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そうだろうと思う。イリスも自分で説明しながらよく分からなかった。
飲めば分かるか、ということで、ドルモアは早速日本酒のパックを開けた。コップに注ぎ、一気に煽る。いい飲みっぷりだ、と言えばいいのだろうか。
「ほう、これはなるほど、強いな……。こちらは……ほほう……」
次にワインのパックを開けてなるほどと頷き、最後にビールの瓶を四苦八苦して開栓して、飲む。ビールを飲んだドルモアは大きく瞳を開けた。どうやらビールを一番気に入ったらしい。
「どれも美味い酒だが、このビールは今までに飲んだことのないものだ。美味い。実に、美味い」
「あはは。また次の機会があれば持ってくるよ」
「是非ともお願いする」
どうやら本当に気に入ってくれたらしい。イリスは笑いながら頷いて、引き受けておいた。
夕食を終えて、イリスとフィアは城の門まで戻ってきた。門は開けず、その前で馬車から降りる。魔王たちも一緒だ。
そろそろ帰ろうかとなった時に、魔王から一つ、ちょっとしたお願いをされたのだ。ドラゴンの姿を見てみたい、と。信じていないわけではなくてうんぬんと何か言っていたが、別に興味本位でも疑惑でも構わない。大した手間ではないのだから。
魔王たちには少し離れてもらって、変身魔法を解く。光がイリスを覆い、すぐにドラゴンの姿に戻った。
「おお……」
「これはすごい……」
魔王たちが口々に感嘆の声を上げる。ちょっとだけ得意げに、イリスは翼を大きく広げた。
「お姉ちゃん! 門の向こう側に見えちゃうよ!」
「おっと」
慌てて翼を畳む。どうせなら飛び回ってあげたいところだが、彼らが王都の住人に説明するのがきっと面倒だろう。
「満足?」
ドルモアへと問えば、深く頷いた。瞳がとても輝いている。子供みたいだな、と思ってしまった。
「生きている間にドラゴンの姿を見られるとは……。魔王をやっていて良かった……」
「大げさだね」
「大げさなものか! 毎日毎日どいつもこいつもお互いを蹴落とすことしか考えていない! ちったあ別のことに力を注げ人族と何ら変わらんだろう阿呆共が!」
「お、おお……。大変なんだね……」
王様はなんだか色々と自由にできる人だと思っていたが、色々とあるらしい。
――組織の頂点ってのは大変なんだよ。
――そうなの?
――多分。ほら、テレビでもどこかの校長先生が倒れて入院したとかやってるでしょ?
――なるほどー。
何となく、例えが小さすぎるような気もするが、きっとそういうことなのだろう。
「それじゃあ私は帰るからね。例の件については、近いうちに連絡するよ」
「ああ。よろしく頼む。またいつでも来てほしい。歓迎しよう」
「気が向いたらねー。王都で買い食いはたまにするかもだけど」
「王都まで来るなら城に来てくれ」
ドルモアがそう言って苦笑しているが、ただ単純に面倒なのだ。のんびり好きなように買い食いができれば満足なのである。
「ファナリルも元気でねー」
「はい! イリス様もお元気で!」
「それじゃ。ほいっと」
フィアを尻尾で軽く持ち上げ、きゃー、と楽しげに笑うフィアを背中に乗せる。かわいい撫でてあげよう尻尾で。
「お姉ちゃん、痛い!」
怒られた。ちょっとだけ落ち込んでごめんと謝っていると、ドルモアたちに笑われたのが分かった。少し恥ずかしくなり、咳払いをして空気を引き締める。効果がなかったような気がするが、気にしない。気持ちが大事なのだ。
「それじゃ。てんいー」
いつもの間延びした声で転移魔法を発動する。ドルモアたちが妙に力の抜けた顔をしていたような気がするが、きっと気のせいだろう。そう考えている間に、イリスは果て無き山に戻ってきていた。いつもの、自分の拠点だ。
「ディアボロ!」
イリスが叫ぶ。ぬっとフィアの影からケルベロスが姿を現した。命じることは、ただ一つ。
「おこた!」
「ただちに」
イリスの背中から飛び降りて、ディアボロがこたつに駆け寄る。コンセントを近場の岩に突き刺す。すぐに温かくなるだろう。
尻尾でフィアを地面に下ろしてやり、イリスも人間の姿になる。こたつに向かいながら、白い箱を空間魔法の穴から取り出した。魔王に渡さなかった最後のスイートポテトだ。イリス自身もやはりもっと食べたいと思っていたので、一個だけ渡さずにおいた。
ついでに日本から持ってきた芋を取り出していく。適当な岩を集めて即席の箱を作り、芋を入れてフタをする。
「ディアボロ」
「お任せを」
すぐにイリスのやりたいを察したのだろう、ディアボロが側まで来て炎を吐き出した。炎により石が真っ赤になるが、溶けない程度の温度にしてくれているらしい。
芋を直接焼いてもいいかと思ったが、表面だけ焼けて中が固いとなっても困るので、この方法を取ってみた。これなら大丈夫、だと思う。
「よろしくねー」
ディアボロへと言うと、炎を吐きながら頷いてくれた。そのまま任せてこたつに入る。白い箱をこたつの上に置いて、さてと一個を取り出した。
「はい。フィア」
「わーい」
嬉しそうに受け取るフィアに頬を緩ませながら、イリスも自分の分を手に取り、口に入れる。ほどよい甘さがちょうどいい。固くもなく、けれど柔らかすぎず、なんとなく焼き芋を食べている気分だ。何が言いたいかと言えば、うまうま。
ゆっくりと味わって、のんびりと食べる。幸せな気分。
しばらくして、ディアボロが焼き上がったお芋を運んできた。すぐにお皿を用意して、こたつの上に置く。その上に、焼き芋がゆっくりと置かれた。湯気の立つ焼き芋からは香ばしい匂いが漂ってくる。暴力的なまでの香りだ。ちなみに焼いた芋はイリスとフィアの好きなねっとり芋。ほくほくも良いが、ねっとりの気分だ。
真ん中で折ろうとするが、中が柔らかすぎるせいかうまく折れない。仕方なく風を少し操り、薄い刃にして両断。片方をフィアに渡して、もう片方はディアボロへ。イリスはもう一個を両断して、改めて口に入れた。
ねっとりと濃厚な甘みが口に広がる。スイートポテトもいいが、イリスとしてはこちらの方が好みだ。天然のスイートポテトという評価も頷けるというものだ。
そうして焼き芋を堪能していると、ハルカから声がかかった。
――堪能してるところ悪いけど、この後はどうするの?
イリスも少し悩んでいる。まだもう少し日本で色々と食べたいところだが、魔王から頼まれたこともある。引き受けた以上はさっさと終わらせてしまいたい。特に龍人族のことについては、早めに対応してあげるべきだろう。過去のドラゴンが明確な原因なのだから。
でもそれでもやはり、欲求は食べ物に傾いている。
――もうちょっと日本で過ごして、その後に行動かな。急かされたわけでもないし、一週間ぐらいはいいでしょ。
――うん。まあ、いいんじゃない?
一週間ゆっくり休んで、それから頑張ろう。
そんなことを考えつつ、もう一口焼き芋を口に入れようとして、
イリスはぴたりと動きを止め、小さくつばを飲み込んだ。冷や汗が頬を流れていく。
「お姉ちゃん?」
「姫様?」
――イリス?
イリスの様子の変化に気づいた三人がそれぞれ反応を示す。イリスは、久しぶりに恐怖を感じながら、黒い穴の方へと振り返った。
そこにいたのは、白いローブに長い銀髪を揺らしている女だった。銀髪、つまりはドラゴンの証。だが、この女だけは数少ない例外だということを、イリスは知っている。
女に気づいたフィアとディアボロは驚いたように目を瞠っている。いつからそこにいたのか、イリスと同じで気が付いていなかったことだろう。
ただ、イリスは彼女が誰かを知っている。何度も一緒に遊んだのだから。
「久しぶり。女神様」
イリスがそう声を掛けると、女神は淡く、悲しげな笑みを浮かべた。
壁|w・)第六話終了。
次は閑話です。クリスマスのお話なのです。