00 華燭の典
さて、皆さま。
王宮での宴、と聞いて、はたしてどんな光景が思い浮かぶでしょうか。
巨大かつ壮麗な大広間。
それを彩る、きらびやかな装飾に調度類。
世界中の食材を集め、一流の料理人が腕を凝らした、素晴らしい料理の数々。
洗練された音楽が流れる中、豪奢な衣装に身を包んだ貴族たちが、広間の随所で、教養豊かな会話を楽しんでいる。
そんな光景を思い浮かべる人が多数派でしょう。
いや、そうでなくては嘘だ。わたしもそう信じてた。
ましてやこれは結婚を祝う、お披露目の宴で。
その主役は、大陸に冠たる日輪の王国を再興した、偉大なる英雄王で。
参加者には、王とともに戦った名将、豪傑たち。あるいは王を後背より支えた名だたる名臣、謀臣たちが名を連ねている。
物語に残るような。
英雄譚の一幕となるような。
のちに神話として語り継がれるような。
そんな素晴らしい宴になることを、期待するのがあたり前ではないか。
だが、現実は残酷である。
「ヒャッハー! 今日は大将のめでてえ宴だぜーっ!」
「飲むぜー! 歌うぜ―! 脱ぐぜ―!」
奇声が上がる。野蛮な言葉が飛び交う。
酒樽を抱える者、調子の外れた歌を歌い出す者、脱ぎ出す者までいる。
披露宴会場の大広間は、完全にチンピラどもの飲み会場と化していた。
「あ? てめえナニ肩ぶつけてやがんだ!? あ?」
「うっせーな! やんのか? あん?」
信じられないことに、喧嘩し始める者まで居る。
お願いだから、もうすこし自制心というものを持ってほしい。
もちろん、全部が全部そんな人間じゃない。
身なりの整った、一見まともな者も、少なくない。
まあ、本当にまともなら、チンピラ達の奇行をあたり前のように受け入れはしないだろうが。
「静粛に! 皆さま静粛に! 喧嘩しないで!」
と、運営側の人間なのだろう。
少壮の官僚さんが声を張り上げた。
よかった。さすがにまともな人間もいた。
「あ? 文官風情がなに上等くれてんだ?」
「うるさいっ! 黙って言うことを聞け! こちとら交渉のために、敵陣に単身乗り込んだことも一度や二度じゃねえんだ! 脅してどうにかなると思うな三下がぁ!」
どうしよう。運営側の人間すら喧嘩を始めちゃったぞ。
「――この荒くれどもがぁっ!! すこしは身を慎まんかあっ!!」
怒号が広間を震わせ、一瞬、あたりが静まり返った。
どこぞの将軍が怒鳴ってくれたんだろうと思って目をやると、宰相閣下だった。
婚儀の式では、物静かで威厳のある感じだったんだけど、大広間の惨状に、ぶち切れ遊ばされたのだろう。すごく怖い。
「はっはっは、あいかわらずおっかないねえ……お、こりゃあ王妃殿下、御機嫌うるわしゅう! 大将も、結婚おめでとうございやす!」
大将軍閣下。一人で宴を満喫してないで、みんなを止めてください。
騒ぎを起こしているのは、ほとんど武将連中――あなたの部下なんですから。
あとこっちくんな。
宰相閣下が、人を殺せる目でこっち見てて、すごく怖いから。
心の中でツッコミを入れまくるが、いつまでたってもツッコミ終わらない。
なんだこれネタのオンパレードか。ヘッドなのか。うちの王様はチーム日輪の初代ヘッドなのか。いやわたしまでボケてどうする。
「いえー! アネさんいえー!」
「大将ー! あっちの将軍と、ちょっくら決闘することになっちまったんで、立ち会ってくんねえかなあ!?」
喧嘩どころか決闘まで始める気か!?
さすがにこの二人は、怒髪天を衝いた宰相閣下によって、会場から放り出された。
この宴に呼ばれてるくらいだし、あんなのでも身分は高いんだろうになあ。片方将軍だし。
「ほう……“赤将軍”と“旋風”の一騎打ちですか。これは観に行かねばなりませんな」
「では、赤将軍に黄金10両」
「それならば、こちらは旋風の勝利にフォルムの黒碗を」
賭け始めんなし。
貴族然としてる君たちは、チンピラよりはマシだと思ってたのに!
「しかし残念ですな。妻同伴でなかったら、首を突っ込んでいたのですが」
「もっとももっとも」
おまえらもかい。
お前らも同類だったんかい。
奥様方、ストッパー役ありがとうございます。
奥様方は、このチンピラの飲み会場では一番まともだ。
挨拶も丁寧だし、振る舞いも披露宴という場にふさわしい。
だけど、いかんせん数が少ない。
参加者の平均年齢が低く、未婚の人間が多いからかもしれないが、女性自体があんまり居ない。
「この料理んめなぁ~」
「あら、本当に。ねえねえ奥さま、こちらもどうかしら?」
そして数少ない奥様方は、仲間同士で自分たちの世界を作っていて、ヒャッハーどもに対しては不干渉を決め込んでいる。
料理と音楽と、ついでに広間だけはまともだから、そうするのが正解なんだろう。
わたしもそっちに行っていいですかダメですね知ってます。
「大将方ぁ! どうですか宴の料理は! 拙が自ら腕を振るった甲斐があったというものでしょう!」
いや料理人が出てきちゃダメだろ。
あっ、この人一応領主さまなんですか失礼しました。
なんで領主さま自ら料理してるんだそういう文化なのか。
「ヒャッハー!」
「ヒャッハー!」
「ヒャッハー!」
お前らこっちくんな。
集団でこっちくんな。
泥酔した状態でこっちくんな。あと脱ぐな。
奥様方が憐れむような視線を送ってるぞ。理由は言わずもがなです。
突っ込みどころは尽きないけど……こんな宴が延々と続く。
日を改めても続く。
数日がかりで続く。
新たなヒャッハーたちもやってくる。
そんな状態なので、わたしは消耗した。
それはもう、心身ともに消耗して、ヤツらの奇行に、心の中でツッコむことすら出来なくなるくらいに。
そんな時、声を聞いた。
「――陛下、リュージュ様……」
声変りもしていない、幼い声だった。
おや、と我に返って見ると、声の主は幼い少年だった。
年のころは十歳過ぎか。
金髪にブラウンの瞳の、かわいらしい男の子。
身なりは整っていて、しかしまだ服に着られているといった風情。
「このたびは、まことにおめでとうございます」
そんな男の子の、精一杯の祝福に、心の底から癒された。
――ああ、少年。誰だか知らないけど、君だけが救いです。
「話していた甥だ。近々我々の息子になる。かわいがってやってくれ」
国王陛下の言葉に、わたしはぱあっと視界が明るくなるのを感じた。
――かわいがるよ! こんないい子かわいがらないわけないよ! わたしの心の救世主だよ!
「もちろんです――よろしく、お願いしますわね」
わたしは今日一番の笑顔を、将来の息子に向けた。
さて、皆さま。
すでにお気づきの事かと思いますが、あらためて自己紹介させていただきます。
わたしの名はリュージュ・センダン。
この披露宴の主役たる、王の花嫁であり……実は、気がついたら女の子になっていた、元日本の男子高校生、なのでございます。
……どうしてこうなった。
新連載です。
更新はゆっくりになると思いますが、よろしくおつき合いください!