エルフは剣を使わない
――ある街の酒場にて、エルフを見かけた。
端正な顔立ちの若そうな男で、剣草のような長く尖った耳と、深緑の髪が彼がエルフであることを主張していた。
酒場の娘達もチラチラと視線を投げかけたり、ヒソヒソと楽しげに話しているが、当のエルフはそれを意にも介さない。
深い森に住むエルフがこんな都会にいるのは珍しい、そう思って飲み仲間に何が目的でここに来たかの賭けを持ちかけた。
やれ自分探しだの、小銭稼ぎだの、勉強だの、適当な予想が飛んで行く中、俺はエルフの持ち物を見る。
服装は旅装、長旅に耐えられるであろうヒューマン作の旅装だ。
エルフがテーブルの脇に置いているのはバックパックもそうだが、よく見れば作りの良い鞘に収められた刃物があった。
複雑な細工が成され見るからに高級そうな鞘に収められた剣を見て、俺はニヤリと笑い彼が用心棒だと予想する。
勝利を確信し、酔いが回って推理のできない飲み仲間を残し席を立ち、エルフの元へと答え合わせへと向かう。
「良い剣を持っているな。 アンタ、用心棒か何かかい?」
そういう風に俺が尋ねると、酒とつまみでちびちびと一杯やっていたエルフはこちらを見た。
俺の赤らんだ顔や汚れた服装、ボロボロになったブーツを見て一仕事終えて酔った冒険者だと気付き合点がいった様子で、
質問に対して静かに答えた。
「いいや、私は剣を使わない。 私の武器はコレだ」
そう答えられ、一本の長い棒を見せられる。 なんだこりゃ? 木の棒か?
その棒は握りやすい太さで長く、槍の柄のようにも見える。
これが武器になるとは到底思えず、俺は不思議そうな顔をした後、酔っていることもあり大声で笑った。
こんなものが武器になる訳がない。 その腰に下げた剣は飾りか? と大笑いしながら声を上げる。
「なら、試してみるか? 少し時間を持て余しているんだ」
酒を一口飲みながら、エルフが告げてきた。
仮にも冒険者の戦士として、ここで引き下がるなんて事は頭からすっぽ抜けて了承。
酒代を払い表に出て、木刀か何かを用意しようとするが「真剣でいい」と言われ、使い慣れたロング・ソードを抜く。
対してエルフは、腰に下げた剣を外し、先程の長棒を両手で剣を持つように構えた。
審判を申し出た飲み仲間が、千鳥足で店の入口に立つと、試合開始を告げる!
俺とエルフの間には、10歩分の距離があった。 まずは小手調べにと剣の腹を向けた状態で右に構え、横殴りを仕掛ける。
エルフは長棒の上端に左手を、下端に右手を滑らせ、棒を立てて身体の右横に付けると、後ろに下がり回避した。
避けるならばと返しの左殴りを打ち込もうとして、相手の右手が棒の中ほどに滑り、棒先が真後ろ向いている事に気付く。
相手が既に振り上げ、反撃の姿勢についている事に気付いた俺は、急遽予定を変更して剣を振り上げる。
棒の攻撃は思ったよりも重かったが、所詮は木造の棒をエルフの膂力から放つものなので難なく弾く事に成功した。
さて、追撃するか仕切り直すか――そう思った所で弾かれた棒の柄頭が顔面に伸びてきて直撃、俺はモロに喰らう。
顔面を突かれた俺は何が起きたかを確認する。 術に優れるエルフが魔法の類でインチキをした可能性も考える。
だが、そんなことは一切なく、棒を頭上から斜め下に構え左手で中ほどを、右手で上端を持ったエルフの姿があった。
どうやら弾かれた直後、こちらが次の行動に移るよりも先に右手を棒先に滑らせ、下端の方で顔面を突いてきたようだ。
――これは思ったよりも手練れだな。 そう気付いた俺は後退りながら大上段に構え、剣を振り下ろす。
だが、振り上げた剣が振り下ろされることはなく、俺の斜め前一歩の距離に詰めたエルフの棒先が手元を抑えていた。
振りかぶった瞬間、振り下ろす前の速度が乗っていない瞬間に手元を抑えられた俺は、
一歩下がって体制を立て直しつつ、片足蹴りを見舞おうと足を引く。
だがその隙を逃さず、手元を抑えた棒先が跳ね上げられ、剣を持った両の手が上がる。
ガードの無い俺に向け、棒の中ほどと下端を握った左右の手が顔面とみぞおちに迫って来、俺を押し飛ばした。
それからしばらく戦ったものの、序盤でペースを崩されたこちらの攻撃は尽くが避けるか防ぐかされ、
反対に相手の放った反撃は的確に俺に命中し、酔いが覚めるほどボコボコにされることとなる。
主に顔と腹を何度も打たれ、遂に倒れた俺は降参を宣言した。
「まいった、アンタ強いな。 これほどの実力があるなら、さぞ高名な用心棒なんだろうな」
俺が賞賛の言葉を送ると、エルフは酒場の娘――いつの間にか来ていた――から渡された布で汗を拭く。
そして汗を拭き終え、棒を地面に突くと驚くべきことを告げた。
「いいや、私は用心棒ではなく料理人だ。 今の杖術は極東で料理の修行ついでに学んだ」
その一言で周囲の者の顔が驚愕の色に染まる。 本職の戦士を相手にただの料理人が終始圧倒したのだ。
エルフは外した剣を手に取ると、鞘から抜いて見せる。 そこには見事な仕上がりの刃物――長包丁があった。
「この街では明日に料理大会が開かれると聞いた。 私はそこで包丁を振るい、猪料理を振る舞うつもりだ」
エルフを除き周囲の時間が驚愕で止まっていると、酒場の前の道を馬車に載せられた巨大な猪が通過する。
既に仕留められ息絶えた猪は、下手なモンスターよりも巨大であり、マトモな刃物は通りそうもない。
まるで見事な剣のような巨大な包丁で捌くのはこの猪。 その事に変に納得してしまった。
「明日の料理大会ではコレを捌く様をお見せする。 良ければ見に来て欲しい」
エルフはそう言うと酒場の娘に金貨を渡して勘定を済ませ、馬車と共に酒場を後にする。
後にはポカンとした顔の酒場の客と娘、予想が外れて笑いながら酒を飲む飲み仲間、ボコボコにされた俺だけが残った。
杖術をテーマにした習作のプロトタイプとして作成したものの、
オチが料理人だったり杖描写の甘さ等、やはり難点は多くなってしまった一作です。
でもそんなことはいいんだ、杖術は身体鍛えられるしやってて楽しいし強いから流行れ