09
やはり全ての料理が美味しかった。この世界で食べた料理の中では、どれもが一番だと言ってもいいだろう。さすが魔王、良いものを食べている。
そう言うと、ドルモアは苦笑して首を振った。
「今日は特別だ。普段よりも良い食材を使わせている。普段はもう少し質素さ」
「あ、そうなんだ。私は別にそっちでも良かったよ」
「いや。正直に言えば、俺も食べたかった。ドラゴン様を理由にすれば、自然な形で食べられるだろう?」
「ほほう……。策士だね。気持ちは分かる。私は食べられるから満足。えらい」
「お褒めにあずかり恐悦至極」
魔王と二人で笑みを交わす。周囲の多くの人が頭を抱えているが、気にすることはない。この魔王とは気が合いそうだ。特に食べ物に対する情熱は素晴らしい。
「もちろんこの料理だけでなく、王都にも美味しい料理店がいくつもある。昼食後にご案内しよう」
「ほんとに!? それは助かる! いやあ、来て良かったよ!」
人族の街でも買い食いはしていたが、やはり当たり外れというものがある。どうしてこんなものを売っているのかと思えるほど不味いものだったり、単純にイリスの好みとは違うものだったりと。魔王の好みがイリスの好みと合致しているかは分からないが、それでも目安にはなるだろう。
「その代わり、と言ってはなんだが、イリス様に折り入ってお願いしたいことがある」
「ん? なに?」
「帰ってきてからにさせてもらうさ。もちろん、協力できないからといって代金を請求するようなことはないので安心してほしい」
「そっか。分かった」
何をお願いしたいのかは分からないが、聞くだけ聞いてみるのもいいだろう。
その後も会話を少々しつつ、ひたすらに食べ続けた。
昼食後。質素な服に着替えた魔王と共に、王都へと繰り出した。もちろんフィアも一緒だ。お目付役としてファナリルも同行している。
「ではまずはこちらから」
そう言ったドルモアに案内されたのは、屋台がいくつも並ぶ通りだった。この通りにある店はその時々で出店場所が違うそうだ。気に入った店を見つけた時は、店主の顔や商店名を覚えておかなければいけないらしい。
不便だと思うが、他の店を見て回る機会にもなることを考えるとそれほど悪くない環境のようにも思えてしまう。
「ああ。あった。この店だ」
魔王が探し出した店は、他とさほど変わったところがないように思えた。この辺りの特徴なのか、近場の店は全て果物を販売している。何が違うのだろうと販売している果物を見比べて、すぐに違いに気が付いた。
魔王が言う店には、他の店にはない果物が置いてあった。真っ赤な、リンゴのような果物だ。だが触れてみると、とても柔らかい。日本のリンゴを知っているせいか、違和感を覚えてしまう。
代金を支払い、その場で一口食べてみる。食べた瞬間に、濃厚な果汁が溢れてきた。どこにこれほど詰めていたのかと思えるほどの量だ。
「おお……。すごい……」
素直に感嘆のため息をついた。日本の果物でも、これほど美味しいものはないかもしれない。
「イリス様。実はこの果物、この大陸のものじゃないんです」
そう言ってファナリルが教えてくれる。どういうことかと聞くと、この果物は定期的にエルフが持ってくるものらしい、その代わりに、あちらは魔族の道具を持っていくそうだ。実際の取り引きを見ていないので何とも言えないが、どうやら魔族とエルフの関係は良好のようだ。
「他にも他の種族の食べ物はあるの?」
「もちろんです。次の店に行きましょう」
結局、この時は他の種族の店を回って終わってしまったが、なかなか有意義な時間だった。機会があれば、他の種族が暮らす島にも行ってみたいものだ。
王都での買い食いの後、王城へと戻ってきたイリスは、ドルモアの執務室に通されていた。執務室は王のための部屋だからなのか、食堂ほど豪奢な家具はない。それでも、高級そうな家具で揃えられている。
ドルモアは部屋の中央にテーブルを用意させると、イリスに椅子を勧めてきた。その椅子に座り、フィアがその隣に座る。ドルモアはイリスの反対側に座った。ドルモアの隣、フィアの対面にはファナリルが
座る。
「この場では、私が次期族長として、龍人族の代表として発言致します」
「ん……。結構大事な話みたいだね」
わざわざ改まって言うのだから、そういうことなのだろう。イリスも姿勢を正す。
「それでは早速ですが、イリス様は人族との交流はございますか?」
ドルモアの問い。どうやら彼もこの場では真面目にやるらしい。イリスも取り繕った方がいいのかと思ってしまうが、今更かと諦めた。ドルモアの問いには、一応、と頷いておく。
「冒険者として登録もしてるし、人族の知り合いもいるよ」
「なんと。冒険者として登録されているのですか。ちなみに、ランクは?」
「S」
「…………。愚問でしたね」
ドルモアもファナリルも一瞬だけ唖然としていたが、すぐに自分の中で納得したようだった。
――多分あれだね。ドラゴンだから当たり前か、みたいな。
――むう。
少し不満ではあるが、ここで文句を言っても仕方ないだろう。
ドルモアが続ける。
「では、あちらの王族と交流はございますか?」
「え? あー……。あると言えばあるし、ないと言えばないし……」
どういうことかと首を傾げる二人に、イリスが色々と隠した説明をしようとして、
「えっとね。お姉ちゃんは王様たちを脅したんだよ!」
フィアが正直に暴露してしまった。まさかの伏兵だ。頭が真っ白になって固まるイリスの代わりに、フィアが続ける。
「日本にいるお姉ちゃんの知り合いの人が、勇者召喚で拉致されて。それに怒ったお姉ちゃんが、王様たちを怒ったんだよ」
「それは……なんと言いますか……」
ドルモアとファナリルが何とも言えない複雑な表情を浮かべている。勇者召喚というからには、人族が何をしようとしていたのか察していることだろう。それでも、ドラゴンに目を付けられたことに対する同情の方が上らしい。イリスはそっと目を逸らした。
「いえ、まあ、イリス様のお気持ちはお察しします。我々も、もし魔族や龍人族が拉致されたとすれば、黙ってはいないでしょうから」
ははは、と乾いた笑い声を上げる二人。もう放って置いてほしい。
「まあ、親しい交流ではないけど、面識はあるよ。伝言ぐらいなら、してもいいかも?」
「ではお願いしたいことがございます」
「ん。なに?」
「王族同士での会談をお願いしたい。お互いに、そろそろ歩み寄っても良いと思うのです」
へえ、とイリスは目を細めた。魔王は人族との関係修復を望んでいるらしい。人族がそれを受け入れるかは分からないが、魔王の態度は好ましいものだと思う。
もっとも、魔王が何故それを考えたのかは、何となく察してしまえるが。
「人族のご飯、気になるもんね」
イリスが小さな声でそう言えば、ドルモアは勢いよく顔を背けた。分かりやすい態度に、イリスは頬を緩める。妙な打算よりはよほどましだろう。
「いいよ。あっちの王様に聞いてきてあげる。他には何かある?」
「ではもう一つ。これは龍王様にお願いしたいことでございます」
「お父さんに? なに?」
「ドラゴン様は人間よりも長命だと伝承にあります。龍王様なら、先の戦争について原因をご存知ではないかと。会談が実現すれば、それについても話し合いたいと思うのです」
「あー……。なるほど」
ドルモアの意見に納得する。確かに、先の戦争に何かしら原因があるなら、取り除いておかなければまた起こらないとも限らない。さすがに、果て無き山でドラゴンが監視している以上、以前ほど大規模な戦争が起きるとは思えないが、間違い無く関係修復など二度とできなくなるだろう。
そこまで考えて、よしとイリスは頷いた。
考えるのが面倒になってきたなと。
――こら。
――いやだって、難しいよ。なんだかよくわかんないよ。私に言われても困るよ。私はのんびりご飯を食べられればそれでいいのに、わけの分からない政治に巻き込まないでよ。もうおこたでぬくぬくしてみかんを食べたい。
――気持ちは分かるよ。なら私から提案する。
――なになに。簡単に解決できることがあるの?
――うん。お父さんに丸投げしちゃえ。
――それだ!
レジェディアが聞けば頭を抱えるだろうが、イリスにはそんなことは関係ない。そもそも介入した時に、もういっそのこと徹底的に介入しておけばよかったのだ。止めるだけ止めてあとは放置、というのが間違いなのだきっとそうだ異論は認めない面倒だもの。
「うん。まあお父さんに聞いてみるよ。あとさすがに私の手に余ってくると思うから、お父さんに引き継ぐね」
そう言った瞬間、ドルモアとファナリルが凍り付いた。何だと言うのだ。
壁|w・)柔らかいリンゴ……。腐ってやがる、以下略。
実際はそういう果物です。腐ってないよ!




