閑話
クリスマス。日本の多くの子供がサンタクロースからプレゼントをもらう日。本来は何かの宗教の行事らしいが、子供たちにとってそんなことよりもプレゼントがメインだろう。
新橋家に居候する小さな女の子も、例外ではない。
「良い子にはサンタさんからプレゼントをもらえるからね。いい子でちゃんと寝るんだよ?」
こたつに入りながらフィアを抱きつつイリスが言う。フィアはきょとんと可愛らしく小首を傾げた。
「私は良い子じゃないんじゃないかな……?」
「フィアが良い子じゃないなら世の中の子供全員が悪童だ、そんな世界ぶちこわしてやる」
「やめろばか」
真顔で断言するイリスに望がみかんをむきながら嘆息する。む、と顔をしかめて、イリスが言う。
「ハルカも賛成してくれてるけど」
「止めろ馬鹿!」
真に迫った迫真の演技だ。望はすごい。心配しなくても、そんなことするはずがない。美味しいものが食べられなくなる。
――イリスはぶれないね。
――美味しい以上の価値なんてないからね!
美食が全てである。異論は認めるが受け入れない。
そんなくだらない話をしている間に、美枝が白い箱を持ってリビングに入ってきた。お皿を運んで健一も。ついでに酒を持って秀明も。
美枝は白い箱をこたつの上に置くと、横のふたを開封して中のものを取り出す。入っていたのは、大きなケーキだ。白いケーキで、上には赤い衣服の笑顔のおじさん人形がある。
――おじさん人形って。サンタさんだから。サンタクロース。
――なんてうさんくさい笑顔なんだ。お金のにおいがする。
――どうしよう、否定したいのに、否定しきれない……!
美枝が包丁を使い、ケーキを六等分する。六等分とはいっても、大きさにばらつきがあった。美枝と秀明、望はあまり食べないらしく、小さめだ。その代わりに、イリスとフィア、健一は大きめになっている。特にフィアのものは一番大きい。ついでにサンタ人形もフィアのものにのせられた。
目の前に置かれたそのケーキに、フィアが瞳を輝かせる。なんだこのかわいい生き物は。よし撫でよう。ぎゅっとしよう。
「お姉ちゃん、食べにくいよ」
「あ、うん。ごめん」
怒られた。ちょっとだけしょんぼりしつつ、フィアが手を合わせていただきますをする。にこやかに笑う一同の目の前で、ケーキを切り分けて、食べる。幸せそうに頬を緩めるフィアに、イリスたちも思わず笑顔になる。
「美味しい!」
ぱくぱくと、ケーキを食べていくフィア。イリスも自分のケーキを口に入れる。さすがはパティシエ恵の自信作。ふわふわでとても美味しい。
イリスとフィアがケーキを堪能している間に、続けてお肉が運ばれてきた。クリスマスはチキンを食べるのが定番なのだとか。大きな骨付きのお肉に美味しそうなたれがたっぷりとかかっている。これはきっと美味しい。間違い無い。
ほかほかと湯気の立つチキンが目の前に置かれる。ナイフとフォークを使って、お肉を切り取る。骨がちょっと邪魔だが、望曰く、それがいいとのことだ。意味が分からない。
口に入れる。じゅわりと広がるお肉とたれの味。やはり肉だ。肉は素晴らしい。お肉様だ。
「くりすますっていいね……。おにくがおいしい……」
ふへへ、と笑いながらお肉を頬張るイリス。イリスの中でハルカが若干引いているような気がするが、今更だと思う。
「ところで、フィアはサンタさんに何をお願いしたの?」
健一が聞いて、フォークをくわえたままフィアは首を傾げた。
「えっとね。ずっとお姉ちゃんと一緒にいられますようにって」
「ああもうかわいいなあ!」
イリスがフィアの頭を撫で回すと、フィアが楽しげに笑いながら逃げようとする。いつもの光景に望たちは苦笑しつつ、健一が続ける。
「それはサンタさんに頼むものじゃないような……」
「そうなの? でも他に欲しいものもないし……。それに……」
人のおうちに勝手に入って何かを置いていくような怖い人にお願いしたくないし。
あまりにもあんまりな言葉。望たちが絶句して、イリスもああ、と遠い目をする。日本はとても治安が良い国だ。これはフィアの、異世界人の特有の考え方とも言えるだろう。
当たり前だが、あの村にクリスマスもサンタも存在しない。フィアにとってはサンタクロースは不審者以外の何者でもないのだろう。それでも日本の子供がみんなこぞってプレゼントをお願いすると聞いて、フィアも形にならないものをお願いしたのかもしれない。
サンタクロースという夢は破られる以前に存在しなかった。これが異世界。仕方ないとはいえ、少しだけ悲しくなった新橋家一同である。
「じゃあ私が何か買ってあげる。何がいい?」
イリスがそれならと提案した内容に、フィアはそれじゃあ、と、
「お菓子をお腹いっぱい食べたいな……」
「よし分かった買ってくる」
クリスマスは明日である。すでに日は暮れているが、こんびにというものはまだ開いているはずだ。フィアを膝からどかし、望たちが止める間もなく家を出た。
ちなみに出る直前に自分のチキンとケーキを一瞬で平らげた。美味でした。
・・・・・
翌日。フィアはあてがわれているお部屋で、一人寂しく目を覚ましました。昨日は残念ながらお姉ちゃんは戻ってきませんでした。お姉ちゃんと一緒にいたい、というお願いは叶えてもらえませんでした。ちょっとだけ、寂しいです。
そう思っていたのですが。
「わあ……」
お部屋には大量のお菓子が積まれていました。フィアを囲むように、山盛りになっています。フィアの背よりも高いです。お菓子の詰め合わせとかがたくさんです。夢の国です。少し気を遣ったのか、部屋の出入り口の道は確保されているのがお姉ちゃんらしいです。
フィアが飛び起きてリビングに入ると、朝ご飯のおにぎりを頬張っているお姉ちゃんがいました。
「お姉ちゃん!」
そのお姉ちゃんに抱きつきます。お姉ちゃんはいつもの優しげな笑顔で頭を撫でてくれます。
「お菓子、ありがとう!」
「いいよいいよ。安い買い物だったからね。ただ、早めに穴に入れておくんだよ。保存魔法はかけてあるから、入れるだけでいいからね」
「うん!」
部屋に戻って自分の空間魔法の穴にお菓子を入れていきます。驚いたことに、フィアが作れる空間ぎりぎりの量でした。お姉ちゃんの計算通りなのでしょうか。それは分かりませんが、ともかく、フィアはとても嬉しいのです。お菓子がたくさん食べられます。
フィアはリビングに戻ると、お姉ちゃんに甘えるためにその膝の上に座ります。フィアの定位置です。ここに座ると、お姉ちゃんが頭を優しく撫でてくれます。それがまた、心地良いのです。
「お、フィア。メリークリスマス」
望さんが入ってきました。可愛らしい袋を手渡してきます。なんだろうと思って首を傾げると、望さんは笑いながら言います。
「クリスマスプレゼントってやつさ。サンタは怪しくても、俺たちなら平気だろ?」
「ありがとう!」
確かにサンタさんは勝手にお部屋に入ってくる怪しい人ですが、望さんなら別です。早速開けてみると、ピンク色の可愛らしい手袋が入っていました。
望さんはお姉ちゃんにもあげていました。お姉ちゃんは赤い手袋です。肌身離さずしているマフラーの色に合わせたそうです。
その後も美枝さんと秀明さんにプレゼントをもらいました。それぞれ、毛糸の帽子と耳当てです。これで寒い冬もへっちゃらです。お姉ちゃんも色違いのもので、お揃いでした。
「ああ。あと、フィア。これもあげる」
そう言ってお姉ちゃんが空間魔法の穴から取り出したのは、ピンク色のマフラーでした。
「ハルカから。毎晩こっそり編んでたんだよ」
なんとハルカお姉ちゃんお手製らしいです。いつの間に、と望さんたちも驚いていました。
「うわあ……。ありがとう、ハルカお姉ちゃん!」
「うん。ハルカも嬉しそうに笑ってる。どういたしまして、だって」
みんなからプレゼントももらえて、フィアはとても嬉しいです。なんだかぽかぽかあったかくなっているのを感じながら、フィアはみんなに笑顔を振りまきました。
お揃いのマフラー、帽子、手袋、耳当てをして神社の掃除をしている名物巫女がどこかで話題になったりもしましたが、そんなことはフィアとお姉ちゃんには関係のない話でした。フィアはとても、幸せなのでした。
壁|w・)め、めりーくりすます!(大遅刻)




