10 武将ヒャッハー
さて、皆さま。
武将、と聞いて、はたしてどんな人物を想像するでしょうか。
吠え声ひとつで戦場を圧する、豊かな髭を蓄えた巨漢か。鋭い槍の穂先のごとく、戦場を疾駆する美丈夫か。はたまた飄々とした、任侠の渡世人のごとき壮士か。
いずれにせよ、好漢と呼べるような快男児を連想するのではないでしょうか。
わたしが想像していたのはあれです。関羽とか張飛とか趙雲。
三国志の武将達って雄度が高くて憧れるよね。わたしは雄度を喪失しちゃったけど。物理的に。せめて心の雄度は大事にしたいと思う今日この頃です。
というのはともかく。
この国の武将といえばヒャッハーです。
叫びまくり暴れまくりのノーマナーなアウトローどもです。
三国志よりは梁山泊とか、なんなら北斗の拳に出てるほうが似合う物騒な方々です。
なので。
「ああ、アネさんじゃねえか! なにかようか!?」
タメ口がいっそすがすがしい。
気分は異文化コミュニケーションです。
◆
さて。落ちついて考えよう。
わたしは、フィフィ君とヒャッハーたちの交友関係について心配があって、彼との接触を図ったわけである。
会う約束を取り付けて、となると大事になるし、そもそも彼らは明日のことなど考えないイメージがある。種モミとか即日食べてしまいそうな。
なので、王宮の庭を散策しつつ、偶然を装って、ヒャッハーの一人に声をかけたわけである。
もちろん先日フィフィ君に、慣れ慣れしく声をかけていた個体だ。声がいっしょだから間違いない。
近くで見ると迫力がある。
全身これ筋肉って感じの巨体に、厳つい顔。
ぼさぼさ頭に無精ひげ。なぜか上半身裸で、ズボンだけ妙に上等っぽいのが違和感ありまくりだ。
「用、というわけでもございませんが……いつもフィフィ君がお世話になっております」
「あん? ふぃふぃ?」
よくわからない、というように首をかしげるヒャッハー。
どうしよう。すでに挫折しそうなんだけど。
ちらっとロマさんに視線をやったら「こっちみんな」とばかりに無反応。
従者さんはなにやら葛藤してる。たぶんタメ口を咎めたものか迷ってるんだと思うので、視線で「スルーしてて」と伝えておく。
「王様の甥っ子です」
「大将の? ああ、ボウズのことか!」
デフォルトでボウズ呼ばわりですか。
というか、ちゃんとフィフィ君を王族だって認識してるんだろうか。ものすごく怪しい気がする。
「気にしなくていいぜアネさんよー! おれっちはいっつもヒマだからよお! いっしょに遊んでるだけだぜ―!」
気のいい様子で、さわやかに応えるヒャッハー。
でも面魂が凄まじいので、普通の人にとっては、スゴまれてるのと変わらない気がします。
「そうですか……あなたと遊んでいる時の、フィフィ君のお話を、聞かせてもらっていいですか?」
「ボウズはちっちぇーからな! オモチャみてーな剣で遊んでるけど本気だから楽しいぜー!」
えーと。
これ、どう翻訳したらいいんだろう。
この人からしたら稽古なんて遊びで、でも本気で遊んでるから相手してて楽しい、とかそんな感じ?
一生懸命、剣の練習してるってことでいいのかな?
「大丈夫? 怪我とかしてないです?」
「ああ、まだ指や耳は落としてねえぜー!」
え、どういうこと?
そのレベルじゃないと怪我じゃないってこと?
ものすごく不安になって来るんだけど。
「ヒャッハッハ! アネさんは心配しすぎだぜ! 傷は男の勲章だぜー!」
言って、なぜかサイドチェストのポーズをとるヒャッハー。
いや、たしかにあなたの体は傷だらけだし、それがよく似合ってると思う。元男として、その論調にうなずきたくはあるけど、フィフィ君は例外だと主張したくなる。地蔵菩薩としては。
「まあ、ボウズはやりすぎるとこあるからなあ! でも年上のおれっちがちゃんと面倒みるから大丈夫だぜー!」
年上というけど、精神年齢ならフィフィ君の方が上、まである気がする。いや、心遣いは本当にありがたいんだけど。
「――ありがとうございます。あなたがいい人そうでよかったです」
ともあれ、話してみてわかった。
この人は、すくなくともフィフィ君やわたしには、善意で接してくれている。
ロマさんが「マジかお前」みたいな顔になってるけど、顔で差別するのはよくないと思います。
「ヒャッハッハ! いい人とか言われたのは初めてだぜー!」
あ、照れてる。顔は相変わらず怖いけど雰囲気でわかる。
「でも、気をつけなよアネさん! おれっちこう見えても戦場で100人以上ぶっ殺してるんだぜー!」
こう見えてもなにも、戦場往来のヒャッハー以外の何者にも見えないんだけど。
「戦場では知りませんが、わたしにとって、いまのあなたはいい人に見えますよ」
にこりと笑う。
というか戦乱の世で、殺生したから悪人とか言ってたらきりがない。
快楽殺人者でもないかぎり、わたしのまわりに実害はないだろうし、そもそもいまいち実感がない。
そのあたり、わたしは平和ボケなんだろう。
まあ、たんにヒャッハーの真似をしすぎて、親しんじゃっただけかもしれないけど。
最近はロマさんが「ひょっとして生粋か」って顔になるほど、熟練してきてます。
「まじで? おれっちいい人? モテる?」
「モテないんですか?」
この場所に居るってことは、彼もそれなりの身分なのだろう。
甲斐性ある男って、基本モテるものだと思うんだけど。顔は……まあ、頼りがいのありそうな顔してるし。
「おモテになりそうなのに」
「ならよ、アネさん! おれっちに嫁さん紹介してくんねえかなあ? おれっちもう18になるしよ、嫁さん欲しいんだよ!」
え? 18?
すみません。30くらい行ってると思ってました。お兄さんより年下だったのか。
しかし、お嫁さんが欲しいと言われても困る。
あたり前だけど、妙齢の女性のあてがさっぱりない。
だけど、嫁の仲介って、やっておいて損はない気がする。コネ強化的な意味で。
「お嫁さん、と申しましても……わたしの知人で未婚の女性といえば……」
と、思い当って視線を後ろに。
視線がロマさんとぶつかる。
ロマさんは「正気か」と言わんばかりに眉を顰める。
ヒャッハーはわたしに視線をやって、それからロマさんに視線を移して。ちょっと困ったように口を開いた。
「いや、おれっち嫁さんの胸は、アネさんくらいないと……」
ロマさんが、自分の胸に視線を落とす。
ロマさんの胸は平坦だった。よく水が流れそうな立て板である。
わたしは視線を正面に戻した。
ぺったんな胸にコンプレックスを持っている彼女が、こんな侮辱を受けたらどうなるか。考えるまでもない。
幸いにして、わたしは彼女の表情を見ずに済みました。
しかし、よほど恐ろしかったのでしょう。ヒャッハーさんは、それはそれはみごとな土下座をかましました。
申し遅れましたが、このヒャッハーさん、名前をジャックといい、赤将軍の異名を取る猛将とのこと。
赤将軍といえば、披露宴で決闘騒ぎを起こした片割れだ。
おまえだったんかい。
ちなみに赤将軍の赤は、赤裸の赤らしいです。