈り物が良いと思われますか?」
ロマさんに尋ね返されて、はて、と首をひねる。
この世界ではどんな贈り物が喜ばれるのか、いまいちピンとこないけど。
「――ちなみに、下手なものを贈ると、王子が亡くなります」
「なんで!?」
「贈り物にはそれぞれ意味があり、物によっては、『自殺しろ』という意味になることもあるのです」
……おおう。
そういえば、古代中国でも、「死者に鞭打つ」とか「日暮れて道遠し」の故事の主役、伍子胥が、主君から剣を賜って自殺させられたとかなんとか。
……いま、物を贈るハードルが、一気に富士の高みにまで達した気が。
「さて、王妃様、王子に、なにを贈られますか」
「うーん……」
ものすごく悩む。
剣は、伍子胥の逸話があるから避けたい。
ハンカチは……「手布」が「手切れ」に通じてダメなんだっけ?
花は……ダメだ。こっちでも、きっと種類ごとに意味があるだろうから、うかつに選べない。
「……指輪、とか?」
「なぜ数ある無難な物を選ばずそれを選んだのか。そしてなぜよりによって、ご自分の左手薬指にはまった指輪を示して見せたのか。わたくしにはそれがわかりませんちくしょう」
ロマさんの顔に「モノホンのくせにちくしょう」って書いてある。
「で、ロマさん。指輪を贈るとどんな意味になるんでしょうか?」
「指輪の種類にもよりますが、おおむね愛情や庇護を示します」
「じゃあ、贈りものの選択としては悪くない?」
「正直重いです……まあ、王妃様の場合、身分も相まって、なにを贈っても意味が重くなるのですが……王妃様の普段が普段ですので、よけいに重いです。貞操の危機を感じる重さです」
「ひどい風評被害だ!?」
たしかにフィフィ君のことは、ものすごく好きだけど、あくまで息子としてだ。
性的にどうこうしたい、なんて考えたことはない。というか元男だし、そんな発想自体なかった。
「わたしがフィフィ君にしたいことなんて、せいぜい頭をなでなでしたいとか、ぎゅっとハグしたい程度だよ!」
「どこに間違った風評があるというのですか」
ロマさんはあくまで譲らない。
ちょっと血の繋がりがないからって、男女視点で見すぎじゃないだろうか。
「愛が理解されない……」
「理解したくない種類の愛もございます」
言わんとするところは、変態趣味は理解できない。
「変態じゃないです。親子の情です」
「……王妃様は」
ロマさんが、ため息をついた。
面に浮かぶのは、純粋な困惑。
「――王妃様は、会ったばかりの、血も繋がらないあの子に、本当に親子の情を抱いているというのですか?」
わからない、とロマさんはつぶやいた。
揶揄も皮肉も感じない。本当に理解できないのだろう。
「うーん……たしかに、フィフィ君とは会ったばかりで、愛情を育む時間はなかった。血も繋りみたいな特別な絆もない。親子関係に対する憧れで突っ走ってるって言われても、否定できないかな」
けっこう強い愛情を抱いてるつもりだけど、心でも読まない限り、理解はされないだろう。
というか情熱を込めて語っても引かれるだけな気がする。「コイツ……モノホンが極まってやがる」って感じで。
「親子関係に対する憧れ……ですか」
「うん。わたし、両親居なくて、そういうのに飢えてたから」
「そうですか」
わたしの言葉を、ロマさんはすんなりのみ込んだ。
憐れみも同情もない。ごくごく平凡な事実を聞いたように……というのは、ふさわしい比喩なのだろう。
憐れむには。
同情するには。
肉親の死なんて、戦乱の渦中では、きっとありふれていたのだ。
「わたくしにも親兄弟が居りませんが」
だから、ロマさんは、あたり前のようにそう言った。
「――義理の親子兄弟の関係に、あこがれたりはしませんわ。ですので、王妃様のお言葉は、わたくしにとって、少々理解しがたく思います」
「理解できないなら、仕方ない。人それぞれだろうし」
わたしが思い描く親子関係なんて、あくまでわたしの理想でしかないのだ。ロマさんに押し付けるものじゃない。
「でも、わたしはそういうのにあこがれてて、わたしがフィフィ君に抱いている――抱きたいと思っているのも、親子の情なんだって、それだけは、誤解してほしくないかな」
わたしはロマさんに想いを伝える。
――いちいちショタコンあつかいされるのも、つらいものがあるし。
わりと切実な本音である。
ロマさんは、わたしの言葉を噛みしめているのだろう。しばし視線を宙に定めて。
「王妃様の想い、聞かせていただきました。やはりわたくしには理解できませんが……見守らせていただきます」
それは、いいとこ好意的な中立宣言。
わたしの気持ちを受け入れてくれたわけでも、わたしの意見を認めてくれたわけでもない。
でも、なぜだろう。
ロマさんが初めて、こちらに歩み寄ってくれた気がした。
だからわたしは、笑顔で言葉を返す。
「うん。この感情が親子の愛情だってこと、これからずっと、示し続けてみせるよ」
それから。
ロマさんと相談して、筆を贈ることにした。
勉学に励んでいるフィフィ君にはぴったりだ。
墨や硯でもよかったのだが、あまり高級な墨だと、勉強に使うのが躊躇われるし、硯は、それなりのものを持ってるだろうし。
「ありがとうございます! もっと、もっともっと勉強がんばらなきゃです!」
張りきるのはいいけど、フィフィ君、無理しないでね。
ちょっと疲れてるみたいだけど大丈夫? 膝枕する? それともマッサージしようか?
……ロマさん。違うんです。そんな目で見ないでください。