09 それぞれの友人関係
さて、皆さま。
人間だれしも、交友関係というものがございます。
家庭であったり、学校であったり、会社であったり、ネットであったり、様々な場所を介して、人と人は繋がりあうものです。
わたしも、元居た世界では学校があり、寮があり、そこで様々な繋がりを持っていました。
ですが、世界を隔てて新たな人生をスタートさせた現在、すべてはリセットされてしまいました。
そして。
いきなり夫が出来ました。
王妃になって、息子が出来ます。
侍女がついて、たくさんの家臣やヒャッハーが周りを取り巻いてます。
ちょっと飛ばし過ぎじゃないでしょうか。
ついていけません。ロケットスタートにもほどがあります。
せめてもうちょっと手加減を、と天に願ってみたり。
叶うあてはありません。
◆
「ねえ、ロマさん」
朝。王妃の寝室。
ゆったりとした服を着て、ラジオ体操をしながら、側に立つロマさんに声をかける。
「なんでございましょうか。王妃様」
運動するわたしに、「見せつけてんのかテメエ」みたいな顔を向けながら、ロマさんが返事する。
最近ロマさんはあきらめたのか、「ロマとお呼びください」とは言ってくれない。ちょっとさみしかったり。
「最近フィフィ君はどう? 元気にしてるかな?」
「この間会ったばかりでしょう」
この間といっても、一週間くらい前になるのだけど。
まあ、元居た世界とは生活サイクルがぜんぜん違うから、時間感覚も違うのかもしれない。
離れた距離の相手と文通なんかすると、月単位の間隔で手紙をやりとりすることになるんだし。
「それに、わたくしに尋ねられても困りますわ。様子を尋ねてきてくれ、というのなら、承りますけれど」
まあ完全に管轄違いだしね。
侍女ネットワークで何か知ってないかな、と思ったんだけど。
「ロマさん、他の侍女とお話とかしないの?」
「わたくしが?」
ロマさんが「なに言ってんだこいつ」みたいな表情になったけど、キミがなに言ってんだ。
「え? 雑談とか、うわさ話とか、そんなことしないの?」
「用に使うことはありますが、雑談などはいたしませんわね」
「……ロマさん、ぼっちなんだ」
「ぼっち?」
「友達居ないってこと」
そう言った瞬間。ロマさんの顔が引きつった。
「ななにをおっしゃってますのやら。お友達くらい居りますわ」
ロマさんが明後日の方向に目を逸らしてる。
あからさまに嘘だ。
でもこれ追求しちゃダメなやつだ。
「うん。そうだね。そういえばロマさん、話が逸れちゃってたけど、またフィフィ君の近況を――」
「なぜ話を変えたんですの!? 気を遣われることなんてわたくしにはありませんわ! お、お手紙を! お友達からのお手紙を! いますぐ、証拠に持って来ますからっ!」
「ロマさん、落ちついて」
「だいたいっ! 王妃様こそお友達なんて居ないでしょう! だからフィフィ君フィフィ君と、幼い子供に構おうとするんですわ!」
ものすごい勢いで風評被害である。
わたしはショタコンじゃないです。ただのフィフィ君の母です。
「いや、元の世界にはちゃんと居たし。桃園の誓いもかくやって感じの。断金だか断袖だかって感じの」
言ってからなんだけど、断袖はなにか違う意味だった気がする。たしかボーイズラブ的な意味だったような。そんな関係はなかったです。
「いま現在居ないのならいっしょですわ!」
いっしょ、という時点でなんだか語るに落ちてる気がするのだが、どうだろうか。
「……ロマさん。友達になろう?」
「同情は結構ですわっ!」
わりと本気だったんだけど、ロマさんが意固地になってて、ダメだった。
◆
ドタバタの内に体操を終えて、朝食の時間になった。
テーブルに並べられたのは、パンとごはんとチーズとスープ。
なにやら和洋が悪魔合体を起こしてる、というかなぜ炭水化物を重複させたと突っ込みたいが、あいにくこの世界は和でも洋でもない。でもこれ絶対白の聖女さんが持ちこんだ食文化だろ。
「いただきます」
「ちゃんとお祈りしてくださいまし」
手を合わせて箸を手に取ったところで、突っ込まれた。
しまった。わかってはいても、習慣というものは、なかなか治らない。
「日々の糧に、感謝と、祈りを」
あらためて、数語、お祈りの言葉を唱える。
似たり寄ったりの短さで、正直たいして変わらない気がする。
ロマさん曰く、本式の祈りはもっと長いんだけど、この国じゃ食前の祈りだけじゃなく、祈りも儀式も全般的に簡略化されてるらしい。それでいいのか宗教。だから生まれるのかヒャッハー。
ともあれ、食事にとりかかる。
そういえば食事は基本、各人が私室で取るのだが、王宮の大人数だと、一か所で食べる方が効率がいいんじゃないかと思う。それなら食事の度にフィフィ君に会えるし。
なんてことを考えながら、ゆっくりと食事を済ませる。
いいタイミングでお茶を出されたので、ほっと一息。
「……そういえば、ロマさん。ちょっと聞いていい?」
「友達の事以外ならば」
「いや、聞きたいのは、まさに友達に関することなんだけど……」
「王妃様はわたくしを弄るおつもりですか」
恨みがましそうな目をしないでください。怖いので。
「違う違う。ロマさんのことじゃなくて、フィフィ君のこと。フィフィ君に友達って居るのかなーって」
「すくなくとも、学友はおられません。王宮に同年代の子供もおりませんし、なかなか難しいのでは――いえ」
話している途中に思い当たることがあったのか、ロマさんがふわりと両手をあわせる。
「強いて言うなら、あの無礼者たちが友人と呼べるのでは?」
いや。
いやいや。
いやいやいや。
たしかに。フィフィ君はヒャッハーたちに武術の指導受けたりしてて親しそうではあるし、精神年齢も似たようなものなんだろうけど。
そのとき、外から叫ぶような声が飛びこんできた。
「ヒャッハー! ボウズ! 今日も剣で遊ぼうぜー!」
……うん。
「とりあえず、いまの声は覚えた。ちょっと顔と一致させてきます」
「粛清ですね」
「違うから。心配だから見守るだけだから」
物騒なことを言い出すロマさんに、そう言い置いて、部屋を出る。
どう考えても問題のある、この環境。
父親と、一度きちんと相談しなくては、とあらためて決意いたしました。
とりあえず、母親と一緒に暮らせるようにするといいと思います。
ロマさん、「やっぱりこいつモノホンじゃねーの?」みたいな顔するのはやめてください。