02(あとがきにお知らせ追記中)
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望を見送ってから、イリスは嘆息した。少し怒らせてしまったかもしれない。だが、イリスとしてはこの距離感がちょうどいいのだ。
隣に座る女神は、フィアからおかきをもらって美味しそうに食べていた。威厳も何もないが、最初から女神はこういう人だ。
この世界に来る前。女神はイリスの元を訪ねてくると、何故かとても悲しそうな笑顔を浮かべていた。しかしまるで見間違えかのように、すぐに女神の表情は朗らかな笑顔になっていた。取り繕ったような笑顔にも見えるが、神という立場になれば色々とあるのだろう。イリスが関与するべきことではないはずだ。
その後、遊びに来ましたという女神を連れて、この世界に来た。本当の用件は別にあるだろうが、必要なら彼女から切り出すだろう、と。
そしてそれは、思いの外早く訪れた。
「そろそろいいでしょう」
不意に女神はそう言うと、軽く手を振った。それだけで、周囲から音が遠ざかる。結界魔法か何かを使ったのかもしれないが、それを感じ取ることすらイリスにはできない。
「これが格の違いってやつかー」
「いえ、あの、そんな大したものではないですよ? イリスにもがんばればできます」
「んー……。結界でそんなにがんばる必要性が見つからない……」
「さりげなく私を否定してませんか」
じっと見つめてくる女神から目を逸らす。女神は小さくため息をつくと、咳払いをした。真面目に話すという意思表示だろうか。イリスも姿勢を正しておく。
「魔族と龍人族に接触したようですね。しかも、人族との和解の手伝いをするようで」
「なんでもう知ってるの? まだ一日も経ってないよ?」
「精霊たちはどこにでもいます。彼らが見聞きすることなら、私は全て知っていますよ」
「あー……。そうだったね……。すごすぎて忘れてたよ……」
意図的に精霊を追い出すような結界を作らない限り、女神にはあらゆる情報が筒抜けとなる。女神が介入してくることは、ほとんどないので気にする必要はないのだが。
「えっと、引き受けたらだめだった?」
わざわざこうして女神が来たことを考えると、おいそれと引き受けて良いものではなかったのかもしれない。それならそれで断りに行かないと、と考えていると、女神は優しげな笑顔で首を振った。
「いえ。イリスがそうしたいと思うなら、あなたのやりたいようにやりなさい。致命的な間違いになることを怖れる必要はありません。何が起ころうとも、私とレジェディアが責任を取りましょう」
「いいの……? 本当に、やりたいようにやるよ?」
「はい。どうぞ」
実は女神が来た時から内心で怒られるのではと、ちょっとだけひやひやしていたのだが、杞憂だったらしい。
――本当にいいのかな。女神からお墨付きもらっちゃったけど。
――うん。いいんだよ、イリス。イリスのやりたいようにやればいいよ。
――ん……? ハルカ、何か知ってる?
――知ってる。
少しだけ、イリスは目を見開く。この会話も聞いているだろう女神は薄く微笑むばかりで、何も言ってはくれない。この二人は何かしら繋がっているらしいが、それを説明してくれるつもりはないようだ。
――まあ、最終試験というか、確認というか、そんなものだね。がんばれー。
――軽いなあ……。
ハルカののんびりとした口調に呆れつつ、少し心が軽くなった。二人が止めないのならば、本当に好きにさせてもらおう。
「では先にレジェディアに報告しましょうね。投げることは投げて、自分でやることは自分でやりましょう」
「はーい。フィア、行くよ」
フィアに声をかける。返事がない。気が付けば、いつの間にか机に顎をのせて眠っていた。
「この子は私が見ておきます。起きたら、私が責任を持って果て無き山に送り届けましょう」
「ん。ありがと。じゃあ先に行くよ。望にも伝えておいて」
「はい。いいですよ」
なんだか本当に協力的だ。イリスとしてはとても助かるから文句はない。
それじゃあ、と軽く手を振って、イリスは黒い穴へと転移した。
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イリスの転移を見届けて、女神は小さく嘆息した。色々と思うところはあるようだが、あの様子なら大丈夫だろう。
隣で眠る、イリスが庇護する少女を優しく撫でながら、女神は軽く手を振って結界を解除する。急速に音が戻ってきた。無音から音が戻ると、途端に騒がしく感じられる。この世界はあまりにも騒がしすぎて、女神はあまり好きではない。
だが、女神が担当する世界と比べると、様々な点で進んでいることは確かだ。そのことについては、この世界の神は女神よりも優秀なのだろう。その代わりに、多くの爆弾を抱えていることもまた事実ではあるが。
ただ、この世界との関わり合いについては、もう今の女神が考えることではないだろう。引き継ぐことになるのは申し訳ないが、この先については次の女神が考えればいい。
「作ってきたぞ……、ん? イリスは?」
考え事をしていると、望が戻ってきた。その望に、女神は言う。
「先に戻りました。あの子には少し仕事がありますので」
「ああ、そうなのか。あいつもカレーライス、好きなんだけどな。とりあえず、ほら」
「ありがとうございます」
目の前に置かれるカレーライス。女神はこの世界の、この国の作法にのっとり、手を合わせて感謝を捧げる。いただきます、と告げて、スプーンで口に運ぶ。ひりひりとした辛みがちょうどいい。肉や野菜も柔らかく、食べやすい。イリスが気に入るのも分かるというものだ。
これを食べると、イリスが至高の料理と評価しているオムライスも気になる。レジェディア曰く、確かに美味しいが至高と言われると何とも言えないらしいが、食べれば分かることだろう。機会があれば、イリスに、というよりもハルカに作ってもらおう。
食べ終えて、手を合わせる。ごちそうさまでした、と望に言えば、ああ、と短い言葉が返ってきた。
「それで? 俺にも何か話があるのか?」
「はい。あなたに言うべきか、楠家の皆様の方がいいのかと悩みましたが、イリスが深く付き合っているのはあなたなので、あなたに言うとします」
首を傾げる望に、女神は頭を下げた。驚き目を丸くする彼へと、続ける。
「あなたの友人を、楠遙を私の世界の事情に巻き込んだことを、深くお詫び致します。全てのことが終われば、あの子の魂を体に戻して返すつもりではあったのですが……」
そのために彼女の体は女神が預かっている。この世界でいくら探しても、見つかるはずのないことだ。
「お前のせいなのか?」
望の目が剣呑に細められる。女神は言い訳をするつもりもなく、頷いた。
だが、彼女の意志だけは伝えておかなければならない。
「私たちが望み、そして楠遙が了承したことです」
望が絶句するのが分かる。あの少女はイリスにすら自身の役目を伝えていないようなので、彼が知らないのも当然だ。そして女神も、そこまで説明するつもりはない。必要なら、いずれ全てを知ることになるイリスがするだろう。
「全ては、あの子の成長のためです」
言えるのは、ただこれだけだ。
「そう、か……。ハルカが納得してるなら、俺からは何も言えないな……」
望が苦笑する。色々と言いたいことはあるだろうし、彼の心から様々な罵詈雑言が聞こえるが、口には出さずにいておいてくれるらしい。その気遣いに感謝する。
「これだけは教えてほしい。どうしてそこまでイリスのことを気にするんだ?」
「あら。あなたもあの子のことを気に掛けてくれているようですけど」
「まあ、ハルカが関わってるし、面白いからな」
望が薄く微笑む。あの子のことを大事に思ってくれているのだろう。ありがたいことだ。
「娘のことを気に掛けない親がいますか?」
女神がそう言うと、望がぽかんと間抜けに口を開けた。思考が真っ白になっている望をおもしろく思いながら、女神は続ける。
「私の名はアイリスレティア。イリスは、女神である私と龍王レジェディアの子です」
壁|w・)シリアル警報。
さて、皆様、明けましておめでとうございます。
今年ものんびりまったり、よろしくお願い致します。
予約を忘れてたとかそんなことはなくてですね。
あれですほら。忘れてたんじゃないんです。失念していたんです。
……次回更新は3日予定。その次4日からまた偶数日に戻します、よー。
※※※お知らせ※※※
更新できていなくて申し訳ありません。
体調が急激に悪化したのと仕事が休めない影響で、ちょいと文字書きに時間が取れません。
体調が整うまで、しばらくの間、1~2週間ほど休ませていただこうと思います。
次回更新までのんびりまったりお待ちいただければと思います、よー。
有言不実行で申し訳ないです……。