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「龍王様に、ですか……」
「うん。どうしたの?」
「いえ、あの、ですね……。正直に言いますと、怖い、というかですね……」
ファナリルが視線を彷徨わせてそんなことを言う。つまりはイリスとは話しやすいが、龍王と直接会話するのはおそれおおいとか、そんな感じ、だろうか。
――まあイリスとは同じ食卓でご飯を食べてるからね。話しやすいと思うよ。お父さんになると、初めて話す上にドラゴンの頂点。下手に刺激して逆鱗に触れるとどうなるか。
――ふうん……。適当に話せばいいと思うけど。
――それはイリスだからできるのです。
意味が分からないが、そういうことらしい。
「フィア。お父さんって怖いの?」
隣のフィアに聞けば、フィアは首を傾げた。
「怖くないよ? 優しいおじさんだよ」
フィアの龍王に対する認識はそれらしい。おじさん扱いに、父が聞けばどう思うだろうか。
そう思っていると、ドルモアは何とも言えない妙な表情をしていた。
「ん? どうしたの?」
「いえ……。今日一日で、ドラゴンに対する認識が大きく変わっただけです」
「ふうん。まあいいけど」
どのように変わったのかは分からないが、イリスとしてはどうでもいい。
「で、お話は終わり?」
イリスが聞くと、魔王は頷いた。
「私からは以上です」
「うん? じゃあ、ファナリルが何かあるの?」
ファナリルへと視線を向ける。ファナリルはどこか緊張した面持ちながらも頷いた。
「はい。龍人族の代表として、ドラゴンの方々へご依頼したいことがございます」
「ん。なに?」
「ドラゴンとの交流を持たせてください。私たち龍人族は、先祖がドラゴンの方々より強い加護を受けて眷属となった者たちです。今ではもう一人も残ってはいませんが、それでも、親とも言えるドラゴンに会えなくなったことを嘆いておられました」
「へ、へえ……」
――なにやっちゃってんの昔のドラゴン!
――何かしら関係があるだろうとは思ってたけど、納得だね。
イリスが嘆き、ハルカが苦笑する。ドラゴンの特徴があることから関係があるとは思っていたが、まさか加護を与えていたとは思わなかった。しかも強い加護というなら、ドラゴンの特徴が残るのは当たり前だ。
――イリス。説明。
――あー……。まあ、フィアに対してやっちゃった眷属化をさらにひどくしたものだよ。フィアと違うのは、元の種族としての魔力が消えちゃうぐらいにドラゴンの魔力に影響されたってことかな。多分だけど、とてもひどいけが人とかを、加減することなくおもいっきり魔力を叩きつけて治癒したんだと思う。
――なんというやらかし具合。やらかしはドラゴンの伝統なのか。
ハルカの言い様は不服だが、擁護ができない。種族として上書きしてしまうほどなのだから、イリスよりもやらかし具合がひどい気がする。多分、やらかしちゃったドラゴンたちは頭を抱えて呆然としていたことだろう。
ともかく、そんな理由ならイリスが断ることはできない。これも父に丸投げだ。
「私が約束することはできないかな。それもお父さんに聞いておくよ。ただ、うん、色よい返事がもらえるようには、頼んでおくね」
つまりは父に対する強制と同じなのだが、なんだかんだとお父さん大好きなイリスはそんなことに気が付かない。嫌なら断るだろうという認識だ。
「ありがとうございます!」
ファナリルが勢いよく頭を下げる。よほど嬉しいことらしい。イリスにはよく分からないが。
「さて、真面目な話は以上となります。……夕食もコックに腕を振るわせますが、いかがですか?」
「食べる!」
「では用意させましょう。今回は私が食べて回った異種族の料理も再現させます。期待してください」
「へえ……。分かってるね、さすが魔王様」
「ふふふ……。もちろんですとも」
にやりと二人で笑い合う。怪しげな密談のような気配が漂うが、内容はただの夕食に関することだ。
「美味しいご飯?」
「そうだよ。フィアちゃんも期待しててね」
「うん!」
フィアとファナリルももう慣れたものだった。
夕食の準備が終わるまで、イリスとフィアは王都の観光をすることにした。今回は案内役なしで、二人でのんびりと見て回る。この後に夕食があるので、買い食いは控えめだ。その代わりに、望に売ってもらう装飾品などを買い集める。日本での資金を増やすために。
そうして日が落ちるまで観光を続け、すっかり暗くなってからイリスとフィアは転移で戻った。突然食堂に現れたイリスとフィアに周囲は一瞬驚くが、出発前に予め言っておいたので大きな混乱にはならなかった。
食堂のテーブルには、ありとあらゆる料理が並んでいた。見たこともない料理から、何となく見覚えのある料理まで、所狭しと並んでいる。今回もこの中から自由に選んで食べるという形式らしい。
「イリス様の好物が分からないからな。できるだけ多く用意させてもらった」
俺のお勧めはこれだ、とドルモアが取ったのは、大きな肉がごろごろと入ったスープだ。黒いスープで、肉の他にも野菜などが入っているらしい。
――ビーフシチューに似てるね。
――日本にもあるの?
――同じじゃないとは思うけど、似たようなものがあるよ。
イリスもお皿に注いでもらい、飲んでみる。今まで食べたことのあるスープとはまた違った味だが、これはこれで悪くない。いやむしろ美味しい。特に他のスープでは見られない、大きなお肉が気に入った。
「うまー」
機嫌良くイリスが笑うと、ドルモアはどこか安堵したような表情を浮かべた。
「気に入ってもらえて良かった。色々と協力してもらうのに、何もできていないのが気になっていた」
「んー? 気にしなくていいのに。私はこうしてご飯が食べられたら満足だよ」
「ははは……。何となく、イリス様のことが分かってきたよ」
「そう」
そんなに大したものではないと思うのだが。お肉うまうま。
――ところでイリス、お酒は?
――飲まないよ?
――いや、魔王にあげるお酒。
――あ。
そう言えばそんなお酒もあった。日本酒やらワインやらを持ってきていたのに、すっかり忘れていた。このまま渡さずに持って帰ってもイリスは飲まないので、邪魔になるだけだ。
イリスはお皿のスープを飲み干すと、おもむろに空間魔法の穴を作った。ドルモアたちが怪訝そうにして、何人からはあからさまな警戒の色を浮かべる。心配しなくても、毒なんて出さないのだが。
イリスが穴から紙パックに入った酒を取り出していくと、真っ先にドルモアが興味を示した。
「これは、酒精の匂いがするな……。酒か?」
「うん。私は飲まないけど、魔王なら飲むかなって。異世界のお酒。飲む?」
「頂こう」
テーブルに置いた十パックの紙パック。日本酒とワインが半分ずつだ。あとは瓶のビール。こちらは一本だけ。
名称を言ったところで分からないとは思うが、とりあえず教えておく。違いを聞かれたが、飲んでいないイリスに詳しく答えることはできない。望から聞いたざっくりしたものだけを答えておく。
「えっとね。日本酒っていうのが、きついお酒。ワインは果物から作ってるんだったかな? ビールは、麦? そんな感じ? あ、ビールはしゅわしゅわするって」
「はあ……。よく分からんな」
壁|w・)年末年始は仕事が多いので、偶数日更新が途切れるかもしれません。
できるだけ続けたいとは思います、よー。