11 王子フィフィ
さて。皆さま。
王子、と聞いて、皆さまどんな人物を思い浮かべるでしょうか。
白馬の王子様、なんてのは、少々古めかしい王子様像ではありますが、世の女性であれば、誰しもあこがれるものではないでしょうか。
元男性といたしましては、百年戦争のエドワード黒太子とかハル王子のように、戦場で活躍する王子様にあこがれる気持ちが強いです。
ところで、王子とは、おおむね二通りの意味で用いられる。
ひとつは、王の男子。
もうひとつは、王族の男子。
この国において、王子は一人しか居ない。
王様の甥であるフィフィ君で、この場合後者の意味の王子である。
そしてこの度、前者の意味でも、フィフィ君は王子になった。
国王と王妃の養子として、契約の上で正式に認められたのだ。
つまりは。
「ついにフィフィ君がわたしの息子に! やったー!」
夜。王様の寝室。
ふたりきりになったので、気兼ねなく喜びを爆発させる。
ロマさんの前でやると、「やっぱこいつモノホンだわ」って視線で見られて辛いのだ。
バンザイの姿勢のまま、ぼふり、とベッドに身を沈めると、王様と目が合った。
「待て、リュージュ。お前の、ではない。俺たちの息子だ。そこを間違えてはいけない」
王様が、真剣な表情で親権を主張する。
「わかってる。パパはお兄さんでいい。わたしはママだから」
たしかに、元男であるところのわたしは、母性だけでなく父性をも有しているかもしれない。
フィフィ君のママであり、同時にパパになることも出来るかもしれない。そういった関係に興味がない、といったら嘘になる。
でもまあ、お兄さんのフィフィ君に対する、ちょっとキモめの執着……もとい愛情も知ってるし、パパ役はお兄さんで異存ない。
わたしはママとして、フィフィ君を思う存分甘やかしたり甘えてもらったりするのだ。うふふ。
「……時折不安になるのだが、お前のそれは、家族の情で済ませていいものなのか?」
「地蔵菩薩です。地蔵菩薩的神の愛です」
あらぬ疑いをかけられたので、わたしは強く主張する。
あたり前だが、意味が通じなかったらしく、お兄さんは首をかしげた。
「その、地蔵菩薩というのはなんなのだ」
「……子供の守り神的な?」
「なるほど。聖ハーリーティーのようなものか」
と、勝手に納得するお兄さん。
ハーリティーって鬼子母神だっけ? 仏教の、子供の守り神の。
なんでこっちの世界の聖人になってるんだ。ひょっとして白の聖女さん(戦国武将)の仕業なのか。いや、偶然の一致って可能性もあるかもだけど。
「たぶんそんな感じ。だからわたしは大丈夫。むしろ客観的に見るとお兄さんがだいぶ怪しい」
フィフィ君のこと語るとキモくなるし。
フィフィ君の肖像画を肌身離さず持ってるし。
「いや、しかしだな、リュージュ。フィフィは、俺にとって大切な血縁なのだ。大事に思って悪いということはないだろう」
お兄さんも、自覚はあったのだろう。すこし動揺した様子で自己弁護する。
「んー、まあ、そうだけど……肉親の情を通り越して恋愛感情に見えるレベルだし」
「恋愛感情ではない。聖ハーリティー的な愛情だ」
お兄さんはそう主張した。
どうでもいいけどハーリティーって女神だから、フィフィ君に母性的な愛情を向けていると主張してるみたいでキモイよね。
◆
お話ししているうち、夜も更けて、就寝の頃合いになった。
「寝るか」
お兄さんは言ってベッドにもぐりこんで来た。
天蓋付きの広いベッドは、ふたり並んで寝ても、まだ余裕がある。
――これだけ広かったら、フィフィ君も加えて川の字になって眠れるなあ。
なんてことを思ってみたり。
下心はないです。むしろ下心を出すなら、かわいい女の子といっしょに寝たいです。
そうじゃなくて、家族いっしょに寝るってシチュエーションにあこがれるというか。
「――あ」
と、唐突に気づいて、思わず声が出た。
「どうした、リュージュ?」
お兄さんが、背中越しに声をかけてくる。
「なんでもない。ちょっと気づいちゃっただけ」
「なんにだ?」
「わたしがフィフィ君を可愛がりたいって思う理由」
わたしはフィフィ君に親愛の情を抱いている。
フィフィ君がいい子で、まっすぐで、一生懸命で、接していて癒される。そんな子だから。
そして、たったいま気づいた。
わたしはフィフィ君に、親愛の情を越えた感情を持ちたいと、願っているのだと。
義理の親子関係でも、親でありたいと。
親としてフィフィ君を愛したいと、願っている。
それは……わたしが両親を失い、親の愛に飢えていたからだ。
「わたしが、ママになったから。わたしが母親に求めていたすべてを与えたくて仕方ないんだ」
そう考えると、わたしってちょっとマザコン気味なんじゃないかと気づかされる。ちょっとヘコむ。
くつくつ、と笑い声が漏れてきた。
後ろ姿で表情はわからないが、きっとお兄さんが笑いをかみ殺しているのだ。すごく楽しそうな声音だし。
「安心しろ。俺も似たようなものだ」
お兄さんはこちらに背を向けたまま、そう言った。
そうか。お兄さんもいっしょなのか。
お兄さんのフィフィ君に対する行動は、お兄さんが親にやってほしかったことなのか。
「――えっ」
思わずドン引いてしまった。
「お兄さん、パパに、自分の肖像画を肌身離さず持ち歩いたり、キモイレベルで執着してほしかったの?」
「……気のせいか、捉え方に悪意があると思うのだが。それを言うならリュージュ、お前のフィフィに対する執着も、客観的にはたいがいだぞ」
うん。なんというか、もっと自分を客観視したほうがいい気がしてきた。
まあ客観視すると「モノホンかこいつ」みたいな、ロマさんのあの表情になるんだろうけど。
「……まあ、愛に飢えていた人間の、不器用な愛情表現だよね」
「そうだな。多少不器用ではあるが、たしかに愛情なのだ」
「あくまで地蔵菩薩的な」
「うむ。聖ハーリティー的な」
わたしとお兄さんの間で、妙な協定が妥結された気がするのは、さておき。
後日、わたしと国王陛下は、フィフィ君と会う機会を得ました。
「陛下の養子としてはずかしくないよう、もっともっとがんばります」と意気込むフィフィ君の立派な態度に、わたし感動を覚えました。
ですが、同時に不満もあります。
立派なのはいいですが、もうすこし甘えてくれてもいいのに、と。
はあ、フィフィ君に甘えられたい。