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10 武将ヒャッハー



 さて、皆さま。

 武将、と聞いて、はたしてどんな人物を想像するでしょうか。


 吠え声ひとつで戦場を圧する、豊かな髭を蓄えた巨漢か。鋭い槍の穂先のごとく、戦場を疾駆する美丈夫か。はたまた飄々ひょうひょうとした、任侠の渡世人のごとき壮士か。

 いずれにせよ、好漢と呼べるような快男児を連想するのではないでしょうか。


 わたしが想像していたのはあれです。関羽かんうとか張飛ちょうひとか趙雲ちょううん

 三国志の武将達って雄度オスどが高くて憧れるよね。わたしは雄度を喪失しちゃったけど。物理的に。せめて心の雄度は大事にしたいと思う今日この頃です。


 というのはともかく。

 この国の武将といえばヒャッハーです。

 叫びまくり暴れまくりのノーマナーなアウトローどもです。

 三国志よりは梁山泊りょうざんぱくとか、なんなら北斗の拳に出てるほうが似合う物騒な方々です。


 なので。



「ああ、アネさんじゃねえか! なにかようか!?」



 タメ口がいっそすがすがしい。

 気分は異文化コミュニケーションです。







 さて。落ちついて考えよう。

 わたしは、フィフィ君とヒャッハーたちの交友関係について心配があって、彼との接触を図ったわけである。

 会う約束を取り付けて、となると大事になるし、そもそも彼らは明日のことなど考えないイメージがある。種モミとか即日食べてしまいそうな。


 なので、王宮の庭を散策しつつ、偶然を装って、ヒャッハーの一人に声をかけたわけである。

 もちろん先日フィフィ君に、慣れ慣れしく声をかけていた個体だ。声がいっしょだから間違いない。


 近くで見ると迫力がある。

 全身これ筋肉って感じの巨体に、厳つい顔。

 ぼさぼさ頭に無精ひげ。なぜか上半身裸で、ズボンだけ妙に上等っぽいのが違和感ありまくりだ。



「用、というわけでもございませんが……いつもフィフィ君がお世話になっております」


「あん? ふぃふぃ?」



 よくわからない、というように首をかしげるヒャッハー。


 どうしよう。すでに挫折しそうなんだけど。

 ちらっとロマさんに視線をやったら「こっちみんな」とばかりに無反応。

 従者さんはなにやら葛藤してる。たぶんタメ口を咎めたものか迷ってるんだと思うので、視線で「スルーしてて」と伝えておく。



「王様の甥っ子です」


「大将の? ああ、ボウズのことか!」



 デフォルトでボウズ呼ばわりですか。

 というか、ちゃんとフィフィ君を王族だって認識してるんだろうか。ものすごく怪しい気がする。



「気にしなくていいぜアネさんよー! おれっちはいっつもヒマだからよお! いっしょに遊んでるだけだぜ―!」



 気のいい様子で、さわやかに応えるヒャッハー。

 でも面魂つらだましいが凄まじいので、普通の人にとっては、スゴまれてるのと変わらない気がします。



「そうですか……あなたと遊んでいる時の、フィフィ君のお話を、聞かせてもらっていいですか?」


「ボウズはちっちぇーからな! オモチャみてーな剣で遊んでるけど本気だから楽しいぜー!」



 えーと。

 これ、どう翻訳したらいいんだろう。

 この人からしたら稽古なんて遊びで、でも本気で遊んでるから相手してて楽しい、とかそんな感じ?


 一生懸命、剣の練習してるってことでいいのかな?



「大丈夫? 怪我とかしてないです?」


「ああ、まだ指や耳は落としてねえぜー!」



 え、どういうこと?

 そのレベルじゃないと怪我じゃないってこと?

 ものすごく不安になって来るんだけど。



「ヒャッハッハ! アネさんは心配しすぎだぜ! 傷は男の勲章だぜー!」



 言って、なぜかサイドチェストのポーズをとるヒャッハー。

 いや、たしかにあなたの体は傷だらけだし、それがよく似合ってると思う。元男として、その論調にうなずきたくはあるけど、フィフィ君は例外だと主張したくなる。地蔵菩薩としては。



「まあ、ボウズはやりすぎるとこあるからなあ! でも年上のおれっちがちゃんと面倒みるから大丈夫だぜー!」



 年上というけど、精神年齢ならフィフィ君の方が上、まである気がする。いや、心遣いは本当にありがたいんだけど。



「――ありがとうございます。あなたがいい人そうでよかったです」



 ともあれ、話してみてわかった。

 この人は、すくなくともフィフィ君やわたしには、善意で接してくれている。


 ロマさんが「マジかお前」みたいな顔になってるけど、顔で差別するのはよくないと思います。



「ヒャッハッハ! いい人とか言われたのは初めてだぜー!」



 あ、照れてる。顔は相変わらず怖いけど雰囲気でわかる。



「でも、気をつけなよアネさん! おれっちこう見えても戦場で100人以上ぶっ殺してるんだぜー!」



 こう見えてもなにも、戦場往来のヒャッハー以外の何者にも見えないんだけど。



「戦場では知りませんが、わたしにとって、いまのあなたはいい人に見えますよ」



 にこりと笑う。

 というか戦乱の世で、殺生したから悪人とか言ってたらきりがない。

 快楽殺人者でもないかぎり、わたしのまわりに実害はないだろうし、そもそもいまいち実感がない。


 そのあたり、わたしは平和ボケなんだろう。

 まあ、たんにヒャッハーの真似をしすぎて、親しんじゃっただけかもしれないけど。

 最近はロマさんが「ひょっとして生粋か」って顔になるほど、熟練してきてます。



「まじで? おれっちいい人? モテる?」


「モテないんですか?」



 この場所に居るってことは、彼もそれなりの身分なのだろう。

 甲斐性ある男って、基本モテるものだと思うんだけど。顔は……まあ、頼りがいのありそうな顔してるし。



「おモテになりそうなのに」


「ならよ、アネさん! おれっちに嫁さん紹介してくんねえかなあ? おれっちもう18になるしよ、嫁さん欲しいんだよ!」



 え? 18?

 すみません。30くらい行ってると思ってました。お兄さんより年下だったのか。


 しかし、お嫁さんが欲しいと言われても困る。

 あたり前だけど、妙齢の女性のあてがさっぱりない。

 だけど、嫁の仲介って、やっておいて損はない気がする。コネ強化的な意味で。



「お嫁さん、と申しましても……わたしの知人で未婚の女性といえば……」



 と、思い当って視線を後ろに。


 視線がロマさんとぶつかる。

 ロマさんは「正気か」と言わんばかりに眉を顰める。


 ヒャッハーはわたしに視線をやって、それからロマさんに視線を移して。ちょっと困ったように口を開いた。



「いや、おれっち嫁さんの胸は、アネさんくらいないと……」



 ロマさんが、自分の胸に視線を落とす。

 ロマさんの胸は平坦だった。よく水が流れそうな立て板である。


 わたしは視線を正面に戻した。

 ぺったんな胸にコンプレックスを持っている彼女が、こんな侮辱を受けたらどうなるか。考えるまでもない。


 幸いにして、わたしは彼女の表情を見ずに済みました。

 しかし、よほど恐ろしかったのでしょう。ヒャッハーさんは、それはそれはみごとな土下座をかましました。


 申し遅れましたが、このヒャッハーさん、名前をジャックといい、赤将軍の異名を取る猛将とのこと。

 赤将軍といえば、披露宴で決闘騒ぎを起こした片割れだ。


 おまえだったんかい。





 ちなみに赤将軍の赤は、赤裸の赤らしいです。




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