プロローグ〜初出勤の日〜
カツッカツッと靴音が響く。薄暗い廊下を一つの人影が進む。
時折歩みを止めながらも着実に目的の場所へと近づいていく。距離にすればほんの数十Mの廊下を5分以上も掛け目的地へと辿り着いた。
とりわけこの人物が体力的に問題があるわけではない。単純に目的地へ着くのを少しでも遅らせたいがためである。
しかしながら、悪足掻きをするにも限界が来ようとしていた。目的の場所、廊下の突き当たりにある部屋の扉の前に立ち、強く願う。
( ああ、どうか噂は嘘であってください そうでなければ、少しでもマトモな部署であってください‼︎)
そんな淡い期待を胸に抱き、いざドアに手を伸ばしと勢いよく押しひらく。と同時に ギャアアー という悲鳴が聞こえてきた。
………なんだコレは?
そんな疑問が頭に浮かぶ。今の目の前にある状況を理解しようと頭を必死で回す。
なんで会社に下着姿の男性が倒れているのか。そして、そのそばで肩を上下に震わせる女性は一体何なのか。
そんな事を考えていると、肩を上下に震わせていた女性がこちらに気づき問いかけてきた。
「ああ。君が今日からここに配属される子かな?」
その言葉が 自分に向けてのものだとすぐに気づく事ができず、返答に少し間が空いてしまったが、なんとか頷くことに成功した。
「そうか。」と、問いかけてきた女性は呟く。そして、未だに足下で倒れたままになっている男性を踏みつけ、こちらに近づいてきた。
「初出勤がこんな状況ですまない。」そう言って苦笑を浮かべながら謝ってきた。
「私はこの部署の人間ではないのだが、所用があってね。」 それで立ち寄っていたんだ。と彼女は話した。
そんな彼女の言葉を聞きながら、私はチラッと彼女の後ろでピクリとも動かないでいる彼に目線を動かしてみた。
私の視線がどこに向かっているのかを、対面している彼女はすぐに察してくれたようで、気になるよね。と言った表情でこちらを見る。
こちらも表情とアイコンタクトのみで、気になります。と伝えてみると、彼女はおもむろに倒れている彼の元へと足向け、歩き出す。そして、彼の頭部に彼女の爪先が当たるか当たらないか位まで近づくとゆっくりと足上げ、思いっきり踏みつけた。ゴリッと言う嫌な音が床と踏みつけたられた頭部から聞こえてきた。
「ンゴオッ !」
こえにならない声で、反応が返ってきた。男性が目を覚ましたことが確認できると、彼女は足を頭から離す。
ヨロヨロと痛みに耐えながら周囲を見やる男性に向かって加害者である女性はこう告げる。
「いつまで寝んだこのクズが‼︎」そう言って、いまだに頭部へのダメージが抜けきらないだろう男性へ蹴りを放つ。見事なまでの回し蹴りが起き上がりかけていた彼の鳩尾に突き刺さった。
フワリ、彼の体が宙へ浮いた気がした。しかし、それはほんの一瞬のことで次の瞬間には彼の体はゆっくりと床に落ちていった。
「さて、いろいろと聞きたい事も歩るだろうけれどひとまず自己紹介させてもらうわね。」
蹴りを放ち、こちらへ振り返りながら彼女はそう切り出す。
「私は吉野。吉野恵だ。さっきも話したがこことは別の部署で働いてる。ここにはたまに顔を出す位なのだが、今日から同じ会社の仲間となるわけだ。これからよろしく」
そう言ってこちらに手を差し出してきた彼女、いや吉野さんはとても良い笑顔をしていた。思わず同性の私も目を奪われしまった。
慌てて手を握り返し、私も自己紹介を始める。
「は、はじぇめまして。」 噛んだ。第一声で思いっきり噛んでしまった。記念すべき入社後初の自己紹介で。あまりの恥ずかしさに顔が熱くなってくる。吉野さんの方を見るとクスクスと笑っている。
ますます顔が熱くなってきた。がしかし、こんなことでへこたれてはいられない。というより、この部屋に入って来てからコッチ、ずっと訳の分からない状況に振り回されっぱなしなんだ。いまさら恥をかいたところで自分にとってこの状況がどうなる事もない。
そうして自分に言い聞かせ改めて口を開く。
「初めまして。本日よりここUMA対策課に配属されました。矢澤八重です。よろしくお願いします。」
これが私のこれから始まる社会人生活の第一歩となる。そんな記念すべき朝の事だった。
………もっとも、直接の上司に当たる人がこの時吉野さんの蹴りで完全に気を失っていたので後日改めて挨拶を交わし、そこでもまた一悶着あったのだけれど、それはまたいつか機会に話そう。
ともかく、こうして私の社畜人生が幕を開けたのだった。